第35話 
フェイアンセDEパニック
〜母へ・・・〜

今日の学食のランチはエビフライ定食。

割り箸を割って、嬉しそうな顔でエビフライを食べようとしているかごめの背後に ぬっと鋼牙立っている・・・。

「こ、鋼牙君?」

振り返ったかごめの手をギュッと握りしめ、言った・・・。


「かごめ・・・。俺の嫁になってくれねぇか・・・?」


ポロ・・・。

割り箸がエビフライの上に落ちた・・・。

「ヒュウヒュー!!真っ昼間からプロポーズかよ〜!!」

周囲のヤジが飛ぶ・・・。

「あ、あの鋼牙君・・・」

「おめぇしかいねぇんだ。な、かごめ・・・」

ヒューヒュー!

一気に学食は、かごめと鋼牙を囃し立てる声で盛り上がった・・・。


アパートに帰りこの話をかごめは珊瑚に報告。

その一部始終をかごめの部屋のドア越しにあぐらをかいて聞き耳をたてている犬夜叉。

「鋼牙の野郎ォ・・・!!公衆の面前でいけしゃあしゃあとかごめにふざけたこといいやがって!!」

ドアの前で一人怒り彷彿させる犬夜叉。風呂上がりなのか、やっぱりかごめのお揃いのパジャマを着ている。

ガチャ。

かごめと珊瑚が出てきた。

「あんた、そんなところでなにやってんの?」

「・・・い、いや、その・・・。お、俺がどこで何してようとどうでもいい。おい、かごめ、今の話、ホントなのか!?」

「と、ともかく犬夜叉、中に入ってよ」

お揃いのパジャマをを着ているかごめと犬夜叉。その間に入って座る珊瑚は何だか新婚家庭にいるようで居心地があまりよろしくない・・・。

「珊瑚ちゃんどうかしたの?」

「ううん何でもない・・・」

(・・・。ごく自然にバカップル状態なこの二人が在る意味凄い・・・(汗))

かごめの話には続きがあった。

『嫁になってくれ』の爆弾発言は本当なのだが、実は『一日だけ』という話。

鋼牙の母が会いに来るという。一日だけ、かごめにフィアンセになってくれという話だった。

「けッ。そんなこったろーとおもったぜ!てめぇのいざこざをかごめに引っ張り込みやがって・・・。鋼牙の野郎!!不貞野郎だ!」

吠える犬夜叉をちらりと見る珊瑚・・・。

「ハァ・・・。思い切りトラブルの予感だね・・・」

3人ともほぼ同時にため息をつく・・・。

「それでかごめちゃんはどうするの?」

「そんなもん珊瑚。断ったに決まってんじゃねーか!な、かごめ・・・?」

「ううん。OKしちゃった・・・」

「なッ・・・」

大ショックの犬夜叉君・・・。

「最初は断ったんだけど・・・。もう鋼牙君、その幼なじみにあたしの写真とか送ってたんだって・・・。鋼牙君、『両親を喜ばせたい』って頭下げて頼むもんだからつい断れなくて・・・」

犬夜叉、疑わしい〜視線をかごめに送る。

「何よ。その目は」

「おめー。ホントは嬉しいじゃねぇのか?けっ。なんだかんだ言いながら女ってのは簡単にコロッと騙されて・・・」

かごめの怒り、スイッチオン。怒りのオーラがかごめを包んでいる・・・。

「何よあんた!!あたしの事そんな風にみてるわけ!?」

「どーして俺が怒鳴られるんだ!!」

「あんたが最初に怒鳴ったんでしょー!しかもあたしの部屋の前で盗み聞きなんて・・・!また、妬いてんの!?」

「ばッ誰が妬くか!」

珊瑚、いつもの痴話喧嘩始まりに自分のお部屋に涼しい顔で避難・・・。

パタン・・・。

(・・・ふう。ホントに新婚家庭のいちゃつきモード全開の喧嘩よね・・・。妬いた妬かないのって。ペアルックのパジャマでなんて・・・)

でも・・・。

思いっきり二人らしいケンカ・・・。

互いに心を許して言い合って・・・。

「羨ましいよ。お二人さん・・・」

自分の部屋の窓から夜空を見上げふと呟く珊瑚だった・・・。

(でも水玉のパジャマのペアルックはちょっと引くけど・・・(苦笑))

