第16話
さえずりの朝

チュン。チュン。チュン・・・。

ガラガラっとガラス窓をあけ、かごめが朝の空気を一杯吸い込む。

「おはよう。新婚さん」

チュンチュンッ。

それに応えるようになく雀。

つい1週間ほど前から、部屋の窓の横についているクーラーの空調機の上に新居を建築中なのだ。

「大分できたねぇ。あ!」

かごめがのぞき込むとなんと、たまごが3つ産まれていた。

「いつのまに・・・。おめでとう!可愛い雛が産まれるといいねぇ!」

小さくて可愛らしい卵を見てかごめはなんだか朝から気分がいい。

そんなかごめの声に、となりの男も目が覚めた。

「たく・・・なんでいっ。朝っぱらから・・・」

前髪が逆立て、寝癖のひどい犬夜叉、あくびをしながら窓をあけ起きてきた。

相変わらずかごめがユニシロで買ったパジャマを着ている。

「あ、おはよ!犬夜叉。ほら、見てよ!雀の卵がね産まれてたの!」

かごめはにこにこしながら巣をのぞく。

「んあ〜?卵〜?」

背中をポリポリかいてさらに大あくび。

「・・・。なんでお前は雀とかそんなもんにいちいち喜んだりするんだ?わかんねぇな・・・」

「えー。だって楽しみじゃない?いつ産まれるのかなってさ・・・」

自分にとってはどうでもいいことでも。かごめはどうしてこうも何でも一喜一憂できるのだろう。

わからないがかごめの喜ぶ顔を見るのは犬夜叉も心地いいと感じる・・・。

「ねぇ犬夜叉。巣箱つくってくれないかな」

「あ?」

「あんた大工見習いでしょ。巣箱ぐらいつくるはずでしょ。ね、お願い。雨とか風よけるために・・・」

「けっ。やなこった。めんどくせえ。オレはそんなちんけな仕事はしねぇ」

かごめ、ムッとする。

「何よ。あんたいつからそんな偉い大工さんになったのよ」

「うるせえッ。大体な、朝っぱらから雀相手にしゃべってんじゃねぇよ!」

「いいじゃないの!あたしの部屋の同居人に文句つけないで!」


チュンチュンチュンッ!

二人の大胡でで雀たちは驚き、飛んでいってしまった。

「・・・ほら!犬夜叉のせいよ!」

「ふんッ」

さらに珊瑚も目が覚め、起きてきた・・・。


「あのさぁ。お二人さん。ペアルックのパジャマで朝から喧嘩はやめてくれない?」

珊瑚の言葉に二人、互いの寝間着を見合う。

「・・・」

「・・・」

水玉模様のペアルック★

「・・・。犬夜叉。あんたなんだかんだ言って、それ、気に入ってるんだね」

「う、うるせえッ。洗濯したら着るモンがなかったつってんだろ!」

しかし、ベランダには乾いたTシャツが干してあり・・・。

「・・・。な、なんでもいいだろ!!」

「うふふ。あたしもこのパジャマ好きだよ」

「だーー!!うるせえっ!!」

犬夜叉、照れながら洗濯物をとりこむ。

「うふふ・・・」

「笑うなったら!!」

まぁ、朝からなんとも仲のいい会話に珊瑚、ちょっとあきれ顔。

「朝から新婚みたいな会話しちゃって・・・。はー。二人はほっといて朝のジョギングしてこよっと」


穏やかな朝。

窓際の犬夜叉とかごめを2羽の雀が屋根の上から見つめていた・・・。


それから3日後。

ゴゴゴ・・・。

空には分厚い灰色の雲。

今にも雨が降ってきそうな空。

「クシュンッ」

大学の教室で、かごめのくしゃみが響いた。

「かごめ、大ジョブ?あんた、顔赤いよ」

「え・・・?そう・・・?」

珊瑚がかごめのおでこをさわるとかなり熱い・・・。

「かごめちゃん、早退した方がいいよ。授業はあたしがノートとっておくから・・・」

「・・・。ありがと。珊瑚ちゃん・・・」

顔が少し赤いかごめ。

授業を早退し、午前中でアパートに戻った・・・。

珊瑚はかごめが帰った後。犬夜叉の携帯に電話する。

今日は天候が悪いので、仕事は急きょ、休みになった犬夜叉。アパートで昼寝をしていた。

「んだよ。せっかく眠ってたってのに・・・」

起きあがり、ポケットの携帯に出る犬夜叉。

「あ、もしもし、あたし珊瑚。あんた、雨降ってるから今日休みだと思って」

「おう」

「あのね、実はかごめちゃんが熱だして今日大学早退したのよ」

「かごめが?」

犬夜叉は起きあがり、かごめの部屋の方をみつめた。

「そう・・・。だからちゃんと診てあげてね」

「お、おれがか?」

「他に誰がいるの?ああ、そうか狩屋鋼牙に頼んでもいいけど」

「!!」

鋼牙の名前が出た途端、犬夜叉の表情が変わる。

「わ・・・わかったよ!かごめの事は心配すんな。じゃあな!」

ピ!

