第31
話・僕に注ぐ柔らかな太陽 〜眠りの告白〜 話は、晩秋の頃までさかのぼる。 かごめの部屋に小包が届く。 「あ・・・」 差出人欄に「坂上樹」の名前が・・・。 広げてみると一枚のCDROMと手紙が・・・。 『お久しぶりです。かごめさん。前に行っていた小田和浩の新曲ができました。一足早くかごめさんに聞いていただきたくて・・・。自分で言うのも何ですが結構手応えを感じています・・・。よろしかったらお時間が在るときにでも聞いていただけたら幸いです。 坂上樹』 さっそくかごめはCDROMをセットしてみる・・・。 「わぁ・・・」 バラードだというだけあって、しっとりとした透明感のあるメロディライン。 真冬に地上に捧ぐ太陽みたいにほんのりあたたかい・・・。 かごめはコーヒーを飲みながらじっくり聞いていた・・・。 (発売前の曲を聴いてるなんて何だかFANの人に申し訳ないな・・・。でも素敵な曲・・・) 目を閉じると・・・。自分の育った街を思い出す・・・。 そんな懐かしさを感じた・・・。 曲が終わって、CDROMをラジカセから取り出すと、曲のタイトルが・・・。 『僕に注ぐ柔らかな太陽』とあった。 (へぇ・・・。何だか雰囲気あるタイトルだなぁ・・・。樹さんらしいな・・・) かごめは静かにCDROMをCDラックに閉まった・・・。 しかし、 2ヶ月後、その曲がとんでもない事になろうとはかごめはまだ知らなかった・・・。 大学の帰り。 かごめと珊瑚は喫茶店でお茶をして、本屋の前を通りかかった・・・。 「あれ・・・!?」 雑誌コーナーで目が止まったかごめ。衝撃的な見出しが踊っていた。
思わず雑誌を手に取るかごめ・・・。 「かごめちゃん。これ・・・」 「そんな・・・。樹さんに限って・・・」 歩道で雑誌を食い入るように読むかごめと珊瑚・・・。 雑誌によると、盗作されたという曲は、あの『僕に注ぐ柔らかな太陽』だった。 他の作曲家が同時に発売した別名の曲とメロディラインも歌詞も酷似していたという・・・。 作曲をしたのは”あの”坂上樹だけあって、ワイドショーでもセンセーショナルに扱われた。 朝のワイドショーは、この話題で持ちきり。 樹の事務所に報道陣が殺到して、テレビの画面には樹の事務所が入っているビルが毎日映っていた・・・。 そして。 樹の記者会見。 お昼のワイドショーの生中継。 かごめと珊瑚は学食のテレビをじっと見つめている・・・。 (・・・樹さん・・・) 記者会見場は樹の事務所の前。 報道陣の輪の中に樹がいた。 マイクを向けられる樹。 「坂上さん、この記事は本当なのですか!?」 「全くの事実無根です。作曲家の命にかけて誓って盗作などありえません!!」 群がる報道陣に対してはっきりとそう断言する樹。 しかし容赦ない質問が飛ぶ。 「ですが、小田和浩さん専属のマネージャーかという男からのたれ込み情報があったんですが、それについてはどうお考えですか」 「小田さんのマネージャは女性です。小田さんに聞いていただければ分かることです」 「でもそのたれこみ情報では、坂上さんが作曲した曲より、一ヶ月前にA氏の方が作ったデモテープが小田さんに渡っていたとの証言もありますが」 「そんな筈はありません。小田さんと私は二人三脚でずっとやってきました。小田さんに聞いて下されば分かります!!」 「しかしですねぇ・・・。その小田さんは今は日本にはいないんですよ」
「私は断じて盗作などしていません!!命に代えても!!」 堂々とそう言い放った樹。 その気迫に一瞬レポーター達はたじろいだ・・・。 「い、以上で記者会見は終了とさせていただきます!!」 「あ、ちょっと・・・!!」 樹の付き人があわてて樹を引っ張って事務所の中に入っていってしまった・・・。 一部始終をテレビの画面で見ていたかごめと珊瑚・・・。 「樹さん・・・。大変だね・・・」 「うん・・・」 かごめはあることに気がついた。 ワイドショーの中で言われた『A氏』の話ではデモテープが小田和浩に渡ったのが一ヶ月前。 樹からデモテープが送られてきたのは今から2ヶ月も前のことだ。 (・・・。樹さんは盗作なんてしていない・・・。そうよ) かごめはいても立ってもいられなくなり、携帯を取り出して樹の事務所にかけた。 「もしもし・・・。あの・・・っ。日暮と申します。坂上さんに繋いでもらいたのですが・・・」 「FANの方ですか?