第10話

手をつないで、おやすみなさい・・・


たみちゃんが、キティちゃんの大きなリュックに お母さんと一緒にたくさんの荷物を詰めています。

「たみ。ちゃんと着替え入れた?」

「うん」

「歯ブラシは?」

「もー!ちゃんと入れたよ!お母さん、ちょっと、カホゴっていうんだよ!そういうの!」

たみちゃんは口をとがらせていいました。

え?たみちゃんがどこに行くのかって?

実は、たみちゃん、はなちゃんの家におとまりしにいくのです。

昨日、はなちゃんから、

「明日、お母さんが久しぶりにお休みもらったから、一緒にご飯食べようよ。ついでに おとまりしていってほしいなー♪」 と、お誘いを受けたからです。

たみちゃんは、二つ返事でOKしました。

たみちゃんにとっては初めて友達の家にお泊まり。

緊張と楽しみでワクワクしていました。 けれど、お母さんはまだ、少し心配そうな顔をしています。

「ねぇ、たみ。いい?ちゃんと夕飯の後にお薬を飲むこと。それとお風呂にはいったら、絶対に家から持っていった石けんをつかうこと。入浴剤のお風呂は特にだめよ」

「わかってる!自分の体だもの!」

自分の家なら、お薬も石けん等たみちゃんのアトピーに、お母さんが注意していてくれますが、人のおうちにお泊まりだとそうはいきません。

例え、一晩でも自分の体の管理は自分でし なければいけません。

「はなちゃんのお母さんがね、今日、ちゃんと私が寝るお布団を太陽に干しておいてくれるって。あとお部屋のそうじも。はなちゃん、朝から頑張るって言ってたよ」

「そう。何だか返って申し訳ないわね・・・。でも、ありがたいわ・・・。たみのためにそこまでしてくれるなんてお母さんホントに嬉しい・・・。たみちゃん、いい友達できたね・・・」

「・・・。うん!」

たみちゃんは笑顔でそう言いました。

お母さんは本当に嬉しいのです。たみちゃんは、今までアトピの発作などで、家族で旅行などもあまりしたことがありませんでした。

「じゃ、お母さん、いってきます!」

「いってらっしゃい!」 たみちゃんは元気いっぱいにそう言って、はなちゃんちに向かいました。 一方、その頃はなちゃんといえば・・・。

「はな!ベランダの布団、たたいといて!」

「はいよー!!」

赤のチェックの三角巾に、キティちゃんのエプロン、背中にはたきを担いだ

「おそうじルック」のはなちゃん。

主婦顔負けで、ベランダのお布団たたきを力一杯します。

バン!バン!

慣れた手つきです。いつもやっているから。

しかし、今日は念入りにたたきます。たみちゃんがくるので、少しでもお布団をきれいに しなければなりません。 気合いが入るはなちゃんです!

「よし!こんなものかな・・・。あ!」 はなちゃんが下を見ると、リュックを背負ったたみちゃんが手を振っています。 はなちゃんは、待ちきれなくなって布団たたきをもったまま、一階までたみちゃんを 迎えに出ました。

「たみちゃーん!!いらっしゃい♪ささ、こちらですッ」 はなちゃんはまるで旅館の番頭さんみたいに、たみちゃんの荷物を部屋までもって あげました。

「ようこそ♪たみちゃん」

「お世話になります。はなちゃんのママ」 たみちゃんはお行儀よくあいさつします。

「まあ。礼儀正しい。布団たたき背中にかついたどこかの誰かさんとは大違いねー」 はなちゃんのお母さんははなちゃんをチラッと見ました。

「あ、いけない・・・。お布団叩いてた途中だったもんで。えへへへ」 たみちゃんがにこにこして笑いました。 はなちゃんはたみちゃんの笑顔がとても嬉しい。 今日は、一体どんな夜になるのか、二人ともワクワクです♪

