第29話 雪のメモワール @

「へぇ〜。かごめちゃん、実家に帰るんだ」

「うん」

バッグに荷造りするかごめ。

お正月に実家に戻らなかったかごめは、この週末の連休に久しぶりに実家帰ることにした。

この事は犬夜叉の耳にも入り・・・。

犬夜叉の部屋で、男達はいつものように夜の晩酌。

「お前んちの冷蔵庫は、つまみぐらいないのか?何もないじゃないか」

「うるせー。勝手にひとんちの冷蔵庫開けんじゃねぇ」

ビールを2本、弥勒は冷蔵庫から追加。そして柿ピーをボリボリとほおばる弥勒。

男二人で飲む酒。なんとも空しい空気が流れる。

コンコン。

男達の晩餐にかごめが訪問。

「何だよ。こんな時間に」

「あのさ・・・」


かごめはあることを犬夜叉に頼んだ。

「何ィ〜!?俺がお前の実家までお供しろだと〜!?」

「そうなの。草太が絶対に犬に兄ちゃん連れてこいって・・・」

「けっ。何で俺がお前の実家に行かなきゃいけねぇんだ。婿に行くわけでもねぇのにそんな・・・」

『婿』という言葉に犬夜叉自分で言っておいて赤くなる。

「と・・・とにかくだ、俺はいかねぇぞ!」

「・・・。そうだよね。ごめん。犬夜叉だってせっかくのお休みなんだし・・・。ごめん」

しょんぼりするかごめを見て、弥勒が犬夜叉の耳元でまたもや何かをつぶやく。

名付けて嫉妬心点火の方程式。

『かごめ様実家に帰る→旧友との再会→昔の恋再燃・・・(北条君)』

「!!」

弥勒の魔の方程式をインプットされた犬夜叉の脳裏に浮かんだ応えは、『北条くん』


かごめがしょんぼりして部屋を出ていこうとした。

「待てかごめ!」

「え?」

ドア越しに振り向くかごめ。
「・・・。そこまで言うなら行ってやってもいいぜ。仕方ねぇからつき合ってやるよ」

(・・・そこまでって程頼んでない気もするけど)

