第4話・傷心
〜そばにいて欲しい・・・〜
A

“園を出てもま、たまに夕飯ぐらいは食わしてやる”

犬夜叉が育った施設「ゆずりは園」を出るとき、刀々斉が犬夜叉に送ったこ言葉だ。

刀々斉なりの励ましの言葉。

「けっ。誰が行くかよ。やっと俺は一人になれたんだ。せーせーしてらぁ・・・」

そう・・・。何時だって俺は一人だった。

今に始まった事じゃない・・・。

人にこき使われるのも人に弱みを見せるのも我慢ならない犬夜叉。

「うるせえ!!こんなとこ、こっちから辞めてやらぁ!!」

そう言っては勤めたところ辞めていた犬夜叉。

人は誰も信じられない。隙をみせてはいけない・・・。隙を見せれば、自分の負けだ。

だから強くなくてはいけない。ずっとそう思ってきた。

喰うために稼ぎ、働くために喰う・・・。

そんな空虚な日々の繰り返しだった。

たった一人で深い孤独感を胸に抱えて・・・。


そんな犬夜叉の唯一フッと力をぬける場所があった。

『千本桜道』

川沿いに何百本と植えられている。

その土手で昼寝をするのが犬夜叉の唯一の楽しみだった。仕事関係でムシャクシャしたときはいつもここへ来ていた。

ここは人通りも少なく、静かだ。

犬夜叉が何時も通りごろんと横になっているとどこからか、バイオリンの音が聞こえてきた・・・。

「ちっ・・・。誰だよ。人が気持ちよく眠ってるってのに・・・」

バイオリンの音など初めて耳にする犬夜叉。

しかし、その音色に不快な感じはしない。むしろ何か引き寄せられるものを感じる・・・。

寂しげで哀しくて・・・。でもどこか人を求めているような・・・。

起きあがり振り向くと、下の河原で女が一人バイオリンをかかえて奏でていた。

(こんな所であの女何やってんだ・・・)

黒髪が艶やかに長く、色の白い美しい女・・・。

まるでバイオリンを体の一部の様に見事にバイオリンを奏でる。

気がつくと犬夜叉はすぐそばまで来て、あぐらをかいて座って聞き惚れてしまっていた。

「何を見ている・・・」

「!!」

女は演奏を止め、犬夜叉に声を掛けた。

「な・・・。なんでい!お、おまえこそ、こんな所でそんなもん鳴らしてんじゃねぇよ」

「・・・。ここは人が殆どいない・・・。空気も澄んでいる・・・。心が落ち着くのだ・・・。街の中は汚れきっている・・・」

女はどこか遠くを見るようなまなざして言った。

(俺もそうだ・・・。ここが妙に落ち着く・・・)

