第6話おでんの匂いととお母さん

ガラガラッ!

雫は急いで居間へとしずくを連れて行く。

「かあさん!水枕!じいちゃん!布団敷いて!」

雫、千寿子と米次郎に指示をだす。

「どうしたんじゃ〜♪。一体どうしたんじゃ〜!」

米次郎、晩飯前の一杯で早くもほろ酔い。

「じいちゃん!早く敷いてってば!!明日の巨人戦みせないよ!」

痛いところをつかれる米次郎。

「ふあいッ!雫隊長ッ!」

米次郎、命令どうりに押入から布団を出して敷いた。

そして雫は氷水と水枕で頭を冷やすが熱がすごい。

「宅間センセ呼びましょ」

千寿子はすぐに近所のかかりつけの医者に電話して往診を頼んだ。

「すいません。宅間センセ。診療時間過ぎてますのに・・・」

「なあに。我が町内のアイドル千寿子さんの頼みとあっちゃあ、断れませんがな」

無精ひげの宅間医師(自称・30)。巨人好きの酒豪で、米次郎の飲み友達でもある。千寿子をいつも口説いている男やもめだ。

「ほほう・・・。これはなんともめいんこい・・・雫ちゃん、いつのまにこんな可愛い子産んだんだ?」

「産んでません!さっさと診てください!」

「どらどら・・・」

宅間医師はしずくを診察する。

「宅間センセ、具合は・・・」

「・・・。胸の音からして肺炎の心配はないと思うが・・・。もし今晩熱が下がらなかったら診せに来てくだされ。それにしてもこの子どこかで・・・見た顔だな・・・」

「えっ!?知ってるんですか!?」

「おお!そうだ!駅前のスナックたかこのママさんとそっくりだ!」

スナックたかこ。美人のママさんが評判の店だ。宅間医師はそこの常連らしい。

「確か、二人子供がいるって言ってたな・・・。下の子の名前が・・・そうだ!“しずく”って言ったけ!」

「えっ・・・」

“もう一人のしずくより”

「・・・」

自分には同じ名前のペンフレンドがいる。

“どうして私の名前、知ってるの?”

“あたし、ファン倶楽部隊長だもん!”

「・・・。そっか・・・。道理であたしの名前しってるはずだ・・・。そっか・・・」

「?雫ちゃん?どうかしたのかい?」

「ううん。何でもない・・・。ん?」

雫はしずくのズボンのポケットの携帯に気づく。

「・・・。母さん、宅間センセからこの子のお母さんの店の電話番号きいてかけてくれる?あたしは兄貴の方にかけるから・・・」

「わかったわ。でもなんともとても可愛いもう一人の“しずく”ちゃんね・・・」

「・・・。うん」

でも・・・。

私の手紙の中の通りに明るくて元気な子・・・。

こんなに近くにいたのか・・・。

「?なんのこっちゃ」

宅間医師は首をかしげ、その横で米次郎は・・・

「巨人ぶあんざぁい・・・ヒック・・・」

巨人の勝利を夢見中だった。


一方、その頃。

再びいなくなったしずくを公園に探しに来ていた高広。

ピピピピ・・・!

その高広のGパンのポケットの携帯が鳴る。

「もしもし!?しずくかッ!?」

「・・・。雫はしずくだけど・・・もう一人の雫です・・・漢字の方の・・・」

「!!!」

もう一人の雫・・・。

手紙の相手の早月雫・・・。

「あの・・・しずくちゃんのお兄さんですよね・・・?」

「え・・・。あ・・・はい」

どうしてだか敬語になってしまう二人。手紙の中では、タメ口なのに・・・。

「しずくちゃんが熱だして・・・。うちに眠ってます」

「えっ・・・」

「連絡先わからないから・・・しずくちゃんの持ってた携帯からかけました。」

「わ・・・わかりました」

「じゃ・・・」

「あッ・・・あの・・・俺・・・」

何か・・・言いたいけど、何を言っていいのかわからない二人。

「・・・。早く・・・来てあげてください。じゃあ・・・」

何だか耳の奥がこそばゆい。

手紙の中じゃ、まるで近所に住んでる幼なじみみたいに好き勝手言い合っていたのに・・・。

初対面みたいに緊張した。

(とにかく・・・今はしずくを迎えにいかねーと・・・。それから一応オフクロに連絡して・・・)