申し訳在りませんがただいま坂上は出られない状態でしてご用件のみお伝えします」 「すみません。急用なんです!!お願いします!」 「そういわれましても・・・」 受付の女性が応対に困っていると、電話の主がかごめだと知った樹が電話口に出てきた。 「かごめさん!?一体どうして・・・」 「あの・・・っ。テレビ見ました。それで、私思い出したんです。樹さんが私に送ってくれたデモテープ、あれは二ヶ月前のことですよね?テレビでのA氏の話では一ヶ月前に小田さんに渡されたって言ってて・・・。だから、樹さんは盗作なんてしていないってわかったんです。だから私・・・。テレビ局に電話しようって思って・・・」 電話の内容を側で聞いていた珊瑚は驚いた表情で聞いている。 「かごめさん、お気持ちは有り難いですが、それは絶対にやめてください」 「どうしてですか!?」 「あなたや犬夜叉さん達を巻き込むわけには行かない・・・。それにかごめさんの話をしても『A氏』が2ヶ月以上前に作曲したんだと言われるのがオチです・・・」 (・・・そう言えばそうだわ・・・。私が証言しても意味がない・・・) 「でも樹さん、私や犬夜叉に何かできることはありませんか?」 「お気持ちだけで充分心強いです。それに今回の一件でいつ、桔梗の事が報道陣に嗅ぎつけられるか分からない・・・。だから時間を置きます。ご心配かけてすみません。でも僕は大丈夫ですから」 「樹さん・・・」 「じゃあ、僕は色々応対があるので失礼します」 樹はそう言って電話を切ったが、ワイドショーはその後も毎日の様に樹の盗作疑惑の話題で盛り上がっていた。 執拗に樹を追い回し、突然カメラを向けたり・・・。 皆の集合場所の楓の部屋に犬夜叉達全員集まって心配気にテレビの中の樹を見守っていた・・・。 プチン。 弥勒がテレビのリモコンで電源を切った。 「・・・全く・・・。ワイドショーというのは蛇のようですな」 「何だかあたし、マスコミ嫌いになりそうだよ・・・」 「・・・」 犬夜叉は腕組みをして無言・・・。 「犬夜叉。あたし達に何かできることないのかな・・・。このままじゃ樹さん・・・」 「・・・。俺達が首突っ込めば余計にややこしくなるだろう。それに・・・」 その先何が言いたいのか、犬夜叉が桔梗の事を気にしているのだと直感するかごめ。 「そ・・・。そうよね。下手に動くとまた何か騒動が起きるわよね・・・」 少し複雑な気持ちになるかごめだが、今はそんな事を気にしている場合ではないと自分に言い聞かす。 「ほとぼりが冷めて騒ぎが落ち着いたら樹の事務所へ行ってみようぜ。うまいモンでも持ってよ」 「うん。そうね・・・」 「かごめ。お前のほうこそ念のため気をつけろよ。また妙な奴が嗅ぎ回らないように・・・」 心配そうにかごめを見つめる犬夜叉。 桔梗絡みの事でかごめを何度も巻き込んでしまった・・・。 「うん。ありがとう。心配してくれて。じゃあ犬夜叉あたし先寝るね」 「ああ」 かごめは皆より先に自分の部屋に戻る・・・。 「!?」 するとかごめの部屋の前に黄土色の作業服と帽子姿の男がうなだれる様に座っている・・・。 (・・・誰・・・!?もしかして・・・またマスコミか何か!?) かごめは怖くなり、楓の部屋に戻って犬夜叉達を呼んできた。 そして犬夜叉が男に声をかける。 「おい!てめぇ!!おきやがれ!!ここで何してる!!」 体を激しく揺すると帽子が落ちて・・・。 男の顔が明らかに。 「い、樹・・・!?」 そうまさしく樹だった。 樹からは絶対に想像できない姿に4人は驚く。 「樹さん!どうしたんですか!?」 かごめが樹の手に触れると火のように熱い。 「大変・・・!樹さん、熱があるわ!!犬夜叉、樹さん、私の部屋に運んで!」 「えッ!?お前の部屋にか!?」 「このままにしておけるわけないでしょ!早く!!」 「うっせえな。わかったよ!!」 犬夜叉は樹の手を肩に掛け、かごめのベットに寝かせた。 「頭をひやさなくっちゃ。犬夜叉、手伝って!」 「お・・・おう・・・」 犬夜叉は何だか複雑そうにしながらも、かごめに言われるまま、氷枕と冷えたタオルを準備。 すぐに樹に与えた。 「う・・・」 樹は熱のせいか、苦しそうに息をする。 「・・・お医者様に診せなくて大丈夫かしら」 「こんな時間じゃ無理だろ」 「・・・そうよね・・・」 時計は午後9時を回っていた。 