の羽根 』


≪ 十四、対面 ≫





「ようこそ、歓迎するよ。」


扉の向こうに居たのは、2人。
奥には、天井から大きな布が一面にかかっていた。
その向こうにも気配があるので、多分まだ何人か居るのだろう。

「・・・ようこそだなんて。随分余裕だな山口?」
「ああ、貴女は確か・・・『紅羽』か。それに本物の抜刀斎も来ていたとは・・・。」

くっくっく、と焦りも慌てもせず、心底可笑しそうに山口は笑っていた。
斜め後ろに立っていた男は長いマントとフードを被っていて顔は見えないが、こちらも落ち着き払っていて。


この2人は、生け捕りにしなければならない。
闇雲に斬りかかって良い相手ではないのが少し面倒臭い、と内心ぼやきながらもは注意深く一歩を踏み出した。


こつ、こつん、かつ。


一歩、二歩と間合いを詰めるが、それでも2人は微動だにしない。
そして緋村は、先程から感じていた奇妙な気配を探り―――それがどうやらフードの相手のものらしい、と気付いた。


(何だこの感覚・・・あいつは誰なんだ・・・・・・?)


「とりあえず警察に連れてかなきゃならないんだけど・・・、抵抗は諦めてるんだな?」

落ち着き払った態度が逆に不気味で。
だがその問いかけにも、山口は薄く笑った。


「抵抗なんてする気は無いさ。どうせ死ぬのはお前達だからな。」


そう言い終るなり自分の口に布を当てて、奥にかかっていた布を手繰った。
どうやら天井に固定されているらしいそれはカーテンのようになっていて、その奥からもわ、と煙が流れてきた。

「―――!! 緋村、吸い込むなよ!」

(これは、この煙は・・・!!)

「無駄だよ。この洞窟内には常に少しずつだが『コレ』を流しているのさ。お前達は此処へ来るまでにどれ程吸い込んでいたのだろうね?」

布を当てているせいでくぐもった山口の声。
緋村は咄嗟に息を止め袖口の布で鼻と口を覆ったが、吸い込んでしまったのだろう、くらり、と酩酊感を覚えた。

・・・、これ、は、まさか・・・!」
「・・・・・・阿片・・・・・・?」

「ご名答! やはり知っていたか2人とも、いや流石だね。」

布を頭の後ろに縛り付け、ぱちぱち、と拍手を送る山口。
だが、その後ろのフードの男・・・煙に近いところに居るのに、呼吸器官を塞ぐ様子も無くただ立っている。

(・・・?)

は奇妙だ、と思った。
薬物にもある程度慣れ、これくらいの煙なら大して問題にならない自分。
それはあまりにも長い年月を生き、少しずつだが体が変化していっただからこそ。
普通の人間―――緋村のような―――であれば、何らかの異変が起こってもおかしくない。

慣らされて、いるのだろうか。
だとしたら厄介だなと、内心で舌打ちした。

「ふふ・・・不思議かね? 彼は大陸に渡っていたらしくてね、こういった薬も知らない訳じゃないそうなのだよ。」

ちら、と山口はフードの男に視線をやり、

「そんな彼を薬漬けにするのは骨が折れるだろうと思っていた。だが・・・抜刀斎、お前にやられて廃人になりかけていた彼はあっさり捕まったよ。そこからはこのとっておきの薬で一発さ。」

この改良型の阿片を更に精製した新薬でね・・・。

言いながら山口は布の奥にあった、大きな香炉にサラサラと白い粉を振りかけた。
途端にまた煙が勢いを増して充満する。

「っぐ、・・・っ、」
「緋村!」

濃度を増した煙に、がくりと膝を付く緋村。
もまた、頭の芯がクラクラしてきた。

(不味い・・・これ、は。 ・・・阿片、なんかじゃ無・・・!)

山口は、『とっておきの薬』、『改良型の阿片を更に精製した新薬』だと言った。
そしてこの効き目の速さと酷さ・・・それらから、はこの煙の正体を確信した。


(・・・ヘロイン・・・!)


ヘロインとは、阿片を精製した麻薬であるモルヒネを、更に精製して作られる極めて危険な麻薬である。
1874年、ロンドンで初めて合成されたそれは、特に注射器での投与により強烈な麻薬作用を引き起こす。


