第22話・真冬の太陽@

お母さん・・・。


お母さん・・・。


守ってあげられなくてごめんね・・・。


お母さん・・・。


お母さん・・・。


病室。

点滴がゆっくりとポタリ、ポタリと落ちる・・・。


ベットに眠るかごめを心配そうに見つめる犬夜叉・・・。

あの後、椿は樹に連れられ警察に行ったと樹から連絡があった。


興奮状態だったが、事情聴取だけですみそうだという・・・。


犬夜叉はそれよりかごめの様子が心配だった。

椿のあの解毒剤はただの水だった。


幸いなことに、かごめは病院についてすぐ、胃を洗浄されたが、椿の毒はさほどに毒性の強い薬ではなかったらしく、命別状はなかったが・・・。


疲れ切っているのかかごめは昼間になっても眠り続けた・・・。


「犬夜叉・・・はい。コーヒー」

「いらねぇ・・・」

珊瑚が缶コーヒーを渡すが犬夜叉はかごめを見つめたまま動かない・・・。

昨夜から、ずっとかごめのそばにつきっきりな犬夜叉・・・。

「ねぇ犬夜叉。あたし、変わろうか・・・?あんた一睡もしてないんでしょう?」

「俺の事なんてどうでもいい。今はかごめのそばにいたい・・・」

「う・・・。おかあ・・・さん・・・」


「かごめ・・・!」


うなされ、誰かを探すように手をさしのべるかごめの手を犬夜叉はしっかりと握りしめる・・・。

そんな犬夜叉の後ろ姿がとても頼もしく見える珊瑚・・・。

(・・・あたしじゃだめだって事か・・・。それにしてもかごめちゃん・・・。お母さんお母さんて・・・一体・・・)

珊瑚がかごめの着替えなどをベットの横のロッカーにしまっていると・・・。

コンコン。

誰かが尋ねてきた。

「はい・・・」

珊瑚がドアを開けると・・・。


「こんにちは」

見知らぬ中年女性が・・・。

「あの・・・どちら様ですか?」

「初めまして。奈津子です。いつも娘がお世話になっております」

深々と頭を下げるかごめの母・奈津子・・・。

珊瑚が今朝、実家に連絡したのだ。

「あ、い、いえ、こちらこそ・・・。さ、どうぞッ。かごめちゃん、今、眠っています・・・」

奈津子が病室に入る・・・。


穏やかな寝息をたてて眠る我が子のすがたに、母はホッと息をついて安心した・・・。

「あ・・・。す、すんません、俺・・・」


奈津子に気づき、立ち上がって席を譲る犬夜叉。

「初めまして。奈津子です。犬夜叉さん・・・ですか?」

「え・・・。はい、あの・・・。えっと・・・。す・・・すみませんでしたッ・・・」


犬夜叉は奈津子に頭を下げた。

珊瑚は驚いている・・・。

(あの頑固な犬夜叉が人に頭を下げてる・・・)


「・・・。どうして貴方が謝るんです?」

「え・・・。だ・・・だって・・・。俺のせいで、かごめは・・・こんな目に・・・」

「・・・。かごめがそう言ったんですか?」

「い・・・いやそうじゃないけど・・・」

「なら、謝ることなんてないですよ。どんな事情があったのかは知りませんが、かごめはきっと貴方のせいだなんて思ってないです。だってかごめの手紙には貴方の事が沢山、嬉しそうに書いてあったんですから・・・」


