ばっかじゃないの。
「春田さんは瀬名さんと付き合っているから」
噂をする女たちを横目に思う。
恋愛なんて、取ったもの勝ちでしょ?
今日も煩い上司にすまなそうな顔だけはして、頭の中で舌を出す。
池山は他の男とは違い、若い女だからといって甘い顔をしない。
出来ない人間には目に見えてイライラするし、会社の人間の分類は出来るか出来ないかでしているんじゃないかと疑ってしまうほどだ。
「おいおい池山、そんくらいにしてやれよ」
池山よりも一つ先輩の男が隣から声を掛けてきた。
「俺だって言いたくて言ってんじゃないですよ」
「反省してるみたいだし。な」
横から口を挟まれて面倒くさくなったのか、池山はちらりと私を見てハァと溜息をついた。もう行っていいという合図にもう一度すみませんでしたと謝る。本当のところ謝ろうが謝らなかろうが池山にとっては失敗したことが問題で許しはしないのだから、謝罪の意味は全くないけれど、周囲の人間が見ている。謝る姿を見せておかなくてはならない。助けに入った男にも感謝の目線を送って、デスクに戻った。
こんな仕事、真面目になんかやってられないわよと心の中で呟きながら。
同じフロアの課にいる佐々木がすれ違うときに非難する目で見てきた。彼女は春田が好きだからちょっかいを掛けている私が気に入らないのだ。
そんな目をするくらいなら、あんただって頑張ってみればいいでしょ、と真っ向から対抗してその目を見返す。
欲望は腹の中を渦巻いているくせにイイコぶって。
私のような男ウケの良い女は、総じて同性である女から疎まれることが多い。昔は気にしていたが最近は開き直った。
自分たちだって女であることの特典を享受しているくせに、私を非難できるとでも思ってるの。
ラッキーといって断りもせずに受け取っておいて、意識していたわけじゃないから私とは違うとでもいいたいの。
私を非難できるとしたら、それは。
「あ、村田さん」
本来ならお局といわれる立場に居るはずの、瀬名さん。
瀬名は片手を上げて、こっち来てと手招きをしている。
落ち着いている、というか、機嫌の安定している瀬名は上司としては評判がいい。
どちらかというと池山の方が気分屋で怖がられていた。顔は悪くないのでモテてもいたが。
「お願いね」
仕事を頼まれて表向き愛想よく、内心げーと思いながら頷いた。
観察力のある瀬名はそんな私に気がついているだろうが無視を決め込んで、ありがとうと笑った。
新人の指導に当たるのは一般的に同性であることが多く、私には瀬名がつくと思っていた。しかし、なぜか池山がついた。
そこそこイイ男の池山に私も始めは不満はなかったものの、池山は面倒見がよいとはお世辞にもいえず、明らかに面倒臭がった。
この会社の人事がなかなかやり手だと思う。私には池山くらいのクセの強い人間の方が良いだろう。池山は外見や内容で人を判断しない。結果だけ。逆に瀬名は観察眼や仕事の手腕も悪くないだろうが、最終的には甘い。一生懸命やりました、といえば許してしまう。会社としては結果を求めるわけだから池山の方がいいに決まっている。瀬名が誰かを担当するとしたらそれは彼女の元で伸びそうな人間だろう。
女としては疑問だが人間として魅力がある人だ。女友達も男友達も多く、営業課の山本と小突き合っている姿をよく見掛ける。
反対に、付き合っていると噂の春田とは事務的に話しているところしか見たことがない。本当に恋人なのかと疑ってしまうほど、瀬名の態度は平淡だ。
「瀬名さぁ〜ん、春田さんと付き合ってるってホントですかぁ〜?」
酔って男に甘える仕草と同じように、瀬名にしなだれかかる。
狙った男の恋人に近づくのは、情報収集。
鋭い女ならば、大抵もうここで宣戦布告に気が付く。周りの男は後輩が先輩に酔ってからんでいるだけだと微笑ましい顔をするが、女同士では周りの目線も予防策のひとつなのだ。
苦笑する瀬名が、酔った後輩に仕方がないという笑いなのか、こちらの意図に気が付いての苦笑なのか、まだ判断はつかない。
「んー、まぁね」
その答えに一気に周りの耳が集中する。
憶測の噂が飛び交う中、ずばりと本人の口からきいたのは今回が初めてだ。
歓談に花を咲かせているふりをして、野次馬の耳がこちらの会話にむいた。
「なれそめが聞きたいですぅ」
瀬名が、驚いた顔をした。目を開いて、まじまじと私の顔を見た。
意味の取れない反応だった。
照れた顔、気まずい顔、言いにくい顔、など予測したどれとも違った。
「同期だし、仕事を一緒にするうちに、ね」
しかし返ってきたのは何の変哲のない、つまらない答えだった。
驚いた表情は影を薄めて、困った顔。
……なんだ。
なんだ、うまくいってないんじゃないの?
これなら、とれるんじゃない?
こっそりと、笑った。
あいとじょうとあいじょう 2005/06/05 改稿 2005/07/10
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