の羽根 』


≪ 六、待ち受ける者 ≫





情報は、いとも簡単に手に入った。


「ええ、この辺りは景色も綺麗だしゆっくり歩ける散歩道もございますよ。通りに出ればお店も沢山ありますし。」
「だけどお客さん、これだけは約束して下さいまし。」
「決して、裏の山の奥にだけは近付かないで下さいな。」
「あそこ辺りには今、おかしな連中が屯していて、行った者は誰一人帰ってこないんです。」
「近々警察も動くと言うし、それまでは危ないので近付いてはなりません。」
「そこにさえ行かなければ大丈夫ですから、山を散歩するなら向かいの山にして下さいましね。」


客への気遣いなのだろう、外へ散策に出ようとする客には皆、丁寧に説いているらしい。
その優しさは、今の緋村たちにとっては別の意味で有り難いものでしかない。


「ありがとうございます、ではそちらへは近付かないようにしましょう。」


―――手掛かりを、有難う。







翌朝、緋村は巴を宿に残したまま調べに出向くことにした。
本当なら離れたくは無いが、危険があると判っている以上そうも言っていられない。

「いってらっしゃいませ、あなた。大丈夫、私はここにいますから。」

ふわりと微笑まれてそう送り出され、緋村もまた僅かにはにかんでその白い額に口付けをひとつ落とし、出て行った。

出口で仲居の一人に捕まり、しかし貴重な情報を得て、逸る心そのままに駆け足で宿を飛び出る。






だから彼はこの数秒後、同じ宿の出口へ出てきた2人を知らない。

宿の出口で緋村にしたのと同じ説明をしながら、その片割れの男を見てとても不思議そうな顔をした仲居のことも、何も知らぬまま。

そしてまた後から出てきた男―――剣心も、宿から飛び出していった緋村に気付く術も無く。


限り無く近付き、けれど僅かにすれ違ったまま。
複雑に交差する運命は、くるくると・・・狂々と、廻り続けた。


軋んだ歯車の進む先、それが何処へ向かっているのかまだ、誰も知らない―――。






それから数刻後。
緋村は近付くなと言われた裏の山の中腹辺りで、追われていた。

偽抜刀斎の一味にではなく、何故か―――警官隊に。


「待て貴様―――!!止まらんか!!」


人の近付かない山の中、それも敵の本拠地へ赴くとあって、緋村は山に入ってから刀を袋から出し、腰に差していた。
そしてしばらく歩いたところで、おそらく斥候と思われる若い警官隊に見つかり、その刀のせいで偽抜刀斎一味だと誤解され、追われる羽目になったのだ。
説明しようとしても聞く耳持たずの彼らに、緋村は仕方なく斬りかかってきた1人を軽く往なしてこの場は逃げようと思ったのだが。

この斥候の警官隊、若く脚の強い者だけを選りすぐったのか、中々撒けない。
だがそれだけではないことも緋村は気付いていた。

(地元の人間・・・それもこの山に詳しい者たちか。)

ただ足が速いだけの相手なら、逃げ切る自信はある。
緋村が比古師匠の元で修行に励んでいたのは京都の深い山中、山道や獣道にも慣れている。

だがそれを補って余りある地の利は、今彼らが握っていた。
この山を知り尽くしているのだろう、別れ、回り込み、実に効率よく追ってくるのだ。

土地勘の無い人間が、その地を良く知る者から逃げるのがどんなに困難なのか良く知っていた緋村は、ともかく街へ・・・人ごみの中へ紛れてしまえと、踵を返して街の方へ走り出した。


「! いかん、ヤツは街へ下りる気だ!」
「伝令! 直ぐにこのことを本部へ知らせろ!!」

(チッ、気付かれたか。)

緋村が向きを変えた途端に警官隊から声が上がり、すぐさま一番足の速い警官が一人脇道へ逸れた。
だがここまで直ぐに見抜かれたと言う事は、緋村が今走るこの道はそれだけ真っ直ぐ街へ下りられるのだろう。

僅かにスピードを上げて、獣道を駆け下りた。





「報告致しますっ! 只今一味の根城と思われる山中で太刀を帯びた一人の怪しげな人物と接触、斥候隊は追跡中! 単身痩躯で緋色の髪の妙に足の速い男ですが、街に下りてきます!」

先程道を逸れた伝令の警官は、真っ直ぐ警察本部へ。
そこの一室で、事件を一任された者へ報告した。

伝令役の青年が言い終わるや否や、青年が入ってきた時には書類から目も上げなかったその男がぴくりと反応を返し顔を上げた。


射殺すような、視線。


「・・・単身痩躯、緋色の髪に太刀・・・だと?」

咥えた煙草から床に灰が落ちるのも構わずに男がガタリと立ち上がる。
その余りの迫力に、青年は反射的に一歩後ずさった。
背中に冷たい汗が流れ落ちるのを他人事のように感じる。

一歩脚を引いた状態で凍り付いてしまった彼をまるで無視し、その男はとても不機嫌そうに視線を逸らして呟いた。

「今回はあの比留間のような似ても似つかぬ阿呆では無いか。それとも・・・。」
「あ、あの・・・。」
「まぁいい、そいつはどの道を降りている?」
「は・・・はっ! あのまま行けば『梅薫楼』の裏手の道に出るかと思われます!」
「そうか。・・・今から俺の言う場所へ各小隊を配置しろ。そいつを生け捕りにする。」
「はっ!!」





(おかしい・・・・・・何だ、この感覚は・・・!)


街に下りた緋村は、待ち受けていた小規模のいくつもの警官隊に代わる代わる追われていた。
人混みに紛れるために下りてきた筈なのに、そのせいでちっとも大通りに出られない。

そしてそれ以上に・・・この既視感のような奇妙な感覚に、酷い焦りを感じていた。

(間違いなくどこかへ誘い込まれている・・・だがそんな事よりもこれは、この感覚は―――!)

そう・・・似ているのだ、この感覚、この追い込み方は。
まるで、あの頃。




新撰組を追いつ追われつ、幕末の京都を駆けていた時のそれに、酷く・・・・・・。




「何故ここにいるのかは知らんが・・・貴様は『偽』では無いようだな、抜刀斎。」

「・・・・・・お前は・・・・・・・!!」



緋村の瞳が、驚愕に見開かれる。



音も影も、気配すら無くふいに緋村の眼前に現れたのは。

牙を持つ最後の壬生狼―――斎藤 一、だった。







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2006.10.20