SStop   HOME






 ― 春田の場合   愛と情と愛情 19






  友人という位置にも立っていない状態の男を瀬名が受け入れるとは到底思えなかったから、まずは近づこうと思った。
 瀬名は好きではない男に頷くことはしないだろうと思ったからこそ、気持ちを打ち明けるのはまだ先のことだろうと長期戦を覚悟していた。

 あんなふうに告白するつもりなんてなかったんだ。
 未だ、どうしてあそこで瀬名が俺を受け入れたのかは判らない。

 『はぁ〜?』
同期の山本は、俺の頼みに間延びした声でこたえた。山本は面白いヤツでよく飲みに行く間柄で、しかも、瀬名と仲が良かった(重要ポイント)。
『なに? 瀬名と飲むときに呼べってぇ?』
『お願いします!山本さま!』
なさけないと言うなかれ。俺だって必死だったのだ。
 自分から女性に近づきたいと思ったのは初めてで、そのうえ瀬名とは飲みに誘うのも不自然なくらい、ただの同僚。
『え、お前って、そうなの?』
訊く山本に頷いた。自分でも気がついたのは先日の見合いの席だったが、すでにそのときにはもう日常的に瀬名の行動を眺めて過ごしていた。
『んーじゃあ、まあ訊いてみるわ』
あまり興味がないのか、山本は軽く請け負った。

 ところが瀬名を連れてくると言われて飲み屋に行くと、山本一人が席に座っていた。
 『だってよお、今日は春田も来るって言ったら「あ、じゃあ私は遠慮するよ、楽しんでね!」とか言われちゃってさあ。 春田が誘ってほしいっつったんだよ、なんて言ったらバレバレだろ?』
むしろ黙ってたコトを褒めてくれ、と山本は俺の非難に口を尖らせた。
『春田が一緒に飲みたがってるとは思ってないから、瀬名も遠慮したんだろ』
『遠慮……。むしろメイン、山本君がオマケなのに!』
俺はガックリと肩を落として言った。
『そういうことは口に出さない』
山本がメニューで俺の頭を軽く叩く。それを受け取って、俺は酒を選んだ。店に来るまでの気合が一気に抜けて、脱力だ。
『なんだよ、疲れてんな』
『今日一日、俺の心臓は無駄な動悸運動をしていたのです。お疲れさん。お前の虚しさはよく判る』
『春田クン、ひとり漫才しない』
山本は適切にツッコミを入れて、煙草に火を点けた。
『俺、禁煙中なんだけど…』
恨めしい目で睨むと山本は口に咥えたまま眉間にシワを寄せた。
『え?あ?………もしかして……瀬名が煙草嫌いだからか!』
そう叫ぶと爆笑し始める。
『まじ!?まじか〜〜!!お、おま、け、健気〜〜ッ!!ぎゃははは!!』
バシバシと肩を叩く。ちょっと痛いですよ!
『んだよ〜〜まじなんだな!?まじなんだ!』
マジマジうるさい!

 笑いの収まった山本のありがたい助言は、自分で誘え、だった。

 山本いわく、長い間お互いに興味を持たずに同期として働いて、すでに瀬名の中で俺は関わらない人種に分類されているんじゃないかということだった。 好きや嫌いという分類ではなく関係のない人間として分類されているというのだ。 俺の認識も組んで仕事をするまでは同じようなものだったのだから、瀬名だけの責任ではない。

 『まぁ本人から誘われたら瀬名も断らないんじゃねえ?自分で誘ってみろよ』
ありがたく見せ掛けて、何の役にも立たない助言である。

 自分で誘えと言われても、実際のところ瀬名との接点は少なく声を掛ける機会さえ掴めない。どうやって切っ掛けを掴めばいいのかと、以前にも増して瀬名を見ている不審な男になっていた。たぶん瀬名の後輩の、池山に俺の気持ちがバレたのもこの時期だ。あいつ、わざわざ俺の前で瀬名を誘いやがって。すっかり負け犬の気分だ。
 『この前は遠慮させたみたいで…来てくれて良かったのに。
  俺、前から瀬名とも飲んでみたかったんだよ』
 たった二言で済む話。俺は完璧な誘い文句を心の中で繰り返して練習だけを続けていた。山本にはダシにしてもいいと許可をもらっている。まずは手始めに三人で飲むところから段々と仲良くなっていけばいい。

 ……なんて、ちゃんと綿密な計画を練っていたんだ。
 それが……

 『いや、ホントに俺は瀬名と飲みたいなって…』
『そんな気にしなくていいって』
社交辞令だと思った瀬名は笑顔で俺を拒否した。悪気もなにもなく、純粋に、俺に興味がないのだと伝えてくる。
 きっと資料室で鉢合わせたのも本当に偶然だと思っているのだろう。俺が二人きりになる機会を狙っていたなんて思いもしないに違いない。
 『この前のことは何とも思ってないから』
無意識に、だがキッパリと瀬名は拒んだ。完全に俺を遮断した。

 あまりに伝わらなくてカッとしたことは覚えている。

 『違うって!』


 『瀬名が好きだから飲みたいと思って…!』



 ……………馬鹿だ。

 勢いで告白してどうするよ。







あいとじょうとあいじょう
2005/08/17
改稿 2005/10/05




back next






感想(別窓)
一言

SStop         HOME