「お前はいつもここで昼寝をしているな・・・。私はずっと前から知っていた」

「だ・・・。だから何だよ。それが悪いのか。ムカツク事があるとここに来るんだよ俺は・・・」

「では私とお前は『仲間』だな・・・。どうにもならない現実から逃げたくてここへ来た・・・」

その哀しい微笑みは犬夜叉の心に焼き付いた。

初めて感じた感情・・・。

「私の名は月島桔梗という・・・。お前・・・名は?」

「い・・・犬夜叉・・・。皆はそう呼ぶ・・・」

「犬夜叉・・・。私はいつもここにいる・・・。また・・・。会おう・・・」

桔梗はそう言うとバイオリンをそっと片手に長い髪をなびかせ去っていく・・・。桜吹雪と一緒に・・・。


その後ろ姿を犬夜叉はいつまでも見続けていた。いや、目が離せなかった・・・。


それから二人は、この場所で幾度かの逢瀬を繰り返した。


互いのことを少しずつ話し、そして最後に桔梗のバイオリンを聴く・・・。

「この前・・・。お前をCDで見たぞ・・・。すげぇな・・・。有名人じゃねぇか・・・」

「・・・。ふ・・・。そんなもの私ではない・・・。人々が作り上げた『月島桔梗』だ・・・。天才バイオリニストなどと祭り上げて・・・」

「・・・。何が不満なんだ。金もある。名誉もある・・・」

「・・・。皆が欲しているのは私のバイオリンだけだ・・・。誰も本当の『私』知らない。いらない。でも・・・」

桔梗は犬夜叉の瞳をじっと見つめて語る。

「お前の前だけは本当の『私』でいたい・・・。女の『私』で・・・」

哀しく美しい瞳が犬夜叉の胸に焼き付いてしまっていた。

初めて自分以外の人間を知りたいと思った。

なぜ、こんなに哀しいのか・・・。

自分と同じ孤独の匂いがした・・・。


その孤独が二人を引き寄せた・・・


そしてある時、桔梗は犬夜叉におういった。

「私はもう本当の自分に戻りたい・・・。すべてを捨てても・・・。お前と共に・・・。お前と共に生きたい・・・」


天才バイオリニスト故にかかる重圧。多くの人々に親しまれ、賞賛されても誰も知らない。天才故 の孤独。決まってしまった運命。

桔梗は唯一素直になれる犬夜叉と共に逆らおうとした。


“×日・午後3時にここで待っている・・・。二人でならどこへ行っても生きられる・・・”


