第7話
レッテルA

「お嬢さん、こんなとこで何しとるんだ?」

黒い雨合羽を着た中年の男。一瞬、熊かと思った。しかし・・・。その顔は、

いまさっきどこかで見たような・・・。

かごめはもっていた財布の中の免許証をみる。同じちょっとごつい顔がそこに。

「あ・・・。あの、も、もしかして『高木徳治郎』さんですか?」

「!?なんで俺の名前、しってるんだ!?あ、そ、その財布・・・!」

「ここに落ちてたんです。はい。お返しします」

かごめは手に持っていた財布を男に渡す。

「おお・・・!!俺の財布・・・!こんな所にあったんかいな!!俺もこの辺に落ちてないかと探しにきたんだが・・・。よかった・・・!!」

「良かったですね・・・!これで犬夜叉の疑いも晴れますよね」

「犬夜叉・・・!?犬夜叉ってもしかして、犬のあんちゃんの事か!?あんた一体誰だ・・・!どうして俺の財布、探してたんだ!!」

雨がまだ止まない。かごめと高木はとりあえず、近くの茶店に入った。

テーブルにはホットコーヒーが二つ。

湯気をたたせていた。

かごめは、犬夜叉の事を高木に話した。

「じゃああんた、犬のあんちゃんのためにこんな雨の中、俺の財布、さがしとったんか!?」

「はい・・・。もしかしたらみつかるんじゃないかって思って・・・」

体中びしょ濡れのかごめを見て高木は驚いた。

「それはなんといっていいやら・・・。お嬢さんにも犬のあんちゃんにも申し訳ないことをした・・・。本当に、本当に申し訳ない・・・ッ!」

高木は深々と丁寧に頭をさげた。

かごめはかえって恐縮してしまう。

「あ、いえ、あの、あたしじゃなくて、犬夜叉にそう言ってください・・・。お願いします」

「・・・。ああ、そうやな。犬のあんちゃんに謝るのが先決だ・・・。俺は、ひどいことを言ってしまった・・・」

高木のすまなそうな顔を見て、かごめは少しホッとした。

犬夜叉の疑いが晴れたと思って・・・。

「最初から犬のあんちゃんは根性はあると思っていたんだ。ちょっとぶっきらぼうな奴だと・・・。でも、工事長があの犬島って若い新入りは札付きのワルだって耳にしてな・・・。もちろん最初は信じてなかったんだが、ついこの財布がなくなった事にあわてちまって・・・」

高木は財布を何だか哀しそうに見つめた。

財布を広げ、定期入れの反対側から一枚の写真を撮りだした。

「俺の宝モンだったんだ・・・」

その写真には、病院のベットで笑顔を見せる可愛らしい三つ編みの少女が映っていた。

「この子は・・・」

「俺の一人娘だ。ご覧の通り、今は病院にいる。難しい病気になっちまって・・・」

病気だとは思えないような笑顔だ。

「俺のせいで病気になっちまったようなもんだ。俺がやってた工務店がうまくいかなくてな・・・。借金返すために家族とは離れて暮らしてる・・・」

高木は、娘の写真を撫でながら話す・・・。

娘に対する深い愛情を感じるかごめ。

「でも最近、娘の病状があまりよくなくてな・・・。その上、借金のメドもなかなかつかなくて、この写真が無くなったと思ったら、カアッと頭にちがのぼっちまって、犬のあんちゃんに・・・八つ当たりしちまった・・・。なんの関係もないのに・・・。悪い噂 をしんじまって・・・。本当に申し訳ない・・・。何て謝ったらいいか・・・。許してくれんかもしれんが・・・」

高木は一口コーヒーを飲んだ。

「大丈夫です。犬夜叉は高木さんの事、そんなに怒ってないと思います」

「え?」

「確かに犬夜叉は我がままで乱暴だけど、人の痛みだけはわかる奴です・・・。この間、高校生に絡まれたあたしを助けてくれました。それに犬夜叉、この間まで自転車乗れなかったんです」

