2.

 右手首が僅かに痛みを訴えるので、臨也は逃げ帰るついで、知り合いの闇医者の所にあの少女を連れて駆け込んだ。
 もうすぐで真夜中という時間帯なのに、闇医者もとい新羅は友人が訪ねてきた事に対し、概ねは快くといった体で出迎えてくれた。
 軽く手首を捻っていたらしく、曲げると痛みを伴うと告げて手首を見せると、新羅に一目で捻挫だと診断され、そのまますぐに手当てをしてくれた。
 てきぱきと包帯を巻く新羅の手つきは、いまだ高校生とも取れかねない童顔に似合わず医者のそれと違わぬ物で、臨也はその鮮やかな手つきにぼうっと見とれてしまう。こういう所は、臨也は素直に尊敬できた。自分で怪我の手当てをすることはよくあったが、それでも新羅のように上手くはいかないものだったからだ。
 ただ黙って自分の手首を見つめるのも何だかな、と思った臨也は、床に膝をつく新羅のすぐ隣に腰を下ろしている少女に視線を向けた。
 新羅の邪魔にならない程度の距離にいながら、床に広がる白衣の裾に手を添えている。相変わらず、思考の読めない間抜け面をしていた。これが少女の、普通の表情なのかもしれない。
 訝る臨也の視線に気づいたのか、少女が僅かに顔を上げた。臨也と目が合うなり、少女はやや不快そうに顔を背け、新羅の白衣の裾を握り締める。
 それに気づいた新羅が一瞬だけ動きを止め、首だけで振り返ってを見下ろした後。
「そういや、ちゃんは怪我とかしてないかな?」
 静雄は見境ないからねぇ。そう言いながらの新羅の表情が、顔見知りの仲に向けるそれだったので、臨也はきょとんと目を丸くした。
 臨也は新羅と少女を凝視し、首を傾げながら恐る恐る「知り合いか?」と尋ねてみれば、存外にも新羅は少女のことを知っていたらしく、
ちゃんだよ」
「は?」
「だから、ちゃん」
 けろりとした顔で、臨也の問いかけの意図とは少しずれた解答である、少女の名前らしき単語を言い放った。
「いつだったかセルティが、泣きっぱなしのちゃんを連れてきてね」
 セルティは本当にやさしいなあ、と仕事中で部屋にいない首無しライダーに思いを馳せる新羅の姿をぼうっと見つめながら、という名前らしい少女に視線を向ける。するとはぴくりと小さく身体を震わせて、臨也に怯えるような視線を向けながらも、臨也の視線から隠れるように新羅のほうに身を寄せた。
 新羅も新羅で嫌がるような素振りは見せていない。どうやら顔見知りとは言っても、一度や二度出会っただけ、というレベルの仲ではないらしいと臨也は察した。
「あのバケモノが連れてきただと。いや、その前に、このホニョホニョしか言えない奴から、どうやって名前を知った?」
 臨也が言うなり、新羅が顔を不満そうにしかめる。バケモノって言うの、やめてくれよ、と新羅は前置きとして不満そうにぼやいた後、
「セルティはデュラハンだから、ちゃんの言葉が理解できるみたいでね」
 臨也は瞬時に理解した。
 ――この少女は“人ならざる者”なのだと。
 だから夜にほっつき歩いていたし、現実離れしたみすぼらしい格好をしていた。
 妖精。人外。バケモノ。そういったカテゴリーに属するようだが、セルティより遥かに人畜無害っぽそうに見えるし、外見なんかは人と変わりない。生物学上では人間に属する静雄なんかと比べたら、およそ人外なんかには見えない。
 そう考えて、臨也はある事を思い出した。
「シズちゃんはさ、この子が見えなかったんだ。でも俺もお前も見える。この違いはなんだ?」
「さあねえ。見える人と見えない人がいるみたいだよ。見えない人のほうが圧倒的に多いらしい。見える人の中でちゃんの言葉を理解できるのは、ほんの一握り、ごく少数なんだってさ。全部セルティの受け売り!」
「……とすると、新羅にもこれの言葉は理解できない、か?」
「うん。ホニャホニャ言ってるようにしか聞こえないかな」
