第3話 みんな、優しい手をもってる@
チュン・・・。チュン・・・。

目が覚めた犬夜叉。気がつくと、外はもう明るい。

寝癖がついたまま起き、冷蔵庫から牛乳を取り出し、コップに注ぐ。

食事などまともにとったことがない。

腹が減ったら喰う。そんな感じだ。


「・・・」

犬夜叉の脳裏に、ふとこの間、かごめが作った肉じゃがが浮かぶ。

(・・・。まぁ・・・うまそうには見えたけどよ・・・)

それをおじゃんにしたのは自分である。

「けッ!別に気にしてねぇ!」

シーン。静まりかえる部屋。

犬夜叉、ひとりごと。

「・・・」

このアパートきてから、どこか調子が狂う。他人の事なんてどうでもいい。

面倒くさいことは関わらない。他人に指図される事が大嫌い。

むかつく奴がいたら、ぶん殴る。


最愛の者を失ってから特にそんな毎日だった・・・。

なのに・・・。調子が狂う・・・。

“やっとあたしの名前、呼んでくれたね!”

かごめの笑顔が妙に心に引っかかる。

「なんでだ!」

犬夜叉、またもやひとりごと・・・。

バシャバシャバシャ!

乱暴に顔を洗い、ゴシゴシ顔を拭く。

心に感じる不思議な感覚を拭い去ろうと・・・。

しかし、外から明るい声が聞こえてきた。

「それじゃあ、楓おばあちゃん、行ってきます」

「ああ、きおつけてな」

楓に見送られ、軽やかに自転車に乗り、大学へ向かったかごめ。

その様子を二階からひょっこりと、階段の柵の間から犬夜叉は見ていた。


(・・・。かごめ・・・。一体、どういう奴なんだ)

大学生で、家族がいて・・・。

それだけしか知らない犬夜叉。ちょっと楓に聞いてみたいと思った。

「おお。寝坊男が二階におるな」

楓がこれみよがしに言う。

犬夜叉、相変わらずムスっとした顔で降りてきた。

「誰が寝坊男だ!楓ばばあ!」

「今何時だとおもっとる。ワシはてっきりまた、上司とケンカでもして仕事やめたのかと思ったぞ」

「なッ・・・。誰が!休みだよ!休み!それに前のやめたんじゃねぇ!こっちからやめてやたんでい!」

未だかつて犬夜叉は同じ仕事を続けられたためしがない。

大抵は上司とケンカしたかなんかでやめてしまう。

「“園長”から聞いたぞ。“態度が悪いと注意され、会社の社長にくってかかったそうじゃないか。そしてクビにされ、会社の寮も追い出され、やけくそになって雨の中をふらつき、挙げ句の果てに行き倒れか。全く・・・」

「あの刀々斉のじじいめ・・・!余計な事いいやがって!」

犬夜叉が“刀々斉”と呼ぶいう人物は、犬夜叉が幼い頃、育った施設・『ゆずりは』の園長の事だ。

犬夜叉は幼くして母を亡くし、『ゆずりは』に預けられた。その時の後見人が犬夜叉の母の友人だった楓だった。

母変わりの様に犬夜叉をずっと見守ってきたのだ。

「かごめに発見されなかったら、どうなっていたことか。でもワシは嬉しかったぞ・・・。お前がアパートの空きがないかと言ってきたときは・・・」

以前から、楓から犬夜叉はアパートに来いと言われていたが、人の世話になどなりたくないとつっぱねていたのだが・・・。


“日暮かごめって女は、ばばあのアパートにいるのか”

そう電話を掛けてきた犬夜叉。

かごめの学生証を見ながら・・・。

「まさか、行き倒れになったお前を助けたのが、かごめだったとは思わなかったが・・・。・・・。かごめはそんなに“桔梗”とやらに似ているのか?園長からお前の思い人のことも聞いた・・・」

「けっ・・・。おしゃべりじじいめ・・・」

かごめに助けられ、病院を退院した犬夜叉。

行く当てもなく、街を歩いていた。ふと、

何気なくポケットに手を入れるとかごめの学生証が・・・。

桔梗とよく似た女と出会った・・・。そしてその女は自分の後見人の楓のアパートに住んでいて・・・。

街の公衆電話に目が行く、犬夜叉・・・。

気づいていたら、楓に電話をかけていて・・・。

「かごめは素直で優しい子じゃろう・・・?料理は上手いし・・・。あの肉じゃがはうまかったのう・・・」

楓はチラッと犬夜叉を見る。

「ただ、食欲旺盛な口うるせー女だろーが!妙ににこにこしやがって・・・」

「かごめは不思議な子じゃからな・・・。自然と人を和ませる・・・」

犬夜叉の脳裏にかごめの笑顔がふっと浮かぶ。

「けっ・・・。上っ面がいいだけじゃねぇのかよ。きっと、何不自由なく何の苦労もなくまわりにちやほやされて育ったんだろうよ・・・」

バシャ!

