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 愛と情と愛情 6




 カコーンと竹の音が庭園の方で鳴り、開け放された障子の向こうを見遣った。現在、 見合いの真っ最中である。水が溜まり、一定の間隔でまた響く。
 事の顛末を簡潔に話すと、叔母にすすめられて断れなかった。それだけである。
 20代半ば過ぎてものらりくらりとしている俺に、心配したのは両親ではなく叔父夫婦だった。 俺の母親といえば根っからの箱入り娘で、なんの疑問もなく婚約者の父親に恋をして幸せに暮らしていた。 嫁に行っても箱入りである。 父は腹黒いのでよくわからないが、大切にはしているらしい。母は出会うときに出会うという夢を信じているし、父は興味がないようで、要はつまり、両親は息子の結婚相手なぞ考えてもいない。
 30過ぎたら考えるかなぁなどと自分自身でもその程度に思っていたのだが、ひとの良い叔父や叔母に心配されてしまった。一応は断ったのだが、会うだけ、と頼み込まれれば無下にもできない。
 実際のところ、俺は次男坊であったし、家も関係ないから好きなように生きろと放り出されている。 好きな相手がいたらその人と結婚すれば良いだけの話だった。 現在は恋人もおらず、だからといって慌てて結婚相手を探す年齢でもない。趣味と友人付き合いと、有意義に使用しているせっかくの休日が潰れてしまった。ちら、と相手を見る。なかなか可愛らしい。しかし、いきなり結婚といわれても実感は沸かなかった。
 もちろん見合いもひとつの出会いの場だと思うが、残念ながら俺は家の事情もあって、警戒心の強い人間に育ってしまった。もっともそれは最近になって気がついた事実なのだが。
 恋愛感情も自分ではそれなりに思っているつもりなのに、他人に比べると非常に淡白であるらしい。 去るもの追わずといわれたこともある。

 「あとは若い人に任せて…」
本当にその言葉が使われるのかと思わず吹き出しそうになり、慌てて顔を引き締めた。危ない危ない。
 着物姿の見合い相手と庭園を歩く。他愛もない話をしながら、元気に口を開閉させている鯉を横目に煙草が吸いたくなった。
「煙草、吸っても大丈夫ですか?」
「え? ええ、はい」
俺が尋ねると女性は驚いたように頷いた。そういえばこの人の連れは断りもなくパカパカ吸っていた。喫煙者には無意識に火をつける人間もわりと多い。反省。まったく俺や叔母が喘息もちだったらどうしてくれる。

 瀬名がいたら、教育的指導だな。

 そう考えたら、なんだかその場面まで頭に浮かんでしまって、顔が緩んだのがわかった。
 いやいや流石に瀬名も自分の見合いの席だったらいったりしないか?でもうっかりいいそうだ、とあれこれ想像できた。瀬名は煙草嫌いだから、連れは放っておくにしても、見合い相手にはきっと正直に告げるだろう。

 『 煙草は嫌いなので、吸う人とはキスしません。』

 …とか。
 ギョッとして、慌てて煙草を消した。携帯灰皿にぎゅっと押し付ける。心臓が激しく鳴っていた。自分がいわれたかのように思え、なぜか酷くマズイと焦った。
 俺は能面のような顔をして頭を必死に回転させていて、ほとんど無視された見合い相手はそんな俺に訝しげな目線を向けていた。

 その後。
 俺は固い禁煙の決意をして。

 やっと自分の中にある感情を自覚したのだった。




あいとじょうとあいじょう
2004/11/25




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