第二話・はじまりの一行

「たっだいま〜!!」

ドタドタドタッ。

雫は、裏口ではなく店の玄関から入って、一直線に二回へ上がった。

「こらーーっ!雫!店ンなか通るんじゃないのー!」」

店のカウンターには常連客が5,6にんいた。

「雫ちゃん、いっつも元気でいいねぇ」

「ありすぎで困ってますわ。健康なだけが取り柄で・・・」

「いいじゃないの。それが一番。それに、大分似てきたねぇ・・・。孝文君に・・・。横顔なんかそっくりだ」

客は店に飾ってある孝文の写真をチラリと見る。

「いい男だねぇ。いつ見ても。料理の腕もピか一だったのになぁ・・・」

「・・・。でもあの元気すぎる性格は義理父さんゆずりですわ」

「言えとるいえとる」

ブアアアクション!

米次郎の部屋から大きなくしゃみが。

「・・・。きっと二階でもしてるかもしれないわね」

「クシュン!・・・。また、母さんかじいちゃん、人の悪口言ってるな・・・」

千寿子の予言通り、雫のくしゃみ。

しかし、今の雫はそれより、今、手の中にある一通の手紙の方が重要である。

ベットに寝転がって手紙を眺める。

「・・・。一体何が書いてあるのか・・・。もしかして、カミソリとか入ってたりなんて事は・・・」

そんな手紙をもらう程、自分は恨まれてはないと思うが・・・。

「・・・。と、ともかく開けてみよう・・・」

机の引出からはさみを出し、開封作業に入る。

「・・・」

手が震える。何だか、道路とかの開通式のリボンを切るような変な緊張感が張りつめる。

カサ・・・。

封筒と同じ色の便箋が一枚綺麗に折りただんではいっている。

「・・・。女の子からって事はないだろうね・・・」

雫は中学の時、3回、もらった経験の持ち主だ。

そして、本文に目を通す。

『拝啓、早月雫様。突然、こんな手紙を出して申し訳在りません。

気づいているかも知れないけど、俺は昼間制2−C、稲葉高広ってもんです。同じ机、使わせてもらってる奴ですね。』

「・・・。ふむむ・・・。変な手紙ではなさそうだな・・・」

『単刀直入に用件を言います。文通してください。』

「・・・。ぶ・・・文通となーーー?!」

この時、雫の脳裏には何年か前に流行った高校生が文通で恋をはぐくむドラマ「青線流し」を思い出した。

「・・・。や、やはり・・・ラブレターなのでしょうか・・・?」

ちょっと、ドキドキ。

しかし、次の行でそれは大きな勘違いだと気付く。

『俺の妹と』

「へ?いも・・・妹??」

『俺の妹もしずくっていいます。こっちは平仮名なんですが。最初、机の裏のお宅の名前を見たとき、驚いた。雫って名前はそうそうないから。』

「まあ、確かにめずらしいっちゃ珍しいけど・・・」

『俺のいもうとのしずくは今年小学校にあがったばかりなんですがその・・・学校行ってません。一度も・・・。昼間、外に出る事をとても嫌がるし、人の会うのが極端に怖がるんです。理由は今この手紙で全部は書き切れませんが、いつも、ビクビクしているんです。』

「何だか重たい雰囲気になってきたな・・・。でも・・・その子の気持ちは何となく・・・」

自分の昔に・・・似てる。

『そんな妹が字を覚え始めたんです。最も俺が教えたんだけど・・・。で・・・。妹はすごく喜んで・・・「誰かにお手紙書きたい」なんて言い出しちまって・・・。 でももち、学校行ってない妹には友達なんていないし・・・。そこで、あんたの事が浮かんだんだ。実は妹はあんたの大ファンで』

「え?大ファン?」

自分にファンなるものがいたなんて、前代未聞だ。それに、このもう一人の「しずく」ちゃんと面識はない。

『俺・・・あんたのこと知ってます。いつも、遅刻してくるだろ?。一回、俺が帰るとき、すれ違った事もあるんだが・・・。妹といつもあんたの話してます。悪いが話のネタにさせてもらってる。でも、妹はすっげー笑ってくれて・・・。てなわけで・・・。きっとあんたとの文通で妹の貼りになってくれれば・・・って思ってます。随分勝手なことばかり書いたけど・・・考えてみてください。返事待っています。

稲葉高広』

「・・・。なんとも・・・。あたしの遅刻癖も思わないところでお役に立っているのね・・・。複雑ですわ・・・。でも、どうしようかな・・・。文通なんてあたしにできるかな・・・。それに何書けばいいのか・・・。字、覚えたばっかだって言うし・・・」

「絵とか書いたら?」

ベットに寝転がる雫の顔の上に千寿子の顔が。

「わっ!母さん!どっから湧いて出たの!!」

「何よ。人を虫みたいに。ふむむ・・・。何だかこの「しずくちゃん」って・・・どっかの誰かさんの子供時代にそっくりね」

「・・・。そんな事ないよ」

押入に入って小さくなっている「しずくちゃん」の姿がなぜだかリアルに目に浮かぶ・・・。

「とにかく、相手は小さな子何だから、喜ばせるようなものを・・・」

「わかってる。だから、人の部屋に無言で入のだけはやめましょうね。お母様」

バタン!

