消えた王女 第1章 一瞬の油断

消えた王女


第1章 一瞬の油断


 フィンは図書館の一室でいらいらしながら待っていた。

 ベラから帰ってきて一週間。やっとエクシーレからナーザが戻ってきたのだ。

 城に籠もっていたら色々と爆発しそうになっていたところだったので、あの旅行はある意味渡りに船だった―――だがそこに大きな罠が仕掛けられていた。

《あの歓待って……もう少し予備知識をくれたら良かったのに……もしかしてわざとなのか?》

 王女は間違いなくフィンがベラで“歓待”されることを知っていて黙っていたのだ。だが彼女はフィンとアウラの間にある問題については知らなかった。

 フィンも男である以上、あれをスルーするなど不可能だ。たぶん王女はちょっとからかうぐらいのつもりだったのだろうが……

「あのど畜生どもめ!」

 おかげでそろそろフィンは本当の本当に限界に達しかかっていたのである。

 ハビタルで一夜を共にしたパサデラが実に素晴らしい娘で、彼女の肌触りだけでも一生物の体験だったというのに、しかも元がヴィニエーラ出身とかで“アウラお姉様”の素晴らしい思い出を実演付きで話してくれたりして……

 はっきり言って完全に逆効果だった。

 今やフィンは明確に認識をしていた。

《これ以上アウラとこんな生活をしていたら、いつか暴発してしまう!》

 フィンは頭を抱えた。

 そんなことになったらアウラはどうなる? もし前みたいになってしまったらそれこそ終わりだ! 他ならぬフィンの手で彼女の傷をこじ開けてしまうことになるのだ!

「あ、ごめんなさい。フィン。待った?」

 そのときやっとナーザがやってきた。

「あ、ナーザさん」

「やっと片づいたのよ。もう大変」

「仕方ないですよ。こういう場合。それにしても大変ですね。将軍の代行までしなくちゃならないなんて」

「仕方ないわ。引き受けてしまったんだから」

 フィンは改めて感銘した。目の前にいる女性はいったい何者なのだろう?

 ガルガラス達もナーザのことを尊敬していることを彼は知っていた。先日のベラ行きでは彼らからは色々な話を聞く機会があったのだ。

 そこでナーザの話が出たら決まって彼らはこう言うのだ。

『ああ。そりゃすごい方だよ。最初はみんな女に命令されるのは嫌だったがね』

 いったいどうやったらあの荒くれ男達にこうも尊敬されるのだ? 噂に寄れば、三年ほど前の小競り合いの時には、ナーザは一中隊を率いて陣頭に立って敵を撃退したという話だ。それは今でも語りぐさになっている。

 そのことをフィンはナーザに尋ねたことがある。そうするとナーザは笑って答えたのだ。

『ああ。兵士達って言うのは、結局一緒に命を賭けてくれるかどうかが問題なのよ。どんな立派な将軍でもそうじゃないと分かった途端にそっぽを向くし、私みたいな女でもそうだと分かれば認めてくれるの』

 それを聞いてフィンは言葉が出なかった。彼女はあっさりとそう言ったが、戦場で命を賭けるというのは並大抵のことではないはずだ。それをさらっとやってのけて認めさせてしまうなんて……

「国境の方はもう問題ないんですか?」

「ええ。とりあえずはまた元通りよ」

「ということは、会談はうまく行ったんですね?」

「そうね。ティベリウス様は話せば分かって頂ける方だから」

 ティベリウスとはエクシーレ王国の国王のことである。

「でもまた何年かしたら同じことが起きるのでしょうけどね」

 そう言ってナーザは軽くため息をついた。

「今回はたしかエクシーレ側の挑発でしたよね」

「そうだけど、それに乗った方がもっと悪いわ。少し東側の人員配置を考えなくてはならないわ。ティベリウス様は、こちらが隙を見せたらいつでも付け入ってくるでしょうからね」

