ただいま〜。お使いから帰りました雫どすえ〜」
雫は店から入る。カウンターに常連の客が2,3人来ていた。
「おっ。看板娘のお帰りだね〜。雫ちゃん、これ、できたかい?」
客は親指を立てる。
「・・・。セクハラで訴えるよ。もう」
「お客さんに向かって何て事いうの。それより随分と帰りがおそかったじゃないの。あ、また、あんた、犬でも拾ってきたな?」
「ううん。今日は女の子。さ、入っていいよ」
客と千寿子が驚く中、しずく、憧れの早月食堂初入店です。
「あんれま〜。雫ちゃん、いつの間にこんなめんこい子作ったの」
「違うわいっ。ね、母さん、この子に何か食べさせてあげたいんだけど、いい?」
「え・・・ええいいけど・・・」
「じゃ、ここの座って」
「はあい♪」
しずく、憧れの早月食堂のカウンターに座り、緊張してドキドキ。
「何食べたい?何たのんでもいいよ」
「えっとね・・・」
しずくは、ことこと煮えるおでんをじっと見た。
「お・・・おにぎり!」
「え・・・。おにぎり?(おでんじゃなくて?)」
「うん!」
「・・・。そ、そう・・・。よし!じゃあ、雫特製たらこおにぎり作ります!」
「わーい♪」
雫は手を洗い、炊飯器を開ける。そこへ千寿子が耳打ちしてきた。
「ちょ、ちょと雫・・・!」
「何?」
「何じゃないでしょう?あの子、どこの子よ!」
「さあ・・・。あたしも聞いたんだけど話してくれなくて。帰り道さ、公園の前と通ったら一人でいたの。ほっておけなくて。お腹へってたみたいだからさ、ご飯食べたら落ち着くんじゃないかって思ってね・・・」
「・・・。たく・・・あんたはそう言っていっつも子犬拾ってきたわよね。まだその悪い癖、完治してなかったか・・・」
「・・・。母さん、あの子、人間・・・」
二人の話をよそにしずくは、店内をきょろきょろして見回していた。
雫の絵の通りだ。おいしい匂いが漂って、あったかい。
アパートの台所は寒い。兄高広と二人しかいないから。
「はい。おまちどおさまです!雫特製おにぎり完成!」
「やったーーー!」
小皿に三角おにぎり2つできました。中身はたらことしゃけがが入ってます。
「いただきまーす!」
おにぎりにかぶりつくしずく。それはそうだ。今日は昼から何も食べていなかった。
「どう?おいしい?」
「うん!おいしい!お兄ちゃんのと同じくらい!!」
「お兄ちゃん?お兄ちゃんがいるの?」
「うん!」
兄がいる・・・。だったら、きっと心配しているに違いない。しかし、どうしてこんな夜に公園に一人きりでいたのか・・・。それとなく聞いてみようか・・・。
「ごちそーさまでした!ああ、お腹、パンパン!」
「雫はおにぎり『だけ』はまともに作れるからねぇ」
「当たり前でしょ。小学校の遠足の弁当のおにぎり、自分で作ってたんだから。おかずはお店の残り物詰めて・・・」
おにぎり一つといっても、そこは食堂の娘。米次郎に握り方のコツは伝授されていた。
「あ、うちもうちも!幼稚園のおべんとうね、お兄ちゃんがつくってくれたの。お母さんはお仕事だから」
「・・・。そうんなんだ・・・」
少ない会話からだが、しずくの家庭背景をちらりと垣間見た気がした雫。
「ねぇあのさ・・・。こんな夜遅くにどうして公園に一人でいたのかな・・・?お母さんを待っていたの?」
「・・・」
しずくの表情が曇る。
「あ・・・。ごめん。言いたくなかったらいいよ」
「・・・。おひるは・・・怖くて・・・」
「怖い・・・?」
しずくはコクンと小さく頷いた。
「お友達がいっぱいるし・・・。人の声、たくさんするから怖くて・・・」
「・・・」
雫は、文通相手の子を思い浮かべる。その子も昼間、外に出られないと言っていた・・・。
「だったら、雫は先輩だわね」
「いてっ!」
千寿子、雫のほっぺをひとつねり。
「今は小生意気な口たたくけど、子供の頃は気がちっちゃい奴だったのよ。昼間の公園は人が多いから怖いって言っていっつも夜の公園で遊んでたの。店忙しいのに」
「悪かったね!そんな昔の事、話さなくていいったら・・・」
いつも、お店にくる常連さんや近所の顔見知り以外の人間が怖くてたまらなかった雫。
あの、夜、千寿子と遊んだ二人きりの公園。
その理由は父・にあり・・・。
「夜の公園・・・。誰もいなくて寂しいかもしれないけど、あたし今でも何となく好きなんだ・・・。星も月もよく見えて・・・。それに・・・。『夜の友達』ができたから・・・」
「夜のともだち?」
初めて『友達』ができた夜。その夜だけの友達だったけれど、あんなに一緒に笑ったことはなかった。
「・・・。雫おねーちゃんどうしたの?」
「あ、いや、別に何でもないっ!あ、そうだ、今度よかったら一緒に公園デートしようか?」
「え、でえと?」
「そっ。二人で、思いっきり夜の公園であそぼう!!」
「わあい!!でえと。でえと〜♪」
めでたくカップル誕生?こうして、二人は『約束』をした。昔の雫がしたように・・・。
その後、しずくは、兄・高広の携帯に電話をかけた。
最近、買ったのだ。何かあったら、すぐ連絡が取れるようにと・・・。
「は〜。こんな小さい子まで電話持ってるのね・・・。私、全然だめ。器械ものは・・・」
以前、米次郎がパソコンを家に入れたい(長島ファンサイトが見たかったらしい)と言ったことがあったが、電話代がかかると千寿子が却下。
それから20分ほどして高広がミニ雫を迎えに来た。
ガラガラガラッ!