楓は水道のホースを犬夜叉にむけた。

「な、なにすんでい!!ばああ!」

「人の上っ面しか見ないで、一人でつっぱる悪い癖はなおっとらんようじゃな」

「うるせえ!」

「お前も犬の“犬夜叉”の様にかごめにしつけてもらはねばならんなぁ。はははは」

「犬と一緒にすんじゃねえ!!」


その今はもう亡き犬の“犬夜叉”の小屋を一人の少年がのぞき込んでいる。

「ん?なんだあのガキ・・・」

「七宝?七宝ではないか!」

「楓おばば!!犬夜叉は・・・。犬夜叉はなぜおらんのじゃ!?」

七宝というこの少年・・・。

年は7,8歳ぐらいだろうか。

「なんでい。俺になんの様だ。クソガキ」

犬夜叉は七宝の襟をくいっとつまんだ。

「こりゃ!離せ!オラは犬夜叉に用があるんじゃ!」

小さな手足をパタパタさせている。

「犬夜叉は俺だ」

「犬夜叉・・・?」

七宝、犬夜叉の顔をじいっと見る。

「・・・。楓おばば、犬夜叉はいつ、人間になったんじゃ!?しかもこんな生意気そうな・・・」

バキ!

「うわあん・・・」

七宝、たんこぶを見事に作った。

「犬夜叉!子供相手になんて事するんじゃ!」

楓、七宝をだっこする

「悪かったのう・・・。七宝、“犬”の犬夜叉は亡くなったんじゃ・・・。交通事故でな・・・」

「・・・。やっぱりそうなのか・・・。オラ・・・かごめから聞いたけど・・・。もしかしたら帰ってきてるかと思って・・・」

「すまんのう・・・」

この七宝という少年。“犬”の犬夜叉と仲が良く、しょっちゅう、アパートに遊びに来ていたのだ。

「お、そうじゃ。七宝、紹介する。この生意気そうなのは新しい住人の『犬夜叉』じゃ。そして、犬夜叉、この子は七宝。かごめの友達で近所に住んでおる」

「そうじゃ!オラ、かごめの友達の七宝じゃ!」

「くっくっくっ・・・。何だ、あいつ・・・。こんなガキが友達だってのか・・・。ははは、かごめの奴、ダチすくねぇのかよ」

「こりゃあ!かごめの事を悪く言うな!」

「へん!大体お前、学校はどうした??」

「今日は振り替え休日なのじゃ!」

「ほお・・・。俺はまたさぼったのかとおもったぜ」

「なんじゃとう!!」

犬夜叉、7歳児相手に本気でケンカ腰。

「まぁまぁ二人とも。どうじゃうちでやすまんか?昨日のかごめの肉じゃが、まだのこっておる。一口如何かな?」

かごめの肉じゃがと聞いて犬夜叉、あっさりと楓に部屋に。

ちゃぶ台の上のかごめの肉じゃがをバクバクとほおばる。

(・・・。確かに上手いかも・・・)

「やっぱりかごめは料理が上手じゃ!この間、オラの家で、きんぴら作ってくれたんじゃ!」

負けじと七宝もパクパクと汁が染みこんだじゃがいもをほおばる。

二人とも、あっという間に平らげてしまった。

そして・・・。

「喰ったら寝る。ガキだぜまったく」

「お前もそうじゃろう」

スースーと寝息をたてる七宝。

楓はそっと毛布をかけてやった。

七宝は寝言で“犬”の犬夜叉の名前をつぶやいている。

「可愛い寝顔じゃのう・・・七宝はな、祖父に育てられているせいか、年寄り臭い話し方するじゃ」

「それがどうかしたのかよ」

「しかし、やっぱり寂しいんじゃろうな。学校帰りによく、“犬”の犬夜叉目当てあそびにきておった。その時、かごめと仲良くなったんじゃ」

「あいつはこんなガキにまでこびうってんのかよ。けっ・・・」

「お前・・・。いやにかごめにつっかかるな。そんなにかごめが気になるか」

「なっ・・・。そんなんじゃねぇ!!」

犬夜叉、ちょっとムキになる。

楓はよっこらしょと、腰をたたきながら台所に行く。

そして、急須にお湯を入れる。

「犬夜叉」

「なんだよ」

「おまえさん、七宝を送り届けてくれんか。もう少し寝かせてから」

「何で俺が・・・」

「七宝の家に行けば・・・。かごめがいるはずじゃ」

「かごめ・・・?」

湯飲みにお茶を注ぐ楓。

それをぐいっと飲み干す犬夜叉。

「その目でかごめの本当の姿を見てこい。突っ張っている事などくだらんと思うことになる」

「はぁ・・・?言ってる意味がわからねぇ。気が向いたら行ってやるよ」

楓はクスッと笑う。

犬夜叉の“気が向いたら”というのは『OK』のサイン。

ただ、楓は直感的に感じていた。

かごめなら、犬夜叉の心に触れてくれるかもしらないと・・・。

自分もそうであったように・・・。