 頭の痛い話だ。

「もっと根本的な解決手段はないんでしょうか?」

「根本的ってどんな?」

「いえ、そこまでは考えてないんですが」

「まあ、あることはあるけど……」

「どんな手段ですか?」

「ベラと一緒にエクシーレを滅ぼして、領土をベラと二分するなんてどうかしら?」

 フィンは泡を食った。

「じょ、冗談でしょう?」

「根本的にと言われれば、これしかないんじゃないの?」

 ナーザはにこにこ笑っている。

「それじゃ大戦争になってしまいます!」

「当然よね」

 ナーザは平気な顔で答える。フィンはしばらく絶句した。

「もっとこう……平和的な手段で何かないんでしょうか?」

「それは難しいわね。彼らはこの地を欲しがっているし、私たちは渡したくないでしょ? そういう意識がある限り、なかなかそうはいかないわ」

「たとえば……エクシーレからカロス山脈を越えて、直接中原に抜ける道を開発したらどうなります?」

「あそこに道を通すの? あんな険しいところ、とてもじゃないけど……」

「いえ、たとえばの話なんですが」

「そうねえ……そうするとシルヴェスト王国かサルトス王国との間で同じ問題が起きるんじゃないかしら? それにそうするとフォレスの関税収入が減ってしまうわ」

「ですよねえ……」

 フィンもそんな気がしていた。世の中はなかなかうまく行かないようにできている。

 それはともかく、今日ナーザと会う約束をしたのは、軍事問題を話し合うためではない。それはそれでおもしろいのだが、フィンはもっと大きな問題を抱えていた。

「あの、それで、例の話なんですが……お時間は大丈夫ですよね」

「大丈夫よ。王女様方がお帰りになるのは夕方でしょうから」

 今日はエルミーラ王女達は久々の休日で、白き湖の方にピクニックに行ったという。

 もちろんアウラも一緒だ。楽しみだったみたいで、昨日は結構浮かれていたが……

「久々のお休みですからね。ゆっくりできるといいですね」

 フィンは建前抜きで心底そう思っていた。

 彼はナーザ同様にエルミーラ王女に対しても感服していた。

 アイザック王はそろそろ王女に国政を経験させようとしていたのだが、今回の騒ぎで実習がいきなり本番になってしまっていたのだ。

 フィンは婿候補騒ぎ以来、エルミーラ王女を意識せざるを得なくなっていた。といっても彼女に特別な感情を抱いてしまったわけではない。フィンの気持ちは相変わらずアウラ一筋である。だが同時にエルミーラ王女の動向もずっと気になり続けていた。

 そういう意味で王女は立派だった。もちろんルクレティア王妃が国政のかなりの部分を担当しているのは事実だ。だが様々な嘆願を聞いたり、事件が起こったときの裁きなどはやはりアイザック王の担当である。

 王不在の間、わずか一ヶ月ではあるが、エルミーラ王女はそれを立派にやり遂げたのだ。国内であまり重大な事件が発生しなかったこともあるが、それでもいくつか小さな事件の裁判を行わなければならなかった。

