第25話・嫉妬と温もり 夜のバルコニーで、一人、月を見上げる桔梗。
桔梗は携帯のメールを見る。 犬夜叉から着信が・・・。 P! 『桔梗。メール見た・・・。お前、バイオリン弾き始めたんだってな・・・。よかった。すげぇ・・・。安心した。やっぱりお前にはバイオリンが一番似合ってる・・・』 微笑む桔梗。
『メールで、自分の音がわからないってかいてあったな。俺は楽器の事なんかわからねぇが、俺の耳にはお前のバイオリンの音色はまだ残ってる・・・。きっとお前の心ン中にも残ってんじゃねぇかな・・・。すまねぇ。うまくいえねぇけど・・・。大分寒くなってきた。あんま、無理すんな。じゃあな・・・』
昔、人々からの厚い期待や信頼を感じていた。しかし、いつしかそれが重く感じるようになって・・・。 『バイオリンを弾かない月島桔梗など、無意味だ』 そう言われているような気さえしていた。 ”誰も本当の自分を知らない”
分かち合えるような気がした。
バイオリンをもう一度弾こうと決意したものの、以前の様に自分だけの音がなかなか出せないでいた・・・。
やはり2年のブランクは長かったのか・・・。 (違う・・・。そうではない・・・。私自身の問題・・・) 樹が言った。 『音は自分の中にある。それを見つけだすんだ。きっと以前の桔梗以上の素晴らしい音が生まれるはずだ』 (ふふ・・・。犬夜叉も樹も同じ事をいう・・・) と・・・。 しかし、何度バイオリンを奏でてみても自分の音が見えない。 出てこない ・・・。 こんな時・・・。そばにいて欲しいのは・・・。
(犬夜叉・・・会いたい・・・。しかし・・・。)
2年前と同じだ。 すぐに返事が来た。
その一言だけ。 桔梗は携帯をギュッと胸に当てて握りしめた。 犬夜叉に会えるという嬉しさと一緒に・・・。
「桔梗。いるか?」 樹がコーヒーを持って桔梗の部屋に。 バルコニーのガラスのテーブルに花柄のコーヒーカップ二つ静かに置いた。 「樹。来ていたのか」 「ああ。やっと仕事の目処がついたからお前の顔をみに来たんだ。」 「すまない。お前にはお前の生活があるのに・・・」 「気にするな。さぁ、冷めるぞ」 樹が住んでいるマンション兼スタジオは街に在るのだが
「どうした?何かいいことがあったのか?嬉しそうな顔をしているな」 「・・・。明日。犬夜叉が来る」
「・・・。そ、そうか・・・。よかったな・・・」
「怖い・・・?」 「・・・今のあいつを見るのが・・・。2年という過ぎてしまった時間を感じるのが怖いのだ・・・」
いつも気高く、凛としていた桔梗。そんな桔梗をこんな表情をさせるのはやはり犬夜叉なのかと樹の胸が痛んだ。 「それは仕方ないだろう。時間は戻せない・・・。今のお前でいればいいんだ。ありのままのお前で・・・」 「・・・。ありのまま・・・。そうかもしれないな・・・。樹。私は今、自分に素直になろうと思う・・・。素直に・・・」
重たいものをおろした時の安堵感の様な・・・。 桔梗を穏やかにしているのはやはり犬夜叉の優しさか。 自分はこんなに近くにいるのに、
メール一通で桔梗をここまで変えてしまう・・・。 目には見えない二人の絆を感じる樹・・・。 わき上がる嫉妬を抑える・・・。 「樹。私は右手が完全に動き、昔の音が戻ったら近々、ここを出ようと思う」 「!?な、何故だ。急に・・・ッ」 「いつまでもお前の世話になっているわけにもいかない。頼ってばかりはいられないだろう・・・」 桔梗がこの屋敷を出る・・・? 自分の手から離れる・・・? そして・・・犬夜叉の元へ・・・。 「そんなことは絶対にだめだッ!!!!」
樹は感情にまかせて、思い切りテーブルを叩いた。 「樹・・・?」 「あ・・・。いや、その・・・。ほら・・・。話しただろう?僕やお前絡みのことで犬夜叉さんや犬夜叉さんの友達にまで巻き込んでしまったって・・・。だから、むやみには動けないだろう・・・。お前が、動くときは、それなりの準備がいる。お前の気持ちも分かるが、急がないでくれ・・・。・・・な?」 「・・・わかった・・・」 確かに今、桔梗が動けばまた周りは騒がしくなる。マスコミ等はすぐ嗅ぎつけて・・・。 でもそうじゃない。 桔梗が手の届かない所へ行くのが我慢できなかった。 「桔梗。明日は犬夜叉さんが来るのだろう?早く眠れ」 「そうだな。明日、犬夜叉が来る・・・。明日・・・」
大事そうに携帯を握る・・・。
パタン・・・。 桔梗の部屋をあとにする樹・・・。
笑う桔梗。
ガッシャーン・・・ッ。 床にカップを投げつける樹。
側にいて見守っても
桔梗にとって自分は兄貴で幼なじみ。 それ以上それ以下でもなく・・・。 永遠に『男』にはならない。 桔梗が目覚めたときから、いつかは自分の側から去っていき、自分は見送ってやらなければならないと覚悟はしていた。 だけどこんなに早く?