樹が目を覚ました。 「う・・・。ここは・・・。かごめさんと犬夜叉さん・・・。どうして・・・」 「それはこっちの台詞だよ。お前こそなんでかごめの部屋の前に妙な格好でいたんだ」 「・・・。ああそうか・・・。思い出した・・・。雑誌の記者から逃げるために変装して・・・。気がついたらここに・・・。す、すみません。お二人を巻き込まないって言いながら・・・。すぐに帰ります・・・」 樹は起きあがろうとしたが、すぐにふらつく。 「無理しないで下さい。熱があるんですよ。安静にしてなくちゃ」 樹にそっと掛け布団をかけるかごめ。 樹は実に申し訳なさそうな表情だ・・・。 「樹・・・。お前、相当マスコミに追いかけ回されたんだな・・・。そんな格好までして・・・」 「ハハ・・・。事務所の清掃員の人に借りたんですよ・・・。犬夜叉さん。ご心配なく・・・。桔梗の事は絶対に表沙汰にはしませんから・・・。あまりいい方法じゃないが、札束を武器にしてでも嗅ぎつけられないようにしますから・・・。安心して・・・くだ・・・」 樹の言葉は途切れ、そのまま眠っていった・・・。 「樹さん・・・。自分の事より桔梗のことを・・・」 樹の言葉が二人の心に響く・・・。 そしてその想いの深さにも・・・。 「犬夜叉。あんたも眠ってもいいよ。樹さんはあたしが見てるから・・・」 「・・・お前、一晩中起きてるつもりか?俺もつき合うよ。だから余計な気、まわすな」 「うん・・・」 それから・・・。犬夜叉もかごめも特に会話はなくかごめは樹の汗を拭っていた・・・。
犬夜叉とかごめ交代で樹を看病・・・。 しかし犬夜叉は壁にもたれて座り、腕を組んだままコクリコクリと眠っていた・・・。 ここ最近、休日返上で仕事をしていた犬夜叉。 かごめは犬夜叉に毛布をかける。 洗面器の水をかえて樹のおでこのタオルを変えた。 「う・・・」 樹が再び目を開けた・・・。 「樹さん、気分はどうですか・・・?」 「ええ・・・。氷がとても気持ちいいです・・・」 「まだ夜中です。眠って下さい・・・」 樹の額の汗をふくかごめ。 優しいかごめの声が心地よく樹の耳に聞こえて・・・。 熱で苦しいはずなのに、かごめ声に安堵感を感じていた・・・。 「・・・。久しぶりだな・・・。こんなに落ち着けたのは・・・」 「え・・・?」 「・・・。子供の頃、風邪をひいてもずっと一人だったから・・・。誰かにそばにいて、看病して貰うなんて何だか・・・。ちょっと感動したりして・・・」
「僕も桔梗も・・・。自分しか信じられる、頼れる者はいないと 思ってきました・・・。だけど、反面心の底では・・・自分の弱いところを見せられる相手・・・を求めていたんですね・・・。支えが欲しかった・・・。だから桔梗の気持ちも分かるんですよ・・・。残念ながらその相手が僕じゃなかったってことだけで・・・」 「・・・」
「・・・。今日・・・どしてだか気がついたらあなたのアパートまできていた・・・。貴方の顔がどうしてだか浮かんで・・・。かごめさんに会いたかったのかな・・・」 「・・・」 「貴方のそばにいると・・・。心の底から安らぐ気がする・・・。そばにいたいと思う・・・」 「・・・!」
一瞬・・・。空気が止まった・・・。
樹の手がポトッとかごめの手から離れ・・・。 樹は再び深い眠りについた・・・。
そして翌朝・・・。
「樹さん、本当にもう大丈夫ですか?」 車の助手席の樹にかごめが心配そうに訊ねた。 「ええ・・・。大分下がりました・・・。今日医者に行って来ます。かごめさん、犬夜叉さんお世話になりました」 「おう・・・」
「あ・・・あの樹さん・・・」
「・・・。あ、い、いえ。あの、報道陣とかは大丈夫なのかなって・・・」 「はい・・・。もう逃げ回らないでちゃんと対処します。正々堂々と・・・。また改めてお礼に来ます。では」
ハッとするかごめ。 「えっ・・・。ああ、何?犬夜叉」 「どうしたんだ?ぼやっとして・・・。樹の風邪うつったんじゃねぇか?」 「そんな事ないわよ。あ、あたし大学行く準備しなくちゃ・・・!」 いそいそとアパートに戻っていくかごめ・・・。 「変な奴・・・。ふぁ〜あ・・・。樹のおかげで寝不足だぜ・・・。男の看病なんてしちまって・・・」
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