 フィンはそういう王女を遠くから眺めていただけなのだが、そのときの彼女には既に女王の風格が感じられた。

《聞いた感じとはずいぶん違うよな……》

 フィンはアウラからエルミーラ王女の日常をよく聞かされていた。アウラの視点から見れば、王女はとってもすてきなお友達で、ごく普通の女の子だった。

 フィンはそんなエルミーラ王女の力になれたらいいと思い始めていた。もちろん婿になるのとは別な意味でだが……

「さて、それじゃ続きをしましょうか?」

 フィンはいきなりナーザが本題に入ったので、少し慌てた。

「え? はい」

 現実に戻ったフィンは考えた。とにかく今の彼にとって最大の問題はアウラなのだ。これをどうにかしないことには王女に協力しようもない。

「状況はなにか変わったの?」

「いいえ、特には……」

「それではお話しして下さらない? その、細かい状況を……」

「わかりました」

 こうなったら恥も外聞もあるものか。これを解決しないことには二人の未来はないのだ。

 フィンは心を決めて話し始めようとした、まさにそのときだった。

 慌てた様子の女官がやってきて、ナーザを見るなり言ったのだ。

「あ、ナーザ様。こちらでしたか!」

「どうしたの?」

 ナーザが驚いた表情でその女官の顔を見る。

《ぐああああああぁぁぁ!!》

 フィンは暴れ出しそうになった。だがその女官は側にフィンがいることに気がつくと、彼に向かっても言ったのだ。

「ああ! ル・ウーダ様もこちらでしたか!」

 フィンが驚いて振り返り、その女官をよく見ると……何だか顔面蒼白だ。尋常な様子ではない。

「一体どうしたの?」

 ナーザが尋ねる。

「それが……」

 女官の話を聞いてフィンもナーザも同様に蒼白になった。



 久々の外出にアウラはうきうきしていた。

「それではみんな、準備はいいかしら?」

「はいっ! 準備万端です!」

 エルミーラ王女の合図にコルネが嬉しそうに答える。彼女は手に大きなバスケットを持っている。

「グルナもリモンも忘れ物はないわね?」

「ええ」

 二人はうなずいた。

「じゃあ行きましょうか」

 娘達は城を出発した。

 行き先は白き湖の畔にある“見晴らし台”だ。城からは歩いて数十分程度の、ちょうどピクニックにはちょうどいいぐらいの距離だ。しかも今日はとても天気がいい。

 だが吹く風にはもう秋の気配が濃厚だ。日陰だとちょっと肌寒いぐらいだ。だが歩いているうちにすぐに体が火照ってくる。こうなると少し冷たいぐらいの風の方が遙かに気持ちがいい。

 一行がエクシーレへの街道づたいに町を出て東の丘を登り切ると、左前方に大きな湖が広がっているのが見えた。これがフォレスの誇る白き湖だ。あの大聖もこの湖を大いに気に入って、このフォレスの地に何年も滞在したという。それだけでなく大聖が銀の湖の畔に今の都を建てたのは、この白き湖の美しさが忘れられなかったからだとも伝えられているぐらいだ。

「うわあ!」

 思わずアウラは声をあげた。ここには何度かやってきているが、今日は格別に気分がいい。

「ああ! 久しぶりに来たみたいな感じ!」

 王女ものびをしながら言う。

「夏に来られたらもっと良かったのにね」

 アウラがそう言うと、王女は肩をすくめながら答えた。

「しょうがないじゃない」

 高原の夏は短い。アウラは雪に閉ざされた冬の間王女や三人娘達から夏の高原の美しさの話を散々聞かされていたので、みんなでピクニックに行ける日を心待ちにしていたのだ。

 ところがいきなり今回の騒ぎである。もちろんそれどころではない。だからこの夏は最高の日和続きだったというのに、エルミーラ王女は公務以外では城から一歩も出歩けなかった。

 そのうえ本格的な政務は初めてだったため色々な面で効率も悪く、王女は毎晩遅くまで起きて残務を処理しなければならなかった。だからたまの休みがあっても王女は一日中ぐったりとしていて、ちょっとした外出もできなかったのだ。

 そんな調子で今年の夏は終わってしまった。その間ずっとアウラはこのまま問題が片づかなかったらどうなるのだろうと心配でならなかった。これでは王女の身が持たない。

 しかし始めがあれば終わりもある。先週末に王が帰還してこの忙しさにやっとけりが付いたのだ。おかげで今週はやっとこうして遊びに出られる!

「やっぱりナーザ様をお呼びした方が良かったでしょうか」

 歩きながらグルナがそうつぶやいた。

 それを聞いてアウラはぴくっと体を震わせ、それから誰もそれに気づいていないことを確かめるとため息をついた。彼女は別な意味で彼女の帰りを待ち望んでいた。そのナーザが戻ってきたのは二日前なのだが、城に帰ったからといってすぐに自由になれるわけではない。

