第21話椿の危険な香りA

”かごめ・・・。かごめ・・・。ごめんね・・・”

お母さん・・・。


どうして・・・。


どうして・・・。


母の声だけがこだまする・・・。

母の声だけが・・・。


椿に何かを飲まされ・・・。意識を失ったかごめ・・・。


ゆっくり目を開けると・・・。

視界がぼやけている・・・。


ただベットの様な柔らかいものに寝かされていることだけはすぐにわかったが・・・。


(ここ・・・どこ・・・)

シルクのシーツのベット。仰向けに横たわるかごめの横に座り、足を組んだ。

「あら・・・。お目覚めの様ね・・・。あの『薬』を飲んですぐに意識が戻るなんて・・・。でも体は石みたいでしょう?」


(・・・体が・・・重たくて動かない・・・)

手足がしびれたような感覚・・・。

身動きがとれないかごめ・・・。

「もうしばらく、そこで横になっていてくださいな・・・。フフ。今、貴方の『大切な彼』・・・。ああ桔梗ですかね。その方を呼んでさしあげます・・・」

椿はそういうと、かごめのバックの中から携帯を勝手に取り出し、どこかへかけた・・・。

PPPPP!

犬夜叉のGパンのポケットの携帯が激しく鳴った。

「もしもし!?かごめか!?」


直感的にかごめかと思った犬夜叉。

しかし・・・。聞こえてきたのは・・・。

「フフフ・・・。桔梗が生きていてよかったですね。犬夜叉さん・・・」

「!!て、てめぇ、誰だ!?」


声を荒げた犬夜叉に、こたつに入っていた弥勒と珊瑚、楓は一斉に犬夜叉の携帯に注目。

「・・・。てめぇ・・・。もしかして『式神椿』か・・・?」

「あら・・・。お早いお話で・・・。自己紹介する手間が省けましたね・・・。それは好都合・・・」

「かごめはどうした!!かごめに何しやがるつもりだ!!」

「何もしてませんわ・・・。ゆっくり休んでもらってます・・・。ゆっくりと・・・」


かごめの携帯で話しながら、かごめの髪をそっと触る椿。

「ねぇ。犬夜叉さん・・・。かごめさんの・・・。秘密、知りたくありません・・・?とっておきの秘密・・・。教えてあげましょうか・・・?」

「かごめの秘密だと?んなことどうでもいいッ!!それよか、かごめを返せ!!お前、いまどこにいやがる!!」


椿の目的が掴めず、苛々してきた犬夜叉。

声も乱暴になってきた・・・。

「いいですよ・・・。かごめさんの秘密を教える代わりに、樹を・・・。坂上樹を連れてきて下さい・・・。S市の総合体育館にいるはず・・・」

「何だと!?樹を・・・!?」

「今、かごめさんはある薬を飲んで動けません。私が解毒剤を持っています。あと一時間以内に樹を連れてきて下さい。一分でも遅れたら解毒剤は・・・。台所の流しに捨てます・・・」

「て、てめぇッ!!!ふざけんじゃねぇよッ!!」


無茶苦茶な椿の申し出に犬夜叉はただ、怒りが溜まる・・・。

「かごめさんを助けるのも、どうするのも貴方次第。かごめさんの秘密と樹を交換しましょう・・・。あたしがいる場所は樹に聞けばわかります。それではご機嫌よう・・・。あ、警察に連絡などしたら、かごめさんは二度と・・・会えなくなりますよ・・・。では・・・」


プツッ・・・


「あっ・・・」


一方的な椿からの申し出・・・。

しかし、犬夜叉には迷いなどない。


かごめを助けたい、それだけだ。

「珊瑚、バイクのキー貸してくれ!!」


「え?どういうことなのか説明してよ。犬夜叉!」

「説明してる暇なんかねぇッ!!かごめがあぶねねぇんだ!!一時間以内にS市の総合体育館ってとこに行かなきゃいけねぇんだよ!!」


犬夜叉の焦りように珊瑚と弥勒はただならぬものを感じ珊瑚はすぐ部屋に行ってキーを持ってきた。


「すまねぇッ!!借りてくぜ」


「待て犬夜叉!」


珊瑚が呼び止める。


カサッ・・・。

「これは・・・」

「総合体育館のパンプレット。裏に地図が書いてあるわ。あたし、空手の大会で行ったことがあるの。持っていって。でも犬夜叉。S市まではバイク飛ばしても1時間以上はかかるわ。警察に言った方が・・・」

「そんな暇はねぇッ!!絶対に間に合ってみせる!!」


バタンッ!!

