18話月と太陽と

坂上樹。年齢・25歳。

“天才指揮者・バイオリニスト様々な音楽シーンで活躍中。
クラシック界の貴公子は、指揮者だけではなくバイオリン、作詞作曲、多方面でその才能を発し、その甘いルックスで女性ファンも急増中である・・・“

そんな記事が書かれた音楽雑誌がバルコニーで桔梗が読んでいる・・・。

風が吹き、桔梗の艶やかなストレートヘアーが微かに揺れる・・・。

「桔梗。午後のティータイムか?」

樹もコーヒーカップ片手に桔梗の前に座る。

「・・・。“クラシック界の貴公子”か・・・。ふ・・・。世の中をお前は騒がせているのだな・・・」

「・・・勝手に騒いでいるだけだろう。俺はただ自分の仕事をしているだけだ」

同じ天才と呼ばれた二人。

自分ではない自分を勝手に作り上げていく。それに応えねばと言うプレッシャーと空しさをよく知っている・・・。

「それより桔梗。お前・・・。主治医に聞いた・・・。右手はバイオリンを弾くのにはもう余り支障はないと・・・。まだバイオリン、弾く気にならないか・・・?」

桔梗の愛用のバイオリン。

桔梗は記憶が戻ってから一度もバイオリンに触れてもいない・・・。

「・・・。樹・・・。お前には感謝している・・・。とても世話になった・・・。お前がいなければ私は生きてはいなかった・・・。だが、もう私は既に死んでいるも同然・・・。バイオリンなど無意味だ・・・」

しかし、すべてを思い出した桔梗にはバイオリンしかない。同じ天才の“孤独”を知っているからこそわかる・・・。

「・・・。では“彼”のためのバイオリンならば・・・?」

「・・・」

桔梗の顔色が一瞬にして険しくなった。

犬夜叉の事になるとやはり感情的になってしまう・・・。

「今日・・・。“彼”が来る日だな・・・」

「・・・知らん・・・私は・・・」

クシャ・・・。

雑誌の表紙を握りしめる桔梗・・・。

しかし、桔梗は道路が一望できるこのバルコニーに座っている。

明らかに“誰か”を待つように・・・。

あれから、犬夜叉と桔梗はメールのやりとりや、時々、犬夜叉が会いに来ている。

しかし、桔梗はまだバイオリンには一度も触れていない・・・。

「桔梗。お前・・・」

樹は桔梗を見つめる・・・。

「・・・なんだ?」


今、こうして一番近くにいるのは自分なのに・・・。

桔梗の心は違うところを見ている・・・。

それが嫌と言うほどわかる・・・。

「・・・」


樹は何故だかかごめの事を思い出す。

犬夜叉と桔梗の劇的な再会シーンを供に目撃したかごめ・・・。

(彼女は・・・。今、一体どんな気持ちなのだろうか・・・。彼女は今・・・)




