1;アキラ
 夕方、アキラははっと目を見開いた。
 飛び起きると、かけられていた毛布がばさりと音を立てておちる。アキラは慌ててそれを拾いあげ、教会の中を見回した。はいなかった。
 それにしても、何か寂しいような悲しいような、最後には救われたような夢を見ていた気がして、アキラは寝起き特有のぼーっとした意識の中自分の目じりに触れた。そこには涙が乾いたあとが残っていた。
 立ち上がり、毛布をたたむ為に広げると、毛布の中から一枚の紙切れが落ちた。床に落ちたそれを拾い上げる。源泉の手帳の一頁のようにも思えたが、書かれている文字は源泉の文字ではなかった。
 「ちゃんとごはん食べろよ」という丸みを帯びた、それでいて大きな文字の羅列。
 だ、とアキラは直感してから、なぜかほっと息を吐いてしまった。その辺を見回すと、椅子の上にソリドがと水が置かれていたのに今更気づいた。手に取る。ソリドはカレー味だった。
 毛布をたたみ、さっき座っていた場所にまた腰掛け、アキラは仕方なさそうにソリドを口にする。オムライス味ばかり食べていたアキラだったが、いざ別の味を口にしてみて、カレー味も悪いものではないなと思ってしまった。
 食べ終わり、水を一気に飲み干して立ち上がる。ペットボトルとゴミをどうしようか迷った挙句、教会の壁の傍にくずかごを見つけ、アキラはそれにゴミを投げ入れた。
 長椅子の間にある通路を歩き、アキラは教会を後にした。
 中立地帯のあのクラブが潰れてしまった今、アキラがほかに思いつく場所はあのホテルしかなかった。あそこなら、ケイスケの情報がつかめるかもしれない。
 見覚えのある通りに出て、アキラは無意識にポケットに手を突っ込む。何かゴミのような、硬いものが入っていて、眉を寄せてそれを引っ張り出した。
 黄色い丸っこい塊。
 以前にもらった、飴玉だった。アキラは立ち止まり、飴玉をじっと見つめる。それからすぐに封を開け、黄色い球体を口に運んだ。じんわりとした甘さとすっぱさが口の中に広がる。見た目通りのレモン味だった。
 なんだかものすごく久しぶりに甘いものを口にして、アキラは目をやんわり細めた。疲れている身体に、甘さが染み込んでいくようだった。
 朝起きて毛布がかけられていたが、がしてくれたのだろうか。ソリドや水を出していてくれたのだから、絶対そうに違いない。
 初めて会ったとき彼女はアキラに向かってお人よしと言い放ったが、そういう彼女もたいがいにお人よしだ。アキラは目を閉じてほんのわずかに口元を緩めた。