 臨也は内心ほっとした。臨也は自分が知らないことがあるのをひどく嫌う性質だった。仲間はずれにされるのも嫌う性質ではあった。だからもし、新羅がこのバケモノの言葉を理解していたのであれば――どうしただろうか。考えてみたがさっぱり思いつかない。とりあえず、苛立ちを覚えることは確かだ。
「ふうん、成程。新羅はこれと仲が良い方なのかい?」
 さっきから気になっていた事を聞いてみると。
「何回か家に泊まらせた事があって……まあそのくらいかな。ほら、臨也、終わったよ」
 新羅の手が離れるので、臨也は右手を引っ込めた。手首に巻かれた包帯を見つめ、左手でなでてみる。
 綺麗に、均一に巻かれている。相変わらずの腕前だった。素直に尊敬するほかない。
「なんでセルティはこれを連れてきたんだ?」
 少し間を置いてから、臨也は新羅に尋ねてみた。臨也が一番気になっていた疑問であった。
 セルティはあまり他人に関与しない。というのも、同居人であり恋人である新羅のためを思って、ごく限られた人にしか手を差し伸べないからだ。
 とはいえ、根っからのお人よし精神を持ち、故郷から遠く離れたこの地で同属のようなもの――それこそこの目の前にいる、怯えた眼差しを向けてくるに会えば、情が湧くのかもしれないが。
 新羅はうーんと小さく唸ってから。
ちゃんが大事なものを無くしてしまったらしくてね。頼る人もいないみたいで、ほっとけなかったと」
 人外が大事にしていたもの。臨也は少し興味が湧いた。
「へえ、何を無くしたんだい?」
「帽子だって」
 帽子? と呟きながら首をかしげると、新羅が苦笑を浮かべた。
「なんか、特別な帽子らしい。被ると姿を消せるんだってさ。それこそ透明人間のように」
 ほお、と臨也は声をあげた。
「でもこの帽子、今やどこぞの骨董店に並んでるってセルティが――」
 新羅の声は途中から臨也の耳に届かなかった。
 被ると姿を消せる。それってすごくオイシイものなんじゃないか。臨也は俄然興味が湧いた。まあこの事は追々尋ねるとして、だ。
「それで、このちゃんとやらの正体は?」
 臨也が今一番聞きたかった事を聞いてみると、
「大まかに言えば、夢魔だそうだよ」
 夢魔。頭の中で反芻し、臨也はを見る。そして訝しげな表情になった。
 夢魔とは、言い換えれば淫魔だ。英語だとサキュバス、インキュバスと呼ばれる、比較的昔から知られるバケモノである。主に人の精を吸い取って生きながらえるらしいと、中学のときに読んだ本に書いてあったように思う。
 臨也は無言のままを上から下まで見下ろし、その凡庸さにハッと鼻で笑いながら肩をすくめて見せた。このちんちくりんが夢魔だなんて、どんな冗談だろうか、と臨也は思ったが、新羅の表情はおよそ冗談を言っている風には見えなかった。
 臨也が考え込んでいると、がホニャホニャと何かを呟いた。唐突のことに驚いてしまい、思わず臨也の身体がびくりと震える。そんな臨也をはきょとんとした表情で見た後、ホニャヘニャと誰にとも無くといった様子で呟き、それから何をするでもなくじっとしている。
「うん……、何を言ってるのかさっぱりわからないな。セルティみたいに筆談とかはできないのか」
「文字は書けるんだよ。ちゃんと、日本語を。でも、なんていうか、文字化けしたみたいになって」
「あ、そう……」
 新羅によると、以前に自分の名前をメモ帳に書かせてみたところ、意気揚々と解読不能な文字の羅列を書き記し、その後伝わらないと察すると消沈したそうな。
「じゃあ、言語でのコミュニケーションは不可能ってことか」
「だねえ。ちゃんの言葉が通じる人がいればいいんだけどねえ」
 しみじみと新羅が言う。
「身振り手振りのみか……」
 臨也はの前で大仰に手を振り回し話しかけている自分を想像し、いろんな意味でキツイその光景に、知らずため息が漏れた。