「うん。ありがとう。草太も喜ぶよ・・・」


物の見事に弥勒の一言が犬夜叉に効いて、弥勒、ご満悦のご様子。

ビールをぐいっと飲み干して一言。

「家族サービスしてこいよ。犬夜叉」

「うるせえッ!!」


こうして犬夜叉はかごめの実家帰省の『お供』をすることになった・・・。




かごめの実家は千石町から電車で約40分ほど乗ったところの町。

職員が2人しかいない小さな駅だ。

木造の駅舎。

駅の前で長靴をはいた職員がスコップをもって雪かきをしていた。

「あら!かごめちゃんじゃないのかい!?」

「駅長さん!お久しぶりですー!」

着いてそうそう、駅長がかごめに駆け寄った。

「まぁ、どこのべっぴんさんかと思ったら・・・。かごめちゃんだったのか。綺麗になったな〜。高校卒業してからだから3年ぶりかね〜。や〜」

「駅長さんこそ、相変わらずお元気で何よりです」

楽しそうに話し込むかごめと駅長。

荷物持たされてほったらかしの犬夜叉はちょっと寂しい。

「あらぁ。まぁ!後ろの人はかごめちゃんの彼氏かい?」

「いいえ。単なる荷物持ちです」

「なっ・・・」

「はら〜。なんともいい男の荷物持ちだねぇ。おい、あんた、この町きっての美人のかごめちゃんの荷物持ちだなんて幸せだねぇ。ハハハ!」

「いてぇ!叩くな!」

駅長は犬夜叉の背中をバンバンと叩く。

「じゃあ、駅長さん、あたし達行きます。さようなら」

「ああ、またね。かごめちゃん」

なんともにこやかな駅長。

かごめ達が駅を離れても、せっせと雪かきに精をだしていた。

駅からまっすぐ、そこはこの町のメインストリートともいえる商店街が目に入ってきた。

かごめはよく買い物にきていた商店街を懐かしそうに眺めながら歩く。

こじんまりとした食品店・米屋、衣料品店・・・。

このご時世を伺わせるようなシャッターが閉まった店もちらほらあった。

商店街を抜けると、

ちょっと古びた街灯が。

丸い電灯にこんもり雪がつもって。

道路を両脇には静かに流れる用水路。

だから、一面に真っ白に広がるのは田んぼだ。

その田んぼの脇に子供の身長ほどの祠が。

「あ、犬夜叉。ちょっと待って」

かごめはしゃがみ、祠の中の小さな観音像に手を合わせた。

「観音様、ただいま。雪がひどいけど寒くないですか?」

かごめはそう言って祠の上の雪を手でそっと払った。

「おい、かごめ。お前、何仏像なんかにしゃべってんだ?」

「小さいときのあたしの良き相談相手だったの。この観音様が。だからご挨拶」

「けっ。バカバカしー。ガキじゃねぇんだから」

「・・・。犬夜叉、これも持って!!ふんッ!」

かごめはもう一つ持っていたバックを犬夜叉にどすん!と持たせると一人、すたすたと先に行ってしまった。

「おいこらーー!!かごめ、てめぇーー!!」

犬夜叉は慣れない雪道を、滑って転んでぶちぶち文句言いながらも、ようやくかごめ宅に到着・・・。


『日暮神社』

長い階段こそないが、広い境内。

両脇にお稲荷さん二つ。

奥に本堂があり、お賽銭箱が置かれていた。

「犬夜叉、こっちよ」

本堂の横に、一軒家が。

「ただいまー!」

かごめの声に廊下の奥から草太と母の奈津子が出てきた。

「おかえり、姉ちゃん!あ、ちゃんと犬の兄ちゃん持ってきてくれたか」

「な、持ってきたとはなんだ!俺は土産じゃねぇぞ!!」

「いいじゃん。固いことはもう。なぁ、新作のゲームソフト買ったんだ。一緒にしよう!」

草太は犬夜叉の手をぐいぐい引っ張って二階へ連れていった。

「ったく。草太の奴は〜!」

「うふふ。ずっとあの子、犬夜叉さんが来るのを待っていたのよ。きっと自分のお兄さんだと思ってるのね」

(草太の兄って事は、犬夜叉は・・・)

