訓練記-2

第11話 「油断」



念願だったソロフライトを終え、一応の目的は達しました。

当初は「資金が続かなければソロフライトまで」と考えていたのですが、
規定の20時間目でソロに出られたので、まだ多少の余裕があります。
夏のボーナスも、思ったより出ました。

「飛べるところまで飛ぼう」

訓練はどんどん進みます。



「今日は短距離着陸します」
ホンダ飛行場の滑走路は600m。その半分しか使わないで確実に止まる練習です。
障害物があった時に役に立ちます。


いつもより高い位置から、角度のある降下を行い、速度も失速ギリギリで進入。
滑走を端部の数字を狙い、ピンポイントで脚を着け、ブレーキ! 滑走路半分以下で停止。


実はこの訓練が大好き。
まるで航空母艦に着艦する気持ちになれます。

航空母艦の飛行甲板は全長200m。しかし艦は風に向かって走っているので、
止まってる飛行場より距離は短くて済みます。


自宅PCのフライトシミュレーターで、何回練習したことか。
速度の早いゼロ戦で成功するのだから、セスナなら簡単です。


昔、民間の小型機が海上で燃料不足になり、航空母艦に着艦するという映画がありました。
「俺なら出来るぞ」変な自信が出てきます。
たかが20時間そこそこで考える事ではありません。


自信は油断につながります。 
そしてこの後、その油断が大変な事態を招きます。




ファーストソロの後は、教官同乗訓練と、セカンドソロ・サードソロと
ソロと同乗を繰り返します。

ソロに出すのは、自分で操縦するという自覚と責任を感じさせるためです。



何回か目のソロ。

ファーストソロと比べ余裕が出てきたので、飛行場を回る間に大声で歌います。
「胸に広がる 夢は~ ・・・」と虹のエアポートの主題歌。
この油断は危ない前兆です。



1週回って、普段どうり接地・・・・
このまま安定したらエンジン全開 もう一度離陸するタッチ&ゴーの予定です。

しかし、「いかん! まずい!」


まったく油断してました。

風に流され、接地したのは滑走路左側、しかもだんだん左にそれていきます。


こんな時、機体は目で見た方向に進みます。
バイクでも、コーナーで怖くなって近くを見ると、見た場所に突っ込んでしまいます。
こんな時は、出口方向の遠くを見なくてはいけません。



「まずい! 滑走路から外れるぞ!」

昔、バイクで右コーナーを曲がりきれず、左のガードレールに激突した記憶がよみがえります。



本来なら右足のペダルを軽く踏んで、機体を右に向けるのですが、この時は思いっきり焦ったのでしょう、
操縦桿をハンドルのように右に切ってしまいました。


タワーにいる教官からはここまでは見えないので、なにも無線の指示はありません。



「いかんいかん 違う違う」

自分で気が付き、あわてて右足で修正。ギリギリで修正し機軸を合わせ「フルパワー!」

離陸操作に移り 操縦桿を引き再離陸・・・しかし



「しまったあ----!」

ここで、とんでもないミスをしでかしました。

第12話 「失速!」



手順では、車輪が接地した後、下ろしていたフラップを上げて戻す。
キャブレターのヒーターオフ。
ここまで済んでからエンジン全開で再離陸です。

しかしこの時は滑走路の左側でバタバタあわてて再離陸、フラップを上げるのを忘れていました。



まあ、上げるの忘れたなら忘れたで、そのまま上がり、安定してから上げれば良かったものの、
この時は何を考えたのか、再離陸直後に、「フラップアップ」と、
今上げてはいけないフラップを上げてしまいました。

この結果、飛行機はどんなことになるか・・・



フラップとは、下げた時に揚力を増して、低速でも飛べるようにする小さな翼
再離陸で速度が出ていない状態。機種は上向き、こんなときフラップを戻したらどうなるか・・・・・



「しまったあーーーー!」叫んだのはこの瞬間
急に揚力が無くなった機体は、一瞬遅れてスッと沈みました。



ここで沈むのが怖くて操縦桿を引けば、間違いなく機体は失速して滑走路に激突! 

