巡る恋歌
2


霞姫様

この山里は家と言えるかもわからぬ小屋と、周りには木々と湖しかない山里であったが、

寝床は充分あったため、一行は夜の寒さを凌【しの】ぐことができた。



その夜はとても静かで、一行はすぐに眠りについてしまった。

だが、かごめだけは今日にかぎって眠れず、体をそわそわさせていた。

そんなかごめに犬夜叉はふと目を覚まし、かごめに目を向けた。



「眠れねぇのか・・・?」

「犬夜叉・・・・・・ごめん、起こしちゃったね。」



沈黙と夜風だけが、二人を通り過ぎる。

犬夜叉がかごめに二度目の声をかけようとした時・・・







「誰か・・・居るのですか・・・?」







突然自分たちの耳に、小さい声が聞こえてきたのだ。

振り返るとそこには、一枚の薄汚れた着物を纏【まと】い、髪を腰のあたりで結び、

ろうそくを持った十代後半の若い女性が立っていた。



「このような山里に、いったい何の御用で・・・?」

小さい声でぼそぼそと言葉を発する女性。

突然の出現に。二人は困惑するばかりだ。



二人の異変に気づいた法師たちは目を開けた。

そこには小屋の玄関口に建っている見知らぬ女性と、それを見て固まっている

犬夜叉をかごめ。

「犬夜叉、かごめさま、この女の方は・・・。」

法師の声ではっと我に帰る二人。だが声は出せないようだ。

そんな二人を見て法師は代わりに自分がその女性に尋ねた。



「私たちは旅の者です。この山を歩いていたらこの山里を見つけ、お邪魔させていただき

ました。あいにく里の人はいなかったので、申し訳ないのですが勝手に止まらせていただ

きました。」

と、これまでのいきさつを述べる法師。



「そうですか・・・。」

その女性は納得したようで、小屋に入ってきた。





「あの、あんたこの里の者かい?」

目を鋭くさせて少し警戒しながら珊瑚が言う。

しばらくその女性は黙り、後からはいと言った。



とりあえずお座り下さいと女性を招き入れる法師。

女性は少し躊躇【ためら】いながら、おのずと足を踏み入れる。



「怖がらなくてもよいのです。私たちは何もいたしません。」

法師の言葉を聞いて安心したのか、それからは普通に接してきた。



「私の名は美依。かつてこの里に住んでおりました。」

一行は美依の“住んでいた”という言葉に疑問を抱き、質問を返した。

しかし美依は黙ってしまい、一行は悟った。

この里には、何かあるのではないかと。





しばらくして美依は口を開いた。

「・・・・・・お聞きになられますか・・・?この里の悲しい過去と、私たちの運命【さだめ】を・・・。」



この言葉に一行は目を細めた。

はたして美依の言う、里の悲しい過去と美依たちの運命【さだめ】とは。









しばらくの沈黙の後【のち】、美依は口を開いた。少し躊躇【ためら】いながらも。





「元々この里は、妖怪もあまり来ず、いくさの被害も及【およ】ばぬ、静かな山里でした。

一年前、この里に雅道さまという、東国の殿の息子が来られたのです。そのお方は、この

北国の地で行われたあるいくさに出席し、負けてしまい、この里に落ち延びてこられたお方

だったのです。」



「そうだったのですか・・・。この里には、そのようなことが」

と、納得した口調で話す法師。

続けて美依は話す。



「私も雅道さまも、人目見てお互いのことを好きになりました。」

少し顔を赤らめて、もぞもぞと話す美依。



「そして雅道さまは共に生きようと私に言って下さったのです。」

大人の恋の発展ははやいのおと、七宝がしみじみと言う。

珊瑚は少し羨ましそうな面持ちで美依を見つめる。



しかし突然美依の表情が曇った。

「・・・それからでした。この里の悲劇は・・・。」



「えっ・・・。」

かごめが少し戸惑った表情を見せ、美依を見る。

「雅道さまの敵の生き残りが・・・、密かに雅道さまを追ってきていたのです。」

少し声を震わせながら、必死で喋る。

「敵はその日のうちに、雅道さま及【およ】び、里の者たちに襲い掛かりました・・・。

あっというまに里は全滅し、人々も殆【ほとん】ど死にました。そのことに対し怒った

生き残りの人達は今にも崩れそうな自分の体をよそに、雅道さまに・・・遅いかかったのです。」

そこまで言うと目を覆い隠し、涙目で話を続ける。

そんな美依に一行はただ聞いていることしかできずに・・・



「・・・敵に必死に抵抗し、心も体も弱っていた雅道さまに里の者は酷【むご】いことを

しました。私は必死になって止めましたが、里の者は五、六人もいたため、止めること

は出来ませんでした・・・。」



「そのあと雅道さまはこう言いました・・・。ただ、“生きろ”と。これ一言だけを言って、

亡くなりました・・・・・・。」

話し終わると同時に美依は勢いよく泣き出し、顔を膝に伏せ、体を丸めて赤子のように泣いた。





そんな美依が感じたものは・・・暖かさだった。

かごめが美依を上から、子を抱きしめるように、強く抱きしめていた。



「今まで・・・悲しかったのね・・・。辛かったのね・・・。雅道さんが、あなたの元から居なく

なって・・・。」

かごめもまた、同じような想いを抱いたことがある者だ。美依と内容は違くとも、かごめには

美依の想いが分かったような気がした。


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