第13話・街の風景
〜ホントウノジブン〜
A

川の水面がオレンジ色にキラキラ光る・・・。

「オーライオーライ・・・」

グランドで少年達が野球をしている。

その少年達を眺めるように土手の草原でそこに大の字になって寝転がる犬夜叉。

体育座りして野球を眺めるかごめ・・・。

「ここの風景は今も同じだな・・・」

「おう。かごめ、こんなつまんねー場所に何があるってんだよ?」

「ここね、富樫さんの写真集の中の場所なの」

かごめが一番気に入っている写真。

この土手を歩く老女の写真だ・・・。

「へっ・・・。おもしろくねぇ・・・」

「・・・。あのねぇ・・・。あんたには“感性”ってもんがないわけ?いいなって思わない?野球をする少年達、川に入ってつりをする人達・・・。何気ない風景だけど、その何気ない風景こそが幸せで・・・」

「ふあああ・・・」

思いっきりあくびの犬夜叉。

「・・・。花よりだんごよねあんたって・・・」

かごめと犬夜叉並んで流れゆく雲を見つめていると・・・。


「わぁあッ!」

悲鳴が・・・!

二人はあわてて土手に駆け上ると、着物を着た老婆が蹲って倒れていた・・・。

「お、おばあちゃん、大丈夫ですか!?」

かごめはすぐ、老婆を抱き起こす。

老婆は犬夜叉の顔みて目を丸くする。

「う・・・。お爺さん・・・!お爺さん・・・!」

老婆は呪文の様に何度もつぶやく。

「なんだぁ?このババア・・・」

かごめはこの老婆に見覚えがある・・・。この紺色の着物は確か・・・。

老婆はよっこらしょと何とか自力で立ち上がった。

「お義母さん!!」

老婆の家族らしい女性が駆け寄る。

「よかった・・・。やっぱりここに来てたのね・・・。はっ・・・!?貴方!お義父さん!?」

どうやら老婆のの嫁の様だがその嫁も犬夜叉の顔をみて驚く。「あの・・・犬夜叉に何か・・・?」

「いえ・・・。そちらの方があまりにも家の義理父とそっくりだったものですから・・・」

嫁はしゃがんで老婆の着物の裾についた小石をパンパンと払う。

「お義母さん、今日はもうこの辺にしておきましょう?お義父さんはまだ来ないわ・・・」

老婆は首を横に激しく振り、抵抗する老婆。

嫁はそんな老婆に困り顔・・・。

「あの・・・。ちょっとぶしつけな事お聞きしますが、もしかして、2年前、この土手で写真を撮られた事はありませんか?」

「そういえば、そんなことが・・・。でもどうしてご存じで?」

「私、あの写真集、持ってるんです。お婆さんが今着ている着物・・・。写真と同じものだったから・・・」

「そうでしたか・・・」

紺に桜柄の着物・・・。間違いない。あの老婆だ。

亡くなった夫とよく散歩した道をずっと今でもゆっくりと歩き続ける・・・。

その後ろ姿の写真が富樫の写真集に載っていたのだ。

「あの・・・。今でもこの土手をお婆さんは・・・?」