「〜♪」

かごめの部屋からいい匂いが・・・。

料理の本を見ながら、台所にたつかごめ。

『ビーフストロガノフ』そのページを熱心に、エプロン姿のかごめは読む。

「うーん・・・。ちょっとスパイスが足りないかなぁ」

小皿で味見をする。犬夜叉や珊瑚、弥勒達にも食べてもらおうと今日は朝から作っていた。

「犬夜叉の奴、よく食べるから少し多めにつくっとかなくちゃね。あ、そうだ♪お塩なくなってたんだ。コンビニ行って来よう」

エプロンを脱ぎ、財布片手にかごめは部屋をでると、アパートの前に見慣れぬ高級車が。

シルバーのベンツ。

かごめが助手席を覗くと窓がガー・・・と開いた。

「あ・・・。樹さん!?」

「お久しぶりです。かごめさん」

犬夜叉と桔梗が再会してから樹とは一ヶ月ぶりにかごめ。

共に同じ場所から、同じ窓から、犬夜叉と桔梗の再会シーンを見つめた・・・。

「あの・・・どうして・・・。犬夜叉ならいませんけど・・・」

「・・・。貴方にお話があって・・・。もしよろしかったら、お時間を頂けませんか?」

「え・・・あの・・・」

かごめは窓に映る自分の格好が目に入る。

298(ニーキューッパ)で買った赤と青のラインのボーダーシャツとGパン生地のミニスカート・・・。

その姿が数百万はするであろうベンツのサイドミラーに映って・・・。

「・・・。あの・・・。分かりました。でもあたしったらこんな格好で・・・。いま、すぐ着替えてきます・・・」

「そのまま結構ですよ。普段の素敵な貴方と話がしたいのですから・・・」

「・・・」

サラッとこっちが赤くなるような台詞を、ごく自然に言う。

「お・・・お邪魔します・・・」

かごめは緊張した面もちで樹の車に乗った。

さて樹の話とは一体・・・。



「お母さん、早く早くー」。

母親の手をぐいぐい引っぱって公園のブランコに乗りたいとせがむ少年。

母親は乳母車を横に止め、ブランコに座り待っている我が子の背中をおしてやる。

「わー。きもちいいー」

少年の笑顔をコンクリートのベンチにかごめと樹は座ってみていた。

「公園にきたのなんて何年ぶりかな。子供の時以来です」

「・・・。あの・・・。それでお話って・・・」

「かごめさん。貴方には謝らなければならない・・・」

「え?」

「犬夜叉さんから聞きました・・・。お前も気を付けろと・・・。週刊誌のカメラマンでの一件です・・・。貴方には本当になんとお詫びしたらいいか・・・」

「いえ。そんな・・・」

かごめは一体自分になんの話があるのか、樹をちらっと見る。

「桔梗は大分元気になったんですが・・・。まだバイオリンには触れようともしなくて・・・。犬夜叉さんからはよくメールが来るんですよ。そのために携帯買ったんです・・・」

「・・・」

「あ、す、すみません・・・。貴方に言う事じゃないですよね・・・。」

「・・・」


かごめはただ黙す。

聞きたくないことだが・・・。

近くにいるのに、そばにいるのに、心は違う方を向いている・・・。


その切なさはかごめにも痛いほどわかる。


犬夜叉と桔梗の劇的な再会シーンを同じ場所から同時に見てしまった二人。


かごめはその時の樹が流した涙を思い出していた。


自分も泣きたくなるくらいに辛い場面だったのだが、妙に樹の涙が心に残っていて・・・。



樹は砂場で遊んでいる少女を見つめる・・・。


どこか面影が幼い頃の桔梗に似ていて・・・。

「・・・。桔梗が犬夜叉さんに弾かれた気持ちも分かる気がします。幼い頃から音楽の世界しか知らなかった。僕も桔梗も。特に桔梗は身寄りもなく常に天才バイオリニストして周囲からの期待に応えねばならなく・・・。孤独とプレッシャーとずっと闘ってきました・・・」


桔梗の事を話す父親のような兄のような優しげな樹の瞳にかごめは気づく。


ここには姿はないが、樹の瞳には桔梗が映っている・・・。

「そんな時、全く自分とは違う犬夜叉さん出会って・・・。新しい自分を桔梗は見つけたかったんだと思います・・・。只の女として生きていく幸せを・・・」


日本のクラッシク界の貴公子とまで言われている坂上樹が、自分の心内をこうして自分の横で話していることにかごめは何だか実感がわかなかった。

自分には音楽界の事などわかりはしないがただ、樹の桔梗への想いと切なさだけは伝わってきて・・・。

「僕だってもっと違う生き方が何かあるんじゃないかなんていつも頭の何処かで考えてる・・・。でも結局、どこへ行っても、自分には音楽しかない事に気付かされました。それは桔梗も同じだと・・・。あ、すみません。僕ばかり話してしまって・・・」