高広は急いで早月食堂へと向かった。

ガラガラッ。高広は暖簾をくぐって食堂の方から尋ねた。

店には4,5人の客がカウンターにいた。

「御免下さいッ・・・。稲葉ですが・・・っ」

「あ・・・。来た来た。しずくちゃんなら奥の居間に寝かせてあるからどうぞ。あがって」

「はい。すいません。お邪魔します」

厨房の横を通って居間へと上がっていくと・・・。

すると、布団の中でしずくをしっかりと両手に抱きしめたまま眠っている雫の姿があった。

まるで、何かを守ろうしている様に優しくそっとしずくをつつんでいるよう・・・。

雲の上で眠っているみたいに気持ちよさそうである。

(・・・すんげー・・・幸せな顔・・・)

「ん・・・」

高広の気配に気づいたのか雫が目を覚ました。

「あ・・・あの・・・」

雫はがばっと起きあがって思わず正座した。

「・・・あ・・・こ・・・こんばんは」

「こ・・・こんばんは」

なぜか二人とも正座してしまう。

「・・・」

「・・・」

妙な緊張感が漂う。

「・・・。しずくちゃん・・・大分落ち着いたから・・・。お医者さんにも診てもらったし・・・」

「・・・。そうか・・・。悪いな・・・。迷惑ばっかりかけて・・・それに・・・」

「・・・。お腹、減ってない?」

「え・・・?」

おでんのいい匂いが廊下から近づいてきた。

「さ、ちょっと遅いけど、夕食にしましょ。雫と稲葉君もこっちきなさいな」

千寿子は店の残り物を幾つか見繕って、居間へと運んできたのだ。

「あ・・・あの・・・俺は・・・」

「もうすぐ、お母さんも来られるから・・・。それまで食べて待ってましょ」

「そ♪待ってましょ。待ってましょ。いっただききまーす♪」

うたた寝のせいでできた前髪の寝癖の雫は大きな口をあけて、大根をほおばる。

「はー・・・。味がしみ込んだ大根はおいしいワ。あれ?稲葉君食べないの?」

「えっ・・・。あの・・・」

「うちのおでん食べたら・・・元気でるから!ねっ」

「・・・。じゃあ・・・頂きます」

「どうぞめしあがれ♪」

高広は卵を一口食べた。

こんぶだしと醤油の味が高広の体をじわりと染みこんだ。

「・・・」

「どう・・・?美味しくなかった・・・?」

高広は首を横に振った。

「うまい・・・!うますぎる・・・!」

雫の顔が思わずほころぶ。

「よかったァ!高広君、いい舌してるね!嬉しいッ!」

「・・・。これでも一応、毎日台所に立ってる身だから・・・」

「そうだよね!稲葉君のちらし寿司、すごくおいしいんだって!しずくちゃんが手紙の中で言って・・・」

雫はハッとして、そこで止めた。

何だか・・・。照れくさいというか・・・手紙の事は一応3にんだけの秘密だったから・・・。

「ちらし寿司?そういえば、雫、あんた、学校でお酢と砂糖間違えて入れたんだって?ゴリ先生が言ってたわよ」

「ゴリ先生?あの、もしかしてゴリ先生って・・・剛田先生のこと?」

「えっ・・・高広君、知ってるの?」

「ああ、あの人、昼間部も受け持ってるから。かなりキャラの濃い先生だよな」

「そうそう!中身も外見(特にひげが)濃くて!でも、うちの店の代金、滞納しっぱなしなんだ。しかもあたしは母さんとゴリ先生の使いぱしりさせられるし・・・」

「そういう運命なのよ。観念しなさい」

「んもーーーー!!」

雫と千寿子のやりとりに高広は自然と笑った。

手紙の中に書いてあったとおりに、ホッとさせるようなこの家。

空腹の時にたらふくおいしいものを食べた様な、雨上がりの空に虹を見つけた様な優しい安心感を高広は感じていた。

「御免下さい・・・」

そして10分後。

高広としずくの母・多佳子が店にやってきた

「あの・・・この度はうちの子供達が色々とお世話になりまして・・・」

奥からしずくをだっこした高広がでてきた。

微かに、酒の匂いがする。

自分の子供が熱を出したというのにどうしてすぐに迎えに来ないのだろう・・・。

子供より店の方が大事なのか。

(俺がガキの頃だってそうだった・・・)