乱暴に切る犬夜叉。珊瑚はしめしめと言った表情で、かごめの分のノートを食堂で写していたのだった・・・。

さて。犬夜叉。かごめが風邪を引いたとなると何を用意しなければならないか、腕を組んで考える。

(熱があるあってんなら薬がいるな)

犬夜叉、押入をさがすが薬など見つかるはずもなく・・・。

「・・・。仕方ねぇ。買ってくるか」

犬夜叉は近所の薬局まで足を延ばす。

薬局など滅多に来ない犬夜叉。

とりあえず、色々まわってみるが・・・。

「風邪薬っつたってこんなに沢山あっちゃわんねぇな・・・」

犬夜叉、あれやこれやと手に取るがまるでわからない。仕方ないので、薬剤師に聞いてみた。

「おう。これ、風邪にきくのか?」

「・・・。お客様。それは下剤でございます」


『カッパのマークの水露丸』

とかいてある。

「・・・。う、うるせえッ。だああ!ここにある奴、ぜんぶくれ!!」

手当たり次第に薬を買った犬夜叉。

紙袋いっぱいである。

(これだけあればなんとかなるだろ)


犬夜叉が部屋に戻るとかごめの部屋の電気がついていた。

犬夜叉はノックしようとしたとき、中から男の声がする・・・。

(・・・ん!?誰だ!?)

犬夜叉、ドアに耳をピタリとあてて中を偵察。

一瞬、犬夜叉は鋼牙かと思ったが声が違う。妙にさわやかな声が・・・。


「日暮、大丈夫か?・・・」

「ううん。あたしは大丈夫。でもびっくりしちゃった。北条君」

(北条!?だれだ!)

犬夜叉、かごめの口からその訪問者の名前に反応し、さらに盗み聞き。

「ごめんな。急に来たりして。こっち街にちょっと用事があったしそれに。ほら。日暮のお母さんからの差し入れもってきたんだ」

北条はそう言って、ビニール袋を手渡す。

「わあっ。おいしそうッ」

袋の中には甘酸っぱい匂いのみかんがはいっていた。

「はぁ・・・。なんか熱っぽい時って酸っぱいの食べたくなるのよね。ビタミンCいっぱいとれそう♪」

かごめはみかんを香りを嬉しそうにかぐ。

「・・・。やっぱり日暮ってかわってないよな」

「え?」

「ささいな事でもすごく幸せそうな笑顔をする・・・。誰より辛いこと背負ってるっていうのにそれを一切他人には感じさせなくてさ・・・」

「・・・。北条君。あたしは幸せだよ。だから大丈夫」


(・・・。かごめの辛いこと?なんだそりゃ・・・)

ドアの向こうの男。北条の言う「かごめの辛い過去」にさらに聞き耳をたてる。


「やっぱり変わってない・・・。日暮の笑顔・・・。オレ・・・大好きだった・・・」

「北条君・・・」


見つめ合う二人・・・。

いいムードの二人をドアの向こう側の男はかなり気にくわないらしい。

(な、なんだ!!ほうじょーって野郎は!!かごめが風邪ひいてんのいいことに・・・!)