 それを聞いて王女が答える。

「まだお父様や将軍達とお話しすることがあるみたい。話し始めたら長くなるから……お仕事の方が大切だし」

「仕方ありませんね」

 もちろんこれが最後のピクニックの機会というわけでもない。また来ればいいことだ。それにもう少ししたら王女はアウラやナーザと一緒にベラに行くことになっている。それはある意味今度の国王代行のご褒美のようなものだ。そのときゆっくり羽を伸ばしてもらえばいいのだ。

 一行は湖に向かう小道に入っていった。その道をしばらく歩くと岸辺に出る。そこから水辺づたいに行くとちょっとした丘があって、その上は気持ちのよい草原になっている。ここが見晴らし台だ。

 ここからは湖とその向こうの山並みが一望のもとに見渡せる。王女は丘の頂上の少し手前で立ち止まった。

「ここが一番景色がいいわ。ここにしましょうか?」

 娘達はうなずいた。すぐにグルナとリモンが休息の準備を始める。

「静かね」

 アウラがつぶやくとグルナが答えた。

「夏だったらお花がとってもきれいなんです。でもちょっと遅すぎましたね」

 ここはガルサ・ブランカの市民の憩いの場で良く町の人も遊びに来るところなのだが、季節はもう秋で花もほとんどなく、なおかつ平日ということもあって誰も来ていなかった。だが地上は少し寂しくても、その雄大な景色はそれだけで目が洗われるようだった。

 アウラはすることがなかったので、みんなから少し離れるとその景色に見入った。

《銀の湖ってこんななのかしら》

 フィンが育った白銀の都もここのような高原地帯にあって、同じように美しい湖があるという。だからフィンはこのフォレスはとても住み心地がいいと言っていた。

 アウラが育ったのはもっと暖かな草原地帯だ。彼女はガルブレスと共にあちらこちらを旅していたが、大体が中央平原周辺で、こういう場所にはあまり来たことがなかった。

《ここは冬は少し寒いわよね……》

 アウラは雪が嫌いだった。雪を見るとどうしてもあの日のことを思い出してしまう。それなのにここだと年の半分近くは雪に閉ざされてしまう。

 だがそれでも他の土地に行く気はしなかった。なぜならここには王女や三人娘達、それにフィンがいる。彼らと一緒にいられるのであれば、たとえ一生氷の中に閉じ込められようと耐えられるような気がした。

「気に入った? ここ」

 気づいたら王女が側に立っている。

「ええ」

「だったら一度ル・ウーダ様と来てみたら?」

「ええ?」

 いきなり王女に言われて、アウラは返答に窮した。

「アウラ。あなた休みの日は何しているの?」

「え? 何って……薙刀の練習したり、それから……」

「ル・ウーダ様は?」

「ずっと本を読んでるわ」

 それを聞いて王女は吹き出した。

「何やってるのよ! あの方のことだから、あなたから言わないとずっとその調子よ」

「……」

 アウラは困った。彼女はまだエルミーラ王女にフィンとの間の問題について話していなかった。だから王女は当然二人の間に何の障害もないと思っている。図書館でフィンが赤い目をしているのを見て、王女は意味ありげにアウラに笑いかけたものだ。