「へ?」

かごめはこの前、犬夜叉と自転車に乗る練習をしたことを話した。

「どわはっは!デカイ図体して、犬のあんちゃん、可愛いとこ、あるんだな、こりゃ傑作だ」

高木は大笑いした。

「・・・。お嬢さんの話を聞いていると本当に犬のあんちゃんがどんな奴かわかる・・・。お嬢さんみたいな可愛い子に好かれているくらいだからな」

「え、あの、そ、そんな私は・・・別に・・・」

かごめは動揺してコーヒーをくいっと飲んだ。

「『犬夜叉』っていうのか・・・。犬のあんちゃんの名前は・・・」

「本名が『犬島夜叉丸』だから略して犬夜叉って言ってるんです。」

「なるほど・・・!それも傑作だな・・・!」

「本人はかなり嫌がってますけど・・・」

「わはっはっは!!」

再び大受けの高木。

かごめは安心した。きっとこの人は本当の犬夜叉を分かってくれると・・・。

喫茶店の時計がすでに9時をまわっている。

外は雨がすっかり止んでいた。

「あ、じゃあ私、この辺で失礼します。雨もあがったし・・・」

かごめは自分の分のコーヒー代を出そうと財布を取り出すが・・・。

「ああ、お嬢さん、そんな気をつかわんでくれ。あんたには俺の財布見つけてもらったんだから・・・。ここは俺のおごりだ」

「でも・・・」

「お嬢さん、本当に有り難う。あんたのおかげで犬のあんちゃん・・・じゃねぇな、“犬夜叉”がやっぱり悪い奴じゃねぇってのがわかった・・・。最初に俺が感じた通りの奴だった・・・」

その言葉を聞けて、かごめも嬉しい。

今のこの言葉を犬夜叉に聞かせたいと強く思った。

「きっと犬夜叉の方こそ、喜ぶと思います。今の言葉・・・。コーヒーごちそうさまでした。じゃ、失礼します」

高木に一礼し、かごめは喫茶店を出ようとした。

しかし、引き返した。

「あの・・・」

「なんだい?」

「・・・。きっと良くなると思います・・・!娘さん。だって、娘さんの写真、この雨の中で広い町の中で見つかったんですから・・・!きっと娘さん、お父さんに会いたかったんだと思います。だから、娘さんは絶対に良くなります・・・!何か訳分かんない理屈だけど・・・。あたしはそう信じます・・・ッ。じゃあ、おやすみなさい!」

そう微笑んだかごめが、一瞬、娘と笑顔に見えた。

元気だった頃の娘の笑顔に・・・。

しかし、今は沢山の薬を飲み、その副作用で食欲がなく、顔が真っ青・・・。

小さな細い手には太い点滴がつきささって・・・。

でも、いつも自分が見舞いに行くと、必死に辛いのをがまんして喜ぶ娘・・・。

痛々しくて可哀相で・・・。

「麻里子(娘の名前)、お前・・・。俺に会いたかったのか?父ちゃんなんか今すぐにでも会いたいわい・・・」

娘の写真にポタッと濡れた。

「チキショウめい!泣いてなんかいれらねぇな!また明日から根性入れて頑張るからな・・・!父ちゃん、頑張るからな・・・!!」

ズズッと鼻をすするり、コーヒーを一気に飲み干す高木。

そんな父の姿を写真の中の娘は笑顔で見つめていたのだった・・・。

外はすっかり重たい雲が晴れ、星が顔を覗かせていた・・・。



「ファアアクション!!」

翌朝。

かごめのくしゃみが犬夜叉の部屋までこだまする。

かごめはすっかり昨日の雨で体が冷えたらしく、思い切り熱を出してしまった。

かごめのくしゃみで犬夜叉は目覚めた。

「ったく何だよ・・・。かごめ、どうかしたのか?」

「あ、犬夜叉。かごめちゃん、熱だしちゃったみたいで。今日大学休むんだって」

「熱だぁ〜?何か悪いもんでもくったのか?」

「さぁ・・・。とにかくあんたも静かにしてね。かごめちゃん眠ってるんだから・・・」

水枕を持って珊瑚はかごめの部屋に入っていった。

「・・・」

そういえば、昨夜、かごめは雨の中、自転車に乗って出ていく姿を見たような・・・。

犬夜叉はその理由を仕事へ行って分かるのだった・・・。


「犬夜叉、本当に申し訳ねぇことした・・・!!」

高木が犬夜叉に土下座する。

「!?な、なんだよ。どうしたんだ。急に・・・」

「財布・・・。みつかったんだ・・・。居酒屋の裏路地のごみ置き場に落ちてたんだよ・・・。多分、酔っぱらってそこに落としたんだ・・・。お前にはなんて謝っていいか・・・。本当にすまねぇことした・・・!!許してくれ・・・!」

