第5話 休日
〜お前の涙〜

ファンファンファン・・・。


人だかり・・・。

救急車・・・。


人だかりの中に、道路に倒れた桔梗が倒れている・・・。


起こしても。

揺すっても・・・。


起きない・・・。

『桔梗!』

叫んでも叫んでも起きない・・・。

『桔梗は永遠に俺のもんだ』

!!

気がつくと目の前に無双が・・・。

「無双!てめぇ・・・ッ」

『犬夜叉、お前のせいで桔梗はこうなっちまったんだ。お前と出会わなければ桔梗の未来はずっと続いてたんだ!!』


ワァッ!!

突然、拍手喝采が聞こえた。

目映いばかりの舞台に桔梗がいて。客席からアンコールの一声まで出るほどに賞賛されている光景が犬夜叉の前に・・・。

『お前のせいだ・・・。何もかもお前のせいだーーー!!!』


「ウァアアアーーーッ!!!」



犬夜叉は自分の叫び声で目覚めた・・・。

Tシャツがべっとりとくっつくくらい汗をかいていた。

「ハァ・・・」

深いため息をつく・・・。

夢でも昨夜の事件ははっきりと覚えている。

2年前、桔梗がなぜ約束の場所にこなかったのか。

全部無双の仕業だったことも・・・。

一晩で次々と分かった事実にただ、ショックだった犬夜叉。

『お前のせいで桔梗は・・・』

無双の言葉は胸に響く・・・。


「・・・8時か・・・」

時計を見る犬夜叉。

今日は仕事は昨日の休日出勤だったので今日は休みだった。

「・・・」

冷蔵庫からペットボトルのミネラルウォーターの取り出し一気に飲み干す。

喉がからから。

「ふう・・・」

喉は潤せても凍て付いた心は・・・。

満たされない・・・。

「あーあ・・・。どうしようかな・・・」

外からかごめの声する。

犬夜叉はチラッと窓から覗く。

(かごめ・・・?こんな時間になにやってんだ・・・)

赤い自転車を困った顔で見つめしゃがんでいる。

「もう古いからなぁ・・・。この自転車・・・。ペダルがもうだめなのかしら・・・」

ペンチ片手に、ペダルを外そうとするが・・・。

ガチャ!

「あ・・・!全部とれちゃった・・・」

ものの見事にペダルは自転車本体から分解されてしまった・・・。

「ありゃりゃ・・・。まいったな・・・。どうしよう・・・」

かごめは軍手をはめた手で顔をこすった。

「へたくそ。ちょっとかしてみろ」

「犬夜叉・・・?」

犬夜叉はペンチ握り、手慣れた手つきでペダルを本体に付け始めた。

「へぇ・・・。意外・・・。犬夜叉どっかで習ったの?」

「別に・・・。色々・・・だよ」

「ふうん・・・『いろいろ』ね・・・」

かごめは横目で犬夜叉を見た。

「・・・」

「・・・」

昨夜の光景が二人の脳裏に浮かぶ。


“そば・・・いてほしい・・・”