「いえ・・・」


樹や桔梗、音楽家達の葛藤や悩みなど自分には到底理解しずらいとは感じつつも、『孤独』という寂しさだけはなんとなく感じるかごめ。

「・・・。かごめさんも桔梗も犬夜叉さんに惹かれるのは分かります・・・。犬夜叉さんは自分にとって大切な人を・・・。体を張ってでも守ろうとする・・・。僕にはそんな度量も勇気もない・・・」

「・・・。犬夜叉は犬夜叉。樹さんは樹さんですよ」

「・・・え?」

樹はかごめを見つめる。

「・・・。樹さんは樹さんです・・・。他の誰かと比べることなんてないです・・・。自分の想いは・・・。自分で大切にしなくちゃ・・・。それがどんなに辛くて切なくても・・・。自分の心なんだから・・・」

「かごめさん・・・」

樹に言った言葉。でも・・・。半分は自分自身に向けている・・・。


『他の誰でもない。自分は自分なんだから・・・』


自分で言った台詞なのに、妙に胸に止まる・・・。

「あ・・・」


かごめの足下に、黄色いビニールのボールがコロコロと転がってきた。


かごめはボールを拾う。


向こうから少年が走ってきて、ボールを受け取った。


「ありがとう!おねーちゃん!」

「いーえ。どういたしまして。気を付けて遊んでね!」

「うん!!」

かごめが笑顔で少年にそう言うと、少年も満面の笑みで返した・・・。

「・・・。かごめさんは不思議な人ですね・・・」

「え?」


「貴方の前だと何だか・・・。つい安心して話せる・・・。自然に笑える気がする・・・。あの少年の様に・・・」

「・・・そ、そうですか・・・?」


「桔梗が・・・物静かにただ夜を照らす月なら貴方は、太陽・・・みたいです。「あったかいのだろうなきっと・・・。貴方の側にいる人たちは・・・。犬夜叉さんもそういう所が好きなんでしょうね」


「・・・」


かごめは樹の芸術的な物言いに少し引いて、俯いて照れる。

「あれ、ボク・・・どうしたの?」

真下にさっきの少年がボールを持って立っていた。


「ねぇおねーちゃん。僕とボールのなげっこしてくれる?」


少年の丸い瞳がかごめをじっと見つめる・・・。


「うん!いいよ!遊ぼう!!」

「わーい!」

少年は万歳をして喜ぶ。

「じゃ、いこ!」

かごめは少年と手をつないで、芝生の方へ走っていく。


ずっと想い続ける桔梗と瓜二つと言っていいほど、姿は似ているかごめ。


しかし少年に笑いかける笑顔は明らかに桔梗とは全くの別人だと認識させる。

見る者をホッとさせるような笑顔は・・・。


まるで青空の様で・・・。


「あ、かごめさん、僕も混ぜてください!」


樹は高いジャケットを脱ぎ捨てベンチに乱暴にほおる。


青空の下、樹は夢中になって少年とサッカーを楽しむ・・・。


ひとときだけ胸がつまる程の切なさを忘れて・・・。




夕方。アパートまで送ってもらったかごめ。

部屋に戻ろうと階段を上がっていると、そこでむすっとした犬夜叉が腕を組んでたっていた・・・。

「犬夜叉・・・」

「おう・・・。かごめ、お前、今日どこいってたんだ?」

ケロッとした顔で言う犬夜叉。

「・・・。ごめん。犬夜叉。あたし・・・」


バタン!

かごめはそれ以上何も言わず、部屋に入っていってしまった・・・。

「かごめ・・・?何だ?」

今日は・・・。いつにも増して素直になれないかごめ。

犬夜叉は悪くないのに妙な態度をとってしまった事を後悔するかごめ・・・。

かごめは今朝作った鍋をビーフストロガノフをあたためなおした。


(冷めちゃったけど・・・。せっかく作ったしね・・・)

