第30話・酒と泪と珊瑚と弥勒と・・・ 〜約束〜 戦国町駅のホームに身長2メートル近くあるがたいの大きな中年の男が降り立った。 「ここが珊瑚が居る町か・・・」 辺りを見回す男。 すると、一人のOLに言い寄る弥勒が・・・。 「ふ。これも何かのご縁です。どうです。私の子を産んではくれまいか?」 OLの手を握ろうとしたその時。 グッと弥勒の手を掴んだ中年の男。 「真っ昼間からうら若きおなごに子を産んでくれなどと破廉恥な!!男の風上にもおけん奴だ!!」 「痛・・・!!」 そのまま弥勒の手を背中でひねらせる。 「さ、貴方は逃げなさい」 OLを逃がし、弥勒を交番までつれていく。 「というわけで、痴漢男をとらえました。では私は失礼!」 警官にきちっと敬礼すると、中年の男は雑踏の中に消えていった。 「私は誓って無実です!!OLさんの忘れ物を手渡しただけで・・・」 「じゃあなんで『私の子を産んでくださらんか』なんて言ったんだ。え?」 警官に突っ込まれる弥勒。 「あれは口癖で・・・」 しかし弥勒、なかなか誤解が晴れず、なかなか帰してもらえなかった・・・。
へとへとになってアパートに帰ってみると一階の楓の部屋からなにやら賑やかな声が。 (・・・オレがこんな目にあったというのに楽しそうだな・・・) そう思いながら訊ねてみると・・・。 みんなでこたつを囲んで鍋料理。 「皆さん、お揃いですね、一体何を・・・ってあーーーー!!!」 弥勒が思わず指さしてしまったのは、なんと昼間の自分を交番に突きだした男。 「ややッ!!お前は昼間の破廉恥男ではないか!!」 中年の男も弥勒を指さした。 「お前、さては警察から脱走してきたな!?不届きな奴だ!もういっぺん、警察に・・・」 立ち上がる父を止める珊瑚。 「お、親父様、何言ってんの!この人が話した弥勒様だよ!」 「え!?こ、こいつが・・・!?」 弥勒もこの男が珊瑚の父親だと知り、驚きの表情。 何だか話がややこしい雰囲気になってきたが、改めて珊瑚は両者に互いの紹介をする。 こたつに向き合って座る弥勒と珊瑚の父。 珊瑚の父は腕組みをして鬼瓦のような怖い顔・・・。 なんとも重苦しい空気が漂う。 犬夜叉とかごめは珊瑚の横に座って見守っている。 「えっと、あの。親父様。こちらが仏野弥勒さん。戦国銀行に勤めてるの」 弥勒は深く会釈。 「初めまして。仏野です。珊瑚さんにはいつもお世話になっております」 「・・・」 弥勒と視線を合わそうとしない。 更に重くしい空気が・・・。 「ふあ〜あ・・・。何だかしらねえが俺、面倒な事は御免だ。寝るわ」 その空気なんてどこの空。犬夜叉は思いきり大きなあくびをしながら自分の部屋に戻ってしまう。 「・・・。あの。お義父さん」 「お前の様な破廉恥男にお義父さんなどと呼ばれる筋合いはない!!」 ドン! 珊瑚の父がこたつを叩くと、湯飲みがジャンプ。 「いいえ。貴方は将来、私の父になる人ですから。それに昼間の一件ですが、私は全くの無実です。それだけは言わせて貰います」 怯まない弥勒。 「そして、珊瑚さんと婚約したことをご報告致します」
「何をバカな事を言ってるんだ!お前のような女の敵に娘をやれると思っているのか!ふざけた事を言うんじゃない!!」 珊瑚の父は思わず弥勒のえりを掴んだ。 「親父様、やめて!!」 「いいや、やめんぞ!!いけしゃあしゃあと珊瑚を嫁に欲しいなどとほざきおって!!ワシは、こういう図々しい男が一番勘にさわるんじゃ!!」 まるで暴れ出した猛獣を必死に押さえる調教師状態。 今にもこたつが投げ飛ばしそうないきおいだ。 「やかまっしゃああああ!!!おんどれらぁああっっ!!」 ドスの利いた楓の一声に珊瑚の父の動きもぴたっと止まる。 「ここはワシの部屋ですじゃ。もめ事なら各自の部屋でやってくだされ」 涼しい笑顔で鍋をつつく楓・・・。 とりあえず今宵の乱闘はこうして収まったのだが、無論、珊瑚の父がそう簡単に婚約を許すはずもなく・・・。