犬夜叉、ドアにかじりついて聞く。

「覚えてるか?3年前の今日」

「え?」

「オレが日暮に告白した日」

「あ・・・」


3年前の今日。高校3年生のかごめと北条が体育館の裏にいる。

『オレ・・・。日暮の支えになりたい。だからオレとつきあって欲しい』

ストレートな北条の申し出にセーラー服姿のかごめはしばし沈黙して応えた・・・。

『ごめんなさい・・・』

と一言・・・。

北条はすんなりそれを承諾した。

そして最後のこう言ったのだった。

『3年後の今日・・・。もう一度出会うことがあれば、もう一度、日暮に告白してもいいかな?』と・・・。

「・・・。”もう一度・・・”なんて結局はオレが無理してこうして日暮に会いにきちゃったんだけどね・・・。でも・・・。オレの気持ちはずっと変わってないから・・・」


3年前の今日と同じ・・・。

北条はかごめをまっすぐ見つめた・・・。


「・・・。北条君あたし・・・」


かごめの返事に、ドアの向こうの男に緊張がはしる。

「あたし・・・。今、たいせつなひとがいるの」

「好きな人がいる・・・ってこと?」

かごめは深く頷いた。

「でも。その人には他にね・・・。好きな人がいるんだ」

「何だよソレ。片思いじゃないか。。そいつは日暮の気持ち、しってんのか?」

「・・・さぁあ・・・。どうだろうねぇ・・・。うふふ。会うと喧嘩ばっかりしてるから・・・」

かごめはみかんをぎゅっと握った。

「そんな応えじゃ日暮 。オレ、あきらめられないよ。オレは・・・!!」

北条はがばっとかごめを抱きしめた・・・。

その勢いで絨毯の上にビニール袋の中のみかんが落ちて転がる・・・。

「ずっと忘れなかった・・・。日暮の事・・・」

「・・・。北条くん・・・。ごめん・・・」

かごめはそっと北条の腕をはらった・・・。


「ごめん・・・。北条君・・・。でもあたし・・・。北条君の気持ちには応えられない・・・」

「・・・どうしてだ?片思いなんだろ!?」

「・・・。たとえそうでも。あたしの『恋』はたった一つなの・・・」

北条はかごめから離れ、深いため息をついた。

「でも・・・。もしその『恋』が実らなかったら?他に好きな女がいる男なのに?」


「・・・。北条君。これはね・・・。あたしの『恋』なの・・・。傷つくのが怖いからって、途中で投げ出したくない。自分が納得行くまであきらめたくない。自分に嘘はつきたくない・・・。この『恋』を大切にしたい・・・。たとえ、相手が他の誰かを選んだとしても。他の誰かを好きでも・・・」


このかごめのまっすぐ人をみる瞳。

人を気遣い、いつも笑顔のかごめ。


しかし、その瞳の奥には揺るぎない強い意志を秘めている・・・。


その瞳には・・・誰もかなわないと北条は感じだ・・・。


そしてドアの向こうの『張本人』の男は・・・。

(・・・)


犬夜叉はそっとドアの下に風邪薬がたんまり入った紙袋を置き、自分の部屋に戻った・・・。


ボソッとこうつぶやいて・・・。


「かごめの奴・・・『片思い』って決めんなよな・・・」

そしてこちら北条。


「・・・ったく・・・。そんなはっきり言ってくれなくてもな・・・」

「ご、ごめんなさい・・・」

かごめは会釈してあやまる。

「あやまるなって・・・。でもおかげですっきりした。ずっと胸の奥でくすぶってたんだ・・・。3年前の今日の事が・・・。でもやっと動き出せそうだよ。ありがとう。日暮」

「北条君・・・」

さわやかに、実にさわやかに笑う北条。帰り際、更に北条は。


「片思いならオレの方が先輩だぜ。何か辛いことがあったらアドバイスするから言ってくれよな !」

北条はウィンクして言った帰っていった・・・。

「北条君・・・。ありがとう・・・」


カシャ。

かごめがドアを閉めようとしたとき、足下でなにか音がした。

「何かしら・・・?」


かごめはしゃがみ、紙袋を広げてみると・・・。


薬がたんまりと入っていた・・・。

(・・・。下剤まではいってる。誰がこれを・・・)

かごめは犬夜叉の部屋に電気がついているのに気がつく。
風邪薬やら下剤やら鎮痛剤やら・・・。ごちゃ混ぜだその中にメモが一枚入っていた・・・。

『うまいもん喰って、薬飲んでねてろ。犬』

(犬夜叉・・・)

「ありがとう・・・」

犬夜叉の部屋に向かって声をかけるかごめ・・・。

不器用だけど、犬夜叉の気遣いがかごめは嬉しかった・・・。


その日の夜。雨も風も激しくなり、楓荘の窓をギシギシ鳴らす。

築ウン十年。下手をすると屋根が飛んでいきそうだが、頑丈なのだ。

ガタガタッ。

熱があがり、ぼんやりベットで眠るかごめ。

しかしある事に気がつく・・・。

(あ・・・!雀の巣・・・。雀の巣が・・・!!)


かごめはベットから出て、窓をあけた。


ビュウンッ!!