犬夜叉は人にこんな風に謝られた事などないので、どう返していいかわからない。

「べ・・・。別にき、気にしてねぇよ。最初はちょっとむかついたけど・・・」

「ほ、ホントか!?怒ってねぇんだな!?」

「お、怒ってねぇっていってんだろ。だから頭あげろ。おっさん」

「いや〜。よかったよかったー。犬夜叉、お詫びにしるしに今晩、また、飲みにつれてってやる。わはっは」

高木は起きあがり、犬夜叉の肩をぐっと組んだ。

「おい、みんな、というわけだ。犬夜叉は悪い奴じゃねぇ。妙な噂なんか気にすんじゃねぇぞ」

「おうー!」

他の同僚達もその後、犬夜叉に一言謝りをいれた。

「うっしゃー。というわけで今晩はみんなで飲みに行こうぜ!俺のおごりだ!」

妙に盛り上がる皆の衆。

(・・・。何だか謝れた気がしねぇが・・・。まあ、いいか・・・)

と、思ったが何だか嬉しい犬夜叉。

自分の汚名が晴れたことより、何だか嬉しかった・・・。

しかし、犬夜叉ある事に気づく。

「ん・・・?そういえば、おっさん、なんで俺のこと、“犬夜叉”ってよぶんだ?」

「お前の彼女がそういってたからさ」

「彼女?」

「そうさ。実はな、俺の財布を見つけてくれたのもお前の『彼女』なんだ。昨日の夜」

「え・・・!?」

犬夜叉の脳裏に黄色のレインコートを着て自転車に乗りどこかへ行ったかごめの姿が・・・。

「いい彼女じゃねぇか・・・。あのお嬢さんが財布みつけてくれんかったら俺はずっとお前を誤解したままだった。感謝しろよ。犬夜叉」

「・・・」

その後、高木から昨日の事を犬夜叉は詳しくきいたのだった・・・。



「う・・・」

おでこを冷やしていたタオルが落ちてかごめは目が覚める。

そして、頭の上の目覚まし時計を見た。

「もう8時すぎてたのか・・・」

外はすっかり暗く、大分眠っていたらしい・・・。

かごめは妙な気配を感じ振り向くと・・・。

「おう」

ベットの横にぬっと犬夜叉が座っていた。

「きゃあッ!!!あ、あんた、なんでそこにいんのよーーー!」

「さ・・・珊瑚の奴が自分はちょっと用があるから代わりにここに座ってろっていうから・・・。悪りぃかよ」

「わ、悪くはないけど ・・・。び、びっくりした・・・」

犬夜叉は少し照れている。

考えてみれば、かごめの部屋に入ったのは初めてだ。

「で・・・。どうなんだ。熱・・・下がったのか?」

「うん・・・。大分下がった・・・」

「そうか・・・」

「うん・・・」

なぜだか沈黙が流れる。

静かさが二人きりなのを意識してしまう。

犬夜叉は、かごめの手の甲の傷に気がついた。

「お前その傷・・・」

「あ、これね・・・。ちょっと転んじゃって・・・」

「昨日の夜だろ?居酒屋の裏路地で・・・。高木のおっさんから全部聞いた・・・」


冷たい雨の中、あの飲屋街全体を、植木の中も、看板の裏も必死になって探したことを。

手の甲に傷をつくって・・・。

“犬夜叉は絶対に泥棒なんかする人間じゃありません!人の痛みがわかる人です・・・”

そう必死に訴えたこと・・・。

『お嬢さんからお前の話を聞いて、お前はやっぱり俺が感じた通りの奴だった。人の噂にまどわされちまった自分が情けねぇと思ったよ・・・』

高木はそう言って犬夜叉の肩をポンと叩いた・・・。


「それで犬夜叉、高木さん何て言ってた?」

「・・・。すまなかったって・・・」

「そう・・・。よかった・・・!犬夜叉の疑い、晴れたんだね・・・!よかったね、犬夜叉・・・!」

かごめはピンクのチェックのパジャマの袖口で涙をぬぐう。

「本当によかった・・・。あたし、ちょっと心配だったんだ・・・。高木さんは分かってくれたと思ってたけど、他の人達はどうなのかってすごく気になってたから・・・」

かごめの涙。

どうしてそう、自分の事でもないのにこんなに泣いたり笑ったりできるんだ・・・?

