第三話・夜の友達〜鮭おにぎり一個〜@

雫としずく&高広が文通を始めてから、そろそろ一ヶ月が経とうとしていた。

最初のうちは、妹のしずくとだったのが、いつのまにか兄妹二人との文通になっていた。

そして、手紙の中で妹のしずくの事を『しずく』と呼ぶようになっていた。

夜。珍しく(?)机に向かっている雫。たまっていた課題をやっと終えて一息ついていた。

「ふうっ・・・やっと終わった〜!!あ・・・。まだ、あった。もう一個の『課題』が」

バックの中から水色の封筒を取り出す。

その中には2枚はいっている。一枚は、落書き帳のちぎった手紙。クレヨンの絵手紙。

今日の手紙にはスズランの絵が描いてあった。

『ベランダでそだてたスズランのはながさきました。しろいちいさなはなです。とてもきれいです。しずく。

「絵、上手だなぁ・・・。それに字もしっかりしてる・・・。で・・・。兄貴の方はっと・・・」

細くもなく太くもなくすらっとした字体。

「・・・。アタシの方が乱筆だわね・・・。んで、何々?」

『今朝、しずくが焼いたしゃけが食べたいって言うもんだから、焼いてやったら「あんましおいしくない」だと言って食べなかった。6歳児にして味の善し悪しが分かるらしい。ちなみにその鮭は冷凍物だった。・・・。タイムサービスで安かったんだよ!!悪いか!!』

「ふははは。冷凍ものじゃあねぇ・・・。でも、冷凍食品も結構美味しいけど・・・」

たわいもない日々の様子を高広は書いてくる。そのうち、自然と互いの家庭の事情がなんとなくわかってくる。母親が夜の仕事をしているせいで妹の『しずく』が寂しいおもいをしていること。家事は一切を高広が担っていること・・・。

『俺、別名教室じゃ、“つよしくん”で言われてんだ』

きっと、色々、大変なんだろうな・・・と思う雫。自分は手紙の中でしかはなせないけど色々、話して書いて欲しい・・・と思う。

もっとも、あたしも今日何があったとかそういう事しか書けないけど・・・。

「・・・。兄妹二人の笑いのネタにされてるだけだったりして・・・」

されてたりする。

こちら稲葉家、台所。

ほかほかとボールの中の酢飯に細切りの卵ときゅうり、しそなどちらす高広。

「雫おねーちゃんも、今日、学校でお寿司つくったんだって。でも、お酢入れすぎて先生に叱られたんだってー!」

「うちはそんなへましねーぞ!ほら、できたにーちゃん特製ちらし寿司」

「わ〜!!おいしそう♪」

お気に入りのピンクのチェックの茶碗を持って喜ぶしずく。

「いっただきま〜す!」

元気な声だ。文通が始まってから、しずくの笑顔が増えた。

“雫”からの返事が待ち遠しくてたまらないのか、高広が学校から帰るのをいつも玄関で待っている。

兄と母親以外の人間はとの接触がなかったしずく。これをきっかけに、人を怖がるのが少しでも薄れてくれたら・・・と願う高広。

そして、高広自身もまた・・・雫の手紙が自分の生活の中の『楽しみ』になってきているのを感じていた。

「これ・・・。おかーさんの分?」

「・・・。ああ」

いつも帰宅が午前様の母親の分のちらしにラップをする高広。

「・・・。おかーさん・・・。今日も遅いのかな・・・」

「・・・。いいから食え。しずく。よっしゃ。にいちゃんの卵、もっとやる!」

「わあい♪」

ラップのしたちらし寿司・・・。結局、次の日まで手はつけられなかったのだった。

「う〜ん・・・」

こちら、夕方・学校の食堂であります。

雫、きつねうどんをすすりながら何やら考え事。

「あら・・・。何うなってんのー?あー。もしかして、恋のお悩みー?」

今日は、ざるそばのみの真穂。ダイエットしているらしい。

「そんなんじゃないよー。もうー・・・。今度の調理実習でさ、課題だされちゃって・・・」

テーマは『自分にとって食とは』

一つの料理を自分自身で徹底的に追及してみろ・・・という課題。来週までにレポートにまとめ、実際にその料理を作ってみなければならない。

「あ〜・・・。“食とは・・・”なんてそんな抽象的な課題だされてもなぁ・・・。はー・・・」

雫は七味をそばにかける。

「なぁんだぁ。そんなことかぁ。あたしはてっきり、恋の悩みかと・・・」

「そっちの方がまだマシだよ・・・。あたし、レポート点数悪いからなぁ・・・。ここらで点数とっておかないと・・・。は〜あ・・・」

雫が深いため息をついている一瞬のスキをついて!