失速墜落したら、翌日の新聞には、

「ホンダエアポートで訓練中の小型機墜落」

「本田航空の訓練指導に問題か」

「近隣住宅から飛行差し止めの要請」


事故を起こしたら、自分だけの問題では済みません。

「失速するぞ!

「引くな! 押せ!」

1秒の何分の1かで、ここまで考えたようですが、実際は頭で考える前に、
反射的に操縦桿を持つ手は前に動き、操縦桿を押して機首を下向きにしていました。



機体は滑走路と水平を保ちながら、滑走路を舐めるように低空飛行で加速。
「チェックエアスピード」 上昇安全速度を確認した後、操縦桿を引いて上昇姿勢に。

「今のは、やばかったぁ~・・・・」



「落ち着いて手順を守って下さい」
タワーから見ている、O嶋教官からの無線が入りました。

「やっぱ 見られてたか・・・」
あとでこっぴどく叱られることになります。

実際のこの手のミスで、操縦桿を引き、失速して落ちた例が有るそうです。



さて、離着陸も慣れてきて、空中動作も一通り終わると次は、ナビゲーション。
いよいよホンダ飛行場を離れ、遠くのポイントまでの訓練が始まります。

ソロフライトまでと言って始めた訓練ですが、いつの間にか次の目的は、
1人で遠くに行くソロナビになりました。

ソロナビまでには、教官同乗で、みっちりしごかれます。



初ナビゲーションは 桶川→真岡→桶川 の往復コース
ナビの場合は事前の準備が忙しい。


1.気象のチェック

2.ノータム(航空情報)のチェック

3.ナビログを作成。

4.フライトプランを航空局に電話。(当時は電話と言うのが古い・・・)

5.面倒なナビログ作成


地図の距離を測り、風向きを考慮しながら計算尺で到着時間の計算。
針路の計算、燃料消費の計算。

なんといっても飛行機の試験では、GPSどころか電卓も使用禁止。
昔ながらの計算尺で計算します。


消せるように鉛筆でコースを引きくのですが、
今のように カラーのフリクションペンがあれば良かったんですが。



計算尺、通称コンピューター。
100円ショップでも売ってそうな、プラスチックの計算尺がなんと2万円!

GPSは衛星の関係で狂う事が有るので頼れないのは解るのですが、

「なんで電卓不可なんですか?」

「電池が切れることがあるからです」

なんと、お役所的な仕組みなんでしょうか。

機内に持ち込むのは、計算尺、航空地図、作成したナビログ、そして一番便利な道路地図。
現在位置が解らなくなれば、道路や線路を見て判断します。


さあナビに出発です。

第13話 「ナビゲーション」


事前準備ですでに脳味噌は過熱状態。
飛行機乗り乗り込む前に、翼の下で腕立て伏せして、頭をに血液を回します。



「なにしてんの?」 教官が不思議がります。
まるで航空自衛隊の訓練生が、罰を受けて腕立てしてたみたいです。



座席に座り、腿にベルクロでナビログの台を固定します。
狭い機体なので、地図の置き場所にも困り、計算尺とペンは首からひもでぶら下げます。



「さあ、ナビは遊覧飛行なので、楽しく行きましょう」

珍しく教官はにこやかです。

「ハイ、楽しみます」

さあ、最初はにこやかにホンダを離陸して2,000ftに上昇、桶川の駅に向かいます。
駅の真上で「ナビ発動!」と宣言し、時計をスタート。こからナビゲーション訓練です。