桔梗を縛ることはできない。 「嫌だ・・・。そんなのは嫌だ・・・」 割れた破片を拾う樹。 「痛ッ・・・」 指先から血が落ちる・・・。 切れた部分をじっと見つめる樹・・・。 痛い・・・。 そして嫉妬心で息ができない・・・。 床に蹲る樹。
かごめの優しい声が浮かぶ。 いつかかごめと一緒に公園で見た青い空。 とてつもなく澄んでいたあの青い空。 (・・・。どうして・・)
※ 晴天。雨がに三日続いたので、久しぶりの太陽に、かごめは朝から洗濯と布団干しに精をだしていた。 パンパンッ。 部屋の窓に布団を干し、布団たたきでたたくかごめ。 「ハァ〜。気持ちいいなぁ。晩秋の空か・・・。早いなぁ・・・」 ガラガラッ。 「朝っぱらからうるせーな」 ちょっと寝ぐせをつけた犬夜叉が登場。
「う、うるせえ。セーターなんか持ってねぇよ」 「え?あんたじゃあ、冬何着てるのよ」 「うるせえな。何を着ようと俺の勝手だ!」
「え・・・」 「・・・」
その一瞬で犬夜叉が『どこへ』行くかかごめは察知した。 かごめは胸の痛みを押さえて、平静を保とうとする。「あ、そうだ。あたし、洗濯まだ終わってなかったんだ。じゃあねッ」
「・・・」 うつむくかごめ。 こんな胸の痛みは初めてじゃないのに。 やっぱり・・・。苦しい・・・ 「ハァ・・・」 深くため息をつくかごめ。 パンパン かおを叩くかごめ。 気持ちを切り替えて・・・。 今日はこんなにお天気なのだから。
「はい。どなた?」 珊瑚が訊ねてきた。 「かごめちゃん。今日時間ある?」 「うん」 「じゃあさ。駅前にできた新しいファッションビル、行ってみない?」 チラシをピラピラさせて珊瑚は言った。 「うん!!行こう、行こう!!すぐいこう!!」 「え?あの、すぐって・・・」 「すぐだよ!すぐ!!」 かごめは珊瑚の手をぐいぐい引っ張ってアパートを出た。
そうだ。お天気もいいし、今日は街へ繰り出そう。
「ねぇ珊瑚ちゃん、これなんかいいんじゃない?」 「そう?」 「うん、すっごく似合ってる!」 あちこちの店を回るかごめ達。 犬夜叉の事は今日一日忘れて、友達との時間を楽しみたい。 かごめはそう自分に言い聞かせた。
「!!」 珊瑚の声にハッと我に返るかごめ。 「どうしたの・・・?何か今、意識が飛んだような顔、してたよ・・・?」 「そ、そう・・・?何でもないよ。気にしないで。あ、このパスタ、美味しいね!おかわりしちゃおっかな」 突然パクパクと食べ出すかごめ。 屋上の景色が見えるパスタの店。 ちょうど、バルコニーの席が空いていて、青空を見ながら楽しく昼食をとっていた珊瑚とかごめだったが、かごめの様子が何だか変だなと感じる珊瑚。 (・・・犬夜叉の事で何かまったあったのかな・・・。そういえば、あいつ、今朝早く出ていったような・・・。あ・・・!) 珊瑚は全てを察知した。 犬夜叉の行き先も。 (・・・かごめちゃん・・・) 「・・・よし!かごめちゃん、もっと食べよう!!カルボナーラも美味しいんだよ。ここ」「うん。食べよう!!美味しいもの一杯食べよう!すいませーん!!追加注文しまーす!」 女二人。 今は男の事など忘れ、食べて、買って・・・。 女の友情に感謝・・・。 明るく振る舞う珊瑚の優しさに、かごめは感謝していた・・・。 一方その頃。 花壇の秋桜が揺れる。
寂しげでどこか冷たい音色。 その音色を犬夜叉は座って耳を澄ませて聴く。 2年前に時間が戻った様な光景だ・・・。 「痛・・・!」 桔梗は弦を持つ右手に痛みが走り、バイオリンを落とした。 「桔梗!大丈夫か!」 駆け寄る犬夜叉。 「大丈夫だ・・・。ちょっと力が入りすぎた・・・」 バイオリンをそっと拾い、桔梗は静かに座った。 「あんまり無理すんな。まだ、右手、完全に治ったわけじゃねぇんだろ?」 「・・・。犬夜叉。お前・・・。変わったな・・・」 「あ?」
「・・・変わってねぇよ。別に・・・」 しかしあの人を近づけない様なとげとげしさがない。 好きだった拗ねた目をしていない。
「・・・。犬夜叉」 「何だ」 「・・・。この右手が完全に治り、自分の音が奏でられるようになったら・・・。ここを出ようと思う。まだしばらくはかかると思うが・・・。いつまでも樹の世話にはなれないからな・・・」 「桔梗・・・」 桔梗はスッと犬夜叉の胸に右手を当てた。
「時間が経っても・・・。お前の胸に私の音色はまだ・・・響いているか・・・?」 不安げな・・・
だけど・・・。 PPPP!
