第6話

たみちゃんのパンと赤い傘


4時間目が終わり、給食の時間です。 今日は、木曜日。好きなもの同士のグループで机をくっつけて給食を食べていい日です。はなちゃんは、いつも通りに、たみちゃんの机の上に配られた、パンとカンユと牛乳をはなちゃんは、

「たみちゃんお届け物袋」に入れます。持って帰れるおかずは、必ずたみちゃんに届けます。でないと、他の人のおかわりになってしまうからでした。 (たみちゃんいないけど・・・これはたみちゃんの給食だもんね・・・)

「おい。小野。お前、なにしてんだ?」 その時。突然、たけし君が声をかけてきました。 はなちゃんはドキッとしました。だってたけし君は、

「ハンカチ事件」で一番中心になってハンカチを投げたから。そして、はなちゃんにも投げろと言った本人だからです。

「それ、高野(たみちゃんの名字です)のパンじゃんか。なんでお前が持って帰るんだ?ずるい だろ。みんなでジャンケンして分けるって決まりなのに」

はなちゃんのクラスでは、学校をお休みした人のパンや牛乳は、みんなでジャンケンをして勝った人がもらうという決まりがありました。

「だ・・・だってこれ・・・。たみちゃんの分だもん。私がもってかえるんじゃないよ」

「高野の分?なんでだよ。高野、いねーじゃんか」

「いるもん!これ、たみちゃんのパンだよ!牛乳だよ!みんなのじゃないもん!」

「たけし、こいつさ、高野の家に届けるんだよ。きっと。俺、知ってる」

そこへ、たけし君の子分・やすし君登場。実はやすし君の家はたみちゃんの家とすぐ近くで、何度かやすし君にお届け物をした姿を目撃されていたのでした。

「ふーん・・・。お前だってハンカチ投げたのに・・・。へぇ・・・」

たけし君はたみちゃんの机にどかっと座って言いました。

はなちゃんの心はドキドキ心臓がバクバク言っています。怖いのです。今度は自分がたみちゃんのようになるのではないか・・・。でもはなちゃんは、負けません。自分の怖い気持ちにも、目の前のたけしくんにも。

はなちゃんは約束したから。たみちゃんの机を守ると・・・。

はなちゃんは両手にぐっと力を入れます。

「たけしくん、そこに座るのやめてよ!たみちゃんの席だよ!それに休み時間、たみちゃんの机にのっかって遊ぶのもやめてよ!たみちゃんの机、よごれるじゃんっ!」

はなちゃんは精一杯言いました。頑張って言いました。でも、足ががくがくしています。しかし、たけしくん達はそんなはなちゃんの必死の言葉に、ふんっと鼻で笑うような顔をしました。

「はー?何一人でかっこつけてんの?こいつ?何かしらんけど、こつ一人で興奮しとる。アホらしい・・・」

「パンも机もたみちゃんのだもん!たみちゃんの机、よごさんといて!!」 ドカッ!!