針路○○○ と先程計算した針路に合わせます。

もちろんGPSではなく、マグネットコンパス。
機体が揺れると目盛りも揺れ、多少誤差のある代物。


巡航スピードは95ノット。
10分おき程度に中間ポイントを任意で設けます。
中間ポイントは、上から目立つ橋やインターチェンジ。


「10分間はのんびり遊覧かな」 と思っていたら、

「高度下がってる!」「針路合わせる!」「ほら、呼ばれてる(無線で)」

機関銃のようにO嶋教官の声に撃たれます。

地上ではにこやかな教官も、空に上がれば やっぱり鬼教官でした。

「さっき遊覧って言ったじゃ~ん」と泣きがはいります。



無線の周波数は、ホンダ飛行場を離れると「東京インフォメーション」に切り替え、
関東エリアの空を管轄する部署と交信します。

飛んでいるのは 訓練機や遊覧機に、空撮のセスナや取材のヘリなど多数。
同じ周波数なので、他機の交信も流すように聞いていなくてはなりません。



「・・・JA3935・・・3000ft・・・ワンコプター・・・」

確かに無線で呼ばれました。



「インフォメーション 今なんて言った?」早速教官の機関銃

「え~と3000ftで 他のヘリが近寄ってくるとか・・・」


「・・・JA3935・・・」 返事しないのでまた呼ばれました。

「ほら早く返事しなさい」 教官の機関銃がうるさくて返事できませんとは言えません。


前方を見ると、小さくヘリらしきものが浮いています。


「トッ、トラフィック インサイト!」 と見つけた事を無線で報告します。

当然ながら、無線交信中に針路も高度も調整を忘れて、予定よりずれてしまってます。

「まずい・・・」

教官の機関銃が来る前にあわてて修正。



関東平野は、北側の上越国境や赤城山、西の筑波山、南の東京湾、西の奥多摩や富士山まで、
スカイダイビング機の小さな窓から見る景色より、はるかに広く見えます。
今回は2000ftの低空なので、家や車もはっきり見え、最高の遊覧飛行です。

「迷ったけど、思い切って訓練始めてよかったな~」


「何やってるのぉ、チェックポイント過ぎてるでしょう!」

せっかく感傷に浸っていたのに、教官の機関銃で我に返されました。


第14話 「ナビゲーション折り返し」


「ほら、早くチェックポイント報告しなさい」

もう遊覧飛行どころの話じゃありません。
良く見たら通過したポイントが、大きくずれてることが解りました。


「じゃんぷらんさんのナビログ、上空風の読みが甘いからよ」

どうやら最初に作成したナビログで、横風の読みが甘く、予想以上に流されたようです。

「次のポイント計算し直して」

例のプラスチックの計算尺を使って、狭い機内で計算します。


頭の良い訓練生は暗算で出して、計算尺は使うふりだけするそうですが、私の脳味噌は既に飽和状態。
計算尺の目盛すら理解できなくなっています。


この間も機関銃を避ける為、外の見張りや、高度速度、針路がずれないように調整。

「ほらほら、いつまでやってるの、次着いちゃうよ」
次の目標は斜め前に見えています。


「針路○○○です 変針します!」と、計算したふりをして針路を目標に合わせます。
目標をなんとかとらえて、到着時間の計算をします。

「予定時刻 30秒遅れ この時間○○分」



やっとの事で目標の真岡駅上空に到着しました。
この時の為に、ネットで真岡駅の写真を集め、建物の形状を記憶していたので発見は容易でした。


頑張る訓練生は事前に地上から訪れたり、近くの公園の観覧車に何周も乗って
地形を覚えたりします。


真岡駅を超え、ぐるっと180度回って、また来たルートを引き返します。

「現在位置がわからなければどうしますか?」

「VOR ND を使います」

このセスナは小型といえども訓練機なので、外が見えなくても計器だけで飛べるように、
航法計器は充実しています。


「じゃあ周波数合わせて」

「え~とぉ・・・」

「それくらい覚えとく」

帰りは同じ道なので、今度こそ遊覧しようと考えていたのですが、
この調子じゃなかなか休ませてはもらえません。



帰路は西向き、正面には富士山も見えています。

「迷ったら富士山に向かって飛んで、新幹線の線路を探す、新幹線見つけたら南に行けば

 上越と東北に分かれる分岐点が見えるから、そこまで帰ればあとは解るでしょう」


約1時間のナビゲーションが終わりました。
機関銃に撃たれ汗だくになりましたが、ナビに出て、飛行機への情熱が一段と強くなった気がします。


第15話 「相棒OKさんのソロフライト」 



私より少し遅れて訓練を開始した 女医のOKさんにも、ついにソロフライトの日がやってきました。
この日は天気も良く風も穏やか。

今日の教官は いつもの O嶋教官(航空大学出身の女性教官)



