第24話 寂しがりな鬣(たてがみ)@ すすきもそよがれて気持ちよさそうだ。 町はずれの墓地・・・。 「・・・平田・・・。お前の分も今度の大会・・・。走ってくるぜ・・・。ぶっちぎりでな・・・。だから・・・見ててくれ・・・」 そして黒い革ジャンのポケットから、赤いリストバンドを取りだしはめる鋼牙。 リストバンドの内側には『平田』と名前が・・・。 「お前の”お守り”・・・。借りるぜ・・・」 急な階段を少し肌寒くなってきた。 夕暮れのグランドに長い黒髪がなびかせ走る鋼牙。 まるで狼の鬣の様にしなやかに長い髪は流れ風の如く鋼牙は一直線を突き抜けた。 カチッ! 鋼牙の後輩がストップウォッチのボタンを押す。 「す・・・すげッ!!すげぇっスよ!!鋼牙先輩!!また記録更新ッス!!」 「・・・。ふっ。そんもん、あったりめぇーだろーが!!誰も俺の前を走らせねぇ。例え、世界一のランナーだろーがな」 タオルで汗を拭く。鋼牙。 細くくびれた足首。 引き締まり、鍛えられた筋肉は思わず鋼牙の後輩も見とれる程である。 「ん?何だその妙な視線は?」 「いや・・・。鋼牙先輩の足、やっぱ綺麗っすよね・・・」 「・・・。いっとくが俺はその趣味はねぇぞ!妙な視線でみてんじゃねぇッ」 「へへへ。わかってまさぁ!先輩は俺のあこがれッすから!」 「へッいってろ!」 もうすぐ、世界選手権の選手選抜も兼ねた大会が間近に迫っていた鋼牙は、毎夕、一人グランドで練習。 スポーツ新聞などでは、鋼牙が大本命とかかれ、周囲からの期待も高まっていた。 「鋼牙先輩ッ!どうです?鋼牙先輩の優勝前祝いとして一杯、飲みにいきませんか?俺、かわいー子いる店、みつけたんですよ!」 「馬鹿いってんじゃねぇよ。俺にとって『かわいい女』はかごめ一人だ。ふっ。今度の大会で優勝したら、かごめと海にツーリングにでも行くか!」 余裕たっぷりの鋼牙。 再び、ゴール目指して走ろうと、スタートラインにつき、腰を下ろしたその時。 「うッ・・・!?」 鋼牙の右足に言いようのない激痛が走った。 「鋼牙先輩!?」 右足を抱え、蹲る鋼牙。 「鋼牙先輩、どうしたんですか、鋼牙先輩ッ・・・!」 ズキリ、ズキリ・・・ッ。 筋肉が引き裂かれるような・・・。 「鋼牙先輩・・・ッ!」 長い講義が終わり、かごめは背伸びをする。 必修科目なので、この授業はきっちりノートを取っておかないと。 かごめがペンケースにシャーペンなどを片づけていると。 「姐さん!!」 「きゃああ!」 ぬっとユニフォーム姿の鋼牙の後輩の銀次が頭を出した。 「す、すんませんッ。脅かしちゃって」 「別にいいけど・・・。それよりあたしに何か用なの?」 「ハイ!!姐さんしかいないンッス!鋼牙先輩を止められるのは!」 「え?あ、あの、ちょ、ちょっと・・・ッ」 銀次はかごめの腕を掴んで、もの凄いスピードで陸上部の部室へと連れていった。 さすがに鋼牙の後輩だけあって部室まであっという間だった。 陸上部部室。 ちょっと汗くさいが、割と中は綺麗だった。 細長いロッカーが並び、その奥がシャワー室になっている。 「鋼牙先輩!!だめッすよ!!」 「うるせえッ!離しやがれッ!!俺は練習しなきゃなんねぇんだ!!」 右足に何重にも白い包帯を巻かれた鋼牙が暴れ、他の部員達に抑えられていた。 「鋼牙先輩。今回は我慢して下さいッ!!その足で大会に出られるわけないっすよ!!」 「馬鹿野郎!!俺が出なきゃなんのための大会だってんだ!!はなしやがれ!!」 ユニフォーム姿の鋼牙。どうしても練習がしたいらしく、更に暴れる。 「鋼牙くん!」 「!か、かごめ・・・」 かごめの姿を目に入った鋼牙。なんとか静まるが・・・。 「一体何があったっていうの?その足、どうしたの?」 「・・・。へっ。心配かけてすまねえな。