千寿子、部屋から閉め出された。

「・・・。手紙の相手=恋の訪れではなかったか。さ、お店戻りましょ」

「ったく・・・。うちのかかあときたら・・・はあ・・・でも、どんな風にするかなぁ・・・。うーん・・・」

雫、とりあえず、引出から色鉛筆と折り紙等、出してみる。

「うーん・・・」

その夜、「初めての手紙」が書き終わったのは、朝方早くだった。


高広が雫に手紙を出して2日目。朝一番に高広は教室に来ると真っ先に机の中を調べた。

「お・・・。あった!」

『稲葉高広様』

水色のストライプの模様が入った便箋。

「へえ・・・。結構綺麗でしっかりした字じゃねぇか」

高広は椅子に腰掛けると手紙を開いた。

中には高広宛と「しずくちゃん」宛の2通が入っていた。

『拝啓。稲葉高広様。あなたの手紙は受け取りました。正直、最初は驚きました。あなたの名前は私も知っていました。同じ机を使っている人だと。でも、あなたの妹さんと同じ名前だなんて、何かしらの縁を感じました。』
「・・・。縁だって?俺は昔からよーく知ってるさ・・・。あんたのことはね・・・」

そう。ずっと昔・・・。

ずっと。

「・・・。んで、何々?」

『深い事情は知りませんが・・・。おばかな私が話のネタになっているそうで・・・。お役たてて光栄ですな(皮肉たっぷりに(笑))でも・・・。暗い暗い押入の中で小さくなっている「しずく」ちゃんの気持ちは・・・。その・・・なんとなく分かるから・・・。私でよかったら、「しずく」ちゃんと友達にならせてください。それで、昨日一通目書きました。渡してあげてください。結構手間、かけてます(かなり自信作)では。返事待ってます。

早月雫』

高広は、妹宛の方を開いてみる。

「・・・ぷ。へえ・・・。結構器用じゃん」


夕方の市営団地の公園。

遊んでいた子供達がそれぞれに自宅へと帰っていく。しかし、一人の少女だけが、誰もいなくなった公園で一人、ブランコに乗っていた。

「あ!お兄ちゃんだ!」

もう一人の「しずく」が学校から帰ってきた高広に駆け寄る。

「ただいま。しずく。なんだ、お前、また一人で遊んでたのか・・・?」

「だって・・・。昼間は・・・色んな人がいるんだもん・・・」

昼間、外へ出るのを怖がるしずく。

生まれたときからどちらかというと内向的な性格ではあったが、こんなに臆病になってしまったのはそう、父親が出ていってしまってからだ。

「!しずく、お前そのあざ・・・。また、オフクロにやられたのか?!」

「ちがうよ!!お母さんは何にもしてないよ!!違うよ!違うよ・・・」

しずくは必死にそう訴えるが、その頬には明らかに大人がぶったと思われる手の後がついていた。

「・・・。帰ろう。しずく。今日はとっておきのプレゼントがあるんだ」

「え?なーになーに??」

自分にすがりつくしずくの頬が痛々しい。

高広は昔の自分を重ねる。

二人の母・多佳子。若いときに高広の父と離婚。もともと派手な性格だった多佳子は、すぐに別の男と付き合っては別れの繰り返しだった。

現在は、近くのスナックを経営しているが、帰りはいつも朝方だった。

「何だしずくまた、こんなに暗くして・・・」

高広が居間の電気をつけると部屋中の窓が全部締め切ってあり、分厚いカーテンがより一層暗くしていた。

「ごめんなさい・・・。でも、誰かが外から見てる気がして・・・」

「・・・」

しずくがこんな風に病的に神経質になってきたのはごく最近のこと。

4歳ぐらいの事。幼稚園もやすみがちなまま今年の3月卒園した。

「ねえねえ。お兄ちゃん、とっておきのプレゼントってなあに?」

「んー?ああ。それはなぁー」

高広は雫からの手紙をバックから取り出した。

「えー!!ホントだ!!「もうひとりのしずくちゃんへ」って書いてあるーー!!」

雫は飛び跳ねて喜んだ。そして手紙を開くと・・・。

『ようこそ!はやつき食堂へ!!』

紙で作られた立体的な早月食堂が飛び出てきた。

よく、飛び出し絵本っていうものがあるが、雫はそれ風に作ったらしい。

そしてその下に、小さくメッセージが。

『はじめまして。いなばしずくちゃん。おてがみするのははじめてですね。えっと、これから、いろんなこと、おはなししたいです。おともだちになってくれますか?へんじ、まってます。もう一人の雫より』

「わーい!!お手紙、お手紙〜♪♪しずくにお手紙きた〜♪」

しずくは、早速自分の机からクレヨンとマジックとお絵かき帳を持ってきて返事を書き始めた。

「ったく・・・。急に元気になりやがって・・・。おーい、今すぐ夕飯つくっからなー!」

「はーい!!」

しずくの元気な声が高広の心を和ませる。

ザクリ!

手慣れた手つきでキャベツを切る高広。

料理はその辺の主婦には負けない腕だ。

しずくの笑い声を聞きながら、高広はもう一人の「雫」を思い浮かべる。

(今頃は・・・科学室での実験してるな・・・)


そして、こちら科学室。

確かに雫は片手にフラスコを持っていた。

「クシュン!!」

一同、雫に注目。

「何だ早月。風邪か?」

「いや・・・。そんなことないんですけど・・・。きっとどこかのいい男が私の噂してたりして」

一同、とっと各自の実験に戻る。

「さーて。お前ら、次の実験はだな・・・」

「こらー!無視するなー!!」

・・・。何はともあれ、こうして、雫の『文通』は始まったのだった。


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