 言語が無い時代は身振り手振りのみでコミュニケーションを図っていたらしいが、臨也は生まれたときからその言語に頼り切ってしまっている以上、いくら頭がよかろうが無理だと思えた。人間は野生動物ほど単純ではない。ワンだのニャーだので自分の意思が相手に伝わるわけがないのだ。こんなハニワ言語のようなことを喋られても、いくら自称超頭の良い臨也でもちんぷんかんぷんなのである。
 不意に、玄関のドアが開く音がした。新羅がその音にピクリと反応し、パッと立ち上がる。
「セルティ、おかえりー」
 言うより早く、新羅はリビングを飛び出して行く。開けっ放しのドアの向こうから、セルティ、おかえりのチュー! と頭が沸いた声が聞こえてきて、直後にゲフゥと断末魔が響いてきた。新羅が床に倒れこむ音が聞こえ、臨也は心底呆れた様子で溜息を吐いた。
 ヒタヒタという足音が近づいてきて、そうして、ひょこっと黄色い猫耳ヘルメットが顔を出した。いや、セルティに顔は無いのだが。
 セルティは珍しく、片手に白い紙袋を提げていた。店のロゴなどが全く印刷されていない、無地の紙袋である。仕事の報酬だろうか、と臨也は考えたが、気にしないことにした。
 そんなセルティは臨也を捉えるなり足を止め、がっかりした様子で肩を落とし、どんよりと仄暗いオーラを纏った。しかし手前のソファに小さい子供が見え隠れすると、セルティは首を傾げるようにヘルメットを斜めに傾け、ヒタヒタと足を進める。
 セルティの様子が、見る見るうちに変わった。を凝視し、胸の前で嬉しそうに手を合わせる。セルティの背後でぱあっと花が飛び散るような、少女的雰囲気を感じ取った臨也は、無言のまま目をそらしを見た。もまた、目をキラキラさせている。
 セルティが慌てた様子で客用テーブルに紙袋を置くと、その場に屈んで両手を広げた。がその場からパッと飛び出し、セルティの胸に突進する。セルティの首に手を回し、肩口にぐりぐりと顔をうずめると、セルティがの背中に手を回して抱きしめた。そのせいで、セルティのヘルメットがボテンと音を立てて床に落ちたのだが、二人はさして気にした様子無く。
――ホニャニャホニャ!!
――……! ……!!
「かわいい! かわいいよーセルティ! 母性本能溢れてるよー!」
 いつの間に傍に来たのか、見事と表現するに相応しい大きなたんこぶを頭にくっつけた新羅が、目の前の光景にいたく感激していた。臨也はぼうっと目の前の三人を見据え、無言で目をそらした。何だか妙に触れがたい、お触り危険な空気が彼らを包んでいたからだ。
 しかし、もセルティもお互いに抱き合っているのだ、新羅が嫉妬を剥き出しにするんじゃないかと臨也は思ったが、意外にそうでもないらしい。普通に許容範囲内のようで、ひたすらにデレデレしている。大方、子供に優しいセルティは愛らしく温厚篤実マジ天使、とかいう事を考えているのだろう。
 自分をほっといて騒いでいる三人に臨也は再度視線を向けた後、小さな溜息を吐いて、テーブルの上に置かっぱなしの紙袋を手繰り寄せた。袋の中を覗き込めば、袋の大きさにそぐわない、小さい箱が入っている。一目で電化製品の箱だとわかるそれを、臨也はおもむろに取り出した。
 日本製のデジタルカメラだった。現行機種より一つ前のタイプのそれは、コンパクトサイズが一番の売りだが、画質はなかなかのもので、操作性も悪くないと評判だった。臨也はふうん、と頷きながら、勝手に箱を開けてみるが、三人のうち誰もが臨也に目をくれることは無い。完全な放置プレイに少し拗ねた気持ちになりながら、臨也は箱の中身をすべて取り出した。
 カメラ本体、電池、充電器、パソコンにデータを送るためのUSBケーブル、専用のソフトをパソコンにインストールするためのCD-ROM、分厚い説明書が入っていた。ごくごく普通の、平均的なラインナップだ。
