鼻の大きな男が、こっちだ、と、同じように大きな掌を振った。
待ち合わせの駅を降りると、夜街の喧騒にムッと空気が熱くなった。先日知り合ったばかりの男を探す。目と鼻が大きい中肉中背の男だ。印象の強い目と視線が合い、山本という男は手を振った。
「ども、ども、おつかれさんでーす」
無難に笑顔で挨拶をする山本は、暑いのかスーツを片手にぶら下げて、長袖のシャツは捲り上げている。
暦の上では秋だが、まだ残暑が厳しい。
「おつかれーっす」
対する俺はジーンズにシャツという私服だ。俺も一応勤め人だが、スーツの必要はない。
「じゃ、いくか?」
先日瀬名の引越しで知り合った俺たちは、少し話をして、これは馬が合いそうだと酒の約束をした。
「あーちょっと待ってくれ、もう一人、な」
山本は大きな目をくるりとして辺りを見渡す。おお、と手を挙げる先は、俺が降りてきた階段と反対側のホームだった。
「ハルタ、ハルタ、こっち」
山本が大声を出して呼ぶが、ハルタは携帯メールを打っている。聞いていた話より更に人目を引く外見に、彼がこちらに気がつく前に俺はハルタが判った。
「びっくりだなー、ほんとイケメンだねー」
「はあ?」
俺の不躾な発言に、ハルタと呼ばれた男は不機嫌そうに眉を寄せた。それがまた訓練された俳優のようで、スーツを着た立ち姿も、油断のないモデルみたいに見える。
「山本」
なんだコイツ、とハルタは言外に滲ませて山本を睨む。
「あーほら、なんだ。例の噂のオトコ」
「うわさ?」
なんの話だ? 俺が脳裏にハテナマークを飛ばすのと同時に、ハルタは素早く振り返って鋭い眼光を俺に当てた。
「春先?うーん?」
「瀬名と朝帰りしたろ?」
瀬名の会社でどうやら俺と瀬名の浮気疑惑が浮かんでいたらしい。意地の悪そうなニヤけた顔をして、山本が思い出せとせっつく。
「あー?でもそんなのしょっちゅう・・」
「しょっちゅう朝帰りしてんのか!?」
「そそそんなわけないだろ!山本!」
隣り怖いから! ハルタ怖いから!
無駄に顔が整っているだけに、ハルタが冷たい目線を寄越すと蛇に睨まれた蛙の気分だ。非常に恐ろしい。
「や、別に遊んでて夜が明けて、ね? いや二人きりじゃなくて俺とサヤと瀬名で、子供のときからだし?」
別に疚しいことなど何もないのに弁解するような俺をハルタがじっと凝視する。
「何もないって」
「・・だってよ?」
ニヤニヤと俺の言い訳を聞いていた山本が、ようやく助け舟を出した。そんなことは元々確信していたくせに、ハルタを揶揄うなんて山本も悪趣味だ。
「お前もわかってんだろーが」
山本はハルタの肩に軽く拳を入れて言う。
「・・まあ、ね」
ハァと溜息をついて、ハルタは目を擦った。まるめた手の甲で目蓋をこする姿は不思議に幼く、瀬名はこんなところにヤラれたのかなあと勝手な想像を抱いた。
「ほんとーに何もないんだな?」
「ないない、出会った瞬間から現在に至るまで、まっっったくない。桃色空気が漂ったことさえナイ」
「それなら宜しい」
うむ、と頷くハルタは立派な酔っ払いだ。
「順くんにはぁー、昔から心に決めた女が・・」
日本酒のコップを掲げて宣言する俺もとうぜん酔っ払い。
「うおおぉお男だ順んー!」
叫ぶ山本もすでに出来上がっている。
うん、
ハルタはいいやつだ、瀬名。
いいやつだぞ。
「意外に今回は落ち着いてんだよなー、ハルタ」
「悪いかー」
「取り乱してくれないと俺の楽しみが!」
「それが本音か山本ぉ」
「ぐぇえ」
「わっはっは!」
ラリアットを喰らった山本を指差して笑った。
「いいんだよ、俺はわかったから」
春田は腕を組んで、したり顔をする。真っ赤な顔なので様にはなっていないが。
「なにが」
「俺はわかったの。いいの。あとは瀬名がわかればいーんだ」
一人で納得しているハルタに俺と山本は、
「意味わかんねぇー!」
と叫んだ。
結局、男三人で無駄にハイテンションのまま日が変わるまで飲み続けた。次の日は当たり前に二日酔いだ。
「頭イテぇ・・」
妙に波長が合ってしまって楽しかったが、一晩明けた気分は最悪だ。
少しは瀬名の友人らしくハルタに探りを入れようと思っていたのだが、聞いた内容も今では曖昧だ。しかし、ハルタはいい、と思ったのは覚えているから、瀬名の相手として認めたのだと思う。
「あー気持ちわる」
水を飲んで胃を落ち着かせた。
そういえば、ハルタの本名も聞いてなかった。向こうも俺の名前は『順』というだけで正確には知らないだろう。瀬名の弟から聞かれていたことを今さら思い出し、頭を掻いた。
「けっきょく、はる太の苗字は何だったんだ」
あいとじょうとあいじょう 2005/10/09
改稿 2008/10/19
back
next
|