第24話 寂しがりのたてがみA

アパートの前を行ったり、来たり・・・。


そわそわした男が誰かの帰りを待っている。


「あれは何ですか?珊瑚」

「”犬夜叉、かごめちゃんを待つの図”でしょ?それより弥勒様、もう一杯飲む?」

「いいですな」

アパートの2階から、うろうろする犬夜叉をみながら、ビール3本目を開ける弥勒と珊瑚。

かれこれ、かごめが鋼牙の家に行って2時間が経った。

かごめから何の連絡もない。

犬夜叉はいつもの如く「たばこを買ってくる」と行ってアパートの前でかごめの帰りを待っているが・・・。


(くそう!かごめの奴・・・。何してやがる・・・)

「!」


犬夜叉の携帯のバイブが震えた。

(かごめからか!?)

期待して出てみると・・・。

「おう。犬っころか?」

「こっ鋼牙!!てめぇ!!!」


鋼牙の声に犬夜叉のイライラはマッハ。

「何、カッカしてやがる。お前、ホントに疲れる奴だな」

「う、うるせえ!それより、お前、かごめはどうした!!」

「そうさな。今、シーツにくるまって『オレ』の横にいるぜ」


「ン・・・ん・・・んなぁあッ!???」


犬夜叉、一気にジェラシーヒットアップ。

「ってことだ。だから、かごめの事は心配すんな。んじゃな」


「あ、コラ、鋼牙!!てめぇ!!!」プツッ・・・!

鋼牙、要件が住むととっと、切る。


「・・・シーツにくるまってオレの横に?」

犬夜叉、立ったまま巡るめく想像・・・。

”かごめ、もうはなさねぇぞ。喰ってやる”

”きゃああ、鋼牙君〜♪”


狼の気ぐるみをきた鋼牙がお姫様姿のかごめに迫っている!

そんな想像する犬夜叉。


「ダーーーッ!!!鋼牙、てめぇええ!!」

犬夜叉はそうひと叫びして、暗闇に一人突っ走っていった・・・。

アパートの階段の手すりから、涼しい顔で犬夜叉を見物している珊瑚と弥勒。

「珊瑚。お前、結構楽しんでいるだろう?あの二人のこと」

「弥勒さまの方こそ・・・」

同じ屋根の下で暮らす友。

自分たちの家族以上な家族の様な気がする。

切ない恋を抱えている二人を応援したいと思っているが・・・。

「弥勒様。あたし達は見守ることしかできないのかな」

「・・・見守る事が大事なのですよ。二人が辛い事があったとき・・・。こうしてビールでも持ってきて一杯やろうとお誘いする事が大切なのです」

「・・・。飲み過ぎない程度にね。フフ・・・」

秋の心地いい風が吹く。

珊瑚と弥勒は二人の恋の成就を願って軽く乾杯した。


一方・・・。犬夜叉。


「ゼーハー・・・」


鋼牙の部屋の前まで来た犬夜叉。

”キャー!鋼牙クンたら”

またもや犬夜叉の頭の中で、お姫様なかごめが狼の鋼牙に喰われそうな妄想が再上演。

「・・・」

ドア越しに聞き耳をたてる犬夜叉。

「きゃあー!ああ、もう鋼牙ったらそんなに動いちゃ駄目よ!」

(!?かごめの声!?)

「鋼牙・・・。大丈夫・・・?無理しないで・・・。ゆっくり息をして・・・」

(・・・。一体何してんだ!!)

犬夜叉、かじりつくようにドアに耳をくっつける。

「鋼牙・・・。鋼牙・・・」

(!!!)

かごめの妙に色っぽい声に犬夜叉、とうとう土足で乱入!

「かごめーーーー!!!」


バアアンッ!!


