第13話・街の風景
〜本当のジブン〜
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“出ていくなんて言わないでね・・・”

自分の胸で肩を震わせてそう言ったかごめ。


優しい匂いがした。


鋭く尖った氷を包むような


心がふわふわする・・・。

微かに香るかごめの匂いで目を覚ます犬夜叉・・・。

「んー!今日もいい天気だなっと」

元気な声。

かごめだ。

犬夜叉が窓を覗くと、かごめが元気にアパートの前を竹ほおきを持って掃除していた。

「あ、犬夜叉、おはよう!」

「お。オス・・・」

ちょっと照れくさい犬夜叉。

「ねぇ。犬夜叉。ちょっと見せたいものがあるの。降りてきて」

寝癖のついた長髪の髪をボリボリかきながら犬夜叉は降りてきた。

そして、かごめが犬夜叉に見せたのは大きく分厚い茶封筒。

中身をみるとなんと富樫の写真集が。

「何だよ。コレ・・・。写真とネガは取り返したんじゃねぇのか!?」

「いいからいいから。一番後ろのページを見てみて」

かごめに言われるまま最後のページをペラペラとめくるとそこに、かごめ宛に富樫からの伝言が書き記されていた・・・。

『お嬢サン、いや、日暮かごめさん、先日はあんたには本当にひどいことをしちまって悪かった・・・。本当なら警察にしょっぴかれても俺はおかしくねぇかもしれねぇのに・・・。
あんたのまっすぐな瞳に刺激されて、俺はまた色んなモン撮るためにちっとた旅に出た。この写真集はあんたに持っていてもらいたい。二股の小僧によろしくな』