無我夢中でアパートを後にした犬夜叉・・・。

アパートの珊瑚も弥勒も同時に時計を見た。

「弥勒様・・・。大丈夫かな・・・。かごめちゃん・・・。やっぱり警察に・・・」

「・・・。下手に騒げばかごめ様が帰って危ない・・・。朝まで犬夜叉から連絡がなかったら・・・連絡しよう・・・」

「うん・・・」


大切な仲間が危険な目にあっている・・・。


無事を祈ることしかできない自分たちに苛立つ弥勒と珊瑚だった・・・。



一方・・・。

かごめは体が動かないが、意識だけははっきりしている・・・。


「しぶといわね。普通の人間なら、もう気を失っていてもおかしくないのに・・・」


椿はワイングラスに紫のワインを注ぐ・・・。

そしてCDコンポにCDを入れ、聞き覚えのある曲をかけた・・・。


しばらく聞き入っていると・・・。この曲が誰の曲なのか思い出す・・・。

「・・・その曲・・・樹さんのアルバムにあった曲ね・・・。タイトルは『僕を見つめて・・・』」

かごめは直感した。

「・・・。椿・・・。あなた・・・。樹さんの事を・・・」


「その先は言わないで下さい・・・。桔梗と同じ顔のあなたの口から聞くなんてむしずが走る・・・!!」


ピッ!

椿はリモコンで乱暴にCDを切った。


「『僕を見つめて・・・』なんて、わかりやすいタイトル・・・。誰への曲か一目瞭然・・・」


椿はぐいっとワインを一気飲み・・・。

更にグラスにつぐ。

「ねぇ・・・。もうバカな真似はやめましょう・・・?樹さんは桔梗をずっと見てきたのよね。そしてあなたも樹さんを・・・。でも、こんな事をしたって、樹さんは喜ばないわ。ね、お願い・・・。解毒剤を渡して・・・」


「うるさいッ!!黙れッ!!!」

バシャッ!!


椿は思い切り、ワインを床にぶちまけた・・・。


「・・・。偉そうに説教するな・・・。 母親に捨てられた癖に !!」


「!!」

母の事を言われ、かごめの表情がこわばった。

「ふふ・・・。ホントのこと言われて言い返せないの・・・?おもしろいわよね・・・。最初はね、桔梗が生きている事がつい最近知って・・・。犬夜叉っていう男との事共々どこかの雑誌に売りつけてやろうかとも思った・・・。でも調べているうちにあんたの過去に行き当たって・・・。ほら、これよ・・・」


椿はある新聞記事のコピーをかごめに見せつけた。

「これを見つけたとき、今回の計画を思いついた・・・。犬夜叉って男を使って樹をアタシの元に・・・」

「そ、そんな事のために草太まで巻き込んだっていうの!?ふざけないでよッ!!許せないわッ!!!草太は傷ついたのよッ!!!」

体全身しびれて、動けないかごめ・・・。


しかし、草太を巻き込んだ椿が許せない・・・。

何の関係もないのに・・・!!