「今日あたり出るかな・・・」と思うのですが、OKさんが緊張しそうなので、口には出しません。



いつもなら自分の訓練が終わった後、OKさんのタッチ&ゴー訓練を、後席に便乗して見学します。
しかし今日はソロになる可能性があり、私が同乗していると教官と合わせ、2人分の重量が変わるので、
私は地上で応援です。



OKさんのタッチ&ゴー。

アプローチも、タッチダウンも完璧。

数回のタッチ&ゴーの後、訓練時間を半分残して機体は駐機場に戻りました。



「来たっ!」 ソロの許可が出たようです。

訓練機から降りて来たO嶋教官と合流し、急いでタワーに駆け上がります。

「じゃあOKさん、頑張って飛んできてね」O嶋教官は無線に向かいます。

「JA3934 SOLO TAKE OFF!」

OKさんだけが乗った訓練機は、見事に滑走路を離れました。



「神様お願いします、無事に降ろして下さい・・・・」

横を見たら、教官は手を合わせて拝んでいます。

「贅沢は言いません、上手くなくてもかまいません、どうか無事に・・・」



自分の訓練生を初めてのソロに出す気分は、どんな気持ちなんでしょう。
念を入れて、先延ばしにしては訓練生の士気も落ちるし、責任感も生まれません。

かと言って、早めに出すと事故になりかねません。
きっと訓練生より教官の方が緊張するでしょう。



O嶋教官が手を合わせている間に、OKさんは飛行場を1周回って、早くも着陸態勢に入りました。

「そのまま そのまま・・・」 教官と二人で近づいてくる機体に祈ります。
教官は無線を握りしめていますが、よほどの事が無い限り指示は出しません。

さきほどから2人で「よし!」「良いぞ!」「まっすぐ!」と、
出している声はOKさんには聞こえません。



「よし良いぞ、そこでパワーカット!」 ・・・・「フレアー!」

「よし上手い!」 OKさんは無事に着陸しました。



「さあ戻りましょう」 我々は急いでタワーを駆け下り飛行機に戻ります。

OKさんも駐機場に帰り、エンジン止めて降りてきました。

「きょーかぁーん!」

「OKさぁーん!」



「いいですか~ お二人並んで下さ~い。写真撮りますよ~」

と、言った時には、すでに2人は駆け寄って抱き合っていました。

第16話 「スカイダイバーとパイロット」 


前年のスカイダイビング忘年会で「飛びます!」と宣言して、いつの間にか1年が経過しました。

3月から飛び始め、初めはソロまでと思っていた訓練も、10か月で飛行時間30時間になり、
ナビも一応経験し訓練が一番楽しい頃かもしれません。



先の訓練費の目途もつかず、この先どうなるかわからない訓練。
とりあえず 今を楽しむことにします。



「じゃんぷらんさんも クラブの忘年会参加しますね」
会場は川越のホテル。並んだ料理もちょっとリッチな忘年会です。



「今年の新会員を紹介します・・・・まずは じゃんぷらんさん! 前へどうぞ」
クラブの先輩に呼ばれました。

「え~ じゃんぷらんです ホンダではスカイダイビングやってます」
会場のあちこちで「へ~」と言う声が聞こえます。



実はホンダエアポートでは、スカイダイバーは独特の存在。
怖そうな人が多く、危ない雰囲気と言うか、ちょっと近寄れない空気が有ります。(当時の話です)

おまけに、パラシュート降下中は飛行ができず、飛行時間に応じて、訓練費やレンタル費を払うので、
「邪魔だ」と思っている人も少なくありません。

そのへんの、いろんな意味が含まれた 先ほどの「へ~」です。



「ジャンプやってる自分で言うのも何なのですが・・・・
ナビから帰ってきたときに、着陸直前にジャンプが始まってしまい、
旋回ホールドしてるときは、訓練費の計算して、パラシュート邪魔だなと思います。」



この自虐ネタで会場は大爆笑。
これをきっかけに、スカイダイビングについての質問攻めになりました。



「なんで、毎回個数が違うの?」(2人乗りのタンデムがいるからです)

「早く降りる時と、時間かかる時の理由は?」(初心者の降下率は遅いんです)

「ジャンプの人って、怖そうだよね」(そんな事ありません)