突風が部屋に入ってくる。

それでもかごめは身を乗り出し、クーラーの空調機の雀の巣を探した。

「あ・・・!」 」

かごめは愕然とした。

巣は跡形もなく、巣の材料だった枯れ木や枯れ草が散乱していた・・・。

「そんな・・・。卵もとばされちゃったの・・・」


ビュウッ!


「きゃあッ!!」

雨風が入ってくる。

かごめは思わず窓を閉めたが・・・。


無惨に飛び散った巣の跡・・・。

かごめは悲しい表情で見つめていたのだった・・・。


そして夜が明け・・・。


熱が下がったかごめ。

悲しい表情で水滴のつくまどを開ける・・・。

辺りは雨で濡れ、その雫が朝日に光って綺麗だ・・・。

でも・・・。かごめの心は曇っている・・・。

朝、窓をあけると、チュンチュンと可愛い鳴き声が聞こえていたのに・・・。

今は聞こえない・・・。

産まれてくるはずだった卵も嵐に消えて・・・。

「・・・。何朝っぱらからしけた顔してんだ」

「犬夜叉・・・」

今朝も相変わらず水玉のパジャマを着ている。

「おう。熱は下がったのか?」

「うん。お陰様で・・・」

熱は下がっても・・・。やっぱりこころは晴れない・・・。

「犬夜叉・・・。雀の巣が・・・」


チュン。チュン。チュンッ。


「!?」


聞き覚えのある鳴き声。

チュン、チュン、チュンッ。

犬夜叉の部屋から一羽、雀が飛んできてかごめの肩に止まった。

「犬夜叉・・・」

「・・・。ほらよ」

犬夜叉は段ボールを取り出し、かごめに見せた。

中には・・・。


「あ・・・!!」


段ボールの中には、巣が元の形のまま静かに入っていた。更に・・・。


ピー・・・。

「わあっ・・・。う、産まれてる・・・!」


5個の卵が全部孵った。

つるつるした茶色の濡れた毛。まだ目が見えていないのだろうか。目はつむったままぴょこぴょこうごいている。

「犬夜叉が巣、守ってくれたの?」

「けっ。大変だったんでいッ!オレの部屋からじゃ、そっちにとどかねーし、夜、はしごかけたんだよ。おかげで、びしょ濡れだ」


そういれば・・・。夜中に何か外でガタガタ音がしたと思ったが、犬夜叉だったんだ・・・。


チュンチュンッ!

もう一匹の雀が犬夜叉の頭の上にとまる。

「わっ。こら!オレの頭は木じゃねーぞッ!」

「うふふ。犬夜叉よかったね。きっとそこが居心地いいのよ」


チュンチュンッ!


犬夜叉をからかう様になく雀。

「けっ・・・。まぁそれからかごめ、ホラこれ・・・」

「え?」

「巣箱だよ!巣箱!!」


犬夜叉は照れくさそうに真新しい平らな屋根ツキの巣箱をかごめに見せた。

「すごい、すごい!!犬夜叉、作ってくれたたんだ!」

「へん。このくらいのモン、なんでもねぇ!」

犬夜叉、ちょっと得意げ。

かごめの嬉しそうな顔に犬夜叉も顔がほころぶ・・・。

「犬夜叉、有り難う。お礼にさ、あたしのお母さんの差し入れのみかん、一緒に食べない?」

「・・・。風邪はもういいのか?」

「風邪なんか吹っ飛んじゃった。だって雀の巣は無事だったし、可愛い雛は産まれていたし・・・。それに・・・」


「犬夜叉が巣箱作ってくれたことがすごっく嬉しい・・・。すごく素敵な朝になったよ・・・。ありがとう。犬夜叉・・・」


かごめはにこやかに微笑んだ・・・。


ドキッとする犬夜叉。

「な、なんでい。また大げさな・・・」


パシッ。


犬夜叉は飛んできたみかんをキャッチ。

「それ、あたしのお母さんからの差し入れなの!とってもおいしいから食べて!」


甘酸っぱい香が犬夜叉を包む。

窓で二人、みかんの皮をむき、一口たべる。

「・・・。確かに・・・うめぇな」

「うん!おいしいね!」


同じ柄のパジャマで朝からみかんをほおばる二人。

その様子を珊瑚はカーテン越しにちらりとのぞく。

(・・・全く・・・。朝から新婚気分の二人なんだから・・・。ま、いいか・・・。もうひとねむりしよっと)


チュンチュンッ!

雀たちが屋根に寄り添ってはづくろい。


その下で、かごめと犬夜叉はキラキラ光る朝日を見つめていたのだった・・・。


雀の幸せそうなさえずりを聞きながら・・・。