永遠の白い羽根
〜幻の恋〜

第二話 柔らかな笑顔

とりあえず、自分の名前はわかったが・・・。

それ以外の記憶は何一つ戻っていない。

それに自分が助けられた時着ていた服は明らかにこの国の物ではないことはかごめにもわかる・・・。

(あたしは・・・一体どこの国の 人間なの・・・?あたしは一体・・・)

いい知れない不安感に襲われるかごめ・・・。

出された朝食ものどに通らな・・・。


グー〜。

思いっきりお腹の虫が鳴いた。

・・・通りそうである。

「・・・考えても仕方ない。お腹が一杯になればきっとなんとかなるわよ。で、いただきます!」

ただっぴろい部屋で一人、ぽつんと朝食を食べるかごめ。

(・・・。それにしても大きなお屋敷だな・・・。あのおばあさんと風馬さん二人しか住んでないのかな・・・)

朝食を食べ終えたかごめは、まだ少し痛む右足をひきづりながら屋敷の中を歩き始めた。

部屋の数は両手の指の数の倍ほどあり、『屋敷』というより『城』と言った方がいいかもしれない。

「わぁ・・・。すごい・・・」

ある部屋には立派な鎧甲が飾ってあった。

「これ。そこで何をしている!」

鬼瓦の様な顔が浮かぶ。

「ひゃあ!!」

乳母のつねに驚くかごめ。

「そんなに驚くことはなかろう。失礼な」

「す、すみません・・・」
(普通の人は驚くと思うけどな・・・)

「ワシはこの屋敷の主・風馬様の乳母のつねだ。怪我人がどこでも歩き回るでない。それにその鎧には近づくな」

「は、はい・・・」

「・・・ついてこい。着物をかしてやる。いつまでも白い着物のままでうろうろされちゃ縁起が悪い」

「はい。有り難うございます」

「・・・」

かごめの気持ちいい返事につねも少し気持ちが和んだ。


かごめはつねが若い頃着ていたという桃色の着物と赤い帯を借りた。

「わ〜。素敵な色ですね。あたしこの色、好きだな」

実にのんきなかごめの態度につねは不思議だ。

記憶がないというのにこの緊張感のなさは・・・。

「・・・お主、本当になにも覚えておらぬのか?」

「はい・・・。名前はわかったんですが・・・それ以外はなにも・・・」

(・・・。この小娘・・・やはり新手の盗人か妖怪では・・・。記憶をなくしたふりをした・・・)

つねは不信感を抱く・・・。

それに、”あの”他人と関わることが嫌いな風馬が見知らぬ娘を連れて帰った事自体、つねには驚きだった・・・。

「かごめ・・・。とか申したな・・・」

「はい」

「怪我が治るまではここにおいてやれと風馬様から言われている。だが治ったら即刻ここを立ち去るのだぞ!それに、この家にいる間はあまり外へはでるな!わかったな!」


厳しくそう言い放つ、つね。

嘘をつくようには見えないが、この家を守るのが自分の役目だとつねは強く思っているから何事にも冷静に対応しなければならない。

「怪我人は怪我人らしく休んでいればよい。余計な詮索は絶対にせぬことじゃ」

「は、はい。わかりましたあ、あのつねさん」

「何じゃ」

「・・・朝ご飯、とっても美味しかったです。ごちそうさまでした」

お辞儀をするかごめ。

「・・・ふん・・・」


(妙な娘じゃ・・・)

飯がうまかったなどと言われたのは初めてのつねだった・・・。

「愛想のいいことを言って取り入ろうなどと100年早いわい・・・。いいか、ワシの言うこと・・・っておらん!」


かごめは少し足を引き吊りながら、裏庭の方に出てみた。

裏庭には馬屋が・・・。


美しい白馬が一頭いた。

(わ・・・。綺麗な馬・・・)

馬に手を伸ばすかごめ。


ギロッと馬の目がかごめを睨んだ。


「勝手に触れるな」


「!」

風馬の声に驚くかごめ。


水が入った桶を持っている。

「あ、ご、ごめんなさい。優しそうな目をしていたから・・・」

「・・・」


風馬は無言で馬の蹄を研ぎ始める。

手慣れた手つきで・・・。

馬は気持ちよさそうに風馬に身を任せる。


信頼し合っている共のように・・・。

「・・・この馬、風馬さんの事が好きなんですね」

「・・・どういう意味だ」

「だって。嬉しそうな顔してるから・・・。風馬さんに蹄を切ってもらって」

「・・・」


妙な事をいう女だと風馬はやっぱり思う。

馬の気持ちなんか考えたことなどない。

「・・・ハク」

「え?」

「こいつの名前だ」

「ハク・・・。なんかすっごくぴったりな名前ですね!とっても似合ってる!」

「・・・」

やっぱり妙な女だ・・・。


何がそんなに嬉しいのか・・・。

ただ、かごめの笑顔が心の奥底を柔らかくする様で・・・。


「・・・あの・・・。お屋敷にはずっとつねさんと風馬さんの二人しか住んでいないんですか?」

「・・・そうだ」

「・・・。他に誰かいないのですか?」

「・・・いない」

「どうして・・・」

風馬の顔が曇った。

”余計な詮索はするな”


つねの言葉を思い出すかごめ。

「元々・・・この村には誰もいない朽ち果てた村だった。それを俺が見つけ、住んでいるだけの話だ」

「そうなんですか・・・」


自分の事を、自分から話したのは初めての風馬。

自分でも何故だか分からないが自然に話してしまった・・・。


ピー・・・。キュルルル!


「!?」

その時、空から聞いたこともないような鳴き声が聞こえ、かごめが見上げてみると、こちらへ一直線に何かが飛んでくる!

「風牙か」

「?」

風馬は立ち上がり、スッと空に向かって手を挙げた。

すると、大きく灰色の翼を持った鳥がバサッと風馬の腕にとまった。

鳥・・・には違いないが、目が赤く、くちばしを開けると鋭い牙が見えた。

化け鳥の様な・・・。

「あの・・・」

「群からはぐれた化け鳥さ。怪我をして助けてやってからこうして時々来る」

クワァ!

おどろおどろしい鳴き声。

かごめは少し驚く。

「・・・お前もこいつが怖いのか。皆そうだ。見た目が怖いからといって毛嫌いする・・・」


しかしかごめは風馬の言葉を余所に風牙の翼をそっと撫でる。

「じゃあ、風牙は私と一緒ですね」

「何がだ」

「だって私も風馬さんに助けてもらったもの。だからきっと仲良くなれますよ。ね、風牙・・・」


クワう!


風牙はかごめの肩にすっと乗った。

「風牙って重いのね。でも羽根がふわふわして気持ちいいよ。ふふ・・・」

「・・・」


散々人間に煙たがれた風牙。初対面の人間に懐く筈もないのに・・・。


「え?風牙、何かあたしにくれるの?」

風牙がくちばしからかごめの手のひらに何か落とした。


青色をしていてくねくね動く・・・。


そう青虫クン。


「きゃあーー!!み、ミミズ〜!!ひょえ〜!!」

小さなミミズクンに大騒ぎのかごめ。

「・・・ミミズは風牙の好物だ。ミミズが怖いのか?」

ミミズを近づける風馬。

「きゃあああ!!」

後ずさりして嫌がるかごめ。

「・・・」


『変な女だ・・・』


笑ったり妙な物を怖がってみたり・・・。


かごめが他にどんな顔を持っているのか見てみたい・・・。


風馬はそう思った・・・。


一方その頃犬夜叉は・・・。


「畜生!!一体かごめはどこにきえやがったんだ・・・! 」

地面を激しく叩く犬夜叉。

まだ、かごめが落ちた森の中にいた。

一晩中かごめを探し回ったが匂いさえつかめず焦っていた・・・。

「ま、まさか・・・妖怪に喰われたのじゃろか・・・」

バキッ!

七宝、一発食らう。

「くだらねぇ事いってんじゃねぇッ!」

「・・・まぁそんな焦るな。この森の妖怪は雑魚ばかり。かごめ様はそう簡単にやられはしないだろう。犬夜叉がこれだけ探して手がかり一つ見つからないということは、誰かに助けられ、どこかの村にいる可能性もある」

弥勒の冷静な言葉に犬夜叉も少し落ち着いた。

「・・・。んじゃ行くぞ!!」

犬夜叉一行は森を離れ、人里を目指した。


(かごめ・・・!無事でいろ・・・!!)



”風馬・・・。『死ぬ』時ってこんな気持ちなんだな・・・。怖いよ・・・怖いんだよ・・・”

鼻がつぶれる程の悪臭と


”まだ死たかねぇ・・・。風馬、俺は死にたかねぇんだよ・・・ッ”


濁流の様に流れる血。


死体の絨毯。


呆然と立ちつくす風馬の足を誰かが掴む。

顔半分肉が剥がれた死体が睨む・・・。


”風馬・・・助けてくれ・・・。風馬・・・ッ”


そして毛も肉全部爆発するように風馬に頬まで飛び散った・・・。


「う・・・ウオオオオオーーーーー・・・ッ!!!!!」


まるで電気が走った様にバチッと目を覚ます風馬・・・。


白い着物から見える若く艶のある胸板は汗をびっしょりかいて・・・。


「ハァハァハァ・・・」


夢の中の悪臭がまだリアルに臭う・・・。


吐き気がする位だ・・・。


”風馬・・・助けてくれ・・・お願いだ助けてくれよ・・・”


掠れ声が風馬の心と胃を締め付ける・・・。


「・・・っ・・・」


布団をギュッと握りしめる風馬・・・。


(・・・大分あの夢は見なかったのに・・・。何故急に蘇る・・・)

安定していた・・・。心・・・。


狂った荒波が一定に保たれていたのに・・・。


「!」


人の気配を感じた風馬。

枕の上に置いてある刀をすっと腰の脇に忍ばせ、襖をガラッと開けた。

「きゃあっ」


襖の影にいたのはかごめだった。


「・・・お前・・・」


「ご・・・ごめんなさい。廊下通りかかったら声が聞こえて・・・」


「・・・」


風馬は静かに刀を置いた・・・。


「・・・大丈夫・・・ですかあの・・・」


「・・・。出ていってくれ」

「え・・・?」


「・・・いいから早く・・・。出ていってくれ・・・」

「あの・・・」


「頼む・・・」


苦渋の顔を浮かべる風馬・・・。

かごめは黙って静かに風馬の部屋を出た・・・。


風馬は何かに苦しんでいる・・・。それは分かるかごめだが・・・。

(・・・。あたしに何かできる訳じゃないよね・・・)


暗闇に浮かぶ大仏顔。

「ひッ・・・」


つねだった。

「お前はいちいち失礼な驚き方をするな」

「あはは・・・」
(驚かない人はいないと思うけど・・・)

「これを返す」


つねはかごめの制服をそっとかごめに手渡した。

「何も言わず、明朝、それを着てすぐここから去れ」

「えっ・・・」

「足はもう大分いいのだろう。これ以上は面倒はみれん」


「あの・・・っでもあたしまだ記憶が・・・」

「しらん。・・・。風馬さまをこれ以上惑わすな。わかったな」

「つねさん・・・!」

つねはつめたくそう言い放つと廊下の暗闇に消えていった・・・。


少し肌寒い廊下にかごめは立ちつくした・・・。


次の日の朝。

朝日も出ないで薄暗い。

激しく雨が降っていた。

洗濯して綺麗になった制服をきたかごめ。

つねから握り飯と水が入った竹筒、雨傘を手渡される。

「林をぬけると小さな村がある。旅人には親切な村だ。そこで世話になれ」

「・・・はい・・・」

「・・・悪く思うな」

「・・・あの・・・風馬さんは・・・」


「・・・まだお休みだ。早く去れ・・・!」


ピシャッ!

引き戸が荒々しく閉められる・・・。

「・・・」

追い出されてしまった・・・。


得体の知れない服をきた記憶喪失の娘など長く置いておくわけがない。


これから・・・どこへ行けばいいんだろう・・・。

自分の名前しか分からない・・・。どこへ帰ればいいんだろう・・・。

「・・・」


雨が冷たくかごめの肩に濡れる・・・。

空を見上げるかごめ・・・。

激しく降る雨に不安感を感じる・・・。

「・・・じっとしていても・・・。しょうがないわよね・・・」


かごめはゆっくりとつねの言った通り、林の方へと歩き出した・・・。


かごめが出ていって暫くして風馬は目を覚まし、かごめが出ていったことをつねから聞かされた。

「風馬様黙って勝手に出したことは申し訳なく思っております。ですが・・・。風馬様!?」

つねの話を断ち切る様に風馬は刀を腰に差し、草履を履いた。

「風馬様!どちらへ行かれる!?・・・まさかあの娘の後を追うつもりですか!?」

「・・・。あの林は盗賊が多い」

風馬はつねの言葉も無視して屋敷を出ようとした。

「風馬様!お待ちくだされ!!」

風馬の腕を掴んで制止するつね。

「一体どうなされたというのですか!?風馬様とあろう方があんな怪しげな娘に何故そんなにこだわられる!?」


風馬はつねの腕をそっと放した。

「・・・。わからない・・・。自分でも・・・。ただ・・・。行かなければならない気がして・・・。ただ・・・」


見たこともない風馬の切なげな瞳にハッとするつね。


「すまん。つね・・・」


「風馬様ッ!!」


つねの制止も振り払い、風馬は林の中に消えていった・・・。


林を遠く見つめるつね・・・。


のさっき見せた風馬の瞳がつねの脳裏に焼き付いた・・・。


「風馬様・・・貴方は・・・」



雑草と濁った色の枯れ葉をかごめはびしょ濡れで歩く・・・。

「きゃあッ!!」


太い木の根に足を引っかけ、ドシャっと転ぶかごめ。

「痛・・・ッ」


まだ、完治していなかった右足に激痛がはしった。

それに肘も深く皮膚を擦りむいて血が流れて・・・。


「・・・痛っ・・・しみる・・・」


痛い・・・。


濡れた体は冷え、ただ、痛みだけがかごめを支配する・・・。


「・・・痛い・・・」


今・・・。確かなものはこの痛みだけ・・・。


自分の名前と・・・。


あたしは一体誰なの・・・?


どこへ行けばあたしはいいんだろう・・・。


なにも分からない・・・。


分からない・・・。


激しく泣きたい気持ちになるかごめ・・・。


そんなかごめに黒い影が忍び寄る・・・。


気配を感じ振り向くと、鎧を着た男達数人がかごめを取り囲んだ。


「ほう・・・。おい、見てみな。この女、妙な着物を着てやがるぜ」

「本当だなぁ・・・」

髪もボサボサの・・・無精ひげの男達・・・。

(・・・何!?こいつら・・・)

かごめを足の先から髪の先まで舐めるように見る。

「おう。佐助。どうするよ・・・?この女。着物はきっと高く売れるぜ」

「そうさな。着物はお前らにくれてやる。でも『中身』は俺が頂くか・・・ケケケ・・・」


男の一人がかごめの制服を掴かもうとした。

パンッ!

激しくその手を払うかごめ。


「汚い手でさわんないでよッ!!」


「てめぇ・・・。へっ。威勢がいいじゃねぇか・・・。俺は威勢がいい女は嫌いじゃないぜ?ククク・・・」


男達が不気味に嫌らしく薄笑い・・・。


「ふっ・・・。上玉の女は久しぶりだぜ・・・」


かごめは足が痛くて動けず・・・。

佐助と呼ばれた男がかごめの髪をそっと撫でようとする・・・。

(嫌・・・!誰か・・・誰か助けて・・・!風馬さん・・・ッ!!)



「その女に触るな・・・」


「!?」


バキッ!!

「グハッ!」

振り向きざまに殴り飛ばされた。

「お、お前は・・・風馬・・・!?」


刀を構えた風馬が男達を鋭く睨んでいた・・・。


※オリキャラの名前を変えましたのでよろしくお願いします(汗)