奈津子はそう言って微笑んだ。

「かごめの手紙・・・?」

「ええ。珊瑚さんってお友達のこと、元気な管理人のおばあちゃんのこと、それに、ちょっと女の人に目がない弥勒さんて同じ住人の方の事」

珊瑚はプッとちょっと笑った。

「そして一番多いのが貴方の事です。犬夜叉さん。意地っ張りだけどとっても優しい人なんだよって・・・書いてありました」

「・・・」

ちょっと照れくさそうに頭をかく犬夜叉。

「ただかごめは・・・。何でも『頑張る』のが当たり前の子だから、いつか、参っちゃうことはないかって親としては心配でしたけどね・・・」


奈津子は、掛け布団をそっと整えながら心配そうにかごめを見つめた・・・。


「・・・。じゃ、あたしと犬夜叉はこれで失礼します・・・。ね、犬夜叉」

「あ、ああ、じゃあ・・・」

「待って下さい。犬夜叉さん」


出ていこうとした二人を呼び止める奈津子。


「あの・・・。お二人に・・・。特に犬夜叉さんにお話があります・・・」

「え・・・?」


「かごめと草太の・・・。産みの母の事について・・・。これからかごめとずっと友達でいてほしいから、お話したいのです。聞いてくださいますか?」

「・・・」

珊瑚と犬夜叉は静に頷く。


犬夜叉の脳裏にあの新聞記事が浮かんだ。

かごめの過去・・・。


譫言で母の名を呼んでいたかごめ・・・。


犬夜叉と珊瑚、奈津子達は、病室を出て、庭のベンチに座る。

芝生が広がり、緑の匂いが心地よい・・・。


「わーい!きもちいいー!」

ボールをもって走り回る少女。

年は5,6歳ぐらいか・・・。

「きゃッ」

少女は転び、持っていた黄色いボールがコロコロと奈津子の足下に転がった。

少女は自分の足で立ち上がり、ちょっとすりむいた膝小僧をパンパンをはらった。

「はい、ジュース。大丈夫?」

「うん!大丈夫!ありがとう。おばちゃん!あたし、転んだぐらい、平気だよ!」

そう言って少女は母親の元に元気に帰っていく・・・。


少女の背中が・・・。


幼かったかごめと重なる・・・。


「かごめもあんな元気な子でした・・・。いっつも笑っていて・・・。本当は痛いはずの傷も、痛いと言わなですぐ立ち上がる・・・」

でも・・・心には・・・。深い深い生傷を抱えている事を・・・。奈津子は知っている・・・。


「そうですよね・・・。かごめちゃんてそういう人です。あたしなんて体はどれだけ鍛えても、かごめちゃんみたいに笑ってはいられない・・・」

「・・・。笑っていたって・・・。本当は心じゃどうかわかんねぇだろ・・・」


犬夜叉の脳裏に新聞記事が浮かぶ・・・。


かごめの心にある辛いこと・・・。


自分の知らないかごめの心・・・。


自分が辛いとき、何も言わず、側にいてくれたかごめ。


そのかごめに一体、何があったのか、


一体何に苦しんでいるのか・・・。


知りたい。


『かごめの過去なんて関係ねぇッ』

椿にそう言ったが・・・。

かごめの事は知りたい。

かごめの事ならすべて・・・。

「さて・・・。何からお話すればいいかしら・・・。そうですね・・・。かごめの産みの母は、草太を抱いてかごめと一緒にうちの神社に散歩に来ていました・・・」



眩しかった太陽の陽が・・・。


重たい雲で遮られた・・・。


哀しいくらいに・・・。




お気に入りのピンクのフリルのスカートをはいたかごめが必死に手を伸ばして、境内の鈴を鳴らす。

「よいしょ。よいしょ、もっと沢山鳴らさなくちゃ、神様、草太のお祝いしてくれないね」


太いしめ縄を両手でひっぱるかごめ。しかし縄にぶらさがっている様にも見える。

(神様、神様、草太が無事に育ってくれますように)


かごめは長く長く手を合わせてお願いする。

「うふふ・・・。かごめったら何を沢山お願いしているの・・・?」

「草太が元気に育ちますようにって」

艶のある、長い髪の女性はかごめの生みの母の佳奈子だ。

生まれて間もない草太を抱いている。

草太が生まれて、かごめは本当に嬉しかった。

小さな目、小さな手・・・。


どれもこれも可愛くて。


今、かごめの一番の宝物は?

草太と尋ねられたら応えるだろう。

「かごめ、行きますよ」

「はあい!あ!」

お願い事がまだ一つあった。

もう一回鈴を鳴らすかごめ。

(神様、2個もお願いして、ごめんなさい。あと、お母さんが、哀しい顔を笑った顔にしてください。もう、痛い、痛いこと、しないようにしてください・・・なむなむ・・・)


かごめは何度も何度も頼む・・・。


佳奈子が哀しい顔をしないように。

そして、もう・・・佳奈子があんな痛々しい事をしないように・・・。



「波田野さん」

かごめ達に声をかけたのは巫女の服を着た日暮神社の若嫁・後のかごめの養母になる奈津子だ。


「今日、退院されたんですか?」

「ええ・・・。とってもお天気がよかったし・・・。かごめがどうしても日暮神社にお散歩に行きたいっていうので・・・」


ひょこっとかごめが佳奈子の後ろから顔を出す。

「あらっ。かごめちゃん、可愛いわね。おめかししちゃって」

「うん!お母さんに新しいワンピ、買ってもらったの!」

かごめはくるっと回ってスカートを自慢。

「まぁ。お姫様みたいね。とってもにあっているわよ」


「うん、あたし、このスカート大好き!あ!鳩さん!」

小鳥が大好きなかごめ。鳩を見つけると、すぐさま走っていった。

「よかった・・・。かごめちゃん元気そうで・・・」

「・・・はい・・・」

佳奈子が少し顔を曇らせる。

「かごめちゃんがあんなに笑っているんだから・・・。ね、佳奈子さん、もう馬鹿な事、しちゃだめよね?絶対に・・・!」


「・・・」


佳奈子はそっと・・・着物の袖をめくる・・・。


細い、色白の手首に・・・。


包帯が痛々しく巻かれていた・・・。

「奈津子さん・・・。かごめね・・・。ここ毎日毎日さすってくれるんですよ・・・。『痛いの痛いの飛んでいけ』って・・・」


「かごめちゃんのおまじないなら・・・効果的てき面よね?だから・・・佳奈子さんも勇気をださなくちゃ・・・」


「・・・はい・・・」

佳奈子は包帯が巻かれた手首を撫でながら、鳩を追いかけて元気に遊ぶかごめを見つめた・・・。


無邪気な我が子・・・。

手首の痛みは消えたが、娘の心の痛みを思うと、いたたまれない・・・。


かごめのあの涙が忘れられない・・・。



それは一週間前の夜の出来事・・・。