それは飲み会も半ばを過ぎた頃だった。
皆ほどよく酔っていて、真面目にプロジェクトの話などしている人間はいなくなり、俺の向かい斜めの席では春田が絡まれていた。
「いいよなー春田は!」
「お前狙いの子ばっかじゃん」
「…あー別に…」
春田も迫られている自覚はあるのか、肩を組んでくる同期の男に曖昧に言葉を濁した。
しかし男達は女が席をはずしたのを機会に、本格的に春田を酒の肴にすることに決めたようだ。
「なぁなぁぶっちゃけ、どの子がいいわけ?」
「ぶっちゃけ…って、いい年して若者ぶった言葉を」
「なに言ってんのまだまだ若者だ!…って違う!話題をすりかえるな!」
「そうだよ、春田、村田ちゃんとかどうなの?」
「山下ちゃんとかさ」
「もう誰か食っちゃった?」
ひそひそ声のつもりだろうが、酔っ払いなので声は結局大きくなっている。
「食っ…、あのさ、俺には付き合ってる相手が…」
まるでそれが全ての免罪符になるかのように春田が言う。
付き合っている相手、のセリフのときに、春田が自慢するような得意げな顔をしたのは気のせいじゃないだろう。誰から言い寄られても関係ない、と、春田はすましている。
そりゃあ、あんたにとっちゃ小娘どもよりも瀬名さんだろうさ。
俺は斜め前の光景など関係ないような顔をして、ちびりと酒を一口飲んだ。人というのは歳月をきちんと自分のものにしたか、していないか、で大きく違ってくる。二十歳過ぎればただの人、という言葉ではないが、一定の年齢より上になるとダラダラ生きてきたかそうでないかで差が出来るので、生まれてからの年月が多いだけの人間は、毎日を無駄にせずにしっかりモノにしてきた人間によって追い越されていく。
視野も経験も広く、熟考した自分の意見も持つ瀬名さんを求めた春田にとって、ふわふわしただけの女では物足りないだろう。
付き合っている人がいる、と嬉しそうな顔を隠しきれない春田に、だが周囲は納得しない。
「そんなの関係ないだろ」
「わかった、瀬名には漏れないようにするから」
秘密にする、といった手前、声はだいぶ落とされて俺までは聞こえてこなくなった。同期の三人で固まってヒソヒソしている。
春田は免罪符が通じなかったからだろうか、少し憮然として、まるで大好きなオモチャの自慢を聞いてもらえなかった拗ねた子供のような顔をしている。
馬鹿だな、春田さん。俺は心の中でつぶやいた。表面上は隣りの女に相槌を打って、話を聞いているふりをする。
俺は瀬名と付き合っているのに、みんな知っているはずなのに、と、幸せに浸ってる場合か?
人のもんだって、欲しがる人間は欲しがるんだ。
あんただって瀬名さんに近づく男に警戒するくせに。
横槍が入ったときの関係のヒビは、本人より恋人から入ることも少なくない。不安になるし疑うし心配になるのは当たり前だ。本人に積極的にいく女達が、その恋人に何も言わないなんて、そんな都合良くはいかないだろう。絶対に瀬名さんにも何かしらちょっかいを掛けているのに違いないのだ。
「あ、こいつ、瀬名からのメールだ」
「ちょっ、見るなよ、返せ酔っ払い!」
あーあ、そんなデレデレと幸せそうに。
俺はアホらしくなって腰を上げて席を移動した。前から話したいと思っていた部署の違う、やり手と評判のオッサンのところへ行く。チラっと目線を送ると、春田と目が合った。
俺は鼻で笑う。足元をすくわれないようにせいぜい気をつけて下さいね、と。
………泣かせないで下さいよ。
瀬名さんは、俺が初めて敵わないと思った女性なんだから。
あいとじょうとあいじょう 2005/09/18 改稿 2005/09/23
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