雫としずく&高広が文通を始めてから、そろそろ一ヶ月が経とうとしていた。
最初のうちは、妹のしずくとだったのが、いつのまにか兄妹二人との文通になっていた。
そして、手紙の中で妹のしずくの事を『しずく』と呼ぶようになっていた。
夜。珍しく(?)机に向かっている雫。たまっていた課題をやっと終えて一息ついていた。
「ふうっ・・・やっと終わった〜!!あ・・・。まだ、あった。もう一個の『課題』が」
バックの中から水色の封筒を取り出す。
その中には2枚はいっている。一枚は、落書き帳のちぎった手紙。クレヨンの絵手紙。
今日の手紙にはスズランの絵が描いてあった。
『ベランダでそだてたスズランのはながさきました。しろいちいさなはなです。とてもきれいです。しずく。
』「絵、上手だなぁ・・・。それに字もしっかりしてる・・・。で・・・。兄貴の方はっと・・・」
細くもなく太くもなくすらっとした字体。
「・・・。アタシの方が乱筆だわね・・・。んで、何々?」
『今朝、しずくが焼いたしゃけが食べたいって言うもんだから、焼いてやったら「あんましおいしくない」だと言って食べなかった。6歳児にして味の善し悪しが分かるらしい。ちなみにその鮭は冷凍物だった。・・・。タイムサービスで安かったんだよ!!悪いか!!』
「ふははは。冷凍ものじゃあねぇ・・・。でも、冷凍食品も結構美味しいけど・・・」
たわいもない日々の様子を高広は書いてくる。そのうち、自然と互いの家庭の事情がなんとなくわかってくる。母親が夜の仕事をしているせいで妹の『しずく』が寂しいおもいをしていること。家事は一切を高広が担っていること・・・。
『俺、別名教室じゃ、“つよしくん”で言われてんだ』
きっと、色々、大変なんだろうな・・・と思う雫。自分は手紙の中でしかはなせないけど色々、話して書いて欲しい・・・と思う。
もっとも、あたしも今日何があったとかそういう事しか書けないけど・・・。
「・・・。兄妹二人の笑いのネタにされてるだけだったりして・・・」
されてたりする。
こちら稲葉家、台所。
ほかほかとボールの中の酢飯に細切りの卵ときゅうり、しそなどちらす高広。
「雫おねーちゃんも、今日、学校でお寿司つくったんだって。でも、お酢入れすぎて先生に叱られたんだってー!」
「うちはそんなへましねーぞ!ほら、できたにーちゃん特製ちらし寿司」
「わ〜!!おいしそう♪」
お気に入りのピンクのチェックの茶碗を持って喜ぶしずく。
「いっただきま〜す!」
元気な声だ。文通が始まってから、しずくの笑顔が増えた。
“雫”からの返事が待ち遠しくてたまらないのか、高広が学校から帰るのをいつも玄関で待っている。
兄と母親以外の人間はとの接触がなかったしずく。これをきっかけに、人を怖がるのが少しでも薄れてくれたら・・・と願う高広。
そして、高広自身もまた・・・雫の手紙が自分の生活の中の『楽しみ』になってきているのを感じていた。
「これ・・・。おかーさんの分?」
「・・・。ああ」
いつも帰宅が午前様の母親の分のちらしにラップをする高広。
「・・・。おかーさん・・・。今日も遅いのかな・・・」
「・・・。いいから食え。しずく。よっしゃ。にいちゃんの卵、もっとやる!」
「わあい♪」
ラップのしたちらし寿司・・・。結局、次の日まで手はつけられなかったのだった。
「う〜ん・・・」
こちら、夕方・学校の食堂であります。
雫、きつねうどんをすすりながら何やら考え事。
「あら・・・。何うなってんのー?あー。もしかして、恋のお悩みー?」
今日は、ざるそばのみの真穂。ダイエットしているらしい。
「そんなんじゃないよー。もうー・・・。今度の調理実習でさ、課題だされちゃって・・・」
テーマは『自分にとって食とは』
一つの料理を自分自身で徹底的に追及してみろ・・・という課題。来週までにレポートにまとめ、実際にその料理を作ってみなければならない。
「あ〜・・・。“食とは・・・”なんてそんな抽象的な課題だされてもなぁ・・・。はー・・・」
雫は七味をそばにかける。
「なぁんだぁ。そんなことかぁ。あたしはてっきり、恋の悩みかと・・・」
「そっちの方がまだマシだよ・・・。あたし、レポート点数悪いからなぁ・・・。ここらで点数とっておかないと・・・。は〜あ・・・」
雫が深いため息をついている一瞬のスキをついて!