スカイダイビングについて聞きたいこともあるし、やってみたいとも思うがDZには
何となく近寄れないとの事。(当時はです 念のため)



確かに、DZは柄の濃いTシャツに短パン、サンダル履、サングラスが多く、
(私もDZでは、入れ墨柄のTシャツに、雪駄、サングラスでした・・・)

アメリカの映画でも、ジャンパーは大麻や喧嘩好きな命知らずの人間、といった描かれ方をされているので、
かなりの誤解があったようです。



本来なら、同じ滑走路を共有する者同士。

パイロットたちにはパラシュートの運動特性を知ってもらい、
ジャンパーにも飛行機の事を知ってもらうのが一番。



「何とかしなきゃ・・・」

と考えたのですが、なかなかいい機会に巡り合えず、やっとの事で計画したのは、
半年後の「ジャンパー&パイロット合同暑気払い」の宴会と、「パイロットのタンデム体験会」でした。

第17話 「高度1万フィートへ」 



30時間ほど飛ぶと、「高高度訓練」の科目がやってきます。

「高高度! いよいよ チャック・イエーガーに近づけるか?」
しかし、我々の「高高度」とは、ジェットが飛ぶような高度でなく、たかが10,000ft(3,000m)



しかし訓練機の「セスナ172」は、たった160馬力。
エンジン全開でも、10,000ftに上るのが精いっぱい。



昔、172でスカイダイビングを行った時、装備を付けた重い男が3人乗って、(パイロット合わせて4人)
頑張っても 9,000ftが精いっぱい。それでも上がるのに40分以上かかりました。



「今日の目的は3つ」 教官の指示を受けます。

  ① 最良の上昇速度と角度を知ること

 ② 高高度における舵の効き具合を理解(空気が薄いと効きが悪くなる)

 ③ 低酸素状態を経験

 ④ 高高度からの地形確認



「まあ、じゃんぷらんさんは ③と④はOKですね」

スカイダイビング機で12,500ft(富士山と同じ)まで上がっているので、③④は問題ありません。

普段は2,000~3,000で訓練しているので、10,000まで上がると関東平野が小さく見え、
迷う訓練生もいるようです。



「酸素が薄いと7割頭と言われる低酸素状態になるので、地上でよく予習しておくこと」
(自分は地上でも7割頭なので7×7=49%だな)




ホンダエアポートを離陸した訓練機は、東北新幹線の線路に沿ってゆっくり上昇します。

160馬力が唸りを上げますが、せいぜい毎分500ftの上昇率。
上昇中の速度は、たった75ノット。(135キロ)
下を見ると、新幹線にどんどん抜かれます。



30分かけて10,000に上がると、関東平野が地図のように一望できます。
足元には綿菓子をちりばめたような雲。

雲から頭を出した富士山。
カガミのように光る東京湾に浮かぶ貨物船。

東京湾からホンダエアポートに達する、光る荒川。



普通の訓練生はここで感動するらしいですが、私には見慣れた風景。

「じゃんぷらんさん、蛇行して下さい」

操縦桿を動かしても、空気が薄いのでスカスカな手ごたえ。

「螺旋降下からリカバリー」

「ストールからのリカバリー」

高空で不安定になり失速した時の、回復方法を体験し、また新幹線に沿って帰投します。



訓練費は1分600円以上なので、急降下して1分でも早く帰りたくなりますが、
早く降りると耳が痛くなるので、ゆっくりと降下。

この日の訓練費は、5分オーバーで 3000円以上の追加になりました。

      
 