「ちょ、ちょっと親父さま、待ってよ!!」 「いいや、待たん!!あんな男と一つ屋根の下にお前が一緒なんて冗談じゃない!!今すぐ帰るんだ!!」 ドア越しに珊瑚の手を掴んで無理矢理連れて帰ろうとしていた珊瑚の父。 騒ぎにかごめも起きてきた。 「ど、どうしたんの!?珊瑚ちゃん」 「かごめちゃん。それが・・・」 「貴方がかごめさんですか。いつも珊瑚がお世話になっております」 「い、いえ・・・」 かごめに深々と頭を下げる珊瑚の父。 「あ、あの珊瑚ちゃんのお父さん、落ち着いて下さい。珊瑚ちゃんを連れて帰るなんて急なこと・・・」 「いいえ。申し訳ないですが、こんな悪環境に大事な一人娘を置いてはおけません。親友の貴方と別れさせなければいけないのは心苦しいですが、ご理解下され。では・・・!」 珊瑚の父は珊瑚を米俵の様に担いで出ていこうとした。 「待って下さい。お義父さん!」 両手を広げ、珊瑚の父を止める弥勒。 「どけ 。どかんと貴様、痛い目に遭わすぞ!」 「いいえ。どきません。私の大事なフィアンセを、いかに父君とはいえ無理矢理連れていくのは認められない!」 (ふっ。決まったな・・・) バシッと格好良く男らしいところを見せられたと思った弥勒だが。 「そんなふざけた寝間着を着ている男に言われたくないわ」 「・・・」 ミッキーマウスのパジャマ姿の弥勒。珊瑚とお揃いらしい。 「パジャマは関係ない。お父義さん、一つ提案があります。私と勝負してください」 「あ?勝負だ?ふっ。力勝負なら貴様は病院行きになるぞやめておけ」 「当たり前です。私も命が惜しいですから。お義父さんは大の酒好きと聞きました。酒で勝負しましょう。先に飲みつぶれた方が負け・・・。もしお義父さんが勝ったら婚約を認める、私が負けたら珊瑚との婚約は解消。どうですか!」 じっと珊瑚の父をみつめる弥勒。 「ふっ・・・。いいだろう。受けてやろうじゃないか。返り討ちにいしてくれるわ!」 「望むところです」
楓荘の二階の廊下に熱き男二人の勝負が火蓋が斬って落とされた。
(大丈夫かしら・・・。お酒で勝負なんて・・・。それにしても犬夜叉の奴、まだ眠ってるのかしら・・・) 「ぐお〜・・・」 外の騒ぎも何のその。思いっきり熟睡中でありました・・・。 ※ 酒飲み勝負。珊瑚は父にやめてくれと何度も頼んだが 「男と男の勝負に口を挟むな!」 と頑固に返された。 「は〜・・・」 大学の食堂でため息をつきながら、山菜定食を食べる珊瑚。 「なんかとんでもない事になっちゃったね。珊瑚ちゃん」 「うん・・・。親父さまったら言い出したら聞かなくて困っちゃうよ。でも弥勒様も弥勒様だよね。お酒対決なんてさ・・・。自慢じゃないけど、親父様、鋼鉄の肝臓って言われるくらいに酒豪なんだよね・・・。勝ち目なんてないよ・・・」 漬け物をポリ・・・と一口、珊瑚。 「でも弥勒さま、格好良かったじゃない。へたに珊瑚ちゃんのお父さんに媚びることなく、勝負を挑むなんてさ。それだけ珊瑚ちゃんの事を想ってるってことじゃない」 「・・・う、うん・・・。でも・・・。ああ、心配だなぁ・・・」 ため息の耐えない珊瑚。 一方、珊瑚の父親はその頃、楓の部屋で昼下がりのお茶を飲んでいた。 「大家さん、先日はすみませんでした。娘のことで血が上ってしまって、ご挨拶もせずに・・・」 「ふふっ。珊瑚さんから聞いてはいましたが筋金入りの親ばかぶりですなぁ。ハハ。ワシも一人娘でしたからわかりますじゃ。親の気持ちも娘の気持ちも・・・。久しぶりに娘の顔を見に来たらば婚約している男がいるなんて・・・。そりゃ怒らない父親はいませんでしょうな」 楓はお茶をズズッすする。 「・・・。珊瑚は・・・。我が名門空手道場の跡継ぎです・・・。だから若いときぐらいは、本人のやりたいようにやらせてやろうと思って町の大学進学を許したのですが・・・」 珊瑚も今年は大学3年だ。そろそろ卒業後の事を話さなければと来てみれば・・・。 女癖の悪い、調子のいい男と婚約・・・。 突然のことにただ、戸惑うばかりの珊瑚の父・・・。 「ワシから特に言うことはないのですが、これだけは言わせていただきたい」 「何でしょう?大家さん」 急須にポットのお湯を注ぐ楓。 「弥勒は・・・。確かに女好きは玉に瑕ですが、芯のしっかりした情に熱い男です。このアパートをたたもうかと思っていたとき、まだ大学に入ったばかりの弥勒がここが気に入ったので壊すのはやめてほしいとワシに土下座したことがありましてな・・・」