 またこの間のベラ行きのときも、エルミーラ王女はベラの歓待の習慣のことをアウラに細かく説明してからこう言った。

『ま、殿方ならあの歓待を断ることなんてできないから、あまりル・ウーダ様をいじめちゃだめよ』

 アウラは黙ってうなずいたのだが、心の中は迷いで一杯だった。

《私ってどうして?》

 このままではフィンに嫌われてしまうのではないだろうか? そんなことになったら、そんなことになったら―――前とは違った感じで胸が痛かった。

 だがともかくナーザは帰ってきたのだ。もう少しすれば何とかなる。もう少しだけ我慢すれば……

 そんなことを考えているときだった。

「それ、綺麗ね」

 エルミーラ王女がアウラのしているスカーフを見て言った。

「あ、フィンのお土産なの。何か向こうで仲良くなった大臣がね、確かプリムスって人だったっけ? その人のお薦めなんだって」

「フラン織りね」

「うん。確かそう」

 王女はちょっとそのスカーフを見つめると、ぽつっとつぶやくように言った。

「ル・ウーダ様って……いい方よね」

 アウラは驚いて王女の顔を見た。王女は少し寂しそうな表情で湖を見つめている。

「彼、あなたを幸せにしてくれるわ」

「ミーラ……」

 アウラはぽっと赤くなった。何でいきなりそんなことを言うんだろう? だが王女はそんなアウラを見ずに続けた。

「お父様ね……結構本気みたい」

 アウラは一瞬王女の言ったことの意味がよく分からなかった。

「本気って……何に?」

 王女が振り返ってアウラを見つめた。

「この間のお話よ」

「え?」

 アウラはやっとロムルースが来たときに出た話を思いだした。

「ええ?」

「そんなに驚かないで。お父様がそう考えてるだけなんだから」

「でも……」

 アウラはうつむいた。彼女にもよく分かっていた。王女とフィンの方がお似合いだと。彼女は建前上はガルブレスの養女であるが、その素性は誰も分からない。それに対して王女は正真正銘の王女だ。彼女自身が何と言おうとだ。

「あたしもあれから少し考えたわ。確かにお話としては悪くないのよね」

 再びアウラは王女の顔を見つめる。

「それにあなたがいることはそんな障害にならないし……あなたはあたしの従姉なんだから。あなたの子供も十分世継ぎの資格があるんだし」

 それを聞いてアウラは絶句した。といっても世継ぎと聞いて絶句したのではない。

《子供?》

 子供って、フィンの子供だろうか? そう思った途端にアウラは重苦しい気分になった。今のままではそんなことは絶対あり得ない。

「だからお父様は……アウラ、聞いてる?」

「え? ああ、ごめんなさい。何?」

「だからお父様は、ル・ウーダ様が妃を二人持っていても悪くはないと考えているのよ」

「……」

 彼女と王女が一緒にフィンの奥さんになるだって? いったいそんなことが……

「それにあたし、あなたと一緒にいるのだって嫌いじゃないし……」

 それと同時に二人は顔を見合わせて、互いに赤くなった。

「あ、あの、やっぱりその、ああいうのってどうなのかしら?」

 アウラはしどろもどろに言った。

 あの日は日が落ちてからもかなりむし暑かった。夜遅くに王女の自室に帰り着いたとき、二人はかなり汗をかいていた。いつもならそこで別れを告げて戻るのだが、その日はアウラの自室の風呂の準備を頼んでいなかったことに気づいたのだ。

 アウラはずっと一人で寂しかった。何となく帰りたくない気がした。そのとき―――ここに来てすぐの頃に王女の部屋に泊めてもらったときのことを思い出したのだ。

 おずおずとしたアウラの申し出に、エルミーラ王女も喜んで承諾した。王女は王女でストレスが随分貯まっていたのだ。彼女は適度な仕事の“手の抜き方”をまだ習得できていなかった。

 そんな状況になってしまったら、後はもうなるようにしかならない。

「アウラ、後悔してるの?」

 後悔? もちろん違う。あの晩は本当に楽しかったし、王女もまた同様だったのは間違いない。でも―――なぜかアウラはフィンが戻ってきてこのフラン織りのスカーフをくれた晩のことを思い出していた。


 ―――その日のフィンは何か妙に煮え切らなかった。

「どうして恥ずかしいの? あたしだって話してあげてるじゃない」

 別に彼がハビタルで歓待してもらったということについてどうこう言うつもりはなかった。綺麗な女の子を見て男性がどういう風に感じて何がしたくなるのか、アウラだってよく知っていた。

 だったら堂々としていればいいのに。あの子はあんなに可愛かったとか言ってくれればそれでいいのに……

 そんな彼女の眼差しをみてフィンは渋々といった調子で話し始めた。

「そうだね、俺の相手をしてくれたのはレジェって子で……」

 レジェ? レジェだって?

 アウラは飛び上がるように立ち上がるとフィンににじり寄った。

「レジェ? 何でフィンが知ってるの?」

 まさかあのレジェってことが……あるはずないのだが、何故かフィンは明らかにしまったという顔をする。それから慌てて取って付けるように言った。

「いや、違った。実は、パサデラって子で……」

 なんだって?