「何で・・・。もっと早く来なかったんだよ」

「・・・。今日は久しぶりにお得意さんが来てて・・・はずせなかったのよ。これでも店の女の子にまかせて抜け出してきたんだから。さ、さっさと帰りましょ!」

「あ、あの・・・お医者さんには一応見せましたけど、まだ具合が悪そうなら大きな病院に連れて行ってあげてください」

「・・・」

多佳子は何を思ったか、突然ショルダーバックから財布をとりだし、一万だしてカウンターに少々乱暴に置いた。

「おつりはいりませんわ。おつりは迷惑料です」

雫と千寿子は一瞬あっけにとられた。

「ふざけんなよッ!!!」

ドン!

高広の拳の行きおいでカウンターのお札が吹き飛んだ。

「客商売じゃねぇんだぞッ!それに・・・来るのおそいじゃねーかッ!しずくがかってに外にいっちまったのもオフクロが・・・」

高広は雫の方をチラッとみてそこで止めた。こんな所は・・・見られたくない・・・。

「ん・・・おかあ・・・さん・・・?」

高広の背中のしずくが目を覚ました。

「おかあさん・・・おかあさん・・・」

しずくは多佳子を求める様にだっこをせがった。

「やっぱりそうだよね・・・。誰でも・・・。お母さんのだっこが一番いい・・・」

雫の言葉に高広はそっとしずくを多佳子にだかせた。

「おかあさん・・・だっこ・・・あったかい・・・なぁ・・・」

しずくは多佳子の胸の中にもぞもぞっと体を小さくうずくまらせた。

久しぶりに・・・我が子を自分の腕で抱いた・・・。

いつの間に・・・こんなに重くなったのか・・・。ずしりと感じた。

「あ・・・そうだ・・・!これ・・・あまりものですけど・・・」

雫はおでんの残りをパックに詰めて多佳子に差し出す。

「・・・」

多佳子の顔はいらないと書いてある。

「しずくちゃんが好きなんです。しずくちゃんが・・・。みんなで食べたいって言っていたから・・・」

「・・・。じゃ・・・失礼します・・・」

多佳子は暖簾を静かにくぐって出ていってしまった・・・。

「俺、もらってくよ・・・」

「うん・・・」

「じゃ・・・。今日は本当に有り難うございました。おやすみなさい」

パタン・・・。

なんとなく・・・重苦しい空気が後に残る。

人の家の事情を垣間見てしまったという・・・。

「・・・。さ・・・店じまいするか雫」

「うん・・・」

何か・・・言い忘れた気がする・・・。

明日の手紙・・・どうしよう・・・。

まだ、カバンの中に入ったまま・・・。

ガラガラッ!

雫は何かを思い立った様に高広達を呼び止めた。

「ちょっとまってーーーぇ!」

高広が振り返る。

「あの・・・ッ」

「・・・?」

「あ・・・の・・・て・・・手紙ッ・・・。また書くから・・・。机の中・・・あけといてね・・・ッ」

「・・・」

高広は優しい笑顔で一つ、深く頷いた。

「おやすみ」

「おやすみ・・・」

“手紙・・・また、書くからね・・・”

それだけは言いたかった。今、手紙を書いてる時が一番楽しいから・・・。

「雫」

「何?母さん」

「あんた、今晩、学校は?」

「あーーー!忘れてたーーーッ!しかもレポート提出期限最終日だった・・・」

「・・・。バカ娘・・・」


夜の道を親子3人・・・。。

しずくはぐっすりまた、眠っている。

多佳子の腕の中で・・・。

「・・・」

「・・・」

話すことはない・・・。でも、久しぶりに3人で歩く・・・。

「・・・。高広」

「・・・何だよ」

多佳子は高広がもつビニール袋の中のおでんをちらっと見る。

「・・・そそれ・・・美味しかった・・・の・・・?」

「え・・・。あ、ああ・・・うまかったけど・・・」

「そう・・・。じゃあ・・・。帰ったら少し・・・私も食べるわ・・・。夕飯まだだったから・・・」

「わかった。俺、あっためるから・・・」

暗いよるの道・・・。

電柱のあかりがついたり消えたりする。

そして、かすかにこおばしいおでんの匂いが漂っていのただった。


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