川棚戦争遺跡探訪(下)

2008年10月13日

無窮洞(小学生が作った壕)

  川棚町の隣は旧宮村、今は佐世保市の内である。洞は地域の方が管理し洞入り口は普段は鍵がかかっている。この洞の横の看板の文言を記す。
  無窮洞は、戦争中に宮国民学校の先生と子ども達によって掘られた防空壕です。岩壁に「無窮洞」と大きく彫られた下にある「工事概要」には(注・写真左)「本工事ハ昭和一八年八月二十九日起シ、同二十年八月十五日炊事場を未完成ノママ停止セリ。作業ハ一切外部ノ労力ヲカラズ爆薬ヲ用ヒズ、職員生徒児童ノ手ニヨリつるはし、のみ、かなづち、くわヲ使用セリ。底面積凡七十坪内四十坪ヲ板張りトシ映画場ノ設備ヲモ施セリ・・・」と書いてあります。(中略) 当時小学生だったお年寄りの話によると、小さな身体で鍬やツルハシで少しづつ堀り先がつぶれたツルハシは学校の工事場で鍛冶屋さん宅の児童が修理したとのことです。女子もホゲなどで土運びをして手伝い全校生六百人が入れるような広い地下壕ができました。板張りの教室には石の教卓やローソク立てがあり、書類棚、倉庫、炊事場、トイレもあり、防空壕で生活できるように準備されていたようです。(注・ご真影置場もありました)入り口は川の方に二つあり山へ出る非常口(注・写真右)は通風口でもありますが山から下に掘るものと、中から上に掘るものがつながった時は大変喜んだということです。
無窮洞は子ども達の労力で完成させたとは思えないような立派なものです。(後略)

教室全景・床は水はけ溝も 教壇も石を削りだしたもの
高さ4Mほどの洞は天井の方から掘り下げた かまどや洗い場も
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