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 ― 山本の場合   愛と情と愛情 16






 「おー山本、瀬名、こっちだ、こっち」
40過ぎた辺りからめっきり頭頂の髪が薄くなった田中さんが、座敷からヒョイと顔を出して俺たちを呼んだ。
「すみません、遅れて」
瀬名がいう。
「おう」
おそらくジョッキ一杯で顔を赤くした田中さんが向かいを指して、まぁ座れと促す。
「俺もビールで…瀬名もビールでいいか?」
「うん」
俺は店員に向けて注文した。ついでにと田中さんは食べ物を追加する。酒の弱い人は、反対に大食いであるというのはわりと当たっていると思う。
「お疲れさん」
「お疲れです」
乾杯をして、俺も瀬名も一息つく。夏が近くなって、ビールが美味い季節になった。俺と瀬名はどちらかというと酒飲みの部類に入るので、この時期の楽しみは逃さないことにしていた。
「お前らも入ってきたときはヒィヒィ言って仕事してたのになぁ。いっちょまえの顔するようになりやがって」
既にほろ酔いの田中さんが感慨深げに頷いた。田中さんは陵湘高校出身で俺の高校のOB、出身大学は瀬名と同じという不思議な縁でよく飲むようになった。
「俺らなんてまだまだですよ。なあ?」
「ホントに」
「いやいや二人にはみんな期待してるんだ」
人事を担当する田中さんは俺の入社試験のときも面接官をしていた。 未だに俺はそのときの様子をふてぶてしかったとからかわれる。
「ほら、だってアレ、瀬名も連絡いってるだろ?」
「はい」
瀬名が頷く。
「アレ?」
「新しい支社の話だよ」
田中さんが答えた。
「瀬名も呼ばれてるんだよな」
「ええ…まだ返事はしていませんが」
いつも通りの顔をして言う瀬名をまじまじと見てしまう。

 支社?
 ……異動ってことか?

 「女ってんで出世が見送られてたしなあ」
ニコニコと田中さんは瀬名に言う。
「まぁ、出世は別にいいんですけど」
瀬名は苦笑いをする。瀬名としてみれば出世に拘ったというより、最大の結果を目指し一つ一つ仕事をこなしていっただけだろう。
「事実上、栄転だ。悪い話じゃないと思うぞ」
「よく考えてみます」
上から何度も同じことを言われているだろう瀬名は、当たり障りない言葉で応じた。その淡々とした顔を俺は信じられないような気持ちで見た。

 (瀬名…おまえ、春田はどうするつもりなんだよ)

 その場で出せる話題でもなく、田中さんと別れてから俺は瀬名に詰問した。
「春田には話したのか?」
「……話してない」
「…おま…え、言えよな!関係ない話じゃないだろ!」
思わず声を荒げた俺の顔を、瀬名が睨み返す。
 そんなこと判っている、という目。
「……山本には、関係ないでしょう」
「そりゃ…そりゃそうだけどな!」
「なんでそんなに怒るのよ。春田の友達だから?」
「……!っなんで判んねーんだよ!お前だってそうだろ!」
仲間なんじゃなかったのかよ!?

 春田は確かに瀬名の好きなタイプじゃないかもしれない。
 いつもの恋人とは違うかもしれない。

 瀬名の恋人はいつもどこか気弱そうな、誰から見ても『いいひと』の不器用そうな人間だった。 頑張っている姿に応援したくなっていつの間にか目が追ってしまうと言っていた。
 春田は違う。
 要領がよく、なんでもこなす。いい人の分類には入るが出来る人間としてのしたたかさも充分持ち合わせている。

 春田が瀬名が居なければ駄目になる理由は、ただ、『好き』だからだ。
 瀬名が何かをしてくれるからじゃない。

 ただ、好きな人に傍に居てほしいからに過ぎない。


 好意だけをもらうのが、そんなに怖いのか?
 自分が何かしてあげられないことが?

 瀬名自身はいつもしてきたことだろう。
 好意を与えて、助けを与えて、でも、自分がもらうのは怖いのか?


 「…近いうちに、言うつもり」
睨みつける俺に、瀬名は目を逸らしてぽつりと言った。

 「……それは……」

 つまり。


 「……………もう、潮時かな、とちょうど思ってたの」



      逃げるのか。







あいとじょうとあいじょう
2005/07/23




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