そして当日。

『ふわっと綿菓子みたいで春風みたいな女』

鋼牙が幼なじみにかごめの印象をそう言ったせいかどうかは分からないが、かごめは白のワンピースとピンクのカーディガンを着ていた。

ついでに髪の毛先もカールさせて。

「珊瑚ちゃん、ありがとうね。髪、セットしてくれて・・・」

「ううん。かごめちゃん、可愛いよ!似合ってる!」

ドレッサーの前でかごめの髪をブラシで整える珊瑚。

「いくら偽りのデートとはいえ、気合いを入れて行かなくちゃ」

ドアの外の『誰か』に聞こえる様にわざと大声で言う珊瑚。

その『誰か』はバッチり聞いていた。

(なんでい・・・ッ!かごめの奴!!やっぱり浮かれてるんじゃねぇかッ!!)

ドカッ!

小声でぶつくさ言っていた犬夜叉、中から出てきた二人にドアにもろ、顔面激突・・・。

「おや・・・。犬夜叉また今朝も盗み聞き?」

「だ、誰がッ・・・」

しかしどうみても片手にコップ持ってる犬夜叉は盗み聞きスタイルである。

「けっ。かごめ、結局鋼牙んとこ行くのかよ・・・っ。やっぱりてめーは騙され・・・て・・・」


犬夜叉の視線はかごめの足下からゆっくりとかごめを見上げた・・・。


『ふわっと綿菓子みたいで春風みてぇないい匂いのする女』

まさに鋼牙のイメージそのもので、犬夜叉も一瞬見とれてしまった。

「へへ。どうだ。犬夜叉。かごめちゃん可愛いでしょ〜。ご両親に会うんだからおめかししないとね!」

珊瑚の『鋼牙のために』というフレーズに犬夜叉、ムカッとする。

「けっ。べたべた顔に塗りだくってよ!そんなヒラヒラしたもんはきやがって!」

「・・・。な、何よ・・・!別にあんたのためにお洒落してるわけじゃないもん!珊瑚ちゃん、あたし、もう行くわッ。じゃあね!犬夜叉!」

ご機嫌斜めな顔でかごめは自転車に乗ってさっさと約束の場所まで行ってしまった・・・。

「さてと・・・。犬夜叉、行くんでしょ」

「あ?どこへだ?」

「決まってるでしょうが。かごめちゃんを尾行するんでしょ」

犬夜叉、ギクリ。密かにかごめの跡を追いかけようと今日は早起きしたのだ。

「だ、誰が尾行なんて・・・!!」

「ま、どうでもいいけど。じゃ、あたしはもう一眠りするわ・・・ふあ・・・」

あくびをしながら珊瑚は自分の部屋に入っていった・・・。

「・・・」

犬夜叉、珊瑚が完全に部屋に入ったのを確認するとこそこそと後ろ向きで抜き足差し足で階段を下りていく・・・。

「犬夜叉。今日は早いですな」

「!!」

朝刊を取りに来た弥勒にギクリと驚く犬夜叉。

「何ですか。その異常な驚き方は」

「うるせえッ!!お、おまえこそなんだ!その、妙な寝間着は!!」

何故か朝から浴衣姿の弥勒。

「最近和服にはまっておりましてね。これ、オーダーメイドなんです。私の名前入り♪」

演歌歌手の様に着物に堂々と『仏野弥勒』と赤文字で背中に書いてあり・・・。

(俺は絶対に着たくねぇーな・・・)

「っとてめぇにつき合ってる暇はねぇ。じゃあな!!」

犬夜叉、時計を見ながら慌ててかごめと鋼牙の約束の場所へ猛ダッシュしていった・・・。

「やれやれ・・・。落ち着かない奴だなぁまったく・・・。それにしてもこの浴衣・・・実は珊瑚の分も作ってあったりするのです・・・。ふッ」

怪しげに笑う弥勒・・・。

部屋にいる珊瑚は妙な悪寒を感じていた・・・。



駅前の花時計の前。

かごめが待っていると手を振って鋼牙が人混みの中から走ってきた。

「すまねぇなかごめ。遅くなっちまって・・・」

「う、ううん・・・」

かごめをじっとみつめる鋼牙。

「かごめ、今日は一段と可愛いな・・・。俺のためにめかし込んでくれたのか・・・。桜餅みてぇに綺麗だぜ・・・」

ギュッと手を握る鋼牙・・・。

「あは・・・。あ、ありがとう・・・」

(桜餅って・・・(汗)誉め言葉なのかしら・・・一応・・・)

そんな二人に、花時計の後ろの植え込みでジェラシーメラメラの男一人在り・・・。

(鋼牙の野郎〜!!ベタベタかごめにひっつきやがって・・・!!)