でもこんなもん、何でもねぇから」 「何でもないわけねぇじゃないですか!!靱帯切れてるんですから!!」 銀次の言葉にかごめは驚く。 「じん帯って・・・。鋼牙君・・・」 「へッ。じん帯の一本や日本きれてたってへでもねぇッ!!とにかく、俺は今度の大会にでなきゃなんねぇんだ!こんなところでじっとしてる暇はねぇッ」 鋼牙は右足に力をいれて立ち上がろうとした。 「ううぅ・・・!!!」 やはり激痛が走り、床にしゃがみこむ鋼牙。 「鋼牙君、大丈夫!?」 駆け寄るかごめ。 「だ・・・大丈夫だって・・・。痛ッ・・・!」 立ち上がれない鋼牙・・・。 「大丈夫じゃないっすよ!!そんな腫れてるじゃないっすか!!」 医者が言うには、少なくとも2ヶ月は安静にして治療に専念するようにと言われていた。 しかし、大会は一週間後・・・。 「クソッ!医者の言うことなんて聞いてられっか!おい銀次、手、かせ!!誰がなんて言うと俺は大会に出る!!銀次!!」 しかし手を貸したのはかごめ。 かごめは鋼牙の腕を肩に回して、静かにパイプ椅子に座らせた。 「かごめ・・・?」 「鋼牙君。とにかく落ち着いて・・・。ね?」 「・・・かごめ・・・」 「鋼牙君・・・。どうしてこんどの大会にそんなにこだわるの?確かにあの大会は国際陸上の選考会になるのかもしれないけど・・・」 「別にこだわっちゃいねぇよ・・・」 鋼牙の顔色が変わった。 銀次が心配そうな顔をしている。 「姐さん。・・・鋼牙先輩・・・。」 「余計な事言うな!銀次!」 口止めする鋼牙・・・。 「悪いなかごめ・・・。これだけはお前には悪いが譲られねぇ。わかってくれ。俺はどうしても大会に出なきゃいけねぇんだ・・・!」 鋼牙は拳をグッと握ってかごめと銀次の前でそう言い放った。 一体鋼牙に何があるのか・・・。 Jリーグの試合などにも使用されている。そのため、観客席も1万人は有に入れる程のかなり大規模な競技場だ。 さすがに、世界大会の切符がかかっている大会だけあって、観客もかなり見に来ている。 1コースに鋼牙が軽いストレッチをしている。 そして丁度、真ん中に100メートルラインが見えるあたりに、かごめと犬夜叉の姿があった。 ふてくされている犬夜叉。 「ってなんで俺まで鋼牙の走りをみに来なきゃなんねーんだよ」 「何いってんのよ。あんたが勝手についてきたんじゃないの」 「なッ・・・だッ誰がだ・・・。お、俺はだた、他の奴の走りを見に来ただけでい」 しかし、犬夜叉、かごめが鋼牙の大会を見に行くと聞くといなや、 『暇だし俺も言ってやる』 と言って、やっぱりかごめについてきた。 「けッ・・・!それにしても鋼牙の野郎、すっころんで恥かかなきゃいいがなァ」 「縁起でもないこと言わないでよ。こんなときに妬いてどうするの!」 「ばっ・・・。誰が・・・ッ」 しかし犬夜叉の言ったことも心配なかごめ。 あの足が一週間でどれだけ治ったのか心配だった・・・。 だが、鋼牙は涼しげな顔でジャンプしてストレッチをしている。 鋼牙の右足・・・。一週間で腫れはひいたものの、まだ激しく走ると痛みがあった。鋼牙は鎮痛剤を飲み、なんとかもっていいたが・・・。 (・・・微かにまだ痛むが・・・。絶対に負けられねぇ・・・) 鋼牙は腕にはめたあの赤いリストバンドをチラッとみた。 (・・・平田、お前のお守りの御利益・・・頼むぜ・・・) スッとのびたスレンダーな足が今にも走りだしそうに・・・。 鋼牙が目指すのは、100メートル先のゴール。 (へッ・・・。新記録もついでに出してやるか) と自信満々に両手をついた。 やはり鋼牙の余裕は確かに本物で、グンと一人、前に出た。 鋼牙の長い後ろ髪が風にながれる。 「鋼牙君!がんばれ!」 かごめの応援の効果か、鋼牙は更に他の選手との差をつける。 (優勝と日本新セットでかごめに贈ってやる・・・!) 