「・・・。けっ・・・。急に改心したってのかよ。調子のいい・・・」

「でもよかった・・・。富樫さん、本当に自分が撮りたいものが見つかるといいな・・・」

富樫の写真を優しげに見つめるかごめ・・・。

そんなかごめに犬夜叉は・・・。

「よ、よかっただぁ?お前、あんな酷い目に遭わされたってのに、何感心してんだよ。全く・・・」

「そりゃちょっと腹も立つけど・・・。でも。嬉しいじゃない。本当にやりたいことが見つけてくれたって・・・。ね!“終わりよければ全て良し”ヨ!」

かごめはVサイン。

犬夜叉はただ、ただ、首を傾げて不思議そうにつぶやく・・・。

「どうしてそんな何でもいい方に考えられんのか・・・」

自分なら、やられたことは倍にしてでもやり返す。それが当たり前なのに・・・。

自分が怒るようなこともかごめはすぐ“喜び”に変えてしまう・・・。

それが不思議であり・・・。そして。

犬夜叉の心を惹きつけてもいる・・・。


くいくい。

後ろで一つに束ねてある髪をかごめはひっぱった 。

「痛ッ!何しやがる!」

「今日、時間在るでしょ?買い物、付き合ってくれないかな?」

「買い物だぁ?女の買い物程、めんどくせーもんはねぇからな。やなこった」

「・・・。そう・・・。じゃあいいや・・・。弥勒さまにでも頼むから・・・」

「・・・」

かごめと仲むつまじく腕を組んで歩く弥勒とかごめを想像する犬夜叉・・・。

「お、おい・・・。その・・・。どうしてもってんなら付き合ってやってもいいぜ・・・」

「ほ、ホント!ありがとう!!」

「お、おう・・・」

喜ぶかごめ。

その一部始終をやっぱりこの面々はご見学。

「でもかごめちゃん、元気そう・・・。妙なカメラマンとの事、本当無事でよかったよね」

朝のトレーニングをしていてジャージ姿の珊瑚。

「ですなぁ・・・。普通のおなごならもっと恐怖におののいているというのにかごめ様は肝っ玉がすわっているのですねぇ」

やっぱり縦縞のパジャマ姿で歯磨きシャカシャカ弥勒。

「かごめはそういう子じゃからな・・・」

お茶をズズッとすする楓。

「桔梗の事で只でさえ辛い思いなのにさ・・・。あんなトラブルまで巻き込まれてにこにこしてるんだもん・・・」

「・・・。我慢強い子じゃからな・・・」

しかし、我慢強いということは、逆に誰も知らないで何かに耐えているということ・・・。

笑顔の下で・・・。


駅前の『戦国商店街』。

以前は、八百屋、魚屋、肉屋・・・。

生活に密着した店が多かったが最近は若者向けのブティックや、カフェなどの店が多くなった。

中でも、賑わっているのがカジュアルファッションの店『ユニシロ』

破格の値段と質の良さで若者始め幅広い年齢層に人気がある。

「おい・・・。かごめまだかよ!!」

更衣室の前で、イライラする犬夜叉。

「ちょっと待ってよー。どっちにしようかまよってんだから・・・」

かごめは更衣室に出たり入ったり。犬夜叉のイライラも限界かも・・・。

「ちきしょう!だから女の買い物は嫌なんでいッ!」

シャッ。

カーテン開けるかごめ。

「ごめんごめん・・・。ねぇ。それよりほら♪犬夜叉、似合う?」

かごめはピンクTシャツにミニスカートを着て、くるっと犬夜叉の前でまわってみせた。

犬夜叉は足からズズーッとゆっくり下から上へと見る。

「・・・。そんなヒラヒラなもん着て寒くねぇのか?」

「・・・。もっと他にいい感想はないの?あんたは」

「うるせえッ。俺は服なんてどーでもいいんでいっ」

「あ、そうだ 、実はね、あのね。さっきあんたのも選んでおいたのよ。ほら♪」

かごめが選んだという服を犬夜叉は見て固まる・・・。

水玉模様の赤と青の色違いのパジャマ・・・。

「ね★お揃いなの♪可愛いでしょ♪」


「・・・。ぜってーーーにきねぇぞ俺はーーー・・・!!」

店中に犬夜叉の声が響き渡った・・・。

しかし結局お揃いのパジャマは購入したのだった。

店を出た二人は商店街を歩く。

「♪」

買い物を充分楽しみ、かごめは上機嫌。

反対に犬夜叉は買い物袋を両手に持たされかなりご機嫌斜めだ。

「なによーもう。せっかくのデートなのに・・・」

「なっ・・・。だ、誰がでっデートだっ。お前が無理矢理かいもんに付き合わせたんじゃねーか!」

「なによ!そんなに怒ることないでしょー!もう知らないッ」

とうとうかごめは怒ってしまい、すたすたと先を歩く。

「あ、こら、まちやがれ!」

しかしある店の前でピタッと立ち止まるかごめ・・・。

『お総菜の店・オフクロ亭』

かごめがつい前にまでバイトしていた総菜屋・・・。

重たげにシャッターが閉まり、閉店の張り紙が・・・。

「かごめ。どうした?」

「うん・・・。あたしが前までバイト店が閉店してたの・・・。いつのまに・・・」

そういえば・・・。

商店街を歩いてきて、気付いた。

総菜屋の他にもそば屋や、靴屋などの店があちこちでシャッター降ろして『貸店舗』の張り紙がやけに目に付いた。

「・・・。短い間にこんな沢山・・・閉店する店が多いなんて・・・」

この商店街のシンボルだった『シネマ・戦国』。つい最近、30年の歴史に幕を下ろした・・・。

「なんでい。かごめ、なんでお前、そんな事なつまんねー顔してんだ」

「だって・・・。あたしこの街に来て2年しか経ってないけど・・・。この商店街、明るく雰囲気で大好きだったの。慣れ親しんだものがなくなっていく・・・。寂しいじゃない」

