日が少し暮れてきていた。雫を追って、高広はある場所に来ていた。
公園だ。
妹のしずくがよく遊ぶ場所。
そして自分も昔・・・。
キィ・・・。
「いた・・・」 浮かない顔をして雫がブランコに乗っている。
「・・・」
昔、いつか見た光景と重なる。
夜の公園に一人、しょんぼりとブランコに乗る少女。
「・・・」
懐かしさを感じながら、高広は静かに雫の横のブランコに腰を下ろした。
「よっぽどこの公園が好きなんだな」
「な・・・。何?」
「悪かった。俺、まさか高岡があんなこと聞くとはおもってなかった・・・。本当、ごめん!」
高広は深く頭を下げた。
「別にいいよ。気にしてないから・・・。よくあることだし・・・」
「よく?」
「・・・」
キィ・・・。
雫はブランコを勢いよく足で蹴ってこぎ始めた。
「うちの高校の夜間部って・・・。まだあまり知られてないし・・・。こっちこそ、去年の事思い出しちゃって・・・。突然帰ってごめんね」
「・・・」
高広は突然、雫の前に立った。
「・・・へ?」
そして、高広は雫の小指を結んだ。
「『夜の友達だね』」
「・・・」
雫の脳裏にちょっと無愛想なでも優しいくそう言った少年が蘇る。
指切りしたときのぬくもりと一緒に・・・。
「・・・。あの・・・。『夜の友達』ってあの・・・」
「あの時の雫は実に純粋な少女だったなぁ・・・。今は遅刻の常習者だけど」
友達の少なかった雫に初めて『友達』ができたあの日の少年が・・・。
高広とぴったり重なった。
「なっ・・・。なにさ・・・!そうならそうと言ってくれたらよかったじゃないか!」
「だって、ばらしたら全然面白くないだろ?雫、そういう少女漫画みたい設定すっげー好きそうだと思ってさ」
「なっ・・・。誰が・・・」
いやいや、かなり好きだったりする。
「6年前・・・。『しずく』が生まれた日の夜だったんだ」
「え・・・」
高広は再びブランコに腰を下ろし、しずくが生まれた日のことを話し始めた。
「2度目の結婚でしずくが生まれて・・・。俺・・・。継父っていうのがすっげーきらいでさ・・・。自分の妹が生まれて嬉しいはずなのに・・・。病院で継父とオフクロとしずくの幸せそうな姿みたら・・・」
あんな幸せそうな母の顔を見たことはなかった。
自分には一度も見せたこともない顔。
同じお腹か生まれてきたはずなのに。
どうして、母は自分にはあんな優しい顔をみせてくれないのだろう。
新しい命が生まれ、幸せの家族の光景は幼い高広にとってとても遠く、寂しく感じた。
「継父と二人切りになるのが嫌で幼い俺は夜の公園にふらっときたらば・・・」
暗闇に一人、元気にブランコをこぐ少女がひとり。
サンダルを遠くに飛ばして遊んでいた。
そのサンダルを拾う高広。
「キティのサンダルだったな」
「・・・。そこまで鮮明に覚えてなくていいよ・・・」
「サンダル返した俺に雫は“元気ないねぇ。一緒にどばしっこしない?嫌なこと忘れるよ”と幼いオレをナンパして」
「・・・。してないよ」
「そして、元気にブランコでサンダルのとばしあいをしたねぇ。勝ったのはおれだけどな」
「・・・。負けましたデス。ハイ」
そしてその後、二人はしばらく星を見ていた。
快晴の夜空で、星は鮮やかにキラキラしていた。
しかし、雫の母・千寿子が迎えにきて二人は別れた・・・。
別れ際に「約束」をして・・・。 “今日、一緒に星を見たことは永遠に秘密だよ。ずっと・・・”
「
あたしは、母さんにとケンカして家出したまではよかったけど、結局行くと来なくてこの公園で星ながめてた・・・。何だか一人で星みるのもったいなくなっちゃって」
「サンダル投げて見てのか?」
「ふふっ・・・」
二人は互いを見合って吹き出した。
今は昔の約束を思い出すなんて、なんとなく照れくさいというかこそばゆい。
でも、子供の頃の素直に
「空の星がきれい」と思った気持ちはずっと心に残っている。
どれだけ月日が流れても・・・。
「少なくとも俺は・・・。誰にだって胸張って紹介するさ」
「え?」
「俺の友達の早月雫は夜間高校に通っていますってね」
「・・・」
高広はの優しい微笑みが雫の心に柔らかに染みた。
雫は微笑みかして言った。
「それはありがたいです。本当に」
そして、雫はブランコから降りて夕焼けに映える公園をじっくり眺めた。
すべり台、砂場、鉄棒・・・。
オレンジ色に染まっている。
「・・・。なんとなく・・・。ここだけは変わってほしくないね・・・」
「そうだな・・・」
公園の時計が、五時を指している。
「もうそろそろお店忙しくなるな・・・。あたし、行くね」
「あ、雫」
「はい?」
「俺・・・。記事ちゃんと書くから・・・。必ず・・・!」
「・・・。うん!じゃあね!」
また、約束』をした。
今度は指切りはしないけど、その変わりに笑顔で交わした。
その後・・・。高広は校内新聞のコラムに夜間部の事を話題にした。
そこには、夜間部が科目が単位制であること、調理コースがあること、一クラス生徒の人数などが書いてあった。
「剛田先生が言ってた
『昼間部』生徒って高広君だったのか・・・」
手紙の中に同封されていた校内新聞を読む雫。
そういえば、雫の担任の剛田(通称ゴリ)が昼間部の生徒が話を聞きに来たと 言っていたっけ。
そして、記事の最後にはこう記してあった。
『同じ学校で同じ教室で勉強している仲間がいるというのに、自分達は全くその事をしらずにいた。いや、特に意識すらしていなかった。自分の机に一体どんな生徒が座っているのか・・・。そう考えると何でもなく毎日、使っていた自分の机が何だか特別なものに思えてきた。だから俺は毎日自分の机は念入りに拭いている。同じ机で学ぶ仲間への挨拶として・・・』
確かに高広の机は綺麗だ。他の机は落書きなんかあったりするが一つもない。
「・・・。大切にいつもつかわさせていただいてます。高広君」
一つの机を二人で使っている・・・。
ちょっとなんとなく妙に緊張する。
でも、雫は嬉しかった。
『俺、絶対、記事書くから・・・!』 と、公園で言った高広の言葉を思い出す。
その記事は、新聞の中では小さめの記事だが、内容の深い記事だと思う雫。
雫は校内新聞と高広からの手紙を大切に机の引出に閉まった。
そしてこうつぶやいてベットに入ったのだった。
“ありがとう・・・”