コンコン。

「誰でいッ」

「犬夜叉・・・。あたし」


ドアをあけるとラップをかけた皿を持ったかごめが・・・。

「ねぇ。これあたし作ったの・・・。よかったら食べて」

「・・・。え・・・。あ、ああ・・・」

皿からビーフストロガノフのいい匂いがする・・・。

「じゃ・・・」

「あ、おいっ」

振り返るかごめ。

「・・・。いつも悪いな。ありがたく喰わせてもらうから」

かごめはにっこり嬉しそうに笑って頷いて部屋に入っていった・・・。

(・・・。なんかかごめ・・・変だったな・・・なんかあったのか・・・)


そう想いながら犬夜叉はビーフストロガノフを一口も残さず綺麗に食べきったのだった・・・。




今夜は月がいつもより輝いて見える・・・。

樹が自分の書斎でバイオリンの手入れをしていると聞き慣れた音色が隣の部屋からしてきた・・・。

(この音色は・・・!)

樹はすぐに桔梗の部屋に駆けつけると・・・。


バルコニーで月明かりに照らされてバイオリンを弾く桔梗・・・。


長いストレートの髪が月明かりに照らされて・・・。


その哀愁に満ちた音色は屋敷中に響き渡る・・・。

聴く者を惹きつける音色・・・。

哀しさと孤独さと・・・。

その中にささやかな願いを祈る様なそんな期待感が溢れて・・・。

バイオリンを奏でる桔梗の姿・・・。

樹はずっとこの音色が聞きたかった・・・。

事故にあってずっと眠っていた桔梗をそばで見守り続けた2年間・・・。

ただ願ったのは、桔梗のこの音色が蘇ることだけだった・・・。

ずっとずっと・・・。


「・・・。樹・・・」

桔梗が樹に気付き、演奏を止める。

「桔梗・・・。お前・・・。弾く気になったんだな・・・?」

「・・・。ああ・・・。まだ・・・。自分の音は取り戻せないが・・・。今はともかくバイオリンを弾きたい・・・。犬夜叉のために・・・」



「そうか・・・。よかったな・・・。桔梗・・・」

誰のためでもいい。どんな理由でもいい。 桔梗がバイオリンを奏でようとしてくれたことだけで樹は心の底から喜ぶ・・・。

「樹・・・。お前・・・。私のために泣いてくれているのか・・・?」

「・・・。男泣きなんて・・・。情けないかもしれないが・・・。本当によかったな・・・。桔梗・・・」


「樹・・・。すまない・・・」


桔梗は樹の頬につたう雫をそっと細い指で拭った・・・。


「さぁ。そうとなれば桔梗。久しぶりに僕のピアノと音合わせするか・・・?」

「ああ 。よろしく頼む・・・」

一階の大広間のグランドピアノが3年ぶりに鍵が開けられた・・・。

そして・・・。

坂上家の屋敷から・・・。


月の様に神秘的なバイオリンの音色と・・・。

限りなく優しいピアノの音色が・・・。

絶え間なく響いていた・・・。


湖の月が静かに揺れて・・・。


同じ月を


かごめも台所の小窓から見ていた。


『桔梗は静かに人を照らす月ならば、貴方は温かな光で人を照らす太陽ですね』

「月と太陽・・・か・・・」


人を温かな光で包む太陽。


自分がそんな風だとは思うはずもないが


でも・・・。

「太陽だって・・・。誰かにいつも照らされたいと思ってるんです・・・。特に大切な人に・は・・」


壁一つ向こうにいる犬夜叉を・・・寂しそうに見つめてかごめはつぶやいたのだった・・・。


ごめんよ。ごめんよ。かごちゃん。切なくしちまって〜(>_<)(>_<)本家(原作)のかごちゃんも切ない立場なのに・・・(涙)だからちょっとノベル書くのも辛い今日この頃・・・(悩)でもこの辺り書かないと話が進まないのし・・・(悩)でも、このキャラはかごちゃんの幸せなラストには欠かせないのです・・・。絶対に幸せにするからね!幸せといえば、かごちゃん&犬オンリーパロディ読み切り前後編書いてみました。そっちのは全く設定もキャラもちがっとります。犬、かごちゃんに容赦なくべた惚れです(ニタリ)よろしかったらオリジナルの間をのぞいていただけたらこれ幸いです。