「はあ・・・。はあ・・・すみませんっ」
「お兄ちゃん!!」
あちこちミニ雫を探し回っていた高広は息を切らせていた。
「馬鹿!心配したんだぞ!」
「ご・・・ごめんなさい・・・。だって・・・」
「そんなに怒鳴らないでください。お兄さん」
「あ・・・」
高広はなぜだか緊張した。手紙の中ではため口と聞いている相手・雫だが、直接話すのは・・・初めて、いや、久しぶり(?)だ。
「初めまして。早月雫っていいます。ごめんなさい。もっと早くに連絡すればよかったんだけど・・・」
「あっ。い、いえ。こちらこそ、妹がお世話になりまして・・・」
“初めまして”2回目の初めましてだ。最初は手紙の中で。
「あのね、雫おねーちゃんのね、特製おにぎりたべたのっ!すごく美味しかったよ!」
「え・・・じゃ、じゃああの お代はいくら・・・」
ジーパンのポケットから財布を取り出す高広。
「いいです。お代なんて。私そんなつもりじゃ・・・」
「いえ。こういう事はきちんとしとかないといけないんで」
強引に千円札をカウンターに置く高広。
しかし、それを返す雫。
「いいです。あたしのおにぎりからお金とれますか」
「いーえ。受け取ってください」
「いらないですってば!」
「だから、受け取ってくださいって!」
「いいってば!」
つっかえし合いで千円札、しわくちゃです。
「ったく・・・。頑固なだな!俺は人に貸しを作るのが嫌いなんだ!」
「あたしだって押しつけがましいのは嫌い!」
初対面のはずの二人のケンカに、千寿子、なじみの客達は呆然。
「あたし、お代ならもらいましたから」
「?」
雫はしずくをぐいっと抱っこした。
「妹さんとお友達になりまたので!だから、今度、夜の公園デートさせてください。お兄さん!」
“夜の友達だね!夜だけの!”
高広の記憶の中の少女の笑顔が蘇る。
「ねー。お兄ちゃん、雫おねーちゃんと夜、遊んでもいい?ちゃんと今度は連絡するから・・・」
「え・・・。ああ・・・別にいいけど・・・」
「わーい!!やったぁ!雫おねーちゃん約束だよ!」
「はいな!がってん承知の助でさぁ」
しずくと雫は約束の指切りげんまんをする。
自分も昔、指切りしたことがある。夜の公園で・・・。
「お兄ちゃん?どうしたの?」
「えっ。あ、いや何でもない。じゃ、そろそろ俺たち行きます・・・。ホントにお世話かけました。改めてきちんとお礼に来ます。じゃ・・・失礼します」
「あのっ・・・」
雫は高広達を呼び止めた。
「あの・・・。これからいつでも二人で来てください。ね、母さん」
「ええ。格好いいお兄さんと可愛い女の子なら大歓迎しますよ」
「・・・。はい。有り難うござい舞うす。お心遣い、感謝します。また・・・伺います。では・・・おやすみなさい」
高広はそう言って深々と一礼して、食堂を後にしたのだった。
「・・・なかなか好青年ね。礼儀正しいし・・・。何より父さんに似て男前だ。ね、雫、そう思わない?」
「はー?何言ってンの。母さん。年考えなさいよ。あんた。あっ!!!」
雫、何か大事なことん気が付く。
「名前・・・。あの子の名前聞くの忘れた・・・」
「そんなの又今度聞けばいいじゃないの。突然大声ださないでよ」
「うん。・・・。あーーー!そうだ!!」
「今度は何!!」
「今度の課題、『おにぎり』にしよう!!うん!きめたっ!!」
課題がおにぎり・・・。かなり無理がある気がするが、雫はそう決めた。しかし、クラスメートからの笑い喝采を思い切り受ける運命にあるのだった・・・。
「おにぎりで何が悪い!!」
“指切りげんまんだね。夜の公園のことは二人だけの秘密だよっ。世界で二人だけの・・・”
その少女の細くて小さな指だった。
でも・・・。あたたかさはまだ残っていて・・・。
「お兄ちゃん?お兄ちゃんたら!」
「んっ?ん?な、何だ?」
「どうしたの?ぼんやりして・・・」
「何でもねーよ!」
帰り道。高広はしずくをおぶった。
「ったく・・・にーちゃんいつも言ってンだろ、一人で出歩くなって・・・。しかもよりにもよって早月食堂に行くなんて・・・」
「心配しないで。しずく、何にも言ってないから。でも、どーしてばれたらいけないの?」
「・・・。色々あんだよ。色々・・・」
「いろいろ・・・ふーん・・・」
しずく、わかったんだかわかってないんだか。
「で・・・。何話したんだ?本家の『雫』とは」
「あのねー。いろいろだよ。いろいろ」
「・・・。そーかい。そーかい」
最近、口が達者になったと感じる高広。
「『夜の友達』になったんだ。夜の」
「夜の・・・?」
「そう。雫おねーちゃんもにもね、夜の友達できたんだって。小さいときに」
「・・・。ふーん・・・そっか・・・」
高広、なぜだか自然と顔が少しほころぶ。
「あれ、何わらってんの?お兄ちゃん」
「何でもねーよ」
「うそ!笑ったもん!」
「笑ってねえよ!」
「笑った!」
「笑ってねぇ!」
夜の友達・・・。夜だけの友達。一晩だけの友達だったけど、ずっと、覚えている。
その夜の星空と月明かり。そして・・・。指切りしたときのての温もりが・・・。