第19話・手向ける花は白き花 病室の白いカーテンが風になびく・・・。 窓辺にはガラスの花瓶に白い花が飾られていた・・・。 浴衣を着た、色白の女性が眠っている。 その寝顔を少年の犬夜叉が座って見ていた。 「ん・・・。あら・・・。夜叉丸・・・。きてたの・・・?」 「ごめん。オフクロ。おこしちまって・・・」 犬夜叉は顔中どろだらけ・・・。 犬夜叉の母は浴衣の袖口で犬夜叉の顔をぬぐった。 「全く・・・。こんなに汚して・・・。元気な証拠だけど・・・程々にしなくちゃね。はい。綺麗になったわ」 犬夜叉、母に顔をフキフキしてもらい、少し嬉しい。 「愛人の子、愛人の子って学校の奴らがうるせーからぶっとばしてやったんだ。それにオフクロのことも悪くいいやがったから・・・」 犬夜叉の言葉に母は哀しい顔をした・・・。 「あ・・・。ごめん。オフクロ、変なこと言って・・・」 「いいえ・・・。私の方こそごめんね・・・。犬夜叉・・・。本当は私がお前を守ってあげなきゃいけないのに・・・」 母はそっと涙をぬぐった。 「オフクロが謝ることねぇんだ!!悪いのは世間の奴らだ!!オフクロの事を悪くいう世間の奴らが・・・!!俺、みんな嫌いだ!!学校の奴らも・・・!俺はオフクロさえいれば、いいんだ・・・!オフクロさえいれば・・・!」 犬夜叉は母の胸に抱きついた・・・。 赤子の様に・・・。 本当はずっとこうしたかったんだ・・・。 あったかい母の胸の中・・・。 この温もりがあれば、自分はどんなことにも負けない。 きっと・・・。 しかし・・・。 「夜叉丸。そんな哀しいこと言うものではありません・・・」 甘える我が子をそっと突き放す・・・。 「オフクロ・・・?」 「確かに・・・。世間の人達の中には辛くあたる人もいるでしょう。でもね。中にはありのままの夜叉丸の事を好きになってくれる人がきっといます・・・。そんな人を見つけたら夜叉丸・・・。大切にしなさい・・・。何よりも貴方の宝物になります・・・。人との出会いを大切にしなさい・・・。ね・・・?」
優しい母の瞳・・・。 母の言葉の意味はまだ分からないが幼い犬夜叉の胸にその言葉は刻み込まれたのだった・・・。 ※ 「・・・夜叉!犬夜叉!」(・・・ん・・・?オフクロ・・・?) ゆっくり犬夜叉が目を覚ますと・・・。 「犬夜叉!!」 青空にかごめの笑顔が映った。 「かごめ!?な、何だよ!おどかすなよ!!」 アパートの瓦屋根で昼寝中だった犬夜叉。 かごめの声に驚いて起きる。 梯子でかごめは屋根に上ってきた。 「何よ。何そんなおどろいてんのよ?」 「・・・。う、うるせえッ。何でもねぇッ!」 (・・・一瞬・・・マジでオフクロの声かと思った・・・) 「変なの。あ、そうだ!楓おばあちゃんがね、呼んでるって」 「ばばあが?ったく・・・昼寝邪魔しやがって・・・」
楓は仏壇に手を合わせ、お経を読んでいた。 「南無阿弥陀仏並阿弥陀仏・・・。おお。犬夜叉。やっと来たか。お前もこっちに来て杏子さんに手をあわせんかい」 「あー?何でだよ。俺は無宗教なんでな、そういうのは嫌いなんだ」
楓、犬夜叉にげんこつ一つ、プレゼント。 「痛ってー・・・。何すんだ!!ばばあッ!!俺はもうガキじゃねぇんだぞ!」 「でっかいガキじゃ。全く・・・。自分の母の命日も忘れおったか。バカたれが」 ハッとする犬夜叉。 カレンダーに視線を送る犬夜叉。 確かに今日は・・・。 自分の唯一の理解者だった母・杏子の命日だ・・・。 「ったく・・・。杏子さんもあの世で嘆いているぞ。息子に命日忘れられていたなんて・・・」 「・・・」 犬夜叉は仏壇の前にあぐらをかいてどすんと座る。 そして仏壇の中の母の写真を見つめる・・・。 色白で日本的美人な母・・・。 「へぇ・・・。この人が犬夜叉のお母さんなんだ・・・。綺麗な人だね・・・。優しそう・・・」 「・・・。けっ・・・」 いつも笑顔だった。 喧嘩ばかりしていた子供の頃。母の笑顔だけが安らぎだった・・・。 「早いものじゃのう・・・。死ぬ間際まで、犬夜叉の事を心配しておった・・・」 「・・・」 死に際に・・・母が言った言葉を犬夜叉は今でも覚えている・・・。 「若いのに苦労人でなぁ・・・。でもいつも太陽みたいにわらっておった・・・」 楓は線香にろうそくの火をつけ、供える・・・。 「犬夜叉ときたらまぁ、そんな杏子ちゃんの気持ちも知らずに十代の頃はそれはもう大暴れじゃったのう・・・」 「う、うるせえッ・・・」 楓は布団たたきで犬夜叉の頭をこづく。 「でもま・・・。とりあえずは、大人にはなったがな」 「誰がとりあえずだ!!ん?何だよかごめ」 犬夜叉の腕をくいっと引っ張るかごめ。 「お墓参りに行こう。お母さんの・・・」 「かごめ・・・」 「犬夜叉がこんなに大きくなったっていうところ、見せてあげなくちゃ。ね♪」 墓参り・・・。