御神木の下で二人座って一緒に月を見ていた・・・。

「でッ・・・。でも犬夜叉がこういうの上手な事わかって何か嬉しい」

「けっ・・・。」

犬夜叉はかごめの笑顔が嬉しい・・・とは言うはずもないが・・・。

「ほれ・・・。できた」

「うん。ありがと」

かごめは自転車にまたがり、ペダルを踏んでこいでみた。

「あ、乗れた・・・」

すいすいとかごめは自転車に乗る。自転車は完全に復活したようだ。

「けっ・・・。何子供みたいなことしてんだよ」

「だーって!あたし、この自転車すきなんだもん。あたしが初めてバイトして買った自転車だし・・・」

「自転車なんてのろいもん単車の方がずっと気分いいだろうに・・・」

かごめは犬夜叉をじっと見る。

「何よ。あんたさっきから嫌に自転車につっかかるわね。あんたもしかて・・・。乗れないの?自転車乗れないの?」

ギクリ。

核心をつかれた犬夜叉。

「えっ。うそ・・・。そーなの?あんた、自転車に乗れないんだー!!へぇーー!!そうなんだ〜!!」

かごめは声高々に言う。

「う、うるせえッ!」

「じゃ、練習しましょう!」

「へ・・・?」

「天気もいいし!あたし、学校、やすんじゃおっと」

「休むってお前・・・」

「いーからいーから!あたしが特訓して上げましょう!」

「だれがそんなめんどくさい事、するもんか!誰が・・・」

と、そっぽを向いていた犬夜叉だが・・・。



月曜のさわやかな午前中。中央公園の広い芝生の上に倒れる若い男。

「ったく。犬夜叉ってばー!!どうしてそこで手、離すのよ!!」

「う、うるせー!!この自転車が悪いんでい!!」

先程から何度も自転車に乗ろうとしては転んでしまう犬夜叉。

「畜生!もうやめる!」

「何短気おこしてんの!」

「うるせえ!やめるったらやめんでい!!」

子供のように拗ねる犬夜叉。その横から、同じ様なセリフが聞こえてきた。

「もう僕やめる!じてんしゃ、のれなくてもいいもん!」

見ると、5,6歳くらいの少年と母親も自転車の練習をしている。

少年の膝小僧は、擦り傷がいくつもついていた。

「いや!!痛いの、もう、やだ!」

「まあくん!ほら!立ちなさい!あのあの長い髪のお兄ちゃんだってがんばってるんだから!」

母親は犬夜叉を指さし、叫んだ。

少年は犬夜叉をじっと見つめる・・・。

(・・・。な、なんだよ・・・)

少年の無垢な眼差し。

ここは犬夜叉、『お手本』にならなければなるまい。

「そうよ!犬夜叉、立ちなさい!あんな小さい子もがんばってるんだから!」

「なっ・・・」

少年は犬夜叉を大注目している。

「犬夜叉、頑張れー!」

にこにこしながらかごめは煽るおある。

(ちきしょー。かごめの奴、調子にのりやがって・・・)

仕方なく、犬夜叉は再び自転車にまたがり、練習再開。

両足で勢いをつけて、走った!

「そう、そのままバランスをとって、足にペダルかけてー!」

かごめの指示に従って犬夜叉は足をペダルに乗せた。


すると、犬夜叉は何メートルもすいすいと乗れた!

「おい!かごめ!見たか!ほれ!ほれ!」

調子にのった犬夜叉。案の定・・・。

ドシャリ!

見事に転倒されました。

犬夜叉、顔が芝生の草だらけ。

「痛ってぇ・・・。おい、かごめ、今、みたかよ!お前より遙かに上手かったろ!」

「まあまあね。うふふふ・・・」

愛想もないかごめに犬夜叉、ちょっぴりがっかり。

「さぁ、まあくん!あのお兄ちゃんも乗れるようになったのよ!今度はまあくんの番」

母親はそう言って小さなピカチュウの自転車をおこし、少年と自転車から50メートルほど離れた。

「まあくん、ここまで頑張って!ママ、ここで待ってるから」

母親は両手を広げた。

「うん!」

少年は地面にペタリと足をつけ、勢よく蹴った!