「も〜らい!」
「あっ!!こら!!あたしのあつあげっ!!返せーっ!!」
雫の“テーマ”は次の日の夜の事で決まるのだった。
今日は貴重な休みの日。しかし、千寿子がだまっちゃいない。
今日こそは1時間寝坊しようと心に決めて眠った雫だったが、やっぱり朝から仕込みの手伝い。しかし、千寿子に捕まったのは雫だけではなっかった。
「全く・・・。私からこっそり抜け出せるとお思い?お義父さん?」
密かにゲートボールをしに出ようと図ったが、千寿子に見つかり逮捕。
「千寿子さんのいけずぅ〜」
長島監督のサイン取り上げるぞと叱られたのだった。
おそるべし・・・長島効果・・・。
「雫!お醤油切れた!ちょいチャリンコ飛ばして買ってきて!」
ちりりん。雫の愛車・雫号(?)使用年数7年目。
ベルを鳴らし、夜の道を快調に酒屋に向かっております。
「ったく〜!!人使いの荒さは天下一品なんだから。我が母ながら・・・」
なじみの酒屋。早月食堂の酒は全てここで買っている。
「雫ちゃん、また千寿子さんのお使いかい?えらいねぇ」
「あの・・・私、もう16なんです。お使いって歳じゃ・・・」
しかし、お使いはお使いである。
「米次郎さんに、あんま、飲み過ぎるなっていっておいてくれな」
「はい」
糖尿の気が出始めた米次郎。こっそりここで、千寿子の目を盗んでは晩酌用の酒を雫に買ってこさせる。
「ったく・・・。じいちゃんも母さんも・・・人のこと何だとおもってんだか・・・」
そりゃあ、よく言うことを聞く『お使い』だと思っているだろう。
「・・・。はあ」
お使いの帰り道。小さい頃よく遊んだ公園の前を通る。P>そう。こんな月灯りの夜に。母さんと・・・。
「んっ?」
キィ・・・。
ブランコが静かに揺れている。見ると、幼い女の子が一人、うつむいている。
(・・・。こんな時間にどうしたんだろ・・・)
近頃、この辺でもひったくり等があった。
「・・・。ほっとけないよね・・・」
雫は公園の前に自転車を止め、そっと女の子に近づいた。
「いい満月だ。まるで目玉焼きの黄身みたいだね」
「!」
女の子はハッとした表情で横を見た。
「こんばんは。可愛い娘さん、お一人ですかな?」
「・・・」
女の子、なぜか、雫が来ている早月食堂のエプロンをじっと見る。
「?」
そして、次に雫の顔をじいいっと。くいいるように。
「????」
雫、自分では特別怖い顔はしていなと思っているが、小さい子から見たらどうなんだろうか?
「おねーさん、早月食堂の人?」
「そうですが?」
「もしかして、なまえはハヤツキシズク?」
「い、いかにも早月雫と申しますが・・・」
女の子はニコッと笑った。
「はやつきしょくどーーーっ!!」
「えっ!?」
「はやつきしょくどうー!わーいっ。ホンモノに会えたーーーっ!!」
女の子、何故か突然喜んで、雫に飛びついた。
中学時代、女子からラブレターをもらったことはあったが、ま、まさかこんな女の子にまで言い寄られるとは??雫、ただただ、困惑。
「あ、あの・・・さ、私、あなたの事、知らないんだけど、どうして私の事、知ってるのかな?」
「だーって!あたし、ファン倶楽部会長なんだもん♪」
「ファン倶楽部?」
「うん!しず・・・。あっ」
女の子、口を両手でふさいだ。
(いっけない・・・。ないしょだったんだ。雫おねえちゃんとてがみの事・・・)
「どうしたの?」
もうひとりのしずく。
兄の言葉を思い出した。
“もし、どこかで本物の『雫』にあっても絶対に手紙の相手だって言っちゃだめだぞ!”
「・・・」
本当は言いたいが、高広との指切りげんまんの約束だからしずくは言わない。
うつむいてしまったしずく。
(・・・。ケンカして家とびたしてきたのかな・・・。何にしてもここに一人おいていけないよね)
「ねっ。お腹へってない?」
グウウ。
しずくの返お腹事が返ってきた。
「ふふ・・・。かなり、減ってるね、その音は」
「うん!」
『本物』の雫、小さな紅葉のようなと手と手をつなぐ。
(あったかいな・・・。お兄ちゃんと同じあったかさだ!)
『もう一人の』しずくは、まるで、憧れの大スター(?)にあったファンの様に嬉しくてたまらなかった。