 臨也は充電器に電池をセットすると、開いているコンセントはないかと部屋の中を見回した。向かい側の壁にコンセントを見つけ、臨也はすぐに立ち上がり、充電器をそこに差し込んだ。ソファに戻ると、説明書をパラパラと流し読みしてから、カメラ本体をビニール袋から取り出し、それを持って再度コンセントのところへ向かう。
 臨也は充電器をコンセントから引っこ抜くと、電池を取り外し、カメラに電池をセットした。電源ボタンを押すと、キュイキュイと微かに機械が動く音に合わせてレンズが飛び出してくる。カメラ背面の画面に電池残量がありませんと表示されていたが、臨也は別に構わずと言った所だ。一枚か二枚撮れればよかったのである。
 いまだに臨也に気付く事無く、臨也を仲間はずれにして騒いでいる面々にカメラを向ける。今のカメラは大概勝手にピントを合わせてくれるので、そんなに手間はかからない。セルティと新羅が映っているのを背面の画面で確認した後、シャッターボタンを押そうとして、臨也は思い留まった。
 あれ? と思った。やや首をかしげながらも、カメラのプレビューから現物の三人へ視線を向ける。がいるのを確認し、視線を再度プレビューへ。
 ――そこには映っていなかった。
 臨也は息を呑みかけたものの、それでも驚くことはしなかった。シャッターボタンを人差し指で強めに押し込むと、ピピッという電子音の後、パッと白いフラッシュが三人を照らした。

『それはに買ってきたものなんだ! お前に買ってきたんじゃない!』
 向かいのソファに座るセルティは、柄にも無く怒っているようだ。プンスカしながらPDAを見せ付けるセルティに、臨也は笑いながら「ごめんごめん」と謝ると、今度は『誠意がないぞ』とお叱りの言葉が表示されたPDAを向けられてしまう。笑うほかなかった。
「まあ、俺をほっとく君たちが悪いんだよ」
「うわぁ……見事な責任転嫁。ここまでくると返って清清しいね」
『身勝手で馬鹿なだけだ』
 肩を竦める新羅の隣で、セルティがPDAを操作し、そんな文面が表示された画面を突き出してきた。
「馬鹿って……ひっどいなあ。俺は馬鹿じゃない。むしろ天才的ですらある」
「そうだね、その横行闊歩ぶりは紛れも無く、天から与えられし才だ」
「うん、自分で自分に惚れ惚れするくらいだよ」
 臨也がそう言って己抱きをする。臨也の向かいのソファ、セルティの隣に座っているが不思議そうに首をかしげる横で、新羅は引きつった表情を浮かべていた。セルティも例外ではない。顔は無いが雰囲気がドン引きのそれであった。二人とも同じタイミングで腰を浮かし、ススッとのほうに移動したが、臨也はそれに気づかなかった。
「で、こんなカメラを買い与えて、何をさせるつもりだい?」
「帽子を買い戻す資金調達にと思ってね。暴行、犯罪、その他諸々のスクープ写真でも撮ればいいかなって」
『言葉も通じない上、いくら歳を重ねても、見た目がこれでは仕事なんか見つからないからな……』
 差し出されたPDAにそんな文字が表示されている。落ち着いた文体であった。どうやら怒りは収まってくれたらしい。
「まあねえ、こんな子供じゃ仕事なんて……」
 とはいえスクープ写真で資金調達とは。鼻で笑った臨也はそのままに視線を向け、今しがたのセルティのPDAに何か引っかかるものを感じ、固まった。
 ――いくら歳を重ねても、見た目がこれでは……――
「……この子、何歳なの?」
「あと6年で5世紀目を迎えるってさ」
 5世紀――500マイナス6イコール496歳。こんな式が臨也の脳内で瞬時に組み立てられた。
 まあ、バケモノなのだ。見た目と年齢が比例していなくとも、大して驚きはしない。そんな事よりも、臨也は他に気になることがあった。
「5世紀近くも無駄に生きてて、働く知恵が無いわけ?」
 セルティの肩がぴくりと震えた。