ドカドカとソファのあるリビングに犬夜叉が入っていくと、白いシーツを持ったかごめの後ろ姿が・・・。

「か、かごめ!!お前、無事なのか!?」

「・・・え?無事って犬夜叉・・・」

キャウウン・・・。

犬のかすれるような鳴き声に振り返ると、そこに大型のハスキー犬がタオルにくるまって横たわっていた。

「鋼牙って・・・。その犬のことか・・・?」

「そうよ。鋼牙君が飼ってるんだけど、突然、具合が悪くなったの・・・。医者に診てもらったんだけど・・・」

犬を心配そうに見つめるかごめ。

犬夜叉、思い切り勘違いに安堵する。

「コラてめぇ!!犬っころ!!人んちに土足であがってんじゃねぇよ!!」

松葉杖をついた鋼牙がトイレから出てきた。

大きなギブスをが目に入る。

「鋼牙・・・。てめぇこそ、妙な言い方すんじゃねぇよ!!オレはてっきり・・・」

「てっきり何だァ?おい、お前、どんな想像したんだ?アァ?」

「な・・・。んなことはどうでもいいっ!!てめぇこそ、かごめに妙なこと・・・!」

言い合う二人にかごめがにらみつける。
「静かにして!!鋼牙、やっと眠ったんだから・・・!」

かごめの言葉に、二人、神妙に黙る。

「けッ・・・」

「へんッ・・・!」

そっぽをむく犬夜叉と鋼牙。

かごめをめぐる闘いは一時休戦・・・とはいかないご様子・・・。


そんな二人をよそに、かごめは鋼牙の愛犬を側で看病する・・・。

ソファに座るかごめの膝で眠る愛犬のコウガ・・・。

優しくコウガの頭を撫でるかごめ・・・。

気持ちよさそうなコウガ・・・。

その様子をベランダから、笑みを浮かべて見ている鋼牙。

物干しの洗濯ばさみにユニフォームが揺れる。

「にやけてんじゃねぇよッ!犬に自分に名前つけやがって・・・」

「へッ。オレの犬に何つけよーが勝手だろーが!」

ポケットから煙草を取りだし一本くわえる鋼牙。

「・・・フゥ・・・」

火をつけ、煙を静かにはく・・・。


夜の風が吹いて、煙と共に長い髪も揺れて。


「・・・なんだよ。お前も吸うか?」

「オレはいらねぇ」

「へっ。ガキだな・・・」

煙の向こうに、夜景が見える。

ビルの灯りが星のよう・・・。

「・・・。へっ。お前、その顔はまだオレがかごめになんかしたんじゃねーかって。疲れる野郎だぜ・・・」

「おめぇが妙な電話入れるからだろーが!!」

「へッ。でも、かごめを帰さねぇって思ったのは本当だぜ?かごめに惚れてる男してはな。んなの当たりめぇだろ」


「んなッ・・・」

犬夜叉、ムキになる。

「でも・・・。無理強いはできねぇ。惚れてる弱みってやつだな」


気分が重かった。今日一日。

そこに、惚れている女が自分を心配してやってきた。


心が騒がないはずがない。

熱くならないはずがない。

かごめがマンションに訊ねてきたときからそうだった。

犬夜叉が来る前までの事を思い出す鋼牙・・・。

かごめの笑顔を思い出す・・・。







ドアノブを握ったかごめの手を上から覆うようにグッと包む少し日に焼けた鋼牙の手・・・。

力強さにかごめは、突っぱねることができない。

じっとかごめを見つめる鋼牙・・・。

「もう少し・・・。いてくれ・・・。かごめ・・・」

「鋼牙君・・・」


いつもならきっとこんな弱々しい言葉なんて言わないだろう。


でも今は・・・。


無念さと寂しさが鋼牙の胸を覆っていて・・・。

「・・・鋼牙君。手を離して・・・ね?」

「・・・」

しかし離さない鋼牙。


「かごめ・・・」


かごめを掴んだ手は、グイッと自分の方に強引に引き寄せる。