更に鋼牙の足にエンジンがかかり、ゴールまであと数メートルというところまできたとき・・・! (ううッ・・・!?) 鋼牙の右足に激痛が走った! 「ううッ・・・!!」 あまりの痛みに鋼牙はそのまま右足を抱え、蹲まる・・・。 「鋼牙君・・・!」 かごめは思わず身を乗り出した。 トラックに倒れた鋼牙を他の選手は追い越していき、次々とゴール・・・。 救護委員が担架を持って鋼牙に駆け寄る。 「ぐ・・・」 救護員が鋼牙を担架に乗せようとしたが、鋼牙は手を振り払って拒否した。 「・・・た・・・たいしたことねぇ・・・。自分で・・・歩ける・・・」 ヨロッとなりながらも鋼牙は自分で起きあがり、右足を引きずってゴールまで一歩一歩歩いく・・・。 「クッ・・・」 痛そうに顔をしかめながら、鋼牙は右足を押さえてなおも歩く。 「鋼牙君、もうちょっとよ!頑張って!」 と応援。 「・・・けッ・・・」 そんなかごめが面白くない犬夜叉。 しかし鋼牙の姿にいつしか犬夜叉も 「鋼牙、てめぇ、弱っチィことしてんじゃねぇよ!!最後まであきらめるな!!」 と応援・・・。 一方鋼牙は、段々と大きくなる声援に押されるように・・・。 ゴールイン・・・。 銀次が鋼牙に駆け寄り、抱き起こす。 「鋼牙先輩、しっかりしてください!鋼牙先輩・・・!」 ”トラックのウルフ、ゴールに倒れる!” 「けっ・・・。なんで最下位の野郎がこんなに目立ってやがるんだ」 鯣をくわえて、缶ビールをゴクゴク飲む犬夜叉。 「最後まで自分の足でゴールした。今のお前よりすさまじく格好いいぞ。犬夜叉」 缶ビールの栓をプシュッと開け、こくこく飲む弥勒。 おつまみはふてくさた犬夜叉と、マグロの刺身。 楓の部屋のコタツで、犬夜叉達は夕方から晩酌中。 「どうでもいいがお前達。ここは管理人のワシの部屋だということをわすれておるな?」 「固いこと言わないでくださいよ。ささ、管理人さんも一杯」 さすが営業課一の接待上手。ビールをコップに注ぐ手つきも慣れている。 一方かごめと珊瑚はオレンジジュース。 お酒は弱い二人なのだ。 「それにしても、鋼牙の奴、残念だったよね・・・。世界大会の日本代表は狩屋鋼牙だってもう、みんな言っていたのに・・・」 「うん・・・。ちょっと心配・・・」 大会の後、かごめは鋼牙の控え室を行ってみたが既に病院に連れていかれた後でいなかった。 「へッ。鋼牙の事だ。きっと今頃、減らず口叩いて痛てぇ痛てぇって」 「鋼牙君本当に大丈夫かな・・・。実はね、鋼牙君、大会の前からケガしてたの。鋼牙君の後輩の銀次君に止めてくれって頼まれたんだけど・・・」 (・・・。鋼牙がケガ・・・?ケガなのに走ってたってのか・・・?) PPP! かごめの携帯が鳴る。 「はいもしもし?」 電話の相手は銀次。鋼牙に何かあったのか・・・? 「え・・・!?鋼牙君が・・・!?」 かごめの口から鋼牙の名が出ると犬夜叉はピクリと反応し起きあがる。 「うん・・・。わかった・・・。じゃあ・・・」 携帯を切るかごめ。何かちょっと深刻そうな顔をしている。 「ねぇ犬夜叉。今から一緒に鋼牙君のアパート行ってくれないかな?」 「はぁ?何でだよ」 口を尖らせる犬夜叉。 「鋼牙君の後輩の子から電話があったんだけど、気になるから様子みてくれくれないかって・・・」 「だからって何でお前が行かなきゃならねぇんだ」 心配そうなかごめに犬夜叉、イライラ。 「銀次君、どうしても用事で行けないんだって。鋼牙君の足ね・・・。じん帯が切れて、本当は入院しなくちゃいけなかったみたいだけど、無理矢理病院から帰ってきたんだって・・・。携帯にも出ないみたいだし・・・」 「ふんッ!・・・いきたきゃお前一人でいきゃぁいいだろーが!。俺は行く義理がねぇ」 かごめ、カッチンと頭にきた。 「あっそう!!いいわよ。わかったわよ。