ということは、日暮夜叉丸になるか、犬島かごめになるということだろう。

「あら?かごめ、顔が赤いわよ?」

「う、ううん。何でもないっ。お母さん、あたし、荷物置いてくるね!」

かごめはいそいそと二階の自分の部屋にあがっていった・・・。

階段を見上げて奈津子は一言。

「変な子ねぇ。ふふ。今日はすきやきにしましょうっと♪」

その通り、台所からはすきやきのいい匂いが漂ってきた。

夕食。

鍋の中でぐつぐつと肉、春菊、豆腐などが煮えている。

「あ!兄ちゃん、肉食い過ぎだ!」

「うるせー。すき焼きってのは早いモン勝ちなんだ」

犬夜叉、遠慮もせずガツガツ肉を喰う。

「犬夜叉、あんたねぇ。少しは人の家なんだから遠慮ってもの知らないわけ?」

「さっき、お前のオフクロさんが沢山食えっていったじゃねーか」

本当に遠慮なくど真ん中の肉をねらっていく。

「お肉ばっかり食べてないで。ホラ、野菜も食べないと」

かごめが椎茸や春菊を犬夜叉の小皿に入れた。

「俺は緑の野菜が嫌いなんでいッ」

「大の男が好き嫌いしないの!もうあんたはお肉だめ!」

そんな二人のやりとりをじっと、他の3人は見ている。

「何だかお前さん達、夫婦のようじゃのう」

「そうだよな、爺ちゃん。でもそんな遠い将来じゃないかもよ」

「あらぁ〜。そうなると犬夜叉さんのお茶碗も買わないとね。賑やかな食卓になりそうだわ〜」

盛り上がる3人だが、当人達は真っ赤な顔でうつむいている。

「あれ〜。どうしたの。姉ちゃん達。箸が止まってるよ」

「・・・。な・・・何でもないわよ。ねぇ犬夜叉」

「お・・・おう・・・」

二人が照れている間に、草太がほとんどの肉を相伴してしまった。

「あ、草太てめぇ、それ俺が入れた肉だぞ!」

「もう、草太も犬夜叉、肉肉うるさいわよーー!」


賑やかで温かい食卓・・・。


たわいもないことでみんなで笑って怒って泣いて・・・。


昔はテレビで見るこんな風景が大嫌いだった犬夜叉・・・。


でも、今は・・・。


こんな夕食も悪くないかもしれない・・・。



夕食後、風呂から上がった犬夜叉。

かごめの部屋の前で立ち止まる。

ドサササ!!!

もの凄い音がかごめの部屋からした。

「どうした、かごめ!?」

「イタタタ・・・」

本棚の下敷きになって落ちた本に埋もれているかごめ。

「何やってんだ。お前・・・」

「あはは・・・。ちょっと一番上の本を取ろうとしたら・・・」

犬夜叉は本棚を起こし、落ちた本を元に戻した。

「ありがと・・・。助かった」

「一体何取ろうとしてたんだ?」

「高校の時のアルバム」

紺色の布地の表紙のアルバム。

めくると中はカラーのページ。

「何だか急に見たくなって。犬夜叉も見る?」

「・・・」


犬夜叉、床に座りかごめの部屋をじっと見渡す。

アパートと同じでピンクを基調とした優しい色の部屋。


それにやっぱり・・・。


(・・・なんかいい匂いがする・・・)


「犬夜叉ったら!」

かごめの声にドキッとする犬夜叉。

「何ぼうっとしてんの?」

「何でもねぇよ!アルバムだって?けっ。お前の間抜け面拝んでやる」

乱暴にアルバムを受け取る犬夜叉。


『3年A組』

クラス全員一人一人映っている。

三つ編みのかごめ。

「うふふ。高校生のあたしも可愛いでしょ」

「・・・けっ。間抜け面は変わってねーよな」

「悪かったわね!」

しかしそのすぐ隣に気になる『アイツ』、北条の写真が・・・。


「・・・北条・・・?」

「北条君か・・・。女子に一番人気だったのよ。優しくて明るくて」


かごめの一言にカチンとくる犬夜叉。

「久しぶりに実家に戻ってきたせいかな・・・。色々思い出しちゃって・・・。何かいいよね、”帰る場所”があるって・・・。ねぇ、犬夜叉は懐かしい思い出とかってある?」

「・・・そんなもんねーよ」


少し犬夜叉の表情が濁ったのをかごめは感じた。

「・・・。お前みたいに普通に教科書持って、学校行ってお勉強・・・なんて事はなかったしな・・・」

学校なんかクソ食らえ。

ダチも教師もクソッタレ。


思い出なんてなにもない。


自分に向かってくる相手を殴ってばかりの日々だった・・・。


「・・・。じゃあ今から沢山作ればいいじゃない。楓荘のみんなでさ。ねっ」

「・・・。けっ・・・」


思い出・・・。


かごめと出会ってから・・・。


楽しい気持ちが増えた・・・。


友人とどこかへ出かけたり、一緒に酒を飲んだり・・・。


かごめと出会ってから・・・。


誰かを信じられる自分に気がついた・・・。


かごめと出会ってから・・・


「・・・何よ。人の顔じっと見て」


「な、何でもねぇよッ」

照れを隠すように後ろを向く。


かごめの優しい部屋の匂いが犬夜叉を包む・・・。


「ね、そうだ。明日、犬夜叉つき合ってよ」


「あ?」


「”思い出づくり”よ」


「はぁ〜?」


寒さの緩んだ冬の休日・・・。


ポラロイドカメラを持ったかごめと犬夜叉は、朝早く出かけていったのだった・・・。