動けない体が・・・。

カアッと怒りで熱くなった・・・。

「弟想いだねぇ・・・。ふっ。顔は桔梗に似ていても中身は違うか・・・。でも、桔梗と似ているってだけで、十分なのよ!!樹を手に入れるためなら何でもするわッ!!!卑怯と言われようが、鬼と言われようがかまわないのよ・・・ッ!!!!」


激昂した椿・・・。


それほどまでに樹を想っているのか・・・。

樹への想いの激しさを感じたかごめだが、それでも草太を巻き込み、傷つけたことは許せない・・・。


「椿・・・。あなた、今、自分の顔、鏡で見られる・・・?」

「何・・・?」


「・・・とっても嫌な顔してる・・・。そして哀しい顔・・・。そんな顔を・・・好きな人に見せられるの・・・?自分の心と向き合えるの・・・>」


かごめは思い出していた・・・。

自分が犬夜叉と桔梗の事で嫉妬し・・・。

その顔を鏡で見た・・・。


『なんて、嫌な顔だろう。なんて・・・嫌な女なんだろう』


その時ほど自分を嫌いに感じたことはない。


嫉妬する心は誰にも止められない。


このイライラを、


このモヤモヤを


誰かにぶつけたい・・・!


思い通りにならない、もどかしさを、何かにぶつけたい!


そして、もう、何もかもぐちゃぐちゃになればいい・・・!!!



でも、止めなきゃいけいないの・・・。


だって・・・最後に壊れるのは・・・



自分だから・・・。

「鏡など・・・。あたしは、今の自分が好きだ。人に罵倒されても、好きなものを手に入れたい、それが何が悪い!!!!世の中にはな・・・、黙っていても何もかも手に入れている奴が五万いる!!桔梗の様に!!才能も・・・!!名声も・・・。周囲からも信頼も・・・!!そして・・・。愛し、愛する男も・・・!!!!!!」


酒のせいなのか・・・。


椿は顔を真っ赤にして興奮して、かごめに叫ぶ。


「だけど、桔梗はそれが『孤独で重荷だ・・・。本当の自分はどこにもいない』と言う・・・。自分がどれだけ恵まれているか、人にない物を持っているか、気づきもしないで、いけしゃあしゃあと・・・!!!!すべてをを独り占めした・・・!!!!ふざけるな・・・!!!!あたしは桔梗の倍、練習して、練習して、練習してきたのに・・・!!そして桔梗よりずっとアイツを想っているのに・・・!!!!」


ガシャンッ !!!!

ワイングラスを投げつけた椿・・・。

床に散らばったグラスの破片が、椿の心の様に・・・。

「・・・。喋りすぎた・・・。酒のせいか・・・。ふっ・・・。それにしてもあんた、しぶとい神経ね・・・。でも、もうかなり体は弱ってきてるはず・・・」


椿の言うとおり・・・かごめの息も荒く・・・。妙な冷や汗が額から流れる・・・。


「あと30分・・・。愛しの犬夜叉が樹を連れてくるかどうか・・・。二人仲良く・・・。待っていましょう・・・。『波田野』かごめさん・・・。フフフフ・・・」


波田野はかごめの旧姓・・・。


椿は新聞記事のコピーをピラピラ、かごめにちらつけせていた・・・。



「畜生・・・ッ!!!!!何でこんな時間なのにこんでやがる!!!!」

パッパー・・・。

既にラッシュの時間は過ぎているというのに、大通りの道路はゴールデンウィークの高速並に混んでいる。

ヘッドライトがミラーボールの様に光っている。

「樹!!抜け道とか近道はねぇのか!!」


犬夜叉の後ろに乗っているヘルメットをかぶった樹、ひょいっと顔を出し、指さした。


「次の信号を右に曲って花屋の角を曲がって下さい!椿のマンションが見えてくる筈です!!急いで!!」

「へんッ!!お前にいわれなくてもわかってらぁッ!!飛ばすぞッ !!!!」


ブルルルルンッ!!

エンジンを思い切りふかし、アクセルを踏む犬夜叉。

ものすごいスピードで車と車の間を縫うように、走り抜ける。


「う・・・わああああ!!」

樹の叫び声が響く中、犬夜叉はただ、バイクを飛ばしまくる・・・。


(かごめ・・・!今すぐ行く・・・!)