「そう・・・!その調子だよ!まあ君!」

ハンドルがガクガクと運転しながらも、少年はちゃんと乗れている。

しかし、そこに芝生の中の石に車輪がひっかかり、少年は頭から倒れてしまった。

少年は頬をすりむいて血がでている・・・。

しかし母親は駆け寄りもしない。

「う・・・ママ・・・」

「自分で立ちなさい」

少年は今にも泣きそうなのをぐっとこらえて、自分で自転車をおこしてすりむいた足で再び自転車をこぐ。

ゆっくり、ゆっくりと・・・。

そして、少年は母親の元まで自分一人でたどり着いた。

「ママ・・・。僕・・・」

母親は何も言わず、ハンカチで少年のほほの傷をぬぐった。

「ママ・・・。僕・・・頑張った?」

それに応えるようにそっと傷だらけの我が子を抱きしめた。

母親はうっすら涙を浮かべている。

「うん・・・。まあくんたくさん頑張ったよ・・・。いっぱいいっぱい頑張ったね・・・」

「ママ・・・」

膝小僧や頬の擦り傷も、痛々しいが少年は晴れ晴れとした顔をしている。

パチパチパチ・・・。

かごめは拍手を送る。

少年はかごめに向かって嬉しそうにVサインした。

「けっ・・・。大袈裟な・・・。たかが自転車乗れただけで・・・」

と、拗ねていると犬夜叉の前に少年が・・・。

少年はもじもじっと手を後ろでよじらせる。

「なんだよ」

「これ、あげる」

小さな手の中から出てきたのは、一個のミルクキャンディ。

「じゃあね!」

照れくさそうに少年は母親の元へ戻り、公園を跡にした・・・。


かごめの腕時計が12時をさしている。

芝生に青いチェックの柄の敷物を引き、かごめはバックからおにぎりと水筒を出した。

「はい。犬夜叉」


「お・・・おう・・・」

かごめ手作りのおにぎり。

一口食べると中身は鮭だった。

「・・・おいしくなかった?」

「い・・・いや別に・・・」

「よかった。まだたくさんあるから食べてね」

犬夜叉はちょっと照れくさそうにしながらも、全部たいらげた。

よっぽどおいしかった様である。

「あ・・・そういえば・・・」

犬夜叉はかごめに尋ねた。なぜ、少年があめ玉なんかくれたのか・・・。

なぜ、こんなものをくれたのか全く意味が分からない。

「あの子、きっとあんたにお礼したかったのよ」

「なんでだ」

「あんたの練習してる姿見て・・・自分も頑張れたよってきっと言いたかったんだと思うよ。そのお礼がこのキャンデー」

「・・・。ふん・・・。別に俺にはかんけーねーよ」

つんとしながらも、犬夜叉はそのキャンデーをそっとポケットに静かにしまったのをかごめはちゃんと見ていた。

「でも・・・。よかった。犬夜叉元気みたいで・・・。『桔梗』の事で落ち込んでたから・・・」

「別に・・・」

『桔梗』も名が出て、犬夜叉の表情が曇った・・・。

「犬夜叉・・・」

なんとなくかごめはそれ以上話しかけられない。

犬夜叉は無言のままごろんと頭の後ろで両手を組んで横になった。

「・・・」

「・・・」

しばらく続く沈黙。

かごめのとなりの犬夜叉はどこか遠くを見ている。

遠く、遠くの『誰か』を・・・。

「・・・」

犬夜叉が少しでも元気になってくれたらと思って自転車の練習なんて誘ってみたけど・・・。

(やっぱり無理かな・・・あたしじゃ・・・)

しゅんとするかごめ。

「・・・。かごめ・・・。お前、今日学校よかったのか・・・。休んじまって・・・」

「うん平気・・・」

「平気ってお前・・・」

「だって・・・。犬夜叉が心配で授業なんか身に入りそうにもないんだもん」

「・・・」

ためらいもなく、まっすぐに犬夜叉を見つめて言う。かごめ。

犬夜叉はどう態度をとっていいか分からず、かごめに背を向けた。

「犬夜叉?」

「う・・・うるせえ・・・っ。少し疲れた!寝る!」

「あ、うん・・・」


胸がくすぐったい・・・。

砂場から小さな宝石を見つけたみたいに気持ちがふわふわして・・・。


ふわふわ・・・。


芝生の草が柔らかい風に舞う。

涼しくさわやかな風が吹く。

「はぁー・・・。気持ちいい風・・・。」

かごめは大きく深呼吸した。

「あたしも横になろっと」

敷物越しに薫る芝生の青々しい匂い・・・。

それに、目に映るのは透き通るような水色の空。

思わず手を伸ばしたくなるかごめ・・・。「ねぇ犬夜叉。こうして両手広げたらさ、何か届きそうに思わない?ねぇいぬ・・・」

「スゥ・・・」

少年のようなあどけない寝顔・・・。

こころの傷を守るように体を九の字にして眠る犬夜叉。

「ふふ・・・。気持ちよすぎて眠っちゃうよね・・・」

澄み切った青空と体が軽くなる様なやわらかい風。

深く傷ついた心にも吹いて欲しい・・・。

優しく・・・。

優しく・・・。

そう思いながら犬夜叉の寝顔を見つめていた・・・。



ドサッ。

コンビニのレジにカップラーメンの山のかごが置かれる。

「あんたってホントにカップラーメン好きなのね」

「うるせえ!」

夕方。かごめと犬夜叉は帰りに近くのコンビニによっていた。

二人が商品を精算していると表の方で高校生ぐらいの少年達が地べたに煙草を吸いながら座り菓子やパンを食い散らかしていた。

「・・・。犬夜叉、ちょっとここで待ってて」

「あ、おい・・・かごめ?」

かごめはカゴをレジに置いたまま外へ出ていった。

かごめはしゃがんでいた少年のたばこを取り上げた。

「なにすんだよ!てめぇッ!」

「未成年は喫煙しちゃだめって学校で習わなかったの?それに、ここはあんた達の部屋じゃないのよ。散らかさないで!ほら、あそこのゴミ箱に捨ててきなさい!」

「うっせーな。説教こいてんじゃねーよ。へぇ・・・。姉ちゃん結構可愛いな〜。説教なんて似合わないぜ・・・。ケケケ・・・」

少年はフウッとかごめの顔に煙草のけむりを吹きかけた。

かごめは少年がくわえていた煙草を取り、地面に捨てて足で火を消した。

「何すんだてめぇッ!」

「子供が吸うんじゃないの!」

「このクソアマ・・・。きどってんじゃねぇぞッ!」

少年がかごめに手を挙げようとしたその時。

「いってーぇ!!」

犬夜叉が少年の腕をグッと掴んでそのまま放り投げた。

「失せろ。ガキ共」

長身の犬夜叉。少年達は見上げている。

「な・・・。なんだ。てめえは!」

「うるせえ。とっとと失せろ。その食い散らかしたもんの後始末してからな」

「ふざけんじゃねぇぞッ!大人ぶりやがって!!」

少年達は一声に犬夜叉に殴りにかかった!!