「パサデラ? もしかしてヴィニエーラにいた?」

 フィンはあんぐりと口を開けたまま凍り付いてしまった。

「そうなのね……」

「いや、だからね」

 途端にアウラの目に涙がにじんできた。

《どうして?》

 何故涙が出てくるのだろう? 分かっていたことではないか? それにパサデラ?……彼女なら絶対フィンを心ゆくまで満足させられたはずだし……何で彼女が泣かなければならないのだ?

 だがそう思っても涙は止まらない? どうしてなのだ?

「ごめん。だから……」

 フィンがアウラを抱きしめる。その腕の感触を感じながら、思わずアウラはフィンに言っていた。

「そんなに隠すことないじゃない」

「え? でも……」

「知ってたわ。王女様に聞いたもの。だから宴の話をしたら絶対面白いって……」

 どうして自分はこんなことを言ってるのだろうか?

「でも王女様まだ知らないから……あたしがだめだってこと……」

「アウラ!」

「あたしだって知ってるんだから……でもだめなの! これはフィンなんだからって思っても、いくら頑張ってもだめなの」

 どうして自分はこんなことを言ってるのだろうか?

「アウラ!」

 そう言ってフィンが彼女を抱きしめる―――


 一体どうしてだったのだろう? 懐かしい名前を聞いたからなのだろうか?

 そういえばレジェと―――別れて、一人になってからは全然泣いた記憶がない。その代わりフィンと一緒になってからはずっと泣いてばかりのようだ。

《王女様だったら全然怖くないのに……》

 王女がいいというのであれば、アウラはできる限りのことをしてあげたかった。だが彼女はフィンに対してはもっとそのように思っていた。なのに彼女にはそれができない……

 アウラが唇を噛んでうつむいてしまったので、王女が少し慌てて言った。

「アウラ、もしかして無理してた?」

「いえ、違うの。その、なんて言っていいか……ミーラは王女様だし……」

 それを聞いて王女は微笑んだ。

「何だ。そんなことを気にしてたの? 私は後悔なんてしてないわよ。というより、これに関してはもう後悔しないの。今更後悔したって手遅れなんだから、もう思い通りにすることにしたのよ。でもあなたに無理強いはしたくないわ。だから嫌だったら嫌って言って。それで怒ったりしないわ。あの子達に約束しているのと同じことよ」

 アウラは慌てて首を振った。

「違うのよ。そんなつもりじゃなくて」

「じゃあどうしてそんなこと言い出すの?」

 そう言って王女はアウラを見つめた。

 何と言えばいいんだろう。大体嫌なことなんて何もないし、そのことには後悔だってしていない。そもそも一体何がこんなに引っかかっているのだろう?