翌週、この感覚を忘れないうちに、同じコースを単独飛行で上がります。
前の週より天気が良く、気流も安定。
機体はすべるように上昇していきます。



1人分軽いので10,000への到達も早く、証拠に高度計をカメラでパチリ。
上を見ると、青い空はまだまだ続いています。

「自分ひとりで浮いてるんだな~」



機体が軽いのでもう少し上がれそうです。

「内緒でもっと上がるか?」

ふと、映画「ライトスタッフ」で、テストパイロットのイエーガーが限度を超えて上昇し、
操縦不能で墜落するするシーンを思い出します。



「いかんいかん 帰ろう」

さっきタワーで待つ教官には、10,000に到達したと無線で報告もしたばかり。
訓練費がもったいないので、降下率上げてホンダに帰りましょう

第18話 「ケツの穴」 



「車は2次元、飛行機は3次元」 と思っていたのですが、実は飛行機は4次元でした。
前後、左右、上下、それに4つ目の「風」が加わります。



「どっち向いてんのー! アラインしなさい」 毎回のように、O嶋教官の怒号が響きます。

訓練が進むと、多少の横風でも離着陸の訓練を行います。
横風が強いと、滑走路に向かって機体は斜めに向いたまま、しかし位置はラインの延長上を飛行させます。


「早くウイングローにしなさーい!」

そのまま、斜めに向いたまま接地してはタイヤが傷つくので、機体を風上傾け逆に風下のペダルを踏んで、
機体を風の分だけわざと横滑りさせて着陸させます。


「機軸合わせーるうー!」

機体の前にはエンジンが有り、車で言うボンネットの形状が丸みを帯びているのと、
自分が左に座っているので、正面が解りません。


「教官・・・どうしても機軸が合いません。ラインまたげません!」

今まで順調に進んできた訓練も、すでに飛行時間40時間近く。
なぜかこのころ着陸に自信が持てなくなりました。



今後は1人でナビに出て、疲れて帰ってきたときに、飛行場の天候が急変する事もあります。

どんな状況でも着陸できる自信が無いと、ナビそのものに集中できない。
受験勉強でも、絶対的な自信のある教科を作れば、あとは気が楽になります。



そこで、訓練シラバスからは外れるのですが、自主的にタッチ&ゴーの訓練を、集中的に行う事にしました。
まずは自分の正面をとらえる練習。


「教官! なんでカウリング(ボンネット)に線を引いちゃいけないんですか」

左席の前のカウリングに、まっすぐ線を引いてくれれば、それに合わすことができると思ったのですが却下。
仕方がないので、教官に見つからない様に、汚れたカウリングに指で薄く線を引きます。
それと合わせ、目の前のフロントグラスに、小さくマークを付けます。


しかし、このセコイ作戦も、上空に上がれば見ている余裕もなく、機軸はバタバタ。
やっと着陸しても、いつの間にか滑走路の左側に接地。

どうすればラインをまたげるか・・・




その日の帰り、まっすぐ帰宅する事はせず、関越道に乗って反対方向の新潟に向かいました。
他の車がいない時を見計らって、左車線と右車線をまたいで走ります。
速度は着陸速度の65ノット(115キロ)



「この感覚を覚える」

自分の股の下に白線を吸い込む気持ちで走ります。
そして、長いこと走ってる間に、あることに気が付きました。



「白線を金玉に合わせろ」と良く言われるのですが、(さすがに女性のO嶋教官は言いません)

今までなかなか上手くいきませんでした。
しかし、高速道路を往復して会得したのは・・・



「金玉じゃ無く、ケツの穴だ!」 


自分の体の重心が、ケツの穴にあるらしく、ケツの穴で白線を吸い込む気持ちで走れば、
まっすぐ線上を走れます。



「これだっ!」

翌週のタッチ&ゴーは、見事にセンターに着地!。
これで一つ自信が持てました。

第19話 「初ソロナビ」 



「じゃんぷらんさん 来週はソロナビに出てください」

飛行時間は40時間。
離着陸の集中訓練で足踏みしたものの、無事にソロナビ審査に合格し、いよいよ1人で遠くに飛んで行けます。



コースは 桶川→足利→小山の 三角コース。
1時間ちょっとで回ります。



今までのソロフライトでは、出発前の機体点検には教官が立ち合っていましたが、
この頃からは機体点検もエンジン始動も、帰投してエンジン止めて帰るまで教官はタッチしません。