それは、こうして焚かれただけでも、阿片などより余程強力な・・・。


咄嗟に小さく咒式を発動し、は己と緋村の体内にメサドンと呼ばれる物質を合成した。
これもまた扱いを間違えれば危険な薬品だが、一時的に麻薬の効果を抑える事ができる。

「お喋りはここまでだ。そろそろ死んで頂こう。」

山口が手を振り上げるのを合図に、今まで微動だにしなかったフードの男がゆらりと動いた。
自らのフードに手を掛け、ゆっくりとめくられる。


「義弟に葬られるなら本望だろう、なぁ抜刀斎・・・?」
「な、に・・・!?」


現れたのは、真白に色の抜け落ちた髪。
虚ろな瞳で此方を見やる、



「雪代、・・・縁・・・・・・!」
「縁・・・此奴が・・・?」



緋村が縁と出会ったのはまだ彼が幼い頃だったが、面影は残っている。
そしてもまた、手配書の人相書きで見たことはあった。

「・・・似顔絵、似てなかったのね・・・。」
「は?」
「いいえこっちの話。それより、あの子が巴の弟、なの・・・。」

(作戦変更だわ。この子は出来るだけ無傷で取り返す。)

当初、殺さずに捕えよとの命令通り、殺さないように―――けれど二度と自由に身動きが取れないように、足の一本も切断してやろうかと物騒な考えでいたは内心でやれやれ、と思う。

どうやら薬を使っての催眠にかかっているらしき彼を無傷で捕えるのは、正直大仕事になりそうだったが。


それよりも、気になることがあった。


「『とっておきの薬』ねぇ・・・。」

先程山口が香炉にくべた薬は、真白とまではいかなくとも限りなくそれに近い色をしていた。
純白に近い色、それはかなりの高純度を表す。


そしてのこの考えが正しかったとするならば、それはどう考えても・・・。


「・・・これは、思ったより大事ね。」
「? 何なんださっきから。」
「うん、ちょっとね。・・・まずはあの子をどうにかして取り戻す。話はそれからよ。」

「こいつを取り戻す? ハッ!無駄だよ。こいつにどれだけ強力な暗示をかけてあると思っているんだ?」

自信満々で大仰に笑い飛ばし、山口は視線に侮蔑を絡めて。

「強力な催眠術、というのは精神の深いところから根こそぎ蝕むのだ。強引に解こうとすれば精神崩壊を起こすのがオチだよ。」

もうこいつは手遅れさ、と、さも可笑しそうに言い放つ。
確かに山口の言うとおり、あまりにも強力な暗示はそうそう解けるものではないし、薬を使われているなら尚更だ。
強引に干渉すればどれだけ危険なのかも承知している。


だがには、一つだけ勝算があった。


「正直・・・あんまり気は進まないんだけど・・・。」

ため息混じりにそう言って、目を閉じて。
思い浮かべるのは一人の人物。

ひっそりと咲く、その身に纏う香りの如く凛とした面影。

(この声は・・・きっと、届く筈。)

「ふん、何をするつもりか知らぬが全て無駄だ。行け縁!」

山口の命令に、ゆらりと縁が動いた。
ばさりと纏っていたマントを放り、背に負っていた大剣を引き抜く。

相変わらずどこか茫洋とした瞳のまま、何の感情も浮かべずに、そのまま突進してきた。

「縁・・・!!」

呼びかける緋村の声も全く届いていないようで、無反応。
縁は2人が見たことの無い構えをとり、思っていた以上のスピードで剣を繰り出す。

「くっ!・・・おい、縁!止めろ、聞こえないのか!?」
「無駄よ緋村。きっと今の彼ににとって山口の声以外は意味を持たない。」
「そんな・・・じゃあ、本当に・・・」

手遅れなのか、という絶望が緋村の口から出る前に、はニッと笑って見せた。

「手立てはある。あの子にとって、何よりも大切な声なら・・・きっと・・・!」
「・・・え・・・?」
「ちょっとだけ、あの子を引き付けておいて。」

絶え間ない攻撃の中、は一度大きく跳躍して緋村の背後へ回った。
何をするつもりか知らないが、のあの表情には覚えがあった。


(あんな風に、不敵に笑った顔―――)


絶望的な戦場で、過去垣間見た顔。
どんなに死が迫っていてもそれを切り抜けてきた、緋村が絶対的に信頼を置く、

「・・・任せる。」
「了解。そっちもお願いね。」

そうしてが蒼い刀を水平に構えるのを見て、縁に向き直った。
こちらから切りかかるような真似は出来ないが、向かってくる剣を一筋たりとも背後へは通さない。

激しい剣戟の音が響き、そして。
何度目か、大きく互いに弾きあって離れた、その時。



『縁。もう止めなさい。』



「「!?」」
「? 何だ・・・?」

一人怪訝そうな山口を他所に、今まで刀を交わらせていた2人はビクッと硬直した。
緋村の背後・・・袴と羽織を脱ぎ捨て、白い着物だけで立つから、

発せられた、声。


「と・・・も、え・・・・・・?」


しっかりと、視線を合わせて。



『 縁。』



「・・・・・・・・・・ア・・・・・・・・・。」





・・・その瞬間。

縁の瞳に、ほんの微かに・・・光が、戻った。







戻 <<<                 >>> 進









2007.1.19