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映画を一番多く観たのは70年代。最近は映画館に足を運ぶこともめっきり減ってしまった。「町の学校」だった名画座も少なくなった。池袋文芸坐は復活したが、もうオールナイトに行く気力・体力はなし。昔の映画メモを見ながら、映画つれづれ日記をポツリポツリと再現してみたい。私的記録のために。
[1976年に見た映画


「まぼろしの市街戦」
(1967年)

  今まで見た映画で1本を挙げろと言われたら、迷わずこの作品を挙げたい。小品だが、しみじみと心を打つフランス映画の傑作。原題は「Le Roi Du Coeur」。イギリス題「THE KING OF HEARTS」(ハートのキング)。監督は「君に愛の月影を」「リオの男」などのフィリップ・ド・ブロカ。主演は名優・アラン・ベイツ。そして相手役にジュヌビエーブ・ビジョルド。後にブライアン・デ・パルマ監督の「愛のメモリー」に主演する女優さんだ。

 
 物語は第一次世界大戦末期。ドイツ軍によって占領されたフランスのある村。スコットランド軍が近くまで進軍してきたので、ドイツ軍はワナを仕掛けて撤退する。広場に大量の爆弾を仕掛け、午前零時の時報を合図に敵軍もろとも町を爆破しようというもの。
 レジスタンスの通報で、この計画はスコットランド軍に筒抜けになるが、肝心の爆弾の場所がわからない。フランス生まれの鳩通信兵プランピック(スコットランドだから軍服もスカート姿)を1人で斥候に出すが、人々はすでに逃げ出し、町はもぬけの殻。残っていたのは、サーカスの動物と精神病院の患者たち。

 ひょんなことから、彼らの王様にまつりあげられたプランピック。コクリコ(テレビではコロンバインと呼称、映画ではひなげしと呼んでいた)という名の少女娼婦に恋心を抱き、狂人たちの底抜けの明るさと純粋さにふれるうち、彼らを見捨てておけず、必死で爆弾のありかを探すのだが…。
 
 鉄格子から開放された患者たちが、大司教、公爵、床屋など思い思いの姿に変え、生き生きと躍動するシーンのなんと幻想的なこと。
 彼らを避難させようと、町から出ようとするプランピックの背中に「そこから先には怖い魔物がいるのよ。帰ってらっしゃい王様。私たちはここから出てはいけないの」と呼びかける患者たちの悲しみのこもった目。

 フランス映画らしいユーモアとウィットに富んだ会話と哀切な音楽の取り合わせ。
 患者の一人が言う。「戦争で殺し合いをする人たちの方が狂っていると思いませんか、王様」

 町に戻ってきたドイツ軍とはちあわせしたスコットランド軍。両軍のブラックユーモアともいうべき奇妙な対決は映画史に残る名シーンだろう。

 そして、ラストシーン。プランピックの取った行動の意味は……。

 初めて見たのは75年頃、大塚名画座でのこと。クレジットロールが終わり、場内に灯りがともっても涙が次から次へとあふれて、しばらく立ち上がれなかった。当時、薄っぺらな情報誌だった「ぴあ」の読者投票「もあテン」で常にトップを維持していたのもうなずける。当時の観客は名画を発見する達人だったのだ。

 87年に深夜映画で放映されたビデオを持っているが、吹き替え版だし、カットされた場面が多い。早くDVDで完全版がリリースされないものか。

※2003年に完全版がDVD化されました。しかし、この完全版はフランス原版。日本、欧米で上映されたバージョンでは、プランピックの有名なあのシーンでエンドマークが出ますが、フランスオリジナルはその後、蛇足ともいうべきシーンが続きます。これはやはり、不要なシーン。できれば、日本上映版でDVD化してほしかった。
「尼僧物語」(1959年)
 フレッド・ジンネマン監督。主演=オードリー・ヘプバーン。

 ※これはテレビの深夜映画で見た。

 医師の娘が修道尼になるため父親の反対を押し切って修道院の門をくぐる。長い髪を切り、黒一色の僧服に身を包む。修行の一環として熱病の研究や精神病患者の看護につく。

 しかし、「夜の沈黙の掟」を破って患者の部屋に入ったため、患者たちにひどい乱暴を受ける。修道院の中ではすべて、従順でなければいけないのだ。外部からの手紙もマザーの目を通してからでないと読むことができない。

 やがて、彼女はアフリカ・コンゴへ看護婦として派遣される。
 そこで無神論者である医師の下で働くことになる。最初は反発していた彼女も、次第に医師の人間的な優しさ、心の深さにひかれていく。しかし、彼女を結核が襲う。病床の中で次第に自身の信仰に疑問をいだいていく彼女。
 
  医師が言う。
「君は神に対する愛よりも人間に対する愛のほうが強い。それが君の病気だ」
 
  修道院を出るとき、彼女はこう言う。
「手術中である時、たとえお祈りの時間がきても私は病人を捨てて祈ることはできませんでした。沈黙の戒律も病人の救いを求める目を見れば、私は話しかけずにはいられませんでした」
 「私は父を殺したドイツ軍人も平等に愛することはできません。私の胸の中には憎しみがあるのです」
 
 戦争が始まり、父親がドイツ軍に殺され、兄弟も行方不明であることを知るが、修道院はひたすら沈黙を守り、壁の内側にこもっていく。
 
 「私たちの国は降伏しました。しかし、私たちの生活は変わりません。これまで通り、自らの修行を続けます。ドイツの占領軍に反抗したり、地下活動に関わってはいけません」
 その言葉を聞いたとき、彼女は修道院を出て地下組織の従軍看護婦として生きる決意をする。尼衣を脱ぎ、還俗する。信仰と愛、戦争。還俗者の手記をもとにした小説が原作。それだけに修道院内部の様子がリアルに描かれた。ヘプバーンもその可憐さな美貌の下に強い意志を秘めて実に魅力的。
                                    (1976年1月16日・記)

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