バキッ。

思いあまって植え込みを折りそうな勢い・・・。

「お、オフクロ!こっちだ!」

改札口から中年の小柄な鋼牙の母親が出てきた。

「ごめんね。鋼牙、待った?」

優しそうな小柄な鋼牙の母親・・・。

鋼牙の母親はかごめをチラッと見た。

「あ、ご紹介遅れました。私日暮かごめと言います・・・」

「ふふ・・・。鋼牙の手紙に在ったとおりお可愛らしい方ね・・・」

「だろ?かごめ以上に可愛い女はいねぇ・・・」

さり気なくかごめの肩に手を置く鋼牙・・・。

(鋼牙てめぇ〜・・・ッ!!親の前で堂々と・・・ッ!!!!かごめに気安く触るんじゃねぇよッ・・・)

バキボキ・・・ッ。植え込みの椿の花が折られていく・・・。

そんな犬夜叉を後目にかごめ達は鋼牙の母親を観光案内・・・。

戦国町の名所を次々と巡る。

城跡、博物館・・・。

博物館では展示してあった鎧武者に影に隠れてかごめ達を観察する犬夜叉。

「わあ、鎧武者がうごいたぁ!」

閲覧者に見つかりそそくさ逃げる犬夜叉・・・。

かごめ達が行く先々に髪の長い若い男がかごめ達をストーキングする犬夜叉だった・・・。

時間も昼時となり、かごめ達はデパートのレストランに入った。

窓からは町並みを一望できる・・・。

「オフクロ、今日は俺のおごりだ。何でも好きな物頼んでくれ」

「そうねぇ・・・。私、こういう所で食事なんて久しぶりだから緊張するわね、うーんと・・・」

迷いながらメニューを見る鋼牙の母・・・。

その2つ後ろの席で、メニュー越しに両目を出し、かごめ達を睨む男・・・。

(鋼牙の奴め・・・。どさくさに紛れてかごめを無理矢理嫁にしようって腹だな・・・)

「あの、お客様 。ご注文は?」

ボーイが訊ねる。

「あ・・・?けっ。何でもいい腹がふくれりゃ。ラーメンくれ!」

犬夜叉の注文に困惑するボーイ。

「あの・・・申し訳ございませんが当方にはそのようなメニューは・・・」

「んじゃ、麺類ならなんでもいい。もってこい!!」

「・・・。で、ではあのパスタなど如何でしょう?カルボナーラやイカ墨のパスタなど当方自慢でして・・・」

「イカのシミだか奈良のカエルだかしらねぇがそれもって来い!!」

「は・・・。かしこまりました・・・」

ボーイの冷たい視線など犬夜叉は気にもしないでかごめ達を観察・・・。

やがて頼んだ物がが持ってこられ、ジュルジュルとラーメンをすするように食べる犬夜叉・・・。

一方かごめたちは ・・・。

なんども穏やかムード。

「そう・・・かごめさんは保母さんを目指していらっしゃるの・・・。きっといい保母さんになるのでしょうね」

「そんな・・・」

「かごめは子供に優しいからな・・・。きっと俺達の子供にとってもいい母親になるぜ・・・。な、かごめ!」

「あ、ははは・・・」

苦笑いのかごめ・・・。

しかし犬夜叉は・・・。

(あの野郎〜!!何がいい母親になるだ・・・!! スケベな事をいけしゃあしゃあと・・・!)

植え込みがないのでフォークを一本折ってしまった。

「かごめさん、鋼牙は大学ではどんな子ですか?きっと昔から強引な性格だから皆さんにご迷惑かけてないかしら?」

「いえそんな・・・。陸上部キャプテンで後輩さん達からも慕われていますよ」

かごめは素直に応えた。

「ったりめーだろ。オフクロ・・・。俺はもうガキじゃねぇって」

「親から見たら子供は子供よ幾つになっても・・・。ふふ・・・」

穏やかな鋼牙と母親の関係・・・。

きっと母親の愛情をいっぱい受けたんだなぁとかごめは感じた。

「さ、メシも終わったし、今度はデパートでオフクロに土産を買おう。かごめもつき合ってくれ」

かごめ達3人はレストランを出ると、デパート5階の婦人服売場へ・・・。

鋼牙が母親のためにスカーフやバックを選んでいる。

その様子をマネキン人形の影からぬっと頭だけ出して見つめる犬夜叉・・・。

(へん。鋼牙目・・・。オフクロの前だからって良い格好しやがって・・・)