かごめがよく夕飯の材料を買いに来ていた八百屋のおじさん・・・。

「かごめちゃんかわいいからおまけしとくよっ」そう言っていつも野菜をおまけしてくれた。

なくなったのは店ではなく、そこに居た人達で・・・。

「・・・。なんか・・・。新しいものが増えるのは賑やかになるけど・・・。古いものはあっという間に消えるんだね・・・」

それを噛みしめるようにかごめと犬夜叉はじっくり、ゆっくりと商店街を歩く・・・。

「ね、お腹すかない?何か食べようよ」

「お、おう」

なじみのラーメン屋と、真新しい回転寿司の店。

回転寿司の店には行列が・・・。

「・・・。ね、どっち食べたい?」

「俺はラーメンが喰いてぇ」

「うん!あたしも!!」

回転寿司の店もいいかもしれない。でも、顔なじみのおじさんいる店を犬夜叉が選んでくれて嬉しいかごめ。

「へいらっしゃい!」

いつもの元気なおじさんの声。かごめはなんとなくホッとする。

赤いテーブルのカウンターに座る二人。

タオルをはちまき代わりに頭に巻いたおじさんが水を差し出す。

「おっ。かごめちゃん隣のいい男はかごちゃの旦那かい?」

ブハッと水を吹き出す犬夜叉。

「や・・・や、やだ何言ってンの!おじさん、変なこといわないでよもー!!」

「そ、そうでいっ。縁起でもねーこと言うなオッサン!!」

「グハハハハ・・・!夫婦ゲンカは犬もクワねぇって言うしな!で、ご注文は?」

ふたり同時に・・・。

「味噌ラーメン!!」

ぴったり一致した。互いの顔を見合う二人。

「な・・・。何よあんた!違うものにしなさいよ!」

「お、お前こそ・・・!」

何だか今日は妙に気が合う。ラーメンができても・・・。

「へいお待ち!」

味噌の匂いが食欲をそそる。大きなチャーシューが3枚も入っている。

「おじさん、これ・・・」

「今日は天気がいいからねぇ!おまけだよっ!」

「ありがとう!!いただきまーす!」

犬夜叉、かごめ、二人同時にコショウのビンを取り手が重なる。

「な・・・。何よ!」

「俺が先にとったんでいッ。俺のコショーだ!」

コショウの瓶の取り合い。しかし勢い余ってコショウの瓶の蓋が取れてしまった!

「クシュンッ!!」

「ヘックショイッ!」

くしゃみも同時に・・・。

「ぐはははは!!こりゃあ傑作だぁ何もかも一緒かい!こりゃあ、結婚するしかねぇな。お二人さんわっはっは!」

すっかりおじさんのペースにはまって照れまくる二人。

耳まで真っ赤・・・。

「がはは!初ねぇッ初ねぇッ!」

豪快なおじさんの笑い声。聞くとこっちも元気になる気がする。

ラーメンの味も最高だが、おじさんの人柄が何より魅力的なのだ・・・。

そんなおじさんの笑い声だけは・・・ずっとなくならないで欲しいと思うかごめだった・・・。


少し日が暮れて来た。歩道橋の下には街路樹のアーチをくぐりぬける様に沢山の車が走っている・・・。

街路樹もほんのり色づき始めて・・・。

「紅葉したらもっときれーだろーねぇここ・・・」

「まぁな」

「・・・。あの夕陽は変わらないのに・・・。街の中の風景ってすごいスピードで変わるよね・・・。何か気持ちがついていかないな・・・」

歩道橋の下を走る車をぼんやりと見下ろすかごめ・・・。理由のない焦燥感が湧いてくる・・・。

「なーに物思いにふけってんだ?にあわねーぞ」

「・・・あんたに言われたくないわよ。でもさ。もう少しゆっくりでもいいと思わない?人も車も・・・」

「俺はちんたらしてる奴は嫌いだ。でも、上手いラーメンの店がなくなっちまうのはもっと嫌いだ」

犬夜叉は大まじめな顔で言う・・・。犬夜叉なりにかごめの問いに答えたつもりなのだが・・・。

「ぷ・・・ハハハハ!」

「なんで笑うんだ!ったく・・・」

不器用で、鈍くて。

でもその奥には優しい気持ちが一杯詰まってる事をかごめは知っている。

それが垣間見えたときが一番好き・・・。

「ねぇ犬夜叉。最後にどうしてもよっていきたい場所があるの。いい?」

「かまわねーけど。どこなんだ?」

「うん・・・。とても素敵な場所・・・」

かごめの“素敵な場所”とは一体どこだろうか・・・?

そこでかごめはまた・・・。

犬夜叉の優しさを垣間見ることになる・・・。

そして犬夜叉自身も・・・