夕方。はなちゃんの家の台所から、笑い声と焼けるこおばしい匂いが してきます。

「わー。はなちゃんのハンバーグ、きれいに焼けてるね」

「たみちゃんのも、なかなかいい形だよ」 今日の夕食はやっぱりはなちゃんが大好きなハンバーグ。けれど、お肉じゃありません。

たみちゃんはお肉はなるべく控える様にお医者さんに言われているので、おからのハンバーグにしたのでした。

たみちゃんとはなちゃんはおそろいのキティちゃんのエプロンでせっせとハンバーグを作りました。

二人とも、お顔に小麦粉がくっついて白いです。

「いただきまーす!」

自分で作ったハンバーグをほおばる二人。今度はケチャップを同じ場所につけています。

「たみちゃん、本当においしそうに食べるわね」

「はい。だって、友達の家で夕飯食べるの初めてだから」

「私も、お友達家に読んだの初めてだよ!やー!今日は何だかご飯がうまいやうまいや」

「・・・」

たみちゃんとはなちゃんのお母さん、はなちゃんをじっとみて、一言。

「はな、あんたおじさんっぽいよ」

「うん。あたしもそう思う」

「えー・・・。そんなことないもん!」

はなちゃんは、へそをまげてハンバーグを大きな口でほおばりました。

「うふふふ・・・」

その日の夕食は笑い声が絶えませんでした。

そして、たみちゃんとはなちゃんは次に一緒にお風呂にはいることにしました。

「うわあ。可愛いパジャマだね。やっぱりキティちゃんなんだね。たみちゃんのパジャマ」

「うん・・・」

何だかたみちゃんの元気がありません。それにはなちゃんはさっさと服をぬいで お風呂に入ろうとしているのですが、たみちゃんはボタンに手をかけたまま止まっています。

「・・・。どうしたの?たみちゃん」

「・・・。はなちゃん・・・。私・・・体、まだ、しっしんの跡とか残ってるの・・・。だから・・・なんとなく恥ずかしくて・・・」

「なあんだ。そんなら私もやけどの跡あるん だよ。ほら」

そう言ってはなちゃんはたみちゃんに膝小僧をみせました。

はなちゃんの細い膝小僧には、大きなやけどの跡がのこっていました。

水ぶくれの跡がまだくっきりと残って痛そうです。

「これね、小さいときにやかんのお湯こぼしちゃった跡なんだ。夏になるとスカートとか半ズボンはくのちょっと恥ずかしい・・・。お母さんがね、この跡見て何か言う奴いたら、ひざ小僧で蹴りいれてやんなって!えいッ!」

はなちゃんの軽いキックのまねをしました。

「だから、たみちゃん、もし、何か言う奴いたら私に言ってね!そいつのとこ行ってはなのキック御見舞するんだから!さ、お風呂はいろ!」

「うん!」

たみちゃんはお風呂の中で、はなちゃんに

「はなちゃんキック」を教えてもらいました。

さて、もう10時を過ぎました。そろそろたみちゃんとはなちゃんも眠る時間です。

「そおれッ!」

バフッ!

たみちゃんとはなちゃん、ふかふかお布団にダイビングしました。

「わー!あったかーい」

「きもちいー♪はなちゃん」

今日1日干した2枚のお布団は太陽の匂いがします。

「こら!二人とも、そろそろ寝る時間でしょ。電気消すわね」

二人とも、あわててお布団へ入りました。

「おやすみなさい」

はなちゃんのお母さんがパッと電気を消すとひょこっと頭を出す二人。

寝なくちゃいけないのはわかってますが、何だかもったいなくて。

二人だけの夜だから。

「もう少しだけ、お話していいかな?はなちゃん」

「いーよ。ちょっとだけだから」

「・・・あれ?はなちゃん、あの写真・・・」

たみちゃんは頭の上のタンスの上にある写真立てに気づきました。

見ると、その写真にははなちゃんとはなのお母さんと男の人が映っていました。

「・・・それ、私のお父さん」

「え?」

たみちゃんはちょっとドキっとしました。はなちゃんのお父さんの事を聞くのははじめてだからです。

「私がまだ、幼稚園の時にりこんして、今は他の女の人と結婚してるんだって」

「・・・」

たみちゃんは何だか、聞いちゃいけなかったかな・・・と少し思いました。

「ごめん・・・。はなちゃん」

「たみちゃんが謝ることないよ。私は寂しくないし・・・。お父さんからはたまに手紙くるしそれに・・・」

はなちゃんはタンスの上の写真立てを持ってきました。

「それに私にはお母さんがいるから・・・。そりゃ・・・お父さんとか色々・・・も必要なときあるけどね、お母さんの方がたっくさん私は必要なんだ。ちょっと怖いけど・・・。お母さんが大好きだから・・・」

「はなちゃん・・・」

はなちゃんの言葉にたみちゃんは

「強いな・・・」と思いました。

「はなちゃん、手、だして」

「え・・・?」

「いいから手、だして」

はなちゃんはたみちゃんの言うとおりに、 布団の中から手を出しました。

そして、たみちゃんははなちゃんのその手をつなぎました。

「私もはなちゃんが必要。だってお届け物係だから。私・・・ちょっとずつかもしれないけど・・・。頑張るから・・・。ちょっとずつ・・・」

「・・・。うん!」

たみちゃんの手もはなちゃんの手もとてもあたたかい。小さな手だけど、色んな気持ちが詰まっています。たくさん・・・。

ふたりはいつのまにか、眠ってしまいました。

手をつないだまま・・・。

今晩は、一体どんな夢を見ているでしょう。

きっと楽しい夢だね・・・。

「ふふ・・・。おやすみなさい」

はなちゃんのお母さんが、二人の寝顔を見ながら、そうつぶやきました。

はなちゃん、たみちゃんおやすみなさい・・・。