『無駄とは何だ! 無駄とは!』
「事実じゃないか。俺なんか20年ぽっちしか生きてないってのに」
『人間と妖精じゃ常識が違う! 職を探しても見つかるわけが無い!』
「まーまー二人とも落ち着いて。セルティ、ストップストップ」
 見かねた新羅がしごく面倒くさそうに、どうどうと二人をなだめにかかった。
『なんだ? 新羅は臨也の肩を持つのか』
「僕はいつだってセルティの見方だよ。でもね、こんな言い争いをしたって事態は好転しない。ちゃんにカメラの使い方を教えたほうが、まだ建設的だよ」
 新羅がセルティに向けてにこやかに言った後、
「臨也、いちいちセルティを挑発するの、やめてくれないかな」
 不機嫌そうな表情を臨也に向けた。
「悪かったね。でも、無駄に生きてるのは覆しようの無い事実だと思わないか」
 仰々しく肩をすくめ、意地の悪そうな笑顔を浮かべると、セルティが立ち上がって拳を握った。暴力は駄目だよーセルティーなんて叫びながら、新羅がセルティの細い腰にまとわりつく。新羅としては普通にセルティを宥めようと思っての行動だったのだが、セルティからすればセクハラの類だと思ったらしい。数秒後には新羅の頭のたんこぶが一つ増える事になっていた。
「というか、夢魔なんだろう。もっといい手があるんじゃないか?」
「イテテ……。た、例えばどんな?」
 言いながら頭をさする新羅を呆れた眼差しで見返した後、に視線を向けた。上から下まで品定めするように見据えた後、
「ロリコンを誘惑して金をせしめ取るとか」
『バカを言うな!』
「臨也、お前どうせ夢魔イコールサキュバスでエロエロな事考えちゃったんだろ! ハハ、少し前の僕と同じこと考えてる!」
 新羅に笑われ、臨也の口元が自然とひくついた。新羅が言い終わると同時に、臨也は口を開こうとしたが、それよりも早くセルティが動いた。
 新羅の悲痛な悲鳴とともに、頭にもう一つたんこぶが増えた。
 セルティの鉄槌を受け、ひたすらへこへこ頭を下げる新羅に呆れた眼差しを向けながら、よくもまあ仲違いしないものだと臨也は半ば感心するほかなかった。しかしセルティといえば謝る新羅を肘で押し、とりつくしまもないといった様子でPDAを操作し、臨也に画面を見せてくる。
『夢魔にだっていろいろタイプはあるんだ。はそういうのではない』
「……何、その『はそんな事しない!』みたいな台詞。夢魔は夢魔じゃないか。仕事を見つけれないくらい頭が役に立たないなら、身体で金を稼ぐのは当然の事だろう? そのほうが買った方も買われた方もwin-winだしね」
 それからを再度、上から下まで見た後。
「おまけに合法だし、間違っても警察に捕まることなんてない。需要はバッチリだ」
 臨也がそう付け足すと、セルティがわなわなと震えだした。
『あのなあ!!』
 セルティが臨也にPDAを突きつけた時だった。
 パタム、と玄関のドアが静かに閉まる音がして、三人はハッと我に返った。見ればセルティの傍に座っていたの姿は忽然と消えている。
 セルティが慌てた様子で立ち上がり、リビングから廊下へ飛び出すのを、新羅が慌てて追いかけた。それを黙って見送った臨也は、自分にも責任があるのかと自問し、のろのろと腰を持ち上げ玄関に向かった。ちょうどその時、全開まで開けられた玄関のドアから、セルティが外に飛び出していくのが見えた。
 ガチャリ、とドアが閉まると、新羅ははあっと盛大に溜息を吐いて、僅かに肩を落とした。
「新羅」
「……なんだい?」
 新羅が気だるげな動作で臨也を見上げた。
「俺、明日早いし、もう帰るぜ」
 自分にも責任があるか自問した結果、全く非はないだろうと判断した臨也だった。
「……あ、そう」
 新羅は何か言いたげな視線を臨也によこしたものの、口を閉ざしてしょんぼりと肩を落とすのみだった。
2012/02/22