母親に嬉しそうにスカーフをあてている鋼牙・・・。

(・・・オフクロ・・・か・・・)

自分の母親も生きていればあの位の年か・・・。

自分の母親に贈り物など一度もしたことがない・・・。

(オフクロ・・・)

鋼牙の母親を見ているのが切なくなってきた犬夜叉はその場を離れた・・・。

「鋼牙、ちょっと私、着物なおして来るわ・・・」

レジを済ませたかごめ達。

鋼牙の母親が一人御手洗いに・・・。

一方、犬夜叉。

トイレの近くの自動販売機で缶コーヒーを買っていた。

チャリン・・・。

その際、財布から小銭を落とす犬夜叉・・・。

「ちっ・・・」

しゃがみ、小銭を拾っていると、スッと細く綺麗な手が10円玉を差し出した。

見上げると鋼牙の母親だった・・・。

「あ・・・。す、すいません・・・」

鋼牙の母親がなんとなく自分の母親にダブって見えて何故か緊張する犬夜叉。

「貴方・・・。ずっと私達の跡をつけてきていたわね・・・」

「!」

「かごめさんのお友達かしら・・・?それとも鋼牙の?」

「あ、いや、お、俺は・・・」

流石に『かごめが気になって跡をつけ回していた』なんていえるはずもなく・・・。

犬夜叉が応えに戸惑っていると鋼牙の母親が突然胸に手を当て苦しみだした・・・。

「う・・・ッ」

「あ、おい、どうしたッ!?」

「くす・・・り・・・」

「え?」

「バック・・・鋼牙に預けた・・・バック・・・くす・・・り・・・」

「鋼牙が持ってるバックに薬が!?」

苦しそうに鋼牙の母親は頷いた。

「わかった!!」

犬夜叉は鋼牙の母親をおぶさり、すぐに牙の元へ走った。

「い、犬っころ!?おめぇなんでここに・・・!?」

「やかましいッ!!早くそのバックの中の薬をだせ!!」

犬夜叉の背中で苦しそうに息をする母親に鋼牙は驚く。

「お、オフクロもしかして発作が・・・」

「早く薬だせってんだよ!!かごめ、お前、何かのみもの買ってこい!!」

「う、うんッ」

婦人服売場に犬夜叉の怒鳴り声が響いた。

かごめはすぐにお茶を買ってきて、鋼牙が母親に薬を飲ませる・・・。

そしてすぐにデパートの事務室のソファに母親を寝かせた・・・。

「あの・・・。お母さん、病院へ行った方が・・・」

かごめは心配そうに言った。

「大丈夫・・・。薬を飲んでしばらく横になれば・・・」

「すまねぇな。かごめ。でもオフクロの言うとおりなんだ。だから心配しないでくれ・・・」

しかし鋼牙もかなり心配そうに母親を見つめて・・・。

「ごめんなさいね・・・。鋼牙・・・。せっかくの日にこんな・・・」

「気にするな。それよりオフクロ、無理してんじゃねぇのか・・・?親父は家の事ばっかりで・・・」

鋼牙の家は代々続く酒問屋。鋼牙の母親は女将としてずっと夫に尽くしてきた・・・。

「フフ。お父さんね・・・。鋼牙にお嫁さんできたって言って早くも結納の日取りとか決めたのよ・・・」

「ちっ・・・。親父の奴・・・。相変わらず強引な・・・」

「それは貴方だって同じでしょう?鋼牙。かごめさんとおつきあいしてるなんて嘘なんでしょう?」

「!」

鋼牙もかごめも犬夜叉も同時に驚く・・・。

「どうして・・・」

「母親をなめないで。鋼牙の態度みていれば自然とわかったわ。かごめさんを強引に今日連れてきたって・・・」

「オフクロ・・・」


母親には適わない。

いつも笑顔だった母親・・・。だが、幼い頃悪さをして誤魔化しても、いつも見透かされ叱られた・・・。

「かごめさん・・・。今日は本当にごめんなさいね・・・。鋼牙のわがままにつき合わせて・・・」

「い、いえそんな・・・」

「それから・・・。犬夜叉さんとかおっしゃいましたね・・・。貴方がいなかったら私どうなっていたことか・・・。ありがとうございました」

鋼牙の母親はゆっくりと起きあがり、犬夜叉に向かって微笑んだ・・・。

「い・・・いえ・・・。俺は別に・・・」

やっぱり自分の母親に重なる・・・。