コチ、コチ、コチ・・・。


アンティークの振り子時計の音が、部屋に響く・・・。

時計の針はあと8時55分をさしている・・・。


「ハァ・・・ハァ・・・」

かごめは額にびっしょり汗をかき、寒気を感じていた・・・。

「あと5分・・・。さぁて・・・。間に合うかしらねぇ・・・。フフフ・・・。ま、どっちみち、樹はここにくる・・・。樹が来ればあたしはどうでもいいのよ。もう・・・」


煙草の煙をふうっと吐く椿・・・。

「犬夜叉が来たときが見物だわねぇ・・・。あんたの過去を知った時、どんな顔をするか・・・。でもそんなことより樹がくるばいい・・・。樹がくれば・・・」


ベットの下から・・・何かを取り出す椿・・・。

しかしかごめにはもうぼんやりとしか見えず・・・。

(犬・・・夜叉・・・)


全身が筋肉痛になったように重く動かない・・・。
ただ、聞こえるのは時計の音だけ・・・。


コチ、コチ、コチ・・・。


長針が・・・。


あと一分で12の数字を差そうとしている・・・。


コチ、コチ、コチ・・・。


(・・・なんとか・・・しなくちゃ・・・。なん・・・とか・・・)

必死に意識だけは保とうとするかごめ・・・。

しかし、針は・・・9時を指そうとしていた・・・。


コチ、


コチ、コ


チ・・・。


ピタッ・・・。


針が9時を完全にさした・・・ 。


ボーン、ボーン、ボーン・・・!


時計の鐘が・・・。

不気味に九回、鳴った・・・。


「あーあ・・・。間に合わなかったか・・・。フハハハハ・・・ッ。じゃあ仕方がないよねぇ・・・。この解毒剤は・・・。 消える・・・」

(!!)


椿は懐から、細長いガラスのアンプルを取り出し、床に落とそうと振りかざした・・・。


その時。

「かごめぇええええ!!!」


バタンッ!


寝室のドアを足蹴りして、犬夜叉と樹は靴のまま入ってきた。


「あら・・・。なんて乱暴な登場なのかしらねぇ・・・。玄関、鍵が終っていたはず・・・。樹、貴方ね・・・」

事情を話して、樹が管理人から鍵を借りたのだ。

「かごめ!!大丈夫かッ!?」

犬夜叉がかごめに駆け寄ろうとしたが、椿が立ちはだかる・・・。

「おっと・・・。電話で言わなかったからしら?タイムリミットは9時丁度だと・・・。ジャスト一分、過ぎちゃったわね・・・。フフ・・・」

「うるせえッ!!!早く解毒剤って奴をよこしやがれ!!さもねぇと女だからって容赦しねぇぞ!!!」

「それはこっちの台詞だわ!カードはこっちにあるんだから・・・」


椿は解毒剤が入った小瓶をスッと落とそうとした・・・。


「いい加減しないか!!!椿!!!」

「!」

樹の怒鳴り声に一瞬ビクッとする椿・・・。

「もうバカな真似はよすんだ!!すぐにその小瓶を渡すんだ!早く!!」


「・・・。バカな・・・こと・・・?樹・・・。お前にとっては『バカ』な事なのか・・・。この女が、桔梗なら、お前はそんな平然とはしていられないんだろうなッ・・・!犬夜叉、樹、お前達男達はッ!!!みんなそうだッ!!」


切なげなその椿の叫びに・・・。

犬夜叉も樹に心にグサリと刺さった。

「椿・・・。わかった・・・。わかったから、その瓶を渡してくれ・・・。お前の言うとおりにする・・・。頼む・・・!」

樹は椿に深々と頭を下げた。

「うるさいッ!!他の女のために頭を下げるお前などみたくない!!そうだ・・・。犬夜叉・・・。この女がどういう女か・・・。知りたいだろう・・・?桔梗と同じ顔した女の秘密・・・。ほら・・・。これがこの女の過去さ・・・」


