『 紅の羽根 』
≪ 十一、来訪者 ≫
「これは確かに私も考えたけど・・・でもだからって、実行するとは思わなかったわ。」
一夜明けて、は警察署に戻っていた。
そこで徹夜明けの斉藤にこってり絞られ、作戦の最後の詰めを全部任された。
ちなみに斉藤は仮眠中だ。
「あーあ・・・。こんな事なら言わなきゃ良かった・・・。」
ぼそり、と呟く声を聞くものはこの部屋には居ない。
それをいいことに、はテーブルに書類をぶちまけた。
「この位しても許されるよなー、うん。」
そしてまたしても勝手に、斉藤の机から煙草を取り出し火をつけて。
そのまま深呼吸するように深く吸い込み―――息を、吐いた。
舌先から喉、肺腑へ。
きつい苦味と刺すような刺激。
焼け付くようなこの感覚は、嫌いじゃ、無い。
一息ついて、やっとすっきりした思考を先程の書類に向け直した。
無茶苦茶な・・・しかし、効率は最も良いだろうと予測させる、それ。
「まぁ・・・私が組長の立場なら間違い無くこれを実行するけどね。」
洞窟の地図を見て覚えた違和感。
大体にして、出入り口が1つなんて有り得ないのだ。
が調査したときには欠片もそんな情報は得られなかったが、地図を見れば何となく想像はついた。
2箇所ほど、地表に近い地点がある。
何かあった場合、そこを崩せば外へ出られるだろう。
斉藤の立てた作戦は、こうだ。
その出口となるであろう2箇所の地表にそれぞれ割けるだけの人員を配置。
が唯一の出入り口から侵入、少し入ったら咒式で入り口を爆破して閉ざす。
中で適度に暴れて追い立て、奴等が外へ出てきたところを纏めて捕縛。
今のは咒式使用の制限がかなり緩い。
あまりにも高位なそれでなければ、多少使った処でなんの影響も無い。
今此処に炸裂弾のような物騒な兵器が無い以上、が出向くのが一番手っ取り早い上にリスクも少ない。
斉藤がそれらを知っているからには、この位平気で言い出すのは元より承知の上だ。
「にしても・・・人員配置っつったって、こんなモン適当に・・・いっそあみだクジでもさせりゃーいいのよ。」
どうせ片方には斉藤が付くんだし、と愚痴を零す。
一度口に出したら最後、一人ひとりの力量を見て等分に分けるなんて仕事が本当に面倒臭くなってきた。
「あーもー止め止め! 番号順でいいや、奇数が1班で偶数が2班。組長はどっちでも好きな方に付けばそれで良し、っと。」
ぐりぐりぐり、と書類に適当に書きとめて、は羽根ペンを放り出した。
机と床に小さなインクの雫が飛んだが、そんな事は気にしない。
「さーってと、私も仮眠しよっと。毛布どっかにしまってなかったっけ・・・?」
ごそごそと部屋の隅を漁っていた、時。
コンコンコン。
「藤田警部補、補佐官、宜しいでしょうか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・。」
無粋なノックの音と、呼び声。
誰が補佐官よ!といっそ無視してやろうかと思った矢先、そのドアの外の気配を察知した。
「え・・・・・・?」
それは、にとって予想外の人物。
心傷も癒えぬ矢先、こんな所に来る筈もないと思っていたのだが・・・。
「・・・はい、どうぞ。」
「失礼します!」
案内役の若い警官の背後。
ひょこりと現れた人影に、先程の気配は間違いではなかったとは苦笑した。
「せめて今日くらい、お互いに色々話もあるだろうと思ってたんだけど?」
「話など・・・昨夜ので充分でござるよ。」
「5人で顔を合わせてお互い全部話したんだ、これ以上何もないだろ?」
「それにしたって・・・もう、折角人が今朝はこっそり抜け出してきたってのに・・・。」
「あんなの、バレバレだ。」
「は気配を消すのが下手でござるからなぁ。」
余計な心配は無用、と言外に告げる表情で、2人は笑っていた。
お互いに対するわだかまりも違和感も、決して消えた訳では無いのに。
ただ、2人は『同じ人物』だが『違う個人』なのだと。
それさえ判れば、後はもうどうでも良かった。
剣心は薫を、緋村は巴を。
愛することが出来るなら、もう、どうだって良かった。
だから、笑える―――。
「・・・何か、『姉』っつーより『母親』の気分かも・・・。」
「え?」
甘ったれだと思っていた幼子は、いつの間にか頼もしい大人の男になっていた。
そんな息子が家を出る時、母親は正にこんな気分なのだろうか。
そんならしくもない考えが思わず零れ、怪訝そうな顔をした緋村を愛想笑いで誤魔化して。
「そういえば、こんな所までどうしたの? 何か用でもあった?」
「「・・・・・・。」」
そっくりの顔で同じように呆れた顔をして、2人は。
「俺たちの偽者を、俺たちが放っておく訳にはいかないだろ!」
「拙者たちだけ蚊帳の外、なんてそんなのは御免でござるよ。」
「・・・まぁ、そうよね・・・。」
使える人材が増えるに越した事は無い。
けれど、斎藤が仮眠から覚めた後の騒動を思って、は『ははっ』と乾いた笑いを洩らしたのだった。
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2006.11.10