わからない・・・。

どうして・・・。

「く、くしゅん・・・!」

「バカ野郎・・・。なんであんな雨の中、自分の財布でもねぇのに探しに行ったんだ・・・!」

「だって・・・。悔しかったんだもん・・・。犬夜叉が泥棒扱いされるなんて・・・」

「・・・。何でお前が悔しがるんだ・・・。わからねぇ・・・」

「あたしもわんない・・・えへへ。ただ、気がついたら懐中電灯持ってさがしてたの。えへへ。でも本当によかった・・・。本当に・・・」


どうしてなんだ。どうして、そう・・・。


笑える・・・。


どうして・・・。

でも、かごめが自分をそこまで信じてくれたことが、心が躍るくらいに嬉しい・・・。

自分の事を無条件に信じてくれる人・・・。

信じてくれる人がこんなに近くに感じたことは今までなかった・・・。

“あいつはどうせ札付きの悪だ。何をやらかすかわからん”

そうレッテルを貼って疑った奴なら星の数ほどいたのに・・・。

信じてくれる人がいる。

自分にもこんなにも信じてくれる人がいる・・・。


「かごめ」

「なあに?」

「・・・。べ・・・。別に何でもねぇ・・・」

“ありがとう”

今一番いいたい台詞なのに、かごめの顔を見たら恥ずかしくて言えない。

“ありがとう”

かごめの優しい声を、瞳をみたら心が風船になったみたいに、

ドキドキする気持ちが大きく膨らんで・・・。

膨らんで・・・。

「あの・・・。かごめ・・・。俺・・・」

「なあに?」

「だっ・・・だから・・・ッ。そのあの・・・」

しどろもどろの犬夜叉。

何が言いたいのか自分でもわからず、ついいつもの調子で減らず口を・・・。

「だ、大体おめーはやわいんだよ。雨にうたれたぐらいですぐかぜひきやがる・・・」

「んまーッ!何よ!あんた、人の事、いえないでしょー!雨の中、倒れて助けてもらったのはどこの誰よー!」

犬夜叉、痛いところをつかれた。

「う、うるせえな!そんな事、もう忘れた!」

「忘れたって何よ!あたしはねー・・・。ゴホッ」

かごめは激しく咳き込んだ。

犬夜叉はコップに水を組んでかごめに渡した。

「ありがと。犬夜叉・・・」

「もう少し寝ろ。俺はもう部屋に戻るから・・・」

「うん・・・」

犬夜叉は、かごめをベットに再び寝かせ、自分の部屋に戻ろうとした。

しかし犬夜叉は立ち止まった。

「犬夜叉・・・?」

「また色々・・・世話になったな・・・。お前のおかげだ・・・」

「う・・・ううん。そんなこと・・・」

「それから・・・。その・・・。おっ。お前の部屋、な、なんかすげぇ『いい匂い』だな・・・」

「えっ・・・」

「じゃ、じゃあなッ!!」

バタン!!

相変わらず乱暴な閉め方・・・。

けれど、かごめにはドアの音など聞こえなかった。

今の犬夜叉の言葉にドキドキして・・・。

頬がまた赤く火照る。

「や・・・やだ、なんかまた、体、あっつくなっちゃったじゃない・・・!」

初々しい鼓動の音。

初めて男の子と手を繋いだ時のような、甘酸っぱい気持ちがこみあげてくる・・・。

かごめの犬夜叉の胸に・・・。


その一部始終を、隣の部屋の珊瑚は壁に耳をあててきいていた。

そして何故かこの男も・・・。

「犬夜叉の奴、まったく何もせずにおなごの部屋からでてくるなんてお子様ですなぁ」

「そうだね・・・って。弥勒さま、何でここに・・・ッ!!!」

「いやいや。さすがに一階からでは二人の様子がわかりませんからねぇ。で珊瑚の部屋に・・・」

弥勒の頭上にひきつった顔の珊瑚が・・・。

「さ、珊瑚・・・あの・・・」

バッチーン!

見事にビンタの音がアパートにこだました夜だった・・・。