椿は新聞記事のコピーをヒラッと落とした。

それを拾う犬夜叉・・・。

「!!」


犬夜叉の驚きの表情に椿はにやりと笑う・・・。



「どうだ・・・?この女だって・・・ 。自分は孤独だ、不幸だと言って、自分の悲しみにどっぷり浸かってる、そんな女なのだ!」


「ふざけんじゃねぇええッ!!何だ、こんなモンッ!!!」

犬夜叉はコピーをくしゃくしゃにして投げつけた。


「こんなもんがどうした!!!かごめはかごめだ!!過去がどうだろうが、俺は関係ねぇえッ!!!」


「綺麗事を言うなッ!お前など桔梗と二股・・・」


「もうよせッ!!!椿・・・!!!!」

樹は椿をまっすぐに見つめた。

「・・・。お前の気持ちはわかった・・・。僕が・・・。お前をここまで追い込んだのだな・・・椿・・・すまなかった・・・。だから・・・。もう関係のない人を巻き込むのはやめてくれ・・・」

ゆっくりと・・・。

ゆっくりと椿に近づく樹・・・。

「ずっとお前の気持ちは知っていたのに・・・。気づかない振りをしていて悪かった・・・。でも今、わかったよ・・・。お前がどれだけ僕を想っていてくれたか・・・」

「樹・・・」

椿をそっと抱きしめる樹・・・。

その時、樹は前にいる犬夜叉に何か目で合図を送った。

(樹・・・!?)

樹の視線の意味を理解する犬夜叉。

「本当にすまなかった・・・。椿・・・」

「樹・・・。その言葉は本当か・・・?」

「ああ・・・」

「樹・・・」

嬉しそうな眼差しで樹の胸に顔を埋める椿・・・。

そして、力が抜けた様に椿の手から小瓶が落ちた・・・。

(今だ・・・!!)


犬夜叉はその一瞬を待っていたように、落ちる小瓶を瞬時に受け止めた!!


「かごめ・・・っ!!!!」


そしてすぐにベット横たわるかごめを抱き起こした・・・。

「おい・・・!かごめ、しっかりしろ!!かごめ・・・!!」

「・・・う・・・うぅ・・・」


意識が朦朧として、痛々しいうめき声のかごめ・・・。

犬夜叉はかごめを思い切り抱きしめた・・・。

「かごめ・・・!!もう心配すんな・・・。すぐ病院に連れて行ってやるからな・・・。かごめ・・・っ」


力強い犬夜叉の腕の感触を感じたかごめ・・・。


ぼんやりとした視界が・・・。


だんだんとはっきりしてきた・・・。


(犬夜叉・・・?それ・・・に・・・樹・・・さん・・・?)


椿を抱きしめる樹が見える。


ブルーのスーツ・・・。


椿は樹の首に手を回していて・・・。


(・・・椿・・・。え・・・?なに・・・。あれ・・・)


樹の首に回された、椿の手が、一瞬・・・キラッと光った!


(あれ・・・あれは・・・)


椿の手にはナイフが・・・・!!!!


「椿、だめぇえええええッ!!!!!!」


ドンッ!


かごめの声に樹は驚き、樹は椿を両手で思い切り突き飛ばした!!

「椿!!お前・・・!」

「芝居などするなぁああッ!!!心にもない台詞を言うなぁああッ!!お前の心には桔梗しかいない事はお前自身より、知っている・・・!!馬鹿にするなぁぁあッ!!ワァアアアッ!!!」


「椿ッ!!!」


今度は椿、自分の首にナイフを当てた・・・!!


「椿、やめろ!!」


「うるさいッ・・・!!!お前に私の気持ちが分かるか・・・!!!わからぬッ!!!どう望んでも、どう叫んでも・・・!!樹、お前の心は手に入らないッ!!!もう何もかもどうでもいい・・・ッ!!!」


「よくなんかないッ!!!」


そう叫んだのは・・・。


かごめだった・・・。


犬夜叉の腕からゆっくりと起きあがる。

「かごめ・・・」

「だい・・・じょ・・・ぶ・・・」

そして椿によろよろと歩み寄るかごめ・・・。


「く・・・来るな・・・!!お前などに用はないッ・・・ッ」


「・・・」


フラフラと・・・椿に近づく・・・。


(だめ・・・。だめ・・・)


かごめの脳裏に浮かぶ・・・。

あの光景・・・。


(だめ・・・。お母さんだめ・・・)

”かごめ・・・。ごめんね・・・。ごめんね・・・”


(お母さん・・・。だめ・・・。だめッ・・・!!!)