「・・・。ええ ・・・、足も弱ってきてるっていうのに・・・。今でもお義父さんがここに帰ってくるんじゃないかって・・・。あれ!?」

嫁がかごめと話している間に老婆は、ヨロヨロと歩く杖をついて歩く・・・。

「あっ」

老婆は足がガクッと崩れ、つまづきそうになった。

「お義母さん・・・!!」

嫁は焦って駆け寄る。

「お義母さん、やめましょう。もう・・・。骨でも折ったらどうするの・・・!ねぇ。家に帰りましょう!」

「イヤ・・・。イヤじゃぁーーッ!!おじいさん、お爺さん、お爺さんどこおるーーッ。ワァアアア・・・ッ!!イヤァーーーッ!!」

老婆は子供の様に手足をばたつかせ、その場で暴れ始めた。

「お義母さん!落ち着いて!お願いですから落ち着いて・・・ !」

嫁が押さえつけようとするが、それをはねのけ、履いていたサンダルを嫁に投げつけ、更に暴れる・・・。

「お爺さん、お爺さん、お爺さんーーーッ!!」


土手を歩く人々は老婆の様子に少し冷たい視線を送りながら通り過ぎていく・・・。

嫁もその視線を感じているのか苛立ち、尚更力づくで、老婆をしずめようと力ずくで押さえ込もうとする・・・。

「お願いだからお義母さん、静かにして・・・。人が見てるから・・・。お願いです・・・」

混乱する嫁。

学生達は老婆を見下ろし、「じゃまくせえっての」などと言葉を浴びせ、周囲の人々は、迷惑そうな表情をしてヒソヒソと耳打ちしながら通り過ぎていく・・・。

その様子にかごめは胸を痛める・・・。

そのかごめの瞳を見ていて・・・。

(・・・かごめはこいうとき、一体どうするんだろう・・・。かごめなら・・・)

かごめが老婆に駆け寄ろうとするより先に、犬夜叉の体が自然に動いた・・・。

「犬夜叉・・・?」

犬夜叉は老婆の方へゆっくりと歩いていき・・・。

地面に小さく蹲る老婆をひょいっと・・・。


背負った・・・。

「・・・。おい、ばあさん、俺はあんたの爺さんじゃねぇけど・・・。まぁ、今だけなら代わりしてやる。いきてぇ場所いいな」

ぶっきらぼうにそう背中の老婆に言う犬夜叉。

老婆はその言葉に嬉しそうに・・・シワシワの顔をさらにしわしわにするくらいに・・・

にこっと笑った・・・。

「お爺さん、ありがとう、お爺さん有り難う・・・」


仏様に感謝するように、犬夜叉に手を合わせそうつぶやく老婆・・・。


「・・・だから俺は爺さんじゃねぇって・・・」


照れくさそうにしながら犬夜叉は老婆を背負って歩き始める・・・。


その後ろ姿を老婆の嫁とかごめが見つめる・・・。


「ありがとうございます・・・」


「え・・・?」

「久しぶりに・・・。お義母さんの笑顔を見ました・・・。いつも無表情で・・・。家族の事も忘れてるんじゃないかと思うくらいに感情がみえなかったのに・・・本当に久しぶりに・・・。あんなに清々しい笑顔・・・みました・・・」