「この間の犬っころの勝負・・・。本当はオレが勝ってたんだよな・・・?」

「・・・」

かごめは黙って何も言わない。

鋼牙はただ、じっとかごめだけを見つめてそらなさい・・・。


「どうしたんだ?かごめ?黙って・・・」

「・・・。何か今の鋼牙君・・・。泣きたい顔してる。何かに悔やんでる顔してる・・・。鋼牙君らしくないよ?」


心を見通す様なかごめの真っ直ぐな瞳に、かごめの背中に回された鋼牙の手がパッと離れた。


「オレらしくねぇ・・・か・・・。そうだな・・・。そうだな・・・」


惚れた女に、いつもの自分なら、弱いところなんて絶対に見せたくない筈。

しかし・・・。

目の前にいるかごめの手の温かさが急に欲しくなった・・・。


クゥワン・・・。

うつむく鋼牙に、大きなハスキー犬がすり寄ってきた。

「コウガ・・・」


「鋼牙君の犬・・・?」

「ああ・・・。最近、調子悪くて奥の部屋で寝かせただんた。医者にはみせたんだが・・・」

クウウン・・・。

コウガの様子がおかしい・・・。ぐったりしている・・・。

「どうした。コウガ!」

蹲るコウガ。

「大変・・・!鋼牙君、薬は!?」

「え?ああ、奥の部屋に・・・」

かごめは自分の背丈ほどあるコウガを両手で抱きかかえて、ソファにコウガを寝かせた。

そして、鋼牙からカプセルの薬を受け取るとかごめはコウガの口に持っていく。

「飲んで。お願い」

かごめはコウガの口に水を飲ませ、なんとかカプセルを飲ませた・・・。

「昔、アパートで飼ってた『犬』も同じ様な症状してたから」

「コウガ、体重2キロあるんだぜ?力持ちなんだな」

「そう?そんなに重くなかったけどな」

きょとんとした顔で言うかごめ。

その顔があまりにもあどけないので、思わずクスッと笑った。

「よかった・・・。薬効いてきたみたいね・・・」

コウガの背中を撫でながら話すかごめ。


かごめの優しい眼差し・・・。


鋼牙の中の寂しさが和む。



「かごめ・・・。聞いていいか?」

「何?」

「もし・・・。あの写真の狼が走るのを怖いと思ったら・・・」

「・・・鋼牙くん・・・?」

鋼牙は壁にかかる狼の写真を見つめた。


鬣を斜めに靡かせ、地面を蹴り上げて走る狼。


ただ、前だけを見て、突き進む。


ただ、がむしゃらに・・・。

思い詰めた様に写真をみつめる鋼牙。


かごめは少し考えてこう、応えた。


「だったら歩けばいいよ」

「歩く・・・?」


「歩いたっていいんじゃないかな。走りたくなるまで・・・。だって、草原はずっと目の前に変わらずにあるから・・・」


「・・・」

「あ、ごめん。なんかあんまり旨く言えなくて・・・」

「いや・・・。そうだよな。グランドはどこにもいかねぇ。ハハハッ!そうだよなァ・・・。ハハッ」


白い牙を見せて笑う鋼牙。


「何だかよく分からないけど・・・。鋼牙君が元気になってくれたのならよかった。こっちのコウガも早くよくなればいいね!」


かごめは素直に心からそう言って笑った。


かごめの笑顔が鋼牙の心にしっかり染み込んだのだった・・・。


再びベランダにて。

フウッ・・・。

鋼牙のはいた煙が空に上がっていく。

長い黒髪が微かに揺れて。


「かごめの笑顔にやられちまったみてぇだ。惚れ直したぜ」


堂々と犬夜叉に宣言する鋼牙。

そんな鋼牙に犬夜叉、ピリピリ。

「お、臆面もなく言うなッ!ぬけぬけと・・・」


「かごめの笑顔ってのは・・・。『効く』ぜ。ここんところにジワッと・・・」


親指で自分の胸を差し、男っぽく言う鋼牙。