「フィンに……」

 気づいたらアウラはそう口に出していた。なぜそう言ったのかさえよく分からない。だがそれを聞いて王女は急にまじめな顔になった。それからつぶやくように言った。

「そうよね……」

 驚いてアウラは王女を見た。彼女はアウラに微笑み返したが、何となく力がない。

「やっぱりそうよね。ル・ウーダ様に気兼ねしちゃうかしら……」

 アウラは何か言おうとしたが言葉にならなかった。エルミーラ王女は話し続けた。

「でもほら、もしあたし達がル・ウーダ様と結婚したら、そういった気兼ねもいらないかも知れないじゃない!」

「え?」

「なによ。そこまで変な顔しないでよ。本気にしたの?」

 アウラがよっぽど妙な顔をしたのだろう。エルミーラ王女は笑い出した。それからふっと笑い止めると大きく息をついた。

「あたしだって分かってるわ。あたしは結婚して子供を作らないといけないし、でないとまた同じことになっちゃうし……」

 アウラはその点については何となく分かっていた。アイザック王に彼女しか子供がいなかったせいで、王女はこういう辛い目に会っているのだ。

「でもやっぱりそういうのって好きな人とがいいわよね?」

 アウラは黙ってうなずいた。

「ル・ウーダ様はいい方だけど……二人同時に愛せるほど器用じゃなさそうだし……」

「ええ?」

 それを聞いてアウラはどきりとした。

「ル・ウーダ様はあたしに子供は下さるかもしれないけど……やっぱりあたしはずっと一人なの……それが分かってるから……アウラ、あなたが羨ましいわ」

 アウラは真っ赤になってうつむいた。何と答えて良いのか分からない。

 それ以上にアウラの頭の中には、王女が一つ前に言った言葉が渦巻いていた。

《二人同時に愛せるほど器用じゃない……》

 アウラはフィンが見つめていた短剣を思いだした。

 あれを彼女が取ったとき、フィンは本気で怒っていた。彼があんな顔を見せたのはあれが初めてだった。そんな大切な物を与えた人とはいったい?

 二人はしばらく黙ったまま湖を眺めていた。

 その沈黙はグルナの叫び声で破られた。

「コルネ! どこにも入ってないじゃない!」

「い、入れたと思ったんですけど……」

 二人が振り向くと、グルナとコルネがバスケットをひっくり返して何か探している。

「いったいどうしたの?」

 王女が尋ねると、グルナが怒った声で言った。

「コルネったら、食器をみんな忘れてきてるんです!」

「ええ? でも無ければ無いで……」

 そう言いながら王女はバスケットをのぞき込んだ。

「まあ、どうしましょう?」

 今日のランチは大きなパイだったが、中にはクリームで煮込んだ鶏や野菜が詰めてある。これは王女自身の好物だったのだが、柔らかすぎてちょっと手で食べるわけにはいかない。

「あたし、取ってきます」

 コルネが泣きそうな声で言う。実際顔は半泣きだ。アウラはそれを見てかわいそうになった。

「コルネだと時間がかかるわ。あたしが行って来る」

「でも……」

「だってグルナ、コルネの足だと一時間半はかかるわ。そんなに待ってられないでしょ? あたしだったらその半分以下で済むわ」

 それを聞いてグルナが少し心配そうに言った。

「でもアウラ、あなたが行っちゃうと、女の子ばかりだし……」

 アウラはちょっと言葉に詰まった。確かにそう言われればそうかもしれない。だが彼女は少し体を動かしたい気分だった。さきほどの王女との会話は少し神経に堪えていた。ここにいて湖を見つめているだけだと落ち込んでしまいそうだ。

「じゃあ、リモン。これを貸してあげるわ」

 そう言ってアウラはリモンに薙刀を渡した。

「ええ? 私がですか?」

「うん。だってリモン、ずいぶん上達してるわよ」

「でも……」

「大丈夫って。いいでしょ? ミーラ」

 エルミーラ王女は少し考え込んだ。アウラがいなくなると少し心配なのは確かだが、体を動かしたせいで彼女もずいぶん空腹になってきていた。

「分かったわ。お願い」

「じゃあ、大急ぎで行って来るわね」

「すみません……」

「いいのよ。コルネ。それよりお茶を沸かしといてね」

「はいっ!」

 アウラは城に向かって駆けだした。

 城への往復はちょうどいい具合の運動になった。

 走っていると頭の中が真っ白になって嫌なことが忘れられる。一人で中原を彷徨っているときは、良くわけもなくこうして走っていたものだ。

 だがこちらに来てからはほとんどこんな風に走ったことはない。忙しくてそんな暇がなかったからでもあるが、それ以上にそのように何もかも忘れたくなるような気分にならなかったからだ。

 王女や三人娘達との日々は楽しかった。フィンとの日々も―――少々問題はあるとはいえ、こちらもまた同様だ。それにその少々の問題というのももうすぐ解決するだろうし……

 だが王女の結婚の問題は彼女の心にのしかかっていた。

 彼女はああは言ってくれたが、フィンの方はどうなのだろう? フィンが自分のことを好いてくれているということには確信があったし、彼女自身も同じぐらいにフィンのことが好きだ。少