一人で行くわよ!!行けばいいんでしょ!!犬夜叉の馬鹿!」 「そーそー。かごめちゃんはね、夜遅くなるかもしれないから一緒についていって欲しかったのよ。なのに・・・。ああ、みっともないみっともない」 「・・・ふんッ・・・」 「かごめちゃん、今晩帰ってこなかったりして・・・」 「そうですなぁ・・・。昨日の大会の事で気分が荒れているとしたら・・・。そんなときに惚れたおなごが側にいたとしたら・・・。フッ・・・」 「”フッ”ってなんだ!!意味深に笑うな!!」 かごめに限って・・・と思う犬夜叉だが・・・。 「へぇ・・・」 コンクリートの外壁で4階建て。 若者が一人暮らしをする様なこじんまりとしたマンション。 エレベータはなく、階段を上がる。 鋼牙の部屋は4階一番右端。 『404 狩屋』 表札の前で立ちどまるかごめ。 ピンポーン・・・。 インターホンを鳴らすかごめ。 しかし応答なし。 (・・・。やっぱりいないのかな・・・) もう一度鳴らしてみるがやっぱり誰も出てこない。 かごめはドアノブに、買ったケーキが入った紙袋をかけ、帰ろうとした。 髪を下ろした鋼牙が出てきた。 「鋼牙君、いたの!?」 「ああ・・・。ちょっと足がまだ痛むんで寝てたんだ・・・」 鋼牙の右足は何重にも包帯が巻かれ、松葉杖をついていた。 痛々しく思うかごめ。 「鋼牙君、足・・・大丈夫?」 「ああ・・・。まだちょっと痛むがどうってことねぇ。それよりかごめ、わざわざ心配して来てくれたのか」 「あ、あの・・・。銀次君に頼まれたの
。様子見てきてくれって」 「あの野郎・・・。余計なことしやがって・・・。でも嬉しいぜ。さ、入れよ」 「え?あ、でもあたし・・」 強引にかごめは部屋に上がらされた・・・。 「散らかっててワりぃな。その辺に座ってくれ」 「う・・・うん・・・」 ワンルームで、部屋にはベットとテレビ以外特に家具といった家具はないが、壁には何枚もの写真が貼ってあった。 「わぁ・・・ッ」 躍動感あふれる写真が飾られてあった。 「いいだろ?風を突き抜ける様な走りを見ると、背中がゾクゾクしてくるぜ。ほれ、かごめ、コーヒーだ」 「ありがとう」 白いマグカップにコーヒー。 かごめは一口飲んだ。 「狼ってのは群れ行動するからな。上下関係が厳しいんだ。その代わり、手下達との絆は強えぇ。すげぇ憧れるぜ」 「ふふ。鋼牙君自身が狼って言われてるものね。後輩には慕われてるし・・・。あ、そうだ。鋼牙君。これ、もしよかったら食べて。近くのケーキ屋さんで買ってきたの。この間、美味しい牛肉もらったお礼」 「何!?俺のためにわざわざ買ってきたのか・・・」 鋼牙、じーんとかごめの手を握って喜びを表す。 (・・・何もそこまで感動しなくても・・・) 鋼牙はペロリと肉じゃがを平らげた。 相当腹が空いていたらしい。 「うまかったぜ・・・。世界一うまいケーキだったぜ・・・」 鋼牙はいたって真剣。 「そ、それはよかった・・・(一個350円のケーキなんだけど・・・)」 「ねぇ鋼牙君、あの写真の人、鋼牙君の友達・・・?」 「・・・。あ、ああ・・・」 かごめはそれ以上聞かないがいいと思う。 腕時計をチラッと見るかごめ。 7時10分前だ。 (・・・早く帰らないと犬夜叉がまた怒るだろうな・・・) 「え・・・。もう行くのか?」 「うん。遅くなったら困るし。鋼牙君、足、早く治るといいね。じゃあ・・・」 鋼牙は松葉杖をつきながら、玄関までかごめを見送る。 「あ、鋼牙君、いいよ。休んでて」 「そうはいかねぇ。本当は単車で送ってやりてぇところだがな・・・」 流石の鋼牙もこの足では乗りこなせない。 「かごめ。気ィつけてな」 「うん。じゃあね。鋼牙君・・・」 「・・・もうしばらく・・・居てくれねぇか・・・?」 「・・・まだ帰らなねぇでくれ・・・。頼む・・・」 |