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 愛と情と愛情 20



 切れ長のひとえまぶたが目が零れそうになるほど大きく開いて、純粋な驚きの表情が瀬名の顔に浮かんだ。
『……は?』
聞き間違いか、と瀬名は本気で疑っている。誤魔化せるかもしれない。上手く言い訳すれば、どうにか…、そこまでは考えられるものの実際にセリフなんて浮かんでこない。俺の頭の中はぐるぐると回るばかりで真っ白になって役に立たなかった。

 『…好きなんだ』

 搾り出すように言った。玉砕を覚悟した上で出した声は掠れて低くなった。

 もう終わりだ。瀬名にとって俺は友人でも何でもない存在なのに。そんなことは重々わかっていたというのに。
 驚く瀬名から目を離して俯いてしまいたかった。断られるに決まっている。戸惑った、困った、すまなそうな顔をするだろう。そんなのは見たくない。

 でも。
 ここで目を逸らしたら駄目だ。それは駄目なんだ、と拳を握り締めて顎に力を入れて瀬名を正面から見た。困惑した瀬名の眉が八の字になっていた。
『…えーと、……本気?』
俺を伺うような瀬名に小さく頷く。
『山本と賭けとかしてるわけじゃ………ない、のね。うん』
思わず眉間にシワを寄せた俺に、瀬名は自分で問いを否定した。否定した、が、まだ疑いの目をして俺を見つめる。

 『あー…、春田』

 自分に遊び人って噂あるの知ってる?


 ……初耳だった。
 瀬名はいつもの真っ直ぐとした視線を取り戻して、背筋をのばし俺に対峙する姿勢になった。
『春田がモテるのも知ってるし、まぁ顔も頭もいいからね、仕事も出来るし。女の子も選び放題だと思うのよ。んでね、噂もあながち嘘じゃないのかな、という気もするわけ。そういう言葉もどこまで信用していいのかなとも思ったりするのね、春田のことをそんなに知ってるわけじゃないし』
相変わらず、瀬名は正直にズバっと言う。
 でも、
『……逆差別だよ、それ』
あまり俺を知らないといいながらも何となく信用できないと評価する原因が、顔とか仕事ができるとか、たぶん、瀬名はいわなかったけれど、家のことだとか。そういう一連のことで女が騒いだからって俺の評価とは関係ないはずなのに。
 学歴がないから駄目だ、というような差別の逆みたいなものだ。本人を見ていない。
 『そっか、そうだね、ごめん』
瀬名が謝る。自分の非をちゃんと認める人間なのだ、瀬名は。

 本当は噂に心当たりがないこともない。
 以前に付き合った女二人。
 あの頃、仕事に慣れてきて大きな仕事も少し任されるようになり、俺は仕事が面白くて仕方がなかった。残業も、その仕事の成果と達成感を思えば苦にはならなかった。
 しかし、付き合っている彼女には不満だったのだろう。 もともと好きだといわれて付き合って、なんとなく好きかもしれないという程度だった。瀬名を好きになるまでは、そんな恋愛しかしてこなかったからそれが普通だと思っていた。
 好きだといわれて嫌じゃなければ付き合って、いい子だなと思う。恋愛なんて、そんなものだと。
 だから、その子といるよりも仕事をしている方がよっぽど楽しかった。もう少し一緒の時間がほしいと遠慮がちに言われ、言葉に詰まった。自分が彼女と過ごすことを有意義な時間と認めていないことに気がついたからだ。
 もちろん、彼女も気がついた。いや、もうずっと判っていたのかもしれない。 思いっきり派手に頬を張られて、それで終わった。
 と、思っていた。二週間後に電話をもらうまで。
『…ごめんなさい。男の人が仕事を大切にするのは当たり前なのに』
『………』
困った、と思った。その子はとても優しいいい子だったし、流石に自分が酷いことをした自覚もあったので、次は優しい男と付き合えたらいいなと願っていた。まさか別れていないつもりだったとは。
『……ごめん』
すでに、俺には次の女がいた。
 好きだといわれて面倒くさいと思ったが仕事を応援すると言われて、じゃあいいかとOKした。
 あのときは少し噂になったのではなかっただろうか。二股、酷い、と。実際には二股などしたことはないけれど自分が最低であったことは確かなので放っておいた。

 そんな、恋愛ともいえない付き合いを繰り返していた。浮気もしたことはないし自分なりに相手を大切にしたつもりで、でも本当は、好きという気持ちは俺が考えていたような軽いものではなかった。
 それが噂を作ったなら、自業自得かもしれないけれど。

 だけど、好きでもないのに好きだと言うような、そんな真似はしない。

 固く拳を握り締めた。友人なんて気軽に考えていた自分が馬鹿みたいだ。瀬名は俺を信用できる男だとも思っていなかった。
 俯いた。もう、真っ直ぐに瀬名を見ることはできなかった。限界だった。

 『…あ…』
 『………っ!』


 瀬名の指が。


 いつも綺麗に爪の手入れがされている指が、俯いた視界の中に入って、そして、俺の指を取った。
 バッと顔を上げれば、思い掛けず真剣な目をした瀬名が俺を見ていた。奥まで透してしまいそうな瞳に怯んで、手を引こうとすれば、冷たい指が握り締めてくる。

 瀬名のどこか必死になったような、透明な目が俺を見つめる。

 まっすぐに俺を見る。

 気がついたときには抱き込んでキスをしていた。瀬名の口の中は俺よりもいくらか冷たくて、引き寄せる項も頬も、俺と同じ温度になるまでキスをした。逃げる舌を追い掛けて絡めた。瀬名は少しの吐息を漏らすと俺の手首に指を添えて、脈を感じられてしまうくらいに心臓がどくりと鳴った。


 受け入れられた、と思った。

 瀬名の透明な瞳は、確かに俺を受け入れていた。






あいとじょうとあいじょう
2005/10/09




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