嫁はうっすらと瞳を濡らしつぶやく・・・。


嬉しい・・・。本当に嬉しい・・・。

さっき、自分が老婆に駆け寄ろうとした時・・・。

犬夜叉が自分から動いてくれた・・・。

自分の意志で・・・。

そして、その犬夜叉に心から感謝を述べてくれた人がいる・・・。


それが嬉しい・・・。


いつもどこか人に理解されずにいた。


でも・・・。


本当の犬夜叉の


奥にあった優しさがこうして誰かに伝わった・・・。


それが肌で感じられて・・・。


かごめは自分のこと以上に、嬉しく感激で一杯だった・・・。


犬夜叉は土手を端から端まで・・・。


老婆を背負って何往復もした・・・。


周囲の冷たい視線の中堂々と・・・。


老婆が犬夜叉の背中の温かさで眠ってしまっても・・・ 。


かごめはずっとずっと見守っていた・・・。


よかったね・・・。


犬夜叉・・・。


よかったね・・・。本当に本当に・・・。


よかったね・・・。


犬夜叉の本当の優しさを・・・

吹く風に乗せて・・・。


色んな人に届くといいね・・・。



日はすっかり暮れて・・・。

電柱の灯りもつき、その回りを小さな虫たちが乱舞する。

住宅街も夕食時とあって家々に温かな灯りが灯る。

犬夜叉とかごめ。

静かに並んで歩く・・・。


「ふふ・・・」

「・・・。な、何にこにこしてんだ。変な奴だな・・・」


「だぁあって・・・。嬉しいんだもん・・・」

「何が・・・」

「犬夜叉の優しい気持ちがおばあちゃんに伝わったから・・・」


「けっ・・・(照)」


本当に嬉しい・・・。


あのおばあちゃんの『ありがとう』が・・・。


まるで自分がいわれてるみたいで・・・。

「犬夜叉・・・」


「ん?」


「・・・。今日の犬夜叉・・・。とっても格好良かったよ・・・」


「なっ・・・」


突然かごめに誉められ、犬夜叉、ドキマギ・・・。


「きゅ、急に妙な事言うなッ・・・」


「だって・・・。ホントに格好良かったんだモン・・・」


「・・・」


犬夜叉、照れくさくて照れくさくてどうしたらいいかわからない・・・。


「・・・。ねぇ・・・。腕・・・。組んでもいい・・・?」


「えっ・・・」


「嫌なら・・・いいけど・・・」

「・・・」

犬夜叉は立ち止まり、少し考えてからに突っ込んでいた手をGパンのポケットから出し、腕をかごめに差し出した・・・。

「くっ暗くなってきたし・・・。転んだらあぶねぇからな・・・。ほれ掴まれ・・・」


「うん!」


かごめの細くて白い腕が筋肉質の犬夜叉の腕に絡ませられる・・・。


かごめの甘い匂いがふわっとして・・・。


犬夜叉は妙に緊張してぎくしゃく歩く・・・。


かごめはまたそんな犬夜叉が可愛らしくて・・・。


「犬夜叉・・・。ホントに格好良かったよ・・・」


「・・・何回も言うな・・・(照)」

かごめは犬夜叉の肩に顔を寄せ、絡ませた腕を隙間のないくらいにくっつけより体を密着させる・・・。

同時に犬夜叉の腕にふにゃっと柔らかい感触が・・・。


「!!」


犬夜叉は急に立ち止まる。


「?どうしたの?」


「・・・きゅ、急にひっついてくんじゃねぇよッ・・・。あ、暑っくるしいじゃねぇか・・・っ」


「あっ。ごめんっ・・・。嫌だった・・・?」


かごめはパッと離れた。


「え・・・。何も離れること・・・」


犬夜叉、ちょっと後悔。


「じゃ・・・。こっちならいいかな・・・」


かごめは犬夜叉の手をそっと繋ぐ。

「ね?これなら暑くないでしょ?」


「・・・。お、おう・・・」


やっぱり腕を組んだ方がよかったなと思う犬夜叉。


二人は手を繋いで・・・。


ゆっくり・・・。ゆっくり・・・。


歩く・・・。


秋の匂いがする風を感じながら・・・。


と、浸っている間にアパートの前まできてしまった・・・。

「・・・。着いちゃったね・・・」


名残惜しい・・・。もう少しこの瞬間が続いてくれたら・・・。

「犬夜叉、今日は買い物付き合ってくれてありがとう。じゃおやすみ・・・」


しかし犬夜叉はかごめの手を離さない。

「犬夜叉?」

「そ、そーいえば・・・。カップラーメンなくなったちまってた。その・・・。コンビニまで付き合ってくれねぇか・・・?」

「・・・。でもあんた、昨日100円ショップでカップラーメン、まとめ買いしてたじゃない」

ビニール袋2つ分味噌味をたんまりと。


「う、うるせぇッ・・・!行くのかいかねぇのか!」


照れまくりの犬夜叉。

「行く行く♪」


「ウシ・・・。んじゃいくぞ」


そして二人はコンビニに向かう。


帰りは少し遠回りして帰ろうと秘かに思う犬夜叉・・・。


温もりと感触をもうしばらく感じていたいから・・・。


優しい温もりに触れて・・・。


見つけた本当の自分の心・・・。


他人などどうでもよかった自分が、


ちょっとだけ優しさのかけらを誰かに分ければ・・・。


心からの『ありがとう』が帰ってくる事を知った・・・。


かごめの心に触れて・・・。


本当の自分を素直に見つめられた・・・。



街の風景の様に・・・。


当たり前に・・・。


そばにいるかごめのおかげで・・・。