聞こえてくる・・・。草太の鳴き声と・・・。


「来るなぁあッ!!!」

椿の言葉を無視してかごめはそっと、ナイフをもつ椿の手を両手で包んだ・・・。

そして・・・ゆっくり椿のナイフを取る・・・。


「こんなの・・・。こんなの・・・。持っちゃだめだよ・・・。だめ・・・。だめだよ・・・」


握られたかごめの手はと声が震えている・・・。


まるで怯える子供の様に・・・


「う、うるさい・・・ッ!!もう何もかもめんどうだ・・・ッ。生きていたってしょうがない・・・ッ!!」


「そんなこと言わないでよぉおおおおッ!!!!」


ドンッ!!


ドンッ!!


激しく床を叩くかごめ・・・。


かごめの様子に椿はは驚く。

「簡単に生きることあきらめられるのッ!!どうしてそんな簡単に言えるの、ねぇッ!!どうしてッ!!!」


『かごめごめんね・・・』


母の言葉がこだまする・・・。


『かごめ・・・。もうお母さんね・・・。何もかも全部どうでもよくなった・・・』


(嫌・・・!!簡単に言わないで・・・!)


「簡単にどうでもいいなんていわないで・・・。どうしようもないのよ・・・。ひとの心は・・・。誰も動かせない、どうしようもないのよ・・・!自分の想いが届かないからと・・・。自分の夢が思い通りにならないからと・・・。もう何もかもどうでもいいなんて哀しいことお願いだから言わないで・・・ッ!言わないで・・・。言わないで・・・」



誰に言っているのか、犬夜叉か、樹か・・・。


それとも自分自身か・・・。


湧き出る様々な感情や記憶・・・。


自分の切ない恋・・・。


そして哀しすぎる記憶・・・。

かごめを支配して混乱の海に溺れそうなかごめ・・・。


「ねぇ・・・。椿・・・。さっき、樹さんに抱きしめてもらってうれしかったでしょう・・・?好きな人に・・・抱きしめてもらうなんて・・・。嬉しいよね・・・?生きてなくちゃ・・・。いきてなくちゃ抱きしめてももらえない・・・。本当の想いを伝えることもできない・・・。ねぇ、そうでしょう・・・。そうでしょう・・・」


「わぁああああッ・・・」

かごめの言葉に、泣き崩れ・・・そっと椿を抱きしめるかごめ・・・。


かごめの胸の温もりが椿を包む・・・。


”かごめのこころとからだ・・・。とってもあったかぁい・・・。あったかくて・・・。お日様みたいね・・・”


昔・・・。こうして母を抱きしめた事がある・・・。


いつも泣いていた母を・・・。


いつも笑っていた母を・・・。


「生きなくちゃね・・・。生きなくちゃ・・・。絶対・・・。いき・・・なく・・・」


椿を抱きしめていたかごめの両手が・・・


ストン・・・ッ

と・・・力が抜けた・・・。


「かごめ・・・ッ!!!しっかりしろ!!かごめぇええーーーーッ・・・ッ!!!」


かごめを再び抱き上げる犬夜叉・・・。


しかし何度犬夜叉が呼んでも・・・。


かごめは返事をしなかった・・・。


お母さん・・・。


お母さん・・・。


お母さん・・・。


あたしの方こそごめんね・・・。


お母さんを守ってあげられなくて・・・。

でもお母さん・・・。


どうしようもない現実だからと・・・。。


思い通りにならないからと。


悲しみ耐えられないからと。


想いが伝わらないからと。


あきらめないで・・・。


生きることを・・・。


お願い、あきらめないで・・・。



お母さん・・・。


ヒュウ・・・ッ


椿のマンションのベランダから、新聞記事の切れ端が風に乗って外に落ちていく・・・。


そこには・・・。


『ミステリー!!子供を残し姿を消した母・川へ転落か・・・!?それとも自らどこかへ失踪!?』


というタイトルが大きく書かれていた・・・。