『 紅の羽根 』
≪ 八、化け狐 ≫
その日、署内で一番の美人でミーハーと誉れ高い(?)女性巡査・佐藤明美は浮かれていた。
仕事の腕は超一流、しかも渋い男前と噂に名高い東京の『藤田警部補』が、この界隈で起こっている抜刀斎事件の指揮を執るべくこんな辺鄙な場所にやってきて、今初めてその顔を見れるチャンスを掴んだのだ。
先程何やら妖しげな男を捕まえてきたらしく、充てられた一室に連行したとのこと。
流石藤田警部補、早速お手柄ね!と思ったのも束の間、何故かその部屋にお茶を運ぶようにと部長からのお達しを受け、ガチガチに緊張していた後輩に『私が代わってあげる』と優しい先輩の振りをして摩り替わった。
(憧れの藤田様に会える絶好の機会! 逃してなるモノですかッ!!)
来客用、しかも特上の陶杯にこれまた署長の隠していた特選コーヒーを淹れて、明美は浮かれまくった気分でドアをノックした。
―――何故そのコーヒーが『4つ』なのか、他に誰が居るのか聞きもしないまま。
「失礼します、コーヒーをお持ちしました。」
ドキドキと胸を高鳴らせながら、しかし出てきたのは憧れの藤田その人ではなく。
「あ、すみません有難うございます。えーと、今修羅場なのでしばらく近付かないで下さいね。危険ですから!」
半開きのドアから顔を覗かせたのは、紅の髪の絶世の美女。
焦ったような笑みを張り付かせて陶杯の載ったトレーを受け取った。
(なっ、何よこの女! 何でこんなのが藤田様のお部屋に・・・・・・・・・・っ?!)
せめて藤田の顔だけでも! と身体をずらして部屋を覗き込んだ明美は、真白になるほど充満した煙草の煙に大いにむせた。
開いたドアから煙が逃げ、その臭いと煙に涙目になりながらも諦めず凝視した先には3人の男。
(こっちのそっくりな2人は双子かしら? ・・・ということは、奥のあの方が・・・!!!)
目を輝かせた直後、斎藤から向けられたのは不機嫌絶頂・怒気を通り越して殺気立った視線。
数少ない女性警官とは言っても所詮一般人、彼女は感激のあまり・・・いや、その視線にやられてふらっと意識をなくし、倒れこんでいった。
(ああ神様仏様・・・憧れの彼は物凄く格好良かったけれど、まるで鬼のような目をした人でした・・・・・・。)
―――今の斎藤を以てして、『鬼』とはあながち外れていまい。
「・・・・・・・・・。」
(ち、沈黙が痛い・・・!!)
とりあえず明美の持ってきてくれたコーヒーを置き、応接のソファに座ったもののは針のむしろ状態だった。
窓は開けたので煙はだいぶ逃げてくれたが、デスクに寄りかかった斎藤の煙草の勢いは衰えず。
何より此処まであからさまに注目されると、話し辛くて仕方ない。
ずず、と行儀悪く啜ったコーヒーは、味もわからなかった。
「・・・・・・おい。いい加減にしろ。」
「ぅはーい・・・。」
とうとう痺れを切らしたのは斎藤。
灰皿にこんもりできた吸殻の山を見るに、この男にしてはよくぞここまで耐えた、といったところだろうか。
「何故ここに抜刀斎が2人居る。しかも1人は『当時の』抜刀斎。これはどういうことだ。」
「話せば長ぁぁぁぁくなるんだけど。・・・どこから話せばいいのやら?」
開き直っておどけて答えるの前で、今まで黙って座っていた剣心が口を開く。
「拙者も全て説明してもらいたい。何故・・・『抜刀斎』が、拙者とは別に存在しているのでござるか? それにここへ来たとき小耳に挟んだのだが、、お主今密偵をしているとはどういうことでござる・・・?」
「密偵・・・?」
の隣で、緋村もピクリと反応する。
この世界に飛んできた時に比古の小屋であらかたの説明を受けた緋村には、今現在目の前に居る剣心が『この時代の自分』であることにうすうす気付いていたが。
『密偵』の一言は、解せない。
そしてそれよりも今、彼が疑問に思うのは。
「俺が聞きたいのは一つだけだ。新撰組と仲間とは一体どういうことだ!」
三者三様に質問されて、全ての鍵を握るは内心どう説明しようか迷っていた。
志々雄との闘いで『飛んだ』ことは、何せ目の前で起こった事なので斎藤も知っている。
知っている筈だが、が密偵になった時からずっと斎藤にその事を問い質されたことは無かったので、自分が『月の一族の異端児』であることは言っていない。
斎藤に知られたからどうということも無さそうだが、果たしてこの男、そんな突拍子も無い事実を信じてくれるのだろうか。
信じるどころか、そんな話をしただけでも斬りかかられそうに殺気立つこの男が。
だがだからと言ってこの場を上手く切り抜けられるような嘘も・・・・・・。
(あ、そうだ。)
「えっと、こちら! 実は剣心の生き別れの双子の弟でした!わぁだからそっくりなんだー!
・・・・・・・・・とかってのは、駄目? あ、駄目ですかさいですか判りましたから刀を納めて組長ぉお!! っぎゃ――――!!!」
「組長・・・?」
「・・・ヤクザ?」
がきんっ、と鈍い音がして、斎藤の刀とのそれが噛み合う。
呆然と呟く緋村と剣心を他所に、堪忍袋の緒を引きちぎった斎藤がそれでも刀を引いた。
「次にふざけた事を抜かしたら問答無用で斬り殺す。正直に全て話せ。それと『組長』は止せと何度言ったら判るんだこの軽い頭は。」
ごっ。
自らの刀を納めているの隙を突いて、斎藤の拳がの頭に落ちた。
「ったい! 何しやがんだこの暴力警官め・・・。」
「上司に向かって口答えするな。さっさと質問に答えろ。」
「「上司?!!」」
緋村たちは何だか見てはいけないものを見てしまった気がした。
あのが、殴られたのに口答えするだけで反撃しない!
それに、上司、とは・・・。
「あーもーあんまりごちゃごちゃ考えるのは嫌いじゃないけど面倒臭い。全部答えるから、『信じない』ってのはナシね!」
片手でぐしゃ、と前髪をかきあげて。
「はいはい、全員紹介します!」
勢い良く挙げた手で、びしぃ!とまず剣心を指して。
「この人!『今この時代』の緋村剣心! 現在は逆刃刀を持つ不殺の流浪人で神谷道場に居候中。次!」
次に、斎藤にその手を向ける。
「組長!『今この時代』の斎藤一! 現在は『藤田五郎』で警視庁の密偵で今の私の上司。んでもって、」
最後に、隣に座る緋村へ。
「この子! 私が志々雄との闘いの後『飛んでった世界』から一緒に『今この時代』に飛ばされてきちゃった緋村剣心ちなみに18。若いね!」
そして、手を下ろして、一息。
「私。。『月の一族の異端児』で、世界を渡り歩く女。 以上!」
紹介終わり!と宣言するだったが、ふぅっと紫煙を吐き出した斎藤が、そのに一言。
「まず人間の言語で話せ、化け狐。」
「酷っ! ってか人外扱い!?」
―――どうやら皆が納得するまでには、まだまだ時間がかかりそうであった。
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2006.10.22