アパートの老朽化が進み、不動産屋から立て替えるか、壊して駐車場にするかと持ちかけられ悩んでいた楓。 立て替えると言ってもそんな資金もなかったし、だからとってまだ、住人がいるのに駐車場にするなんて事もしたくなかった。 そんなとき。寒い木枯らしが吹いていた頃。 楓荘の前に一人の少年が荷物一つ持ってたっていた。 「空き室がありましたら、是非住まわせてくだされ」 年の割には妙に落ち着いた言葉遣い。 雨漏りがする部屋もあると言ったら弥勒は、どこから連れてきたのか腕のいい職人を連れてきて、格安で修理させたり、お年寄り向けにアパートを売り出してみてはどうだと宣伝したり・・・。いつの間にか弥勒はアパートに居着き今に至って・・・。 「このアパートに今住んでいる4人は少なからず幸せな幼少期だったとは言えません。弥勒も・・・。詳しいことは話しませんが坊主の叔父に育てられたのです。だから『木造アパートがいい』と言う妙な若者ですじゃ・・・」
ボリボリと豪快に煎餅をかむ音だけが、アパートに響いていた・・・。
決戦場は弥勒自身のの部屋で、こたつの上にはどんぶり鉢2つおいてある。 弥勒と珊瑚の父、両者じっと見合って。 「早く飲みつぶれた方が負けです。覚悟はいいですか。お義父さん」 「お義父さんと言うなと言っただろ」 腕組みをし、いつでも戦闘態勢な珊瑚の父。 二人の様子を珊瑚とかごめは襖の影から心配そうに見ている。 「やっぱり止めた方がいいんじゃない?珊瑚ちゃん・・・」 「止めて聞くような親父様じゃないよ。ハァ・・・」 珊瑚の言うとおり、やめろという雰囲気でもなく・・・。 「では、最初はお義父さんからいっぱいどうぞ」 一升瓶を丼にとくとくとつぐ弥勒。 そして、ゴク、ゴク、ゴク・・・。と豪快に飲み干す。 「じゃあ次は私ですね」 珊瑚の父はちょっとムスッとしながらも、弥勒の丼に酒をつぐ。 「私の肝臓はスポンジ並にアルコールを吸収しますよ」 軽やかに弥勒も飲み干す・・・。
それから2杯、3杯、4杯・・・。
「まだまだ前半戦ですよ。大丈夫ですか」 「人の心配するより自分の心配をしろ」 ニヤッと笑い合い、二人ともまだまだ余裕綽々だ。
「・・・お義父さん言うなってんだろ・・・ウィック・・・」 二人、顔がかなり赤く酔いが回ってきているが、まだ根をあげない。 気がつけば外はすっかり暗く、かごめと珊瑚はいつのまにか眠っている・・・。
「おうよ・・・。ウィック」 目が段々重くなってきている珊瑚の父・・・。 ぼんやりと珊瑚の寝顔が目に入ってきた・・・。 ”親父様、おやじ様・・・” 変わらない珊瑚の寝顔・・・。 いつも自分の跡をついてまわってきた・・・。 それがいつの間にか大きくなって・・・。 「珊瑚は・・・。きっと子供の頃から気が強くて意地っ張りな子だったんでしょうな・・・」 「なっ・・・。お前、人の娘に失敬な・・・」 「気が強くて・・・。でもその分脆いところもあって・・・。そして弟想いの優しい娘さんです・・・。そうでしょう・・・?お義父さん・・・」 「・・・ふん・・・」
別々に暮らすことになって・・・。 「珊瑚・・・。言っていました・・・。自分しか道場の跡継ぎはいない。大学行かせて貰っただけでも感謝していると・・・。大学でも空手部キャプテンで珊瑚、毎日頑張っています・・・」
”感謝している”なんて言葉を聞いたのは初めてだった・・・。 「ふん・・・。分かったような事を言うな・・・。お前に何が分かる・・・」 「分かりますよ・・・。少なくとも珊瑚はお義父さんとよく似て正義感が強くてそして誰より家族を大切に想う女性だっていうことが・・・」 ゆっくりと酒をつぐ弥勒・・・。 「ふん・・・。口のうまい男などすかんわい・・・」
ビール缶が珊瑚の父の手から転がった・・・。
「勝負は二開戦に持ち越しです・・・ね・・・」 パタ・・・。
「ん・・・?」 弥勒が目を覚ますと、珊瑚の父に着せたはずの毛布が自分に着せられていた。 そして珊瑚の父の姿がない。 (・・・どこに行ったんだ・・・?)
こたつの上にメモ一枚・・・。 太く、がっちりとした字。
と書いてあった。 しかし、裏にも。 『すけべ男へ。今度こそワシが勝つ、肝臓のトレーニングでもしておくんだな。』と・・・。
珊瑚も目を覚まし、部屋を見渡す。 メモを見せる弥勒。 「親父様・・・」
「うふ・・・。”王子”なんて柄じゃないでしょ弥勒様・・・」
シャッとカーテンを開けると朝日が・・・。 「本当・・・。久しぶりの青空だね・・・」 窓辺に朝日に二人、照らされて・・・。
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