少し照れくさい犬夜叉・・・。

「それじゃあ鋼牙。私、もう大丈夫だから帰るわね・・・」

鋼牙の母親は立ち上がろうとしたがまだ少し足下がふらついている。

鋼牙はひょいっと母親をおんぶした。

「鋼牙・・・!ちょっとおろしなさい。は、恥ずかしいじゃないの・・・!」

「なにいってんだ。そんなフラフラしてやがる癖に。今は息子の言うこと聞きな!このまま俺のマンションまでおぶってやっから」

「ったく・・・。本当に強引なんだから・・・」

しかし鋼牙の母は嬉しそうだ・・・。

「かごめ、今日は迷惑かけてすまなかったな・・・。埋め合わせはまたするから・・・」

「ううん・・・。お母さん、くれぐれもお大事に・・・」

「ああ・・・」

ガチャ・・・。

事務室を出ようとした鋼牙が立ち止まった・・・。

「おう犬っころ」

「なんだよ」

「・・・。今日は・・・お前がいて助かったぜ・・・。一応礼いっとく・・・」

「け・・・けっ・・・。礼なんぞいいから、オフクロさん・・・。大事にしやがれってんだ・・・」

プイッと鋼牙から視線をそらして言う犬夜叉。

「ふっ・・・。よけーなお世話だよ・・・」

パタン・・・。

静かにドア閉まった・・・。

母親をおんぶした鋼牙の背中が・・・。

とても優しく、かごめと犬夜叉には見えたのだった・・・。



帰り道・・・。

住宅街を歩く。

犬夜叉とかごめは何だか二人とも無口だった・・・。

「ねぇ犬夜叉・・・。もしかしてお母さんの事・・・思い出してる・・・?」

「別に・・・」

「お前の方こそホントのオフクロさん・・・どうしてる・・・?」


お互い・・・。

鋼牙の母親を見て・・・思い出した・・・。

犬夜叉は幼い日に亡くした母親・・・。かごめは・・・。

「あのね・・・。お母さん・・・(産みの)もう退院して今は自宅療養だって・・・」

「そうか・・・。よかったな・・・」

「うん・・・。ねぇ犬夜叉・・・」

「何だよ」

「”お母さん”ってやっぱり何だかいいね・・・。あたしは二人のお母さんがいて・・・。まだ片方のお母さんに会う勇気はないけど・・・。生きているだけで嬉しい・・・」

かごめと犬夜叉の横を・・・。


手を繋いだ親子連れが通り過ぎる・・・。

今日の夕飯の話をしながら楽しそうに・・・。

「あ、ごめん・・・。あたし・・・。犬夜叉のお母さんはもう・・・」

「今更気にする必要ねぇよ。別に・・・。オフクロは俺の記憶の中にいる・・・。ちゃんとな・・・」

ちょっと寂しそうに・・・。

でも優しい瞳で星を見上げる犬夜叉・・・。


かごめはそんな犬夜叉がとても・・・。


嬉しい・・・。

かごめは犬夜叉と静かに手を繋いだ。

「ん!な、何だよ急に・・・」

「いいでしょ。それとも嫌・・・?」

「べ、別に嫌じゃねぇッ」

「そうv」

「おう・・・っ」

かごめと手を繋ぐたびに思う・・・。


幼い頃、寂しくて泣いていたら手を握って笑ってくれた母を・・・。


『一人じゃないのよ・・・。貴方は・・・。だから強くなりなさい・・・』


一人じゃない・・・。


力強く温かい手を・・・。


「犬夜叉。もしかして・・・。レストランでイカ墨のパスタ食べた?」

「あ?何でしってんだ?」

「だって。歯についてるよ。ふふふ・・・っ」

犬夜叉、あーんと口を開けると口の中が真っ黒です。

「ふふふふっ。変な顔・・・っ」

「わ、笑うなッ!!レストランの奴が上手いっていうから頼んだのに・・・」

「ふふふ・・・」

「笑うなって・・・!!」


一番好きな人の笑顔を見ると・・・。


本当に自分は一人じゃないって思える・・・。


子供は母親の・・・。父親の・・・。

恋人同士・・・。友達・・・。

仲間・・・。


それが・・・。


何より幸せ・・・。


一人一人の笑顔が幸せ・・・。


周りでは哀しいニュースが流れているけれど・・・。

せめて今夜だけは優しい気持ちで・・・。


空の星を誰かと見ていたい・・・。