たけし君は足でたみちゃんの机の足の角を蹴ったのです!同時にはなちゃんの背中はビクンとなりました。

「ざけんなよ?バーカ!おい、今日、こいつと誰もグループいれんなよ。入れたら給食まずくなるからな」

そうはなちゃんに言い放って、何事もなかったかのように涼しげな顔で自分の席に戻るたけしくんとやすしくん。

はなちゃんは足ががくがくしています。たけしくんがたみちゃんの机を蹴った時の音がとても頭に響いて心がとても痛い・・・。

周りのみんなは、そそくさと好きなもの同士、机をくっつけてグループを作っています。 気がつくと、はなちゃんの机の周りには誰もいない。

はなちゃんは、田中先生が早く、教室に戻ってきて・・・!と心の中で何回をも思いました。しかし、田中先生は、今日は研修会でお休みしていました。

「はーい。みんな、給食の準備できたかな?」

代わりに、2組の先生が、様子を見に来ました。

「あら・・・?はなちゃん、何だか元気ないね。どうかしたの・・・?」

「・・・。あの・・・私、お腹痛いから・・・保健室行ってもいいですか・・・?」

「え・・・?大丈夫なの・・・?給食はどうする・・・?」

「いらない・・・。少し休んできます・・・」

「あっ・・・はなちゃんっ!」

はなちゃんは、逃げるように教室を出てい きました。そして、はなちゃんの給食だけが机においてあります。

「ねー。先生ー。俺、パン、もらってもいい?」

「俺、牛乳っ」

こうして、はなちゃんの給食は、みんなのおかずの中に混ざっていったのでした。

はなちゃんは、くやしくてくやしくてたまりません。たけしくんもやすしくんも、クラスのみんな全員が・・・。

そして、何より何も言い返せなかった自分が

たみちゃんの机を守れきれない自分が、くやしくてくやしくて・・・。

はなちゃんは今にもこぼれ落ちそうな涙を必死にまあるい目玉のふちでぐっとめていました。

ガラガラッ。

「あら・・・?はなちゃん・・・?」

「・・・。みちこ先生・・・」

給食を食べようとしていたみちこ先生は、おはしを置いてはなちゃんに駆け寄ってきました。

「どうしたの?一体・・・」

「・・・」

はなちゃんはうつむいたままです。

「・・・。何か・・・教室であった・・・?」

「・・・」

うつむいたまま、顔を上げないはなちゃん。顔をあげると泣きそうになるから・・・。

グウー。

はなちゃんのお腹が・・・お腹減ったって鳴っています。

「・・・」

「うふふ・・・。こっちに来なさい。先生の少し、あげるから」

「はい・・・」

今日のおかずは、はなちゃんの好きなハン バーグ。それを先生とはんぶこしました。ぱんもはんぶんこしました。

「はい。はなちゃん。召し上がれ」

「いただきます・・・」

ミートソースのハンバーグ・・・。今日は少し涙の味がします。

「はなちゃん・・・。聞いてもいいかな・・・。教室で・・・なにがあったの・・・?」

「・・・。たみちゃんの机が・・・」

「たみちゃんの机・・・?」

はなちゃんは、教室でおこった事を全部・・・みちこ先生に話しました。

「・・・。そう・・・。そんな事があったの・・・。それも、田中先生がいないときに・・・」

「・・・。私・・・。たみちゃんの机・・・。守るって・・・約束したのに、できなかった・・・。たけしくんに怒鳴られて、びくびくって今もしてる・・・。やっぱり・・・何だか怖い・・・」

もっと、たくさん言い返せばよかった。たみちゃんの机を蹴らないでって、どうして、そんなことばっかりするのかって・・・。

「先生・・・。私わからない・・・。どうしてみんな、たみちゃん嫌うの・・・?嫌なことばっかりするの・・・?私もハンカチ投げちゃったけど・・・。でもたみちゃんはなにも悪いことしてないよ!」

あ・・・。これは、たみちゃんの気持ちじゃない・・・私の気持ちだ・・・。

はなちゃんはそう思いました。前の学校で、嫌なことをされていた時の自分の気持ち・・・。前は、何も言えなかった。ただ、学校が怖くて怖くてお布団の中で泣いていた・・・。今のたみちゃんみたいに。

「たみちゃんのお顔がしっしんできてるってだけで・・・。お父さんがいないってだけで・・・。でもそれって・・・。私のせいじゃないじゃん。たみちゃんのせいでもないじゃんっ・・・」

たみちゃんも、はなちゃんも、クラスのみんなと特別仲良くしたいわけではありません。ただ、嫌なことをするのを辞めて欲しいだけなのです。しかし、なくなりません。

目立ったいた嫌なことは、なくなっても、先生の見えないところではなくならないのです。だから、はなちゃんは、誰も自分を知らないみんながいる学校に転校してきたというのに・・・。

「人がね・・・。段々怖くなってくるの・・・。先生もお母さんもみんなみんな・・・。先生・・・私やっぱり怖くなってきた・・・。これからずっとたみちゃんのお届け物係・・・できるかわかんないよ・・・」

「・・・。はなちゃん・・・」

はなちゃんは、涙をこらえて、両手をグーにしてぐっと目に力を入れて、我慢します。我慢します。

みちこ先生はそんなはなちゃんの小さな両手を、そっと握りしめました。

みちこ先生の手は、ちょっとかさかさしているけど、とってもあったかい。

「はなちゃん・・・。頑張ってなんて言えないね。でも・・・。今、はなちゃんはね、たみちゃんと学校をつなぐ橋なの」

「橋・・・?」

「そう・・・。先生ね・・・。ホントは、たみちゃん、ずっと学校お休みしてたって全然かまわないって思ってるのよ。無理して来てアトピーがひどくなるくらいなら。でもね・・・。そしたらたみちゃんの心は本当に一人になってしまう気がするの」

「一人に・・・?」

「うん。心を全部閉じてしまいそうで先生、とても心配しているの。だからはなちゃんのお届け物係は、とっても大切。一人じゃないってきっとたみちゃんは、思ってくれるって先生、信じてるから・・・」

たみちゃんとお話ししたい、お顔がみたい、お友達になりたい・・・。

はなちゃんは本当にそう思います。せっかく、二人だけのノートができたのに。

「はなちゃん、どうしても辛くなったり嫌なことされたりしたら、すぐ保健室きていいんだよ。給食の時間辛かったら先生と一緒に食べよう。だから・・・。お届け物係やめないで。 お願いします」

はなちゃんはびっくり。なんとみちこせんせいが頭を下げてはなちゃんにあやまったからでした。はなちゃんは、持ってきた交換ノートを見ながら言います。

「・・・。先生。このノート・・・。まだ、なんにも書いてないページたくさんあるんだ。このノートでたみちゃんともっと・・・お話しなくちゃいけないよね?」

「ええ。それができるのは、はなちゃんだけだから」

「うん」

まだ、数ページしかたみちゃんとお話して いません。たくさんお話しなくちゃ。

給食ひとりぼっちでもいい。みんなからいじわるされても、辛いけど大丈夫・・・。

田中先生も、みちこ先生もいるし、お母さんもいる。

だって、私はたみちゃんのお届け物係だもん。

「先生。また、保健室に来るかも知れないけど・・・。いいですか?」

みちこ先生は細い目でにっこりと笑っていいます。

「お待ちしております。お客様」

「はい」

はなちゃんは、改めてたみちゃんのお届け物係をがんばろうと思いました。

だって、まだ、はなちゃんはたみちゃんにごめんなさいを言っていないから。

たみちゃんのお顔も見ていないから。

たみちゃんと・・・お友達になりたいから・・・・。