第5話・小さな訪問者再び・・・

ジリリリリ・・・。

目覚まし時計を止め、さあ朝だ・・・と思い目を覚ますとそこには米次郎の顔面ドアップが。

「うわッ!!鬼瓦!!」

ドスン!

雫、ベットから落下。腰を思い切り打つ。

「いたたた・・・。もうじいちゃんッ!!朝っぱらから怖い顔アップはやめてよ・・・アイタタタ・・・」

「おう。そりゃすまなんだ。すまんなんだ。雫、朝飯できとるぞー♪うふふふん♪」

かなり上機嫌の米次郎。理由はただ一つ。

「・・・。じいちゃん、巨人、3連勝したんだね」

「イエース♪ルーキー上原君が頑張ってくれたんじゃー♪ああ、ラスト、9回の裏!!ツーアウト満塁!!ピンチ上原!投げました!ストライクーーー!」

雫は米次郎の巨人戦談義が長くなりそうなのですたすたと朝食を食べに下に降りた。

「上原ここが男の見せ所!!完封なるかーーーーー!」

やれやれ・・・。これが始まると1時間は止まらない。ほっとくに限ると雫と千寿子は思う。

「はい!一分と2秒の寝坊だぞ!」

ストップウオッチをもつ千寿子。

「ちっ。あと少し遅かったか・・・」

「はい!店の前の掃除おねがいしまーす♪」

ちりとりとほうきを持たされ、店の前を掃除開始する雫。

「ふあああ・・・」

16の乙女が大口をあけてあくび。道行く人はかなり注目するが、まるで気にしていないらしい。

今日も空は青い。水色が好きな雫。詩人程達者な言葉は浮かばないけど、透明水彩みたいに澄み切った空がまぶしく瞳に映る。

そう思いながらふと空を見上げる雫。ちょっといい気分。

「こらー!雫!空より地面眺めてそうじしな!」

千寿子の一声で雫、いい気分、終了。

それでも賑やかな笑いが早月家のいつもの朝である。


だか同じ空の下で、なんとも重い空気の朝を迎えている家のある。

「しずく・・・。今日から行くって約束したでしょ!!ほら!早く!仕度しなさいよ!!」

「お母さんごめんなさいごめんなさい・・・」

玄関先でミニしずくに無理矢理ランドセルをしょわせる母・多佳子。

昨夜も夜遅くに帰り、まだ、酒が残っているのか朝から機嫌が悪い。

「勉強だって遅れるでしょ!!何のためにあたしが、気苦労して稼いでるとおもってんの!あんた達のためでしょ!」

「ごめんなさい・・・お母さんごめんなさい・・・」

ミニしずくはしゃがみこんで動こうとしない。

「いい加減にしなさいッ!!親困らせるんじゃないわよッ!!隣近所の目だってあるんだから・・・!!」

多佳子はなんとかしてミニ雫を外へ連れ出そうとするが、ミニ雫は床に丸くなって一向に動かない。

「オフクロ、ヤメロよ!!」

ミニしずくをかばう高広。もう、とっくに8時を過ぎて、高広、このままでは遅刻する。

「高広!あんたはさっさと行きなさい!しずくは病気でもないのよ!いつまでずるずるしているの!それに勉強だって遅れるわよ!」

「勉強なら俺が見てるよ!それに担任の先生だって無理じいはよくないって言ってたじゃないか!」

「・・・。いつよ!?いつ担任がそんな事言ってたって言うのよ!?」

「・・・。しずくの担任からの手紙、読まなかったのか?テーブルの上に置いて置いたのに!」

1週間前、しずくの担任が家庭訪問にやってきた。しかし、多佳子はすでにおらず、高広がかわりに話を聞いた。そして、担任から多佳子宛の手紙を預かったのだ。

「し、知らないわよそんな手紙・・・」

「どうせ、知らずにゴミなんかと一緒に捨てたんだろう?!!!いい加減なのはどっちだよッ」

玄関先に親子げんかの声が響く。

「・・・。わ、わかったから、た、高広、そんな大声ださないで・・・。となりにきこえるわ」

「・・・」

ケンカの最中も周りの目を気にする母。言いたいことはそんなことじゃないのに・・・。

「もういいわ・・・しずく。もう一眠りする・・・」

多佳子は疲れた表情で寝室へ入っていった。

「・・・。大丈夫か?しずく」

「・・・。ごめんなさい・・・お兄ちゃん」

高広はうずくまるしずくをそっと抱き上げた。

「・・・。お母さん、何かいつもよりひどくおこってたね・・・。しずくが悪いのかな・・・?」

「違うさ・・・。お前のせいじゃないよ」

「ホント?」

「ああ。理由は別にあるんだよ・・・」

ここの所、多佳子のスナックの客数が減ってきている。だから、お得意をなんとかつけようと必死に営業時間も延ばしているのだ。

疲れが溜まっているのか。しかし、それをしずくにあたる多佳子に腹立たしさを激しく感じていた。

「ん・・・?しずく、お前、何か手、熱くないか?」

「そう・・・?全然大丈夫だよ。お兄ちゃん、ガッコ、遅れるよ」

腕時計は8時を等にまわっている。

「お・・・おう。いけね!しずく、気分が悪かったらちゃんと寝てんだそ!いいな」

「うん・・・」

あわてて出ていく高広の後ろ姿がぼうっと少しぼやけてしずくには見えていた。

「お兄ちゃん行ってらっしゃい・・・」


「高広、もうすぐ帰ってくるはずだから、カレー温めて食べなさいね」

夕方。多佳子はいそいそと化粧をし、『仕事着』に着替え、店へ行った。

バタン・・・。

しずくが一番寂しくてたまらない時間だ。部活で遅い高広が帰ってくるまでの間、家にはしずく一人・・・。

二間しかない部屋がガランとして・・・。小さなしずくには学校のグラウンドにひとりでいるほどに広く感じる。

「・・・ケホッ」

その寂しさに絶えられないしずく。

“いつか夜のデートしようね”

雫が作ってくれたおにぎりの味を思い出す。

ほどよくしょっぱくてあったかくて・・・。

レトルトのカレーはおいしくない・・・。

「コホッ・・・」

自然と足があの公園へ、早月食堂へと向いていく。

一人はもうやだ・・・。


「さーて・・・。今夜も頑張って学びにいきましょー♪」

いつものように雫は快調に雫号(?)を飛ばして学校に向かっていた。

「ん?」

キキッ。

公園を通りすぎる一瞬、ブランコにまたまたぽつん・・・と一人で乗っているしずくの姿がチラッと見えた気がした。

(あの子だ・・・)

雫は引き返して自転車を止め、声を掛けた。

「こんにちは♪」

「・・・」

しずくはぐったりしている。

「・・・。元気ないね・・・。どうしたの?」

「・・・。雫おねーちゃん・・・」

雫の顔がぼうっと見える。頭が熱くてくらくらして・・・。

「あッ・・・ちょっと・・・!?」

ふらりとたおれるしずく。

雫は、抱き上げ、おでこに触れた。

「うわっ。すごい熱・・・!大変だ!こりゃッ」

しずくをひょいっと負ぶって雫は急いで家に戻る。

背中から熱の熱さが雫に伝わる。

(お兄ちゃん・・・。お母さん・・・)

雫の背中は少し・・・おでんの匂いを感じたしずくだった。


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