「ったく誰だよ・・・。はい、もしもし?あ、何だ。オヤジさんかよ」 犬夜叉の勤める工務店の社長だ。 「え!??オヤジさんが怪我!?で、今すぐ来いって!??悪い、今すぐは無理だ。夕方よるから。じゃあな」 そういって、携帯を切った犬夜叉だが、かなり重要な都合らしいことを悟る桔梗。 「犬夜叉、私の事はいい。お前は自分の用事を済ませて来るといい」 「でも・・・」 「気にするな」 「すまねぇ・・・。桔梗・・・。んじゃ、あんまり無理すんじゃねぇぞ。じゃあな!」
犬夜叉がバイクに乗るなんて知らなかった。 工務店で大工の見習いしているなんて知らなかった。 ”何か”が違う・・・。 微妙に感じる違和感。
何なのだろう・・・。 確かに2年という時間が流れた。それぞれに。 でも、心の音色までは変わるはずがないと思っていたのに・・・。 (・・・。早く・・・。治さなければ・・・。早く・・・)
「は〜。沢山かったねぇ。かごめちゃん」 「珊瑚ちゃんの方こそ」 空がオレンジ色に染まった頃。 アパートへの帰り道。 両手に紙袋を幾つも抱えた二人が重たそうに歩く。 「ちょっと買いすぎたかな・・・」 「ううん。そんなことないよ珊瑚ちゃん。すっごくスカッとしたもの!」 「スカッと・・・か・・・。ならいいけど・・・」 かごめが元気ならそれでいいと思う珊瑚・・・。 「ありがとうね。珊瑚ちゃん。今日、楽しかった。ありがとう・・・」 「かごめちゃん・・・」 珊瑚の気持ちはちゃんとかごめに、伝わっていた。 大切な親友だから・・・。 「あれ?」 二人が児童公園に差し掛かったとき。 公園には似つかわしくないようなシルバーのベンツが止まっていた。 (このベンツは・・・) 公園を覗き込むと・・・。 一人、ぼんやりベンチに座っている樹・・・。 「樹さん!?なんでここに・・・」 無表情な樹。 「珊瑚ちゃん。ごめん。先帰ってて」 「え、あ、あのかごめちゃんッ」
(かごめちゃん、どうしたんだろう・・・。それにしてもこのベンツ、どこかで・・・。あ・・・これ、坂上樹の・・・!) 珊瑚は二人が気になり、そうっとかごめの後を追った。
「かごめさん」 いつもの見るからにブランド物のスーツではなく、ポロシャツにイージーパンツというラフな格好。 「かごめさんの方こそ。お買い物だったのですか?」 樹は紙袋をチラッと見た。 「あ、はい。今日、お天気がいいから友達と街に出て・・・。ちょっと買いすぎちゃいました」 「そうですか・・・」 どことなく浮かない樹。 かごめは樹の横に静かに座った。 「樹さんこそどうしてここに・・・?」 「・・・。さぁ・・・。自分でも分からないのですが、気がついたらここに・・・。」 「・・・。何かあったんですか?」 「・・・」
聞くまでもなかった。樹が切なげな顔。今日、犬夜叉は桔梗の所に・・・。 一気にかごめの胸にも切なさが広がった。 夕日はこんなに綺麗なのに・・・。 「あ・・・。鱗雲」 「?」
「鱗雲が何か?」
そして、樹は我慢していたものを吐き出すように話し始めた。
「桔梗はいつか、自分の元から離れていくことは分かっている筈なのに・・・。屋敷を出ていきたいと言っただけで、僕は逆上してしまった・・・。挙げ句に桔梗が目覚めなければなんて思ってしまうなんて・・・。そんな自分が嫌になって・・・」
かごめに愚痴を言うなんて。無神経だと思いつつも溜まっている胸のモヤモヤを口にせずにはいられなかった。 「樹さんの心のままでいいじゃないですか」 「え・・・」
「かごめさん・・・」
(樹さんって一体どんな食生活しているのだろうか・・・)
「うまい!!すごく美味しいです!!」 大感激の樹。2個三個と平らげた。
(たこ焼きの効果は絶大なり・・・ね)
「はい」
樹、再び笑う。 「かごめさん。貴方は本当に不思議な人だ。クク・・・。口元が・・・」
「あ、や、やだなぁッ。 樹さん、それを早く言って下さいよ。もう〜」
「ふふふ・・・」
胸の 和らいだ二人だった。
「フウ・・・」 風呂からあがった犬夜叉。 濡れた髪をタオルで拭きながら階段を上がる。 「犬夜叉」 珊瑚に呼び止められた。 「珊瑚。何か用か・・・?」 「あのさ・・・。あんた。いつまで続ける気なのさ?」 「あ?何だ急に・・・」
「な、何だよ」
すると。 部屋の前に『ユニシロ』と書いた紙袋がおいてある。 (なんだ?これ・・・) カサ・・・。
そしてメモが入っていた。
セーターを着てみる犬夜叉。
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