鋼牙の格好つけた言い方には鼻につくが、でも、その通りだと感じる。


痛くて痛くて我慢できない痛みを


かごめの笑顔は、柔らかく、静かに、和らげてくれる。


染みる傷薬の様に即効性はなくとも、気がついたときにはその痛みが自分の強さに変えていて。


春を待つ冬ごもりをしている動物の様に。


気がつけば寒さも無理のない温もりに変えている。


かごめの笑顔は・・・。


そのかごめは・・・。


大きなハスキー犬のコウガを膝に乗せ、いつのまにか眠っていた・・・。

ベランダから、ソファに座ったまま眠るかごめの寝顔を見つめる犬夜叉と鋼牙。


「おう。犬っころ」


「なんでい」


「今日は休戦ってことで、かごめをおめぇに返す。だが、オレはあきらめねぇからな。最後まで勝負は・・・」


「・・・けッ・・・。勝手にしやがれ・・・」


鋼牙の宣言に犬夜叉も応える。


あどけない寝顔が可愛くて仕方ない。


男二人・・・。


かごめによく似て優しい月を見上げながら・・・。


風に暫く吹かれていた・・・。



コッツン、コッツン、コッツン・・・。


長い長い階段を松八重をついて鋼牙がゆっくりと上っていく。


広い墓地の中。砂利の地面には枯れ葉が沢山落ちて茶色や黄色に染めていた。


『平田家之墓』

立ち止まる。

この間、供えていった花が枯れ、新しいものと取り替える鋼牙。

線香を焚き、目を閉じて手を合わせる。

目を閉じると聞こえてくる親友の声・・・。

”鋼牙・・・。オレ、走りてぇよ・・・。まだ・・・”


”お前はまだ、走れる!!だから逝くんじゃねぇッ!!!”


いつも共にグランドを走っていた。親友。


絶対に一緒にオリンピックに出て、金銀総ナメにしてやろうと誓い合っていた。


ところが・・・。突然の病・・・。


最後の最後まで、走ることを望んだ平田。


『走りてぇ走りてぇって・・・。走る様にこんなに早く逝く奴があるかぁあッ!!』


病院の壁に何度も拳を打ちつけた。疾風のように旅立ってしまった・・・。


「・・・。すまねぇな。平田。今回、しくじっちまった・・・。しかも、その後、オレは・・・。一瞬、走る事が怖くなっちまってよ・・・。お前が、グランドで倒れた光景が浮かんで・・・」


2年前、平田も同じ大会に出た。

ブッちぎりで一位だった。

しかし、ゴール数メートル手前で・・・倒れた。


鋼牙と同じコースで・・・。


「お前との約束で意地でゴールだけはしたが・・・。無様を惚れた女の前でさらけだしちまった・・・。けど、その女が言ったんだ」


『草原はどこへも行かないよ。歩いたっていいじゃない』


「ってな・・・。へッ・・・。惚れてる女に励まされるなんてな・・・。でもいい女だぜ。今度、紹介してやるからな・・・」

”どっちが早く彼女見つけられるか、鋼牙!競争だからな!!”


そう言って、よく大学の女の子を紹介されたこともあった。

いつも一緒に競っていた親友・・・。


「今年は怪我しちまったが・・・。2年後の大会、絶対に優勝してみせる。トロフィーとかごめとセットでお前に見せにきてやるから覚悟しとけよ」


平田のリストバンドをはめ、力強く宣言。


『草原はどこにもいかない』


走りたいと思う限り、諦めない。


そこに、コースがある限り。ずっと。


「お前の分も走って走って走り抜いてやる・・・。たとえ、転んで怪我しちまっても、また走ってやる。だから、見ていてくれ。」


鋼牙は立ち上がり、墓を去っていく・・・。



鋼牙の長い髪を少し寂しげに揺らしながら・・・。