びっくり仰天、てわけですよ。
浮気?誰が?ハルタ?
え?私?
浮気した本人が初耳ですよ!
ついこの間、看病のために友人A宅に泊まり、朝、やはり見舞いに寄った友人Bと帰ったところを目撃されたらしい。
友達だから、といったところで信用されない世論。
ま、どうでもいいんだけど。
私の友人たちで噂を真実と取る人間はいない。
現に教えてくれた友人だって、浮気したんだって?カッコ笑カッコ閉じ、という揶揄いを含んだ物言いだった。
「はっはっは、そら災難だったなあ」
「元凶が笑うな」
ドンと笑う男の背中を叩く。噂を聞かされたその日に飲みの約束があるなんてタイミングが悪い。
会社の人間に見られていたら、と余計な考えが浮かんでしまう。
「元凶は風邪引いたアイツだろ、俺じゃねーよ」
男と私は看病のお礼に、と家に呼ばれていた。
恋愛狂の友人はやはり恋愛の小技として料理が得意で、美味しいと褒められるともっと上手くなって喜ばせたいと思うのだそうだ。
私は料理はできないわけじゃないが、共働きの両親のかわりに覚えただけで
凝ったものは作れない。
『あ、これ旨い』
春田がそういったのは確か煮魚だった。しかし煮魚などただ煮ればよいだけで、旬の新鮮な魚が美味しかっただけだと思う。
舌の肥えていそうな春田に料理を出すのは気が進まなかったが、夕飯抜きで残業をしていた春田が疲れたとメールを送ってきたものだから、つい食べに来ればと誘ってしまった。とっくに夕飯を済ましていた私はお茶を飲みながら春田の食べる姿を眺めた。
育ちのよい春田は、綺麗に食事をする。長い指が作る箸の動きはもちろん、器用に魚を解すところ、口に持っていく流れも見惚れるほどだ。
そもそも、動作が綺麗な男なのだ、春田は。
常に人に見られることを前提として育ったからかもしれない。
歩き方も落ち着いた低音がつくる話し方も自然で、手足の
優雅と表現してもよいくらいの仕草には自然と目の惹かれる色気がある。
女が寄ってくるのもわかるなぁと、春田を眺めていると思う。
私がじいと凝視しているのに気がついた春田は途端に居心地の悪そうに落ち着きのない男に早変わりして、ひどく可愛く思った。
隣りを歩いている男が、そういえば、と切り出す。
「瀬名の男、俺まだ見てないんだよなー。」
格好いいんだって?と興味津々の顔をして訊く。否定しては嘘になるだろう。
「あー…、まぁそういう分類に入ると思われなくはないよーな気もするかも」
「なんじゃそら」
男は奇妙なものを見るような目を向けたが、私は涼しい顔で知らん振りを決め込んだ。
…だって。ねえ?
私が春田の手を取ったのは別に春田が格好いいと思ったからじゃない。
私はここしばらく考え込んでいることを思って口を閉ざした。
『どうして、付き合ったんだ?』
山本の疑問を思い出す。
だって、握り締められて白くなった指が、手首に入ったスジが、緊張に強張った体が。
怖いくらいに真剣になった眼が。
…ハルタは、どう思っただろう?
噂を聞いていないはずがない。浮気したと疑っているだろうか。
何も言ってきていないし態度にも出ていないけれど、どう思っているのだろう。
あのとき春田の手を取った右の手のひらを見下ろして、またひとつ考えなくてはいけないことが増えた、と、私は溜息をついた。
あいとじょうとあいじょう 2005/05/31 改稿 2005/06/25
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