「も〜らい!」

「あっ!!こら!!あたしのあつあげっ!!返せーっ!!」

雫の“テーマ”は次の日の夜の事で決まるのだった。

今日は貴重な休みの日。しかし、千寿子がだまっちゃいない。

今日こそは1時間寝坊しようと心に決めて眠った雫だったが、やっぱり朝から仕込みの手伝い。しかし、千寿子に捕まったのは雫だけではなっかった。

「全く・・・。私からこっそり抜け出せるとお思い?お義父さん?」

密かにゲートボールをしに出ようと図ったが、千寿子に見つかり逮捕。

「千寿子さんのいけずぅ〜」

長島監督のサイン取り上げるぞと叱られたのだった。

おそるべし・・・長島効果・・・。


「雫!お醤油切れた!ちょいチャリンコ飛ばして買ってきて!」

ちりりん。雫の愛車・雫号(?)使用年数7年目。

ベルを鳴らし、夜の道を快調に酒屋に向かっております。

「ったく〜!!人使いの荒さは天下一品なんだから。我が母ながら・・・」

なじみの酒屋。早月食堂の酒は全てここで買っている。

「雫ちゃん、また千寿子さんのお使いかい?えらいねぇ」

「あの・・・私、もう16なんです。お使いって歳じゃ・・・」

しかし、お使いはお使いである。

「米次郎さんに、あんま、飲み過ぎるなっていっておいてくれな」

「はい」

糖尿の気が出始めた米次郎。こっそりここで、千寿子の目を盗んでは晩酌用の酒を雫に買ってこさせる。

「ったく・・・。じいちゃんも母さんも・・・人のこと何だとおもってんだか・・・」

そりゃあ、よく言うことを聞く『お使い』だと思っているだろう。

「・・・。はあ」

お使いの帰り道。小さい頃よく遊んだ公園の前を通る。P>そう。こんな月灯りの夜に。母さんと・・・。

「んっ?」

キィ・・・。

ブランコが静かに揺れている。見ると、幼い女の子が一人、うつむいている。

(・・・。こんな時間にどうしたんだろ・・・)

近頃、この辺でもひったくり等があった。

「・・・。ほっとけないよね・・・」

雫は公園の前に自転車を止め、そっと女の子に近づいた。

「いい満月だ。まるで目玉焼きの黄身みたいだね」

「!」

女の子はハッとした表情で横を見た。

「こんばんは。可愛い娘さん、お一人ですかな?」

「・・・」

女の子、なぜか、雫が来ている早月食堂のエプロンをじっと見る。

「?」

そして、次に雫の顔をじいいっと。くいいるように。

「????」

雫、自分では特別怖い顔はしていなと思っているが、小さい子から見たらどうなんだろうか?

「おねーさん、早月食堂の人?」

「そうですが?」

「もしかして、なまえはハヤツキシズク?」

「い、いかにも早月雫と申しますが・・・」

女の子はニコッと笑った。

「はやつきしょくどーーーっ!!」

「えっ!?」

「はやつきしょくどうー!わーいっ。ホンモノに会えたーーーっ!!」

女の子、何故か突然喜んで、雫に飛びついた。

中学時代、女子からラブレターをもらったことはあったが、ま、まさかこんな女の子にまで言い寄られるとは??雫、ただただ、困惑。

「あ、あの・・・さ、私、あなたの事、知らないんだけど、どうして私の事、知ってるのかな?」

「だーって!あたし、ファン倶楽部会長なんだもん♪」

「ファン倶楽部?」

「うん!しず・・・。あっ」

女の子、口を両手でふさいだ。

(いっけない・・・。ないしょだったんだ。雫おねえちゃんとてがみの事・・・)

「どうしたの?」

もうひとりのしずく。

兄の言葉を思い出した。

“もし、どこかで本物の『雫』にあっても絶対に手紙の相手だって言っちゃだめだぞ!”

「・・・」

本当は言いたいが、高広との指切りげんまんの約束だからしずくは言わない。

うつむいてしまったしずく。

(・・・。ケンカして家とびたしてきたのかな・・・。何にしてもここに一人おいていけないよね)

「ねっ。お腹へってない?」

グウウ。

しずくの返お腹事が返ってきた。

「ふふ・・・。かなり、減ってるね、その音は」

「うん!」

『本物』の雫、小さな紅葉のようなと手と手をつなぐ。

(あったかいな・・・。お兄ちゃんと同じあったかさだ!)

『もう一人の』しずくは、まるで、憧れの大スター(?)にあったファンの様に嬉しくてたまらなかった。


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