『 紅の羽根 』
≪ 九、明暗 ≫
『後で私もそっちに行くわ、アンタ達は何処の宿にいるの?』
とりあえず、大雑把ではあるが斎藤と剣心、緋村に説明をして。
はそんな事を言った。
「はー、図らずも同じ宿にいたってのもビックリだけど、お互いに気付いてなかった2人にもビックリだわ。」
「下らん。そんな事はどうでもいい、さっさと報告しろ。」
「下らんてアンタね・・・。まぁいいや。」
緋村と剣心が帰った執務室。
兎に角たまった煙を追い出そうと窓を開けてバタバタと扇いでいたに、不機嫌そうな声がかかった。
「偽抜刀斎の一味なんだけど。首領はどうやら元維新志士・山口啓介、単身痩躯で長髪ってのは本物と同じね。剣の腕は私の知ってる限りからきし、そして今の奴の姿を見た事があるのはほんの少数の側近だけ。あの山の中腹、奥に洞窟を利用した根城があるんだけど入り口は狭いのが1つだけ、門番が常に張り付いてるから忍び込むのは不可能。地元の人に聞いた限りでは洞窟自体は広いらしいし、中に少なくとも20人以上入っていった。洞窟内の地図は地元の山好きなじーさま連中が持ってたわ、書き写したのはコレ。・・・・・・とりあえずこんな処ね。」
一気に喋り、冷めたコーヒーを口に運ぶ。
一口飲んでその味に顔をしかめ、つかつかと斎藤のデスクに歩み寄った。
「・・・・・・・・・おい。」
「いーじゃない1本くらい。」
机の上に出していた煙草を勝手に一本抜き取り、火をつけてさも旨そうに紫煙を喫む。
「・・・・・・どーでもいーけど、組長。コレちょっとキツくない?もっと軽いのにしときなよ。」
「余計なお世話だ。」
文句を言うを一言で黙らせて、斎藤はふと、どうでも良い事を思い浮かべた。
が密偵となって、数ヶ月。
斎藤の下へ配属となったのは3ヶ月程前だが、それ以来、意外にも優秀な働きっぷりに此方が驚かされることも幾度かあった。
今回の件にしても、僅かな間に姿の見えない首領の名前まで調べ上げてみせた。
そしてその首領・元維新志士―――彼女にとってかつての仲間だった者、人物に関する情報はこれ以上調べるまでもないだろう。
だが、その合間に・・・・・・今のように、ただ煙草を喫みつつどこか遠い目をしている時。
斎藤には不思議に思うことがある。
(先程の抜刀斎の台詞じゃないが・・・よくコイツは『俺の部下』という立場で涼しい顔をしていられるな。)
思えばは、お互い密偵としての初対面のときからあっけらかんとしていた。
を『紅羽』だと知らなかった人事部が、選りにも選って斎藤の部下にと異動命令を下し。
そうして辞令を持って来たを見たときは、何の冗談だと思ったのだ。
「・・・何ヒトの顔見て考え込んでんの組長。」
「いや・・・お前が初めて此処へ来たときのことを思い出しただけだ。」
「ああ、あの時かぁ。組長のあの顔にも驚いたけど、何よりその後が大変だったよねぇ。」
「・・・・・・・・全くだ。」
そう、がここへ来て、辞令を提出して。
斎藤は思わずそれが本物かどうか確かめてみたりして。
そうして、『何の冗談だ』と問い詰めてみれば『目の前のソレが真実よ』等と爽やかに返された。
2人してため息を付いて、まぁお上がそう決めたならそれで、と、本人達はいともあっさり受け入れたのだが、どこをどう通ったものか、それが川路の耳に入ったらしくあの背の低い男が血相を変えて飛び込んできたのだ。
・・・・・・・・隣に、真っ青になった人事部長を従えて。
「あの時の川路さんの顔ったらなかったわ! 今思い出しても笑えるし。」
「・・・お前な・・・。」
川路がその辞令を破棄しようと慌てて飛び込んできたとき。
何時に無く慌てたその顔を見て、目の前の女は爆笑したのだ。
そしてあっさりと、何でもないように『別にこのままで良いですから。』と爽やかに―――しかし有無を言わさぬ笑みでもって追い返した。
「・・・何故、あの時承諾した?」
「あ? 何を・・・って、『今の立場』のこと?」
「それ以外に何がある。」
「いちいちつっかかるわねー。・・・・・・まぁ、強いて言うなら・・・貴方が『新撰組』のままだったから。」