全て自分の責任で飛行します。



ホンダを離陸し、自分ひとりの訓練機は一路北へ。
1人と言ってもやることは同じ。首から計算尺を下げ、地図を広げて飛行チェックポイントを探します。




「第一ポイント 足利駅到着」
各ポイントで、次の到着時間を計算し、タワーのO嶋教官に無線で報告。



足利から小山駅まで右旋回で回る訳では無く、いったん真上を通過し左に270度旋回し、
また足利駅上空を通過した時点で計算開始。



「ネクスト小山到着予定 ○○時○○分」と無線で報告。
足利から小山まで、左手に赤城山がきれいに見え、正面には筑波山も見えます。
小山駅は大きな駅なので、間違えることはありません。



少し余裕が出てきました。

「飛行時間40時間かぁ。昔の特攻隊はこのくらいで突っ込んだんだよなぁ~」

訓練科目にはもちろんありませんが、水平飛行で左右に翼を振ってみました。
バンクと呼ばれる、飛行機の挨拶です。



「ここまで来れるとは思わなかったぁ」
ここまでとは、もちろん足利や小山の事ではなく、ソロナビの意味。

訓練費も最初の100万の予定を大幅に超え、トータル200万ほどの資金を使っています。
しかし、訓練はまだまだ半分。

「このままライセンスまでたどり着けるとは思えないが、まあ行けるところまで行こう」
とまあ、いつものいい加減さが出てきます。



小山を回った機体は、ホンダに向けて針路をとります。
このあたりには、自分が設計した大きな工場が有るはずですが、さすがに寄り道はできません。
渡良瀬を通過し加須に達します。ここにも昔通っていた現場が有るのですが、残念ながら寄れません。



久喜で降下を開始して、無事にホンダに着陸
前述の集中着陸訓練のおかげで、着陸にはなんの不安もありません。



「楽しめましたか?」

ソロの時は教官はにこやかです。

「ハイッ 満喫しました」

「じゃあ、次の目標は中間チェックね」

もうしばらくしたら、訓練課程の2/3に達したかどうかのチェックが行われます。


第20話 「計器飛行」 



「じゃあ フード被って」

と言われ、大きな庇の付いた帽子をかぶります。
これをかぶると外は見えなくなり、コックピットの計器だけを頼りに飛行することになります。



私が目指している自家用ライセンスだけでは、いわゆる計器飛行をすることはできません。
「計器飛行」とは全く外が見えない悪天候の中を、計器と管制の誘導だけで飛ぶ方式。
これには「計器飛行証明」という無茶苦茶難しい試験にパスしなければなりません。



しかし、自家用でも間違って雲に入ったり、突然の悪天候に遭遇する事もあるので、
経験させる程度の計器訓練は行います。



計器盤の針だけを見ると、体の感覚と計器の表示を脳が合わせられなくなる、「バーディゴ」に
陥って墜落する危険もあります。

それを克服するために、計器を信じろと、自分に言い聞かせながら飛ぶことになります。



「針路、○○○ 高度○○○に合わせて」

教官の指示で、ゆっくりと計器の針を合わせます。



「高度、速度、姿勢、針路・・・」

教官が指示を出すとおりに、目線を計器に合わせます。



「全部の計器を流れるように読むように」

昔ながらのアナログ計器なので、針の振れで数値を判断します
これがデジタルの数字だと、数字は読めても変化が解らず判断が遅れます。



昔からPCのシミュレーターで遊んでいたので、計器の数値に合わせるのは得意のようで、
今日は教官の機関銃には撃たれません。



計器のみで、不安定姿勢からの回復練習も行います。
不意に雲に入り、姿勢を崩して失速した事を仮定した訓練です。

教官はわざと不安定な姿勢にした状態で「YOU HAVE」と私に操縦を任せます。
「I HAVE!」 操縦桿を握り、計器を見て回復。



「ほお~ 今日は良いねえ」

教官も満足の回復処置でしたが、実は操縦桿は軽く握っただけで何もしていません。
飛行機は自分で回復したんです



「スカイダイビングはバーディゴにならないの?」
と、教官に聞かれたことが有ります。

「ジャンプでは雲の中に入って視界が無くなっても、体で風を受けてるから、自然に安定するんです」



飛行機も同じなので、いざとなれば私が操縦するより、手を放して飛行機の回復力に任せたほうが安全です。

自分が手を伸ばして飛行機になって、体に風を受けるイメージは、
スカイダイビング出身の訓練生でないと分からないだろうなあ~。