「・・・そうだな。んじゃ行くか・・・」 「うん!!じゃあお花かってこなくっちゃ♪」 かごめは嬉しそうに財布を取り出す。 「お前・・・。墓参りってのになんでにこにこしてやがる」 「だって♪犬夜叉のお母さんに会えるんだよ!嬉しいよ!あたしね、沢山お話したいことがあるんだ」 「はー?」 かごめの気持ちがいまいちわからない犬夜叉。しかし、一人で墓参りじゃ何だか寂しい・・・。 かごめについてきて欲しいと思った。 「ふふ。犬夜叉。かごめを杏子さんに紹介してこい。『これが俺の嫁さん』だと」 「なっ・・・!!ば、バカ言うな!!」 「わはははっは。早く行って来い。杏子さんも祝福してくれるぞ」 「だああ!うるせえぞ!」
※ 長い 長い階段を上っていくと古い門。 そこには『天生寺』と門に書いてある。 寺の敷地内は無数の墓があり、その間をまっすぐ通っていく・・・。 そして犬夜叉が小さな墓石の前で立ち止まる。 「久しぶり・・・オフクロ・・・」 小さな、小さな丸い墓石が・・・。 そこは無縁仏の墓が集まったところだった。 他の立派な墓にまじって小さな丸い石にしゃがみ、犬夜叉は言った・・・。 「ちっちぇえだろ・・・?オフクロも俺と同じ、肉親はいなかったからな・・・」 ひっそりとその丸い石には「杏子之墓」と掘ってある・・・。 かごめは花を供えるとしゃがみ、ろうそくに火をつけ、その火で線香をつけた。そして手を合わせる・・・。
『夜叉丸・・・。夜叉丸・・・。貴方も見つけてね・・・。大切な誰かを・・・。犬夜丸・・・』
「犬夜叉!」
かごめの声にビクッとする犬夜叉。 「どうしたの?そんな驚いて・・・」
(・・・。マジ・・・。かごめの声はオフクロとにてやがる・・・)
「ん・・・?かごめ。その花・・・」 かごめが供えた花・・・。 昔・・・。見たことがある・・・。花びらが桜の形をしていて色は真っ白・・・。母が入院していた病室で・・・。 「この花ね。『白桜』っていうの。私、この 花大好きで・・・。花言葉がね、『懐かしき母の思い出』っていうの。ちょっとセンチメンタルすぎたかな・・・」 犬夜叉の母もこの花が大好きだった。 「ねぇ・・・。犬夜叉。聞いてもいい?」 「あん?何だよ・・・」 「犬夜叉のお母さんとの思い出って何・・・?」 「・・・」 母との思い出・・・。 思い出といえば、いつもその場所は病室だった。 犬夜叉を産んですぐ体を壊し、入退院を繰り返した。 でも、いつも笑っていた母・・・。 何度か退院して、遊園地に連れていかれた。
たった一度だけだが一緒に観覧車に乗った記憶がある・・・。 目を閉じて思い出す観覧車から見た景色・・・。 忘れない・・・。 「へぇ・・・。きっとお母さん、観覧車から見た景色・・・。すごく綺麗だって思っただろうね・・・」 「・・・何でそんな事言い切れるんだよ?」 「だって。犬夜叉と一緒に見たから・・・。大切な人と一緒に見たりしたものって絶対に忘れないでしょ・・・?あたしも一回乗りたいな」 「ばっ・・・。バカいってんじゃねぇえよッ」 犬夜叉は照れくさそうに腕組みをして後ろを向いた・・・。 「・・・。お、お前はどうなんだ?」 「え・・・?」 「オフクロとの思い出・・・。お前の事だからきっとのほほーんとしたガキだったんだろうな。アルバムなんか家に沢山ありそうだぜ・・・」
「7歳から・・・?どういう意味だ?かごめ・・・?」 犬夜叉の声にハッとするかごめ。
犬夜叉はかごめの様子に少し妙だなと思いながらも、母の言葉を思い出す・・・。
横にいるかごめを無意識に見つめる犬夜叉・・・。
自分と母との思い出も、すんなり話したのもかごめが初めて・・・。 「・・・」 かごめならきっと笑顔で聞いてくれると思った・・・。
『ついでに俺の嫁さんだと紹介してこい』
犬夜叉、楓の言葉を思い出し、ひとりほえる。 「何?どうしたの?」 「な、何でもねぇやいッ!!」 「うふふ・・・。でもあたし嬉しかった。犬夜叉のお母さんと会えて・・・。犬夜叉の楽しい思い出も聞けて・・・」 母の墓にそっと手を再び合わせるかごめ・・・。
「!」 犬夜叉はかごめの手を握った。 「帰るか・・・。そろそろ・・・」 「うん・・・」
※
朝まで眠れなかったのだった・・・。 |