ドカッ!

「ぐわッ!」

犬夜叉はひょいひょいとかわし、皆、地面に転がった。

「俺に勝とうなんて10年早えぇんだよ。とっとと帰って寝ろ」

かごめは犬夜叉が頼もしく見えたが、かなりその動きからケンカ慣れしていると思った。

「犬夜叉!暴力はだめよ」

「ふん・・・。こんなガキ共相手にもならねぇ」

少年は突然ポケットから刃物らしきものを取り出し犬夜叉に向かってきた!

「ちきしょう・・・ッ!ガキだと思ってなめんじゃねぇッ!!うわあああッ!!!!」

ドン!

「う・・・」

犬夜叉はそのままその場に倒れ込んでしまった・・・!

「や・・・。犬夜叉ーーーーッ!!」

かごめは犬夜叉に駆け寄る・・・。白いTシャツに血が・・・。

「や・・・やべぇッ!!!」

少年達は慌ててその場をすばやくにげていってしまった・・・!

「犬夜叉・・・犬夜叉・・・ッ」

かごめはもう混乱してひたすら犬夜叉の名を呼ぶ。

「犬夜叉・・・ッ犬夜叉ッ!!」

「うっせーな・・・。そう騒ぐなよ」

「!?」

犬夜叉はスッと立ち上がり、ナイフをポイッとすてた。

「ほれ、おもちゃだ。おもちゃ・・・」

刃の部分が出たり入ったりするプラスチックのおもちゃのナイフだった。

「けっ。やっぱりガキだぜ・・・。だたの脅すだけだったんだぜ。まったく・・・」

かごめは力が抜けたようにペタンと座り込んだ。

「・・・かごめ・・・?」

のぞき込むとかごめはじわっと涙をためていた。

「なっ・・・。なっ、何ないてんだよ!」

「だって・・・。一瞬、あんたがしんじゃったかと思ったんだもん・・・」

「ばっ・・・。んなわけねぇじゃねぇか!大袈裟な・・・」

「何よ!大袈裟って!!あんたが死んだフリみたいなことするからでしょ!!」

コンビニ客達の囲まれて二人は痴話げんかする声が響いていたのだった・・・。


アパートに戻り。部屋の前まできてもつんとしている二人。

「かごめ」

「なあに?」

「なんで泣くんだ・・・。あれくらいの事で・・・。なんで・・・」

「あれくらいって・・・。だって一瞬ホントにあんたが死んじゃったって思ったんだもん・・・。頭の中パニックになって・・・」

「・・・」

あんな涙は初めてだ・・・。

自分ために泣いてくれた奴なんて初めてで・・・。

驚いた・・・。でも悪い気持ちじゃなかった・・・。

かごめ。お前の涙は・・・。

「かごめ。あの・・・」

「何?」

「・・・。今日は・・・結構・・・。楽しかった・・・。気晴らしになった・・・」

「犬夜叉・・・」

「い、い、一応、礼は言ったからな!んじゃなッ!」

バタン!

照れくさそうに犬夜叉はあわてて部屋に入った・・・。

「・・・。ふふっ・・・」

あれが犬夜叉の精一杯の言葉・・・。

でもそれが犬夜叉らしくて何だか嬉しい・・・。

「さ♪あたしもテレビでも見ようっと♪」


かごめは少し犬夜叉と気持ちが通い合った気がしていた・・・。

少しだけ・・・。


犬夜叉は畳にごろんと横になる。

片手に桔梗の写真・・・。

「桔梗・・・」

今日一日・・・。本当に楽しかった。充実していた。

でも楽しければ楽しいほど、頭の片隅で桔梗の事が浮かんでは消える。

『自分は笑ったりしてはいけないんではないだろうか』

そんな思いが湧いてくる・・・。

心の痛みは消えない。

一日充実していても、夜になり、一人なると痛み出す。

例え、無双が仕組んだ罠だったとしても、桔梗を救えなかった、もっと信じていればと繰り返し、繰り返し、思う・・・。


初めて 想った人の事を・・・。



『だってあんたがホントに死んじゃったとおもったんだもん・・・』


かごめの涙・・・。


初めて見た・・・。自分のために泣いてくれた人・・・。


初めて感じた・・・。それがこんなにこんな嬉しいものなのかと・・・。


胸が・・・あったかくなる。

かごめの笑顔を見ると、明日、遠足に行く子供の様にワクワクして心が躍る。


かごめが自分のためにながした涙を見たら、誕生日にプレゼントをもらった子供の様に嬉しかった・・・。


初めてだ。何もかも。この気持ちが・・・。


大切な人を亡くした痛みと・・・。


その痛みが和らぐようなふわふわした心地良い気持ちの両方を抱えて犬夜叉は・・・。


眠ったのだった・・・。