夜。学校から帰ってきた雫は机に座って高広からの手紙を読む。
互いに自分達のことを知ってしまってから、なんとなく手紙を書くのも読むのもぎこちなく感じるがでも、それがまた、新鮮な気がしている。
『この間のおでん・・・。オフクロが上手かったって言ってた・・・。久しぶりに家族三人でメシ喰った・・・』
「よかった・・・。うちのおでんは血行増進と家族の食卓に効果あるのかな。なんてね』
他人様の家庭の事情に覗いてしまった雫だが、食堂のおでんが少しでも誰かを温められたのならすごく嬉しい。
『それと、しずく・・・。相変わらず学校行くこと怖がってるけど、週に2回担任が勉強を見に来てくれることになったんだ。字をもっと覚えるんだって言ってはりきってる』 「確かにはりきってるな、この字は。ふふ」
『雫おねえちゃんへ。きょう、たくさんかんじ、ならったよ。雨と下をおしえてもらったよ』
雫の好きな水色のクレヨンで書いてあった。しっかりした字。
最初の頃によりずっと上手になっていた。
返事は、オレンジのクレヨンにしようと思った。
しずくの好きな色だから。
再び手紙に続きを読む。
「ん?取材?」
『実は・・・。俺、新聞部入ってるんだけど・・・。今度、夜間部の事を紹介するコーナーを設けたんだ。それで・・・』
「それであたしを紹介したいってかーー!?」
雫、思わず大声を出す。
「うるさいよ!雫ーー!」
案の定、のイエローカードが店から聞こえた。
しかし、高広の突然の申し出に雫、戸惑うが・・・。 (取材って・・・。どんな取材だろう・・・?やっぱり写真とか取ったりするのかな・・・)
雫、想像してみる。
パシャパシャとフラッシュを浴びる自分を・・・。
「・・・」
つかさず、鏡で自分の顔を見る。
「・・・。写真写りは悪くはないと思うんだけどな。この角度なんか・・・。うーん・・・」
・・・。どうやら、乗り気らしい。
きっと、鏡の前でポーズを取っているのではないかと、この二人は掛けをしていた。
「一人ポーズ決めてるよな。きっと」
「うん。雫お姉ちゃんならしてるね」
今日の夕食にはつまみにかつおのたたきが、稲葉家のテーブルには並んでいるが、それプラス、雫の話もつまみにされていた。
「食堂の娘さんも雫っていうの・・・?」
「うん。おんなじなまえなんだよ!あたしはひらがなだけど 」
「へぇそうなの・・・」
何故か高広をちらっとみる。
多佳子が食卓にいる。久しぶりの3人での食事だ。今日は店の定休日だが、いつもなら一日中寝ていた。
あの食堂での一件以来、多佳子は家にいる間はしずくとの会話をするようになった。
それに、この間、しずくの担任と初めて会って娘のことで話をした。母として・・・。
「高広、あんたこのきんぴらの味付け濃いわよ。あたし高血圧ぎみなの知ってるでしょ」
「・・・。減塩醤油つかってんだよ。酒の飲み過ぎで味覚が変なんじゃねぇのか」
「あんたのエプロン姿の方がよっぽど変よ。なに、その
『ミニモニエプロン』って」
ピンクでチェック。前にはミニモニというアイドルグループが印刷されていた。
「う・・・うるせえ!しずくがどうしても着てくれっていうもんだから・・・」
「うん。あたし、ミニモミ大好き!」
しずくは口にケチャップを付けたまま嬉しそうに言った。
相変わらず高広と多佳子は毒のはきあい。しずくはきょとんとした顔でそんな二人を見ている。前と変わらないように見えるけど、確かに何か、変わった気がする。
何が・・・なんて分からないけど。朝起きて・・・。互いに「おはよう」を言い合うようになった・・・。
稲葉家。家族3人・・・。
久しぶりの賑やかな食卓だった。
日曜日。
『取材』をしたいとの高広の申し出に少々迷った(?)がOKした雫。
第一日曜日は学校も休みなので、今日高広と新聞部の部員達と待ち合わせをしたのだった。
「遅いな・・・」
待ち合わせは十一時。しかし駅前の花時計はすでに十一時半をさしていた。
『取材』と言われて、少々気持ちが浮かれていたけど、冷静に考えてみたら一体何を取材したいのだろう。
確かに昼間部と夜間部ではあまり交流がないのは確かだけど・・・。
「おーい!」
向こうから高広と新聞部の少女一人が走ってきた。
「ごめん・・・。雫。遅くなって・・・」
「し、雫ってあの・・・」
「あ、悪い。つい、妹呼ぶ感覚で呼んでしまって・・・」
「べ、別にいいけど・・・」
「あ、紹介します。こちら、同じ新聞部の高岡さん」
「おっはー♪高岡葉子です♪」
茶髪のあごにシャギーが入り、ピンクのリップに耳に白いピアス。
胸のジャケットのポケットに赤の携帯。その携帯にはキャラクターのストラップが何個もついていた。
「あ、おはようございます。早月雫です。よろしく・・・」
「雫!それ、ハンドルネームかなんか?」
「あ、いや、本名で・・・」
「きゃー!可愛いーー!ねっ。ねー!」
葉子は雫の腕に絡んで飛び跳ねて喜んだ。
かなり・・・。元気なタイプだな・・・。と雫は思った。
ちょっと・・・テンションが高いな・・・とも。
そんな雫の気持ちを察したのか、高広は、話しをそらそうとした。
「じゃ、じゃあ早速さ・・・。昼食べながら話しようか」
「じゃ、カラオケいこ!」
「か、カラオケ!?」
「そ!とりあえず、お互い、初対面だからさ、早く仲良くなりましょうってことで!んじゃ、レッツゴー!」
雫は葉子にぐいぐい腕をつかまれ、強制的にカラオケに連行されていった。
「・・・」
高広は雫が面食らっていないかと気にしながら跡についていく。
こうして。雫のちょっと大変で長い休日が始まったのだった・・・。