そう言って、斎藤に向き直ったは酷く透明な笑みを浮かべていた。
「貴方がもし新撰組の誇りも掟も捨てて、敵であった政府へ寝返りただの狗と成り下がっていたなら絶対承諾しなかった。けれど貴方は何も捨ててなかったし、あくまでも『斎藤一』で居た。だから、かな。」
『新撰組』の掟も誇りも正義すら、何も変わっていないのは志々雄戦の時から知ってたんだしね、と言いつつへにゃりと笑ったその顔は、先程の笑みを浮かべていた人物とは同じと思えない程気の抜けた表情で。
「・・・まぁいい。 で? まだ何かあるんだろう?」
「流石組長。気付いてたの。」
「用も無くお前が暢気に世間話なんてするタマか。」
「うーん、その認識もどうかと思うけど・・・・・・うん。一つ、気になる話を聞いたの。」
ぎゅ、と煙草を灰皿へ押し付けて、向き直った。
それは意外にも真剣な顔で。
「山口は元維新志士。私は直接の面識は無いけど、話くらいなら聞いたことがある。だからおかしいの。」
斎藤は新しい煙草に火をつけて、無言で続きを促した。
「・・・山口は、口は上手いけど剣の腕はからきし。とても『人斬り抜刀斎』を騙れる腕じゃない。腑に落ちなくて調べてみたら、側近に妙なのが2人居た。その片方が多分『抜刀斎』当人。」
「つまりその側近の一人が下手人と言う訳か。で、もう一人のその側近とやらは何なんだ?」
「おそらく。・・・もう一人は、薬師とも予言者とも呼ばれていた・・・これは推測だけど、催眠術師じゃないかと思う。」
「そいつらを上手く煽動しているのが山口か。・・・フン、下らんな。」
「私もそう思うけどね。・・・ま、報告は以上よ、私は剣心たちのとこに行って来るわ。」
「おい、ちょっと待・・・!」
言うが早いかは近くの窓から飛び降り、あっという間に走り去ってしまった。
これからの事も話があったのだが、斎藤が窓から身を乗り出した時には既にその姿は見当たらず。
「チッ、あの阿呆・・・。」
戻ってきたら死ぬ程こき使ってやる、と物騒な台詞を呟いた。
その頃、剣心と緋村は。
警察署からの帰り道を、お互い無言で歩いていた。
互いに自分の思考に嵌っていて、相手のことまで気が回らないのだが、傍から見ればそれは異様な光景だったかもしれない。
そっくりな2人が物騒にも腰に太刀を帯び、真剣な顔で何かを考えつつ無言で並ぶ。
すれ違う人々は、思わず道を開けた。
(は、この人物を『違う過去の拙者』だと言った。だがこの人物ものことを知っている・・・どういう事でござろうか。それに18歳ということは、まだ薫殿には出会っていない頃、か・・・。)
(この時代の俺か。・・・維新の成った後、流浪人になったのは判る気もするが、逆刃刀って・・・? それに10年後、『この自分』はどうしているんだろう・・・。)
警察署から梅薫楼までは歩いて30分程。
どの位そうして無言で歩いていたか・・・一人で考えていても埒が明かないと口火を切ったのは剣心だった。
「お主は・・・が言うには違う過去とやらから来たとの事だが、今と何が違うのでござるか?」
「・・・・・・・・・、え?」
いきなり話しかけられた緋村はちょっとびっくりした顔で振り向いた。
「違う過去、と言われても何が違うのか判らぬ。それに『人斬り抜刀斎』も・・・知っている、ということは、少なくともその頃までは同じなのでござるか? 拙者一人で考えていても判らないでござるよ。」
「あ・・・ああ。」
剣心の疑問は最もだ。
自分とてあの時―――比古師匠の小屋へ飛ばされて来た時、散々に詰め寄って説明させた。
たった一人の死がその後の明暗を分けた維新。
そしてたった一人の生が、その先の人生に大きな隔たりをもたらした自分。
生きていた巴、死んでしまった桂、成し得なかった維新。
殺してしまった巴、生き延びた桂、そして維新の成った世界。
昔語りは其処から始まった。
どんなに願っても焦がれても、手の届かぬ鏡の向こうに引きずり込まれたのは果たしてどちらだったのか。
異なる筈の未来が、交錯する―――。
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2006.11.2