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  ― 涼真の場合   愛と情と愛情 28






 オレは三男である。
 男三人のうちの一番下。
 つまり、オレは一番の下っ端ってことになる。

 ……姉が、まあ、姉もひとりばかりいるが、あれは女王様なのだ。
 オレが敵うはずもない。


 余計なことを言ったばかりに、偵察を命じられてしまったオレ。まったくもって不幸。

「埃かぶってダンボール運び…」
がっくりと姉貴の部屋の真ん中で頭を垂れた。
「もーちゃっちゃと働いてー」
その横を姉が通り過ぎていく。
「がんばれー」
「諦めろ〜」
気を抜けるような応援は、姉の古い友人である紗夜子サヤコさんと順さん。 二人とオレが物心のつく頃には既に姉の友人として存在していた。
 しかし…
 オレはくるりと8畳の部屋を見渡した。

 姉の恋人(仮)は手伝いに来ないのだろうか。

 ここにいるのは、頭に巻いた黄色いタオルが眩しい順さん、窓拭きをしていても美しい紗夜子さん。そして今日車を出すことになっている同僚の山本さんという人だけだ。
(急に仕事が入ったとか?)
首を捻る。それとも、オレが来ることになったからだろうか。
 家族に恋人のことなど一切話さない姉である。もしかして、オレが来ることになったから遠慮したのだろうか。

 もしかして、遊びだからとかじゃないよな?

 だから家族に顔を見せたくなくて来てないとか…。オレは腕を組んで唸った。普通は恋人の引越しの手伝いくらい来るもんじゃないか? 本気じゃない付き合いだから引越しも手伝わない、とか? 仕事が入ってしまったとかも考えられる、が…うーむ?
 「ちょっと」
考え込むオレの耳を掴んで、姉が引っ張った。
「いてててて!」
「働かないと夕ご飯抜きよ?」
「引っ張んなよ!」
やりますやります!とダンボールを担ぐ。
 クソぉ、誰の心配をしてると思ってんだよ。まったく。傍若無人のくせして妙にヒトが良くて、変な男に騙されそうな姉はオレたち兄弟の心配の種なのだ。本人ばっかりわかっていない。

 すべて荷物を運び入れて、テーブルだけを出して休憩にした。姉が入れるお茶は、やはり美味い。はーっと息を吐いてフローリングに寝転ぶ。
「いいところじゃない」
サヤコさんが窓を眺めて言った。大きな窓からは木々の葉と空しか見えない。確かに日差しも気持ちが良くて、いいとこだ。
「しっかし、今日こそ見れると思ったのにな〜」
まだカーテンの掛かっていない硝子窓に寄りかかって、サヤコさんが悪戯っぽい顔をして姉を見た。
「サヤコ」
姉はオレをちらっと見て咎めるような声を出す。
「いいじゃない。涼真だってお姉ちゃんの彼氏に会いたかったわよねえ?」
「あ、やっぱりアレ!」
BM男が彼氏だったのか?!
思わず叫んでしまってから、姉の視線に気がついて口を閉じた。
「りょ、う、くーん? どこで見たのかなー?」
「偶然!街で!!BMWに乗り込むとこ!ホント偶然に!」
「のぞきなんてする子に育てた覚えはないんだけどなー?」
「勝手にオレの前を歩いてたんだろ!」
「生意気な口はこれ?」
「いひゃい!いひゃい!!」
すみません!と謝るとやっと解放された。っていうか何で謝んないといけないの、オレ?
「はっはっは、瀬名、照れ隠しに弟くん苛めるなよ」
山本さんはオレの頭の撫でながら笑った。
「BMWっていうと本当にハルタだな」
「ハルタ?」
「ハルタっていうんだ?」
姉の男の名前が出たことで、順さんまで話題に食いついた。
「知らなかった?」
「瀬名はあんまりそういう話しないし」
「あーそっか」
山本さんは納得して頷く。
「じゃあ俺が一番詳しいのか。ハルタは同期で瀬名と同い年、身長は…180cm弱くらい? 人当たりはよく、至って温厚。ま、そこそこ仕事も出来る」
次々と出てくる人物像をオレは頭に刻む。ふむふむ、なるほど。良かった、これで兄貴達に役立たず呼ばわりされずに済む。
「乗ってるBMは兄貴がくれたって言ってたな。新車を買うから要らないって」
なにぃ!? オレもそんな兄貴が欲しかった!!
 あ、そうだ!
「なぁなぁ姉ちゃん! ハルタさん、運転させてくんないかな?!」
あれはBMWの中でも特別な車だ。もしかしたらオレなんて一生乗れる機会なんてないかもしれない。幸いオレは免許取りたて。誕生日が早くて良かった!
「駄目に決まってるでしょ」
「えーー」
「あんたねえ…」
姉は呆れた声で大きく溜息をついた。
「もう…サヤコと山本が余計なこと言うから」
「余計なことじゃないわよ」
観葉植物の葉を弄びながらサヤコさんが姉を見た。
「心配してるのよ?」
優しく微笑まれてしまえば、姉も黙る。
「ゆっくり今夜、聞かせてもらうからね」
背中を叩きながらサヤコさんは困り果てる姉を解放した。付き合いが長い二人は、本当の姉妹みたいだとオレは思う。いくつも年の離れているオレよりもよっぽど近いのだろう。
「そうしてもらえ」
山本さんは全てを承知しているような澄ました顔で茶を啜った。

 その日、オレが判ったのは、姉の恋人はハルタという名前で温厚な人物ということと、現在……アレ?うまくいってないのか?

 家に帰ったオレは、フルネームも判ってねえじゃねぇか!と兄貴達にヘッドロックと大外刈りをかまされた。毎度のことだが酷ぇ。BMWは兄からもらったらしいことを言うと実家が金持ちかよ、余計問題だろーが!と更に能無し扱いされた。

 んだよ、そんな心配なら兄貴達が直接「はる太」のとこ行ってフルネームでも何でも訊いて来いよな!!






あいとじょうとあいじょう
2006/01/12
改稿 2006/03/26




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