三人兄弟の次男。
上でも下でもなく、大概にして中途半端な位置。
わからないひと、と何度も称されたことがある。弟であることも兄であることもどちらも自分に相異ないが、わからないと云われてしまえばどうしようもない。年下の女の子が似合う、と言われたこともあれば、年上の女性が似合うと言われたこともあった。
つまりはオールマイティー、ということにしておく。
「シュウゴくん、相変わらず苦悩した顔してるね」
待ち合わせに現れたサヤコさんは開口一番にそう言った。
「難しい顔が売りなんです」
「あはは、ノリはいいのにね〜」
サヤコさんは笑って俺の向かいに座った。硝子張りに外界を眺められる店で、美しいサヤコさんは通りを歩く姿から既に注目を浴びていた。周囲の視線を自覚している彼女は目を流すだけで店員を呼んだ。
「商品は?」
促されるままに俺は鞄から写真を取り出した。
実物が出てくると思っていたらしいサヤコさんは少し驚いた顔をした。
「ここにはないの?」
「大きいので車に。他にも持って来ました」
俺は鞄から時計を取り出してテーブルに並べた。
サヤコさんと俺には姉の友人ということとは別に仕事上の関係がある。インテリア店をサヤコさんは経営していて、俺は時計を作っている。師匠のもと未だ修行中の身だが、練習や試作をサヤコさんが気に入って店に置いてくれている。
「これ好きだわ」
その中のひとつを手に取ってサヤコさんは眺めた。柱時計を模した小さな置時計。
「歌に出てくる、大きなのっぽの古時計みたいね」
実際には手に乗るほどの時計をサヤコさんは気に入ったようだった。
「この写真のも実物が見てみたい」
細い指で示された写真を見る。時計のネジと共に惑星が動くようになっている、仕掛け時計だ。
「奇麗だわ」
「姉に頼まれていたんですが」
「ショーコに?」
「はい」
誰かへのプレゼントとして考えていたらしいのだが、どうやら渡す必要がなくなったようだ。
姉は買うといったが、折角ならば気に入った人に渡ってほしい。
「ふーん…なるほどねぇ」
妙に納得した顔でサヤコさんが写真を眺めた。
「ハルタくんにあげるつもりだったのかしらね」
ハルタ。
突然あらわれた名前に反応して思わずサヤコさんの顔を凝視した。
「…やだ。本当に瀬名家の兄弟は」
呆れた声でサヤコさんは左手を目の前で振った。まるで視線を追い払う仕草に、俺も強張った目を瞬かせた。
「本人はもう全然気にしてないし大して覚えてもいないのに」
シスコンって治んないのかしら、とサヤコさんは目を細めて俺を見た。
覚えていない、とは姉が昔別れた年上の男のことだ。あのとき俺は小学生で、いつも気丈な姉が隠れて泣いている姿は結構な衝撃だったのだ。大概のことでは揺らがない姉をここまで傷付けた男がいる。餓鬼らしく怒りの衝動のままボコボコにしてやった。既に俺は身長が170を越えていて小学生には見えない体格で、男はカツアゲか何かと思ったようだった。差し出された札束ごと掌を踏み抜いた。
シスコンと称されるのは心外なのだが、あの衝撃が一種の刷り込みとなっていることは事実だ。
時計をサヤコさんの車に運んで、トランクを閉める。
「ありがと」
男手があるときには一切手を出さないサヤコさんは、いっそ天晴れだ。サヤコさんが運転席に座るのを横目に俺は残りの荷物を助手席に乗せた。
「崇吾くん」
シャツを引かれた。前に傾いだ俺の顔に紅い唇が近付いてくる。
こんな慎み深いキス、いったい何年振りか。
目を瞑る暇もなく、触れただけで柔らかい唇は離れていった。
「…サヤコさん」
手の甲で唇を拭って咎める声を出した。しかしサヤコさんは間近で形の整った唇を引き微笑むだけだ。
「兄貴に殺される…」
「総くんとは大昔に別れてるけど?」
可笑しそうに和らげられた目元が明らかに俺を揶揄っていた。兄とサヤコさんは何年も付かず離れずの距離を保って、お互い他所を向いている振りをしている。いい加減、他の相手と長続きしない理由を理解しろ、と二人に言いたいところだが余計な世話なので黙っている。
身を引いて、助手席の扉を閉めた。
「また連絡します」
お遊びに付き合わない俺にサヤコさんは不満気に口を尖らせたが、
「ま、いいわ」
と大人しくシートベルトを留めた。
首をちょこんと傾げて俺を見る。
「もう、いいみたいよ?」
目を瞬かせる俺にサヤコさんはふふと笑う。
「バトンタッチの時期が来たみたい」
「キスのお礼にトップシークレットを教えてあげるわ」
まだどう転ぶか分からないけどね。
ハルタくん、ショーコにプロポーズしたんですって。
あいとじょうとあいじょう 2006/05/14
+2006/07/10
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