二人はこの町を去ろうとしたのだ・・・。


そして当日。犬夜叉は園の前にいた。

今日、この町を自分は去る。想いを寄せた女と共に。

最後に自分が育てた刀々斉の顔をみようと思ったのだが・・・。

「おろ?犬夜叉?なにしとるそんなところで・・・」

じょうろをもった刀々斉が犬夜叉の後ろに立っていた。

「な、なんだよ。てめぇ・・・!脅かすなよ!」

「おどかしとらんわい。花に水をやっていただけじゃ。それよりどうした。また、ケンカして騒ぎでもおこしたか?」

「違うよ・・・。ちょっとじじいの顔でもみようかと思ってよ・・・」

「ほう〜・・・。明日は雨でもふるかもしれんな」

刀々斉は犬夜叉の足下の大きなスポーツバックに気づく。

「・・・」

どこか遠くに犬夜叉は行こうとしている・・・。

刀々斉は直感的にそう思った。

「ま・・・。何にせよ、ワシもお前が元気そうで安心した」

「・・・。おう・・・」

最後に・・・。父変わりとなって自分を育てたこの男にだけは何か一言いいたいと思ったが上手く言葉が見つからない。

腕時計の針がもう2時50分を過ぎていた。

「じゃ・・・。俺はもう行く・・・」

その時、犬夜叉のGジャンのポケットから財布がポトリと落ちた。

それを拾う刀々斉。

「ほう・・・。なんと美人な・・・。お前の思い人か?」

「返せ!!」

あわててポケットにしまう犬夜叉。

そのあわてぶりから刀々斉は犬夜叉がこれから誰と遠くに行くのか察した。

「犬夜叉」

「なんだよ」

「・・・。どこに言っても・・・。自分だけは見失うなよ・・・。じゃあな。ラブラブ〜で達者でな」

「ばっ・・・。バカ言ってンじゃねぇよ!」

最後・・・。これが刀々斉と会うのは最後かもしれない・・・。

「・・・。じじいこそ、くたばるんじゃねぇぞ・・・。ここ(園)にはまだ、じじいを頼ってるガキ共がいるんだからよ・・・」

「ふん!100までは踏ん張れるワイ・・・」

「けっ・・・」

犬夜叉はそう言って刀々斉に少し微笑み、園を跡にした・・・。

幼い日々を過ごした家を跡に・・・。


これからどうなるのか・・・。


桔梗と二人・・・。

どこへ行くかはわからない。

ただ言えるのは、これから二人で生きていく・・・。ということ。

そう決意したのだから・・・。

そして約束の場所に早めについた犬夜叉。

「・・・」

しかし・・・。そこにいたのは桔梗ではなく・・・。

黒い手袋をした長身の男だった・・・。

「な・・・なんだてめぇは・・・!」

「桔梗から言付かってきた。これをお前に渡せとな・・・」

男はポケットから茶封筒を取り出し、犬夜叉に渡した。

中には・・・。何束もの一万円札が入っていた・・・。

「何だよ・・・!!これは!!」

「そういう意味だよ。手切れ金にしては結構な額だろ?」

「なっ・・・」

男はポトリとたばこを捨てた。

「ふ、ふざけんな・・・。桔梗がこんなもんよこすわけがねぇ・・・!」

そう言って封筒を男に突っ返す犬夜叉。

「あのなぁ・・・。世の中、“釣り合い”ってもんがあるんだよ。お前と桔梗は住む世界が違うだろう?」

「うるせえ!!俺は桔梗を信じる・・・ッ!」

「ふッ・・・。勝手にするがいい・・・。でも絶対に桔梗は来ないぜ・・・。絶対にな・・・」

男はそう不気味に笑うと静かにその場を去った・・・。

しかし・・・。桔梗は男の言うとおり、待てども待てども一向に姿を現さない・・・。

日が暮れても・・・。


「桔梗・・・。一体・・・どうしたんだ・・・!!どうしたんだーーーー!!」

河原に犬夜叉の叫び声が響いた・・・。

ちょうどその頃・・・。桔梗は約束の場所とは離れた場所で交通事故に巻き込まれていたのだった・・・。



「って!!その男は何者なんです!一体二人に何が起こったんです!刀々斉さま!」

弥勒はもう待ちきれないように刀々斉にせがむ。

「さあ〜。どうなったんじゃろ〜な〜」

茶をすすり、もったいぶる刀々斉。

「んも〜。もったいぶらないでよ!」

「わかったわかった。そして二人はな・・・」

「二人は・・・!?」

弥勒達、息をのむ・・・。

「あい、どんと、のう〜♪♪」

ドッタン!

皆、お約束的にこける。

「なんですかーー!一体、駆け落ちするはずだった二人に何があったのか、肝心部分を知らないなんて・・・。まるで、クライマックスでCM入れられたドラマみたいですね・・・」

がっくり弥勒。

「ワシもこの話も人づてに聞いただけでそれ以上詳しいことはしらん。それに『桔梗』は写真でしか見たことがなかった。有名人の『月島桔梗』だと知ったのはずっと後の事じゃ。事故で桔梗が亡くなってからというもの犬夜叉の奴は前以上にやけっぱちになっちまってな・・・。警察沙汰になりかけてワシでも一時、手がつけられなかった・・・」

「・・・」

かごめの脳裏にあの雨の中、倒れていた犬夜叉の姿が浮かぶ・・・。

震えて、寒そうに傷だらけな・・・。


恋人を亡くした痛み・・・。

何もかもがどうでもよくなってしまう程に“桔梗”を・・・。

かごめの胸の少しチクリと痛んだ・・・。


「ところで、かごめさんに伝えたいことがあって今日は来たのじゃ」

「え・・・?あたし・・・ですか?」

「そうじゃ。実は先日、うちに妙な男がたずねてきよった・・・」

黒い手袋をして執拗な瞳をした少し危険の匂いがする・・・。

「犬夜叉はいないかときていった。・・・。名は『無双』と言った・・・。何の用があるんだと言ったら男はこう応えたんじゃ・・・」


『桔梗の無念を晴らしに行くんだよ』


「勿論、ワシはここの事は言わなかったが、どうも危険な男に見えたもんで配になってきてみたんじゃが・・・」

「無双・・・。桔梗と何か関係がある人物なのでしょうか・・・?」

弥勒は腕組みをして考え込む。

「・・・。じゃあさ・・・。もし、ここに犬夜叉がいるってわかったら・・・」

珊瑚はかごめを見た。

「当然・・・。桔梗とうり二つのかごめ様を見逃すはずはない・・・」

かごめはゴクリとつばをのんだ。

「ともかく犬夜叉の耳に早く入れておいた方がよいな・・・。ワシから話そう。かごめ、くれぐれも大学の行き帰りはきおつけるのじゃぞ?」

「う・・・うん・・・。楓おばあちゃん・・・」


思わぬ犬夜叉の過去。そして今、その『過去』の因縁がかごめ達を巻き込もうとしている・・・。


アパートの外・・・。

電信柱から2階のアパートをじっと見つめる男がいた・・・。黒い手袋の・・・。


不適な笑みを浮かべて・・・


何だかシリアスムード全開・・・な気配ですが、シリアスなもの書いてるときは書いてる本人もかなり切羽詰まった気分です。こういうとき、やっぱりBGMって結構大切で犬パロ書いているときは、今は浜田省吾さんの「もう一つの土曜日」です。犬パロとは雰囲気全然違うんですが、なんとなく最近よく聞いてます。はやりのスピード感ある曲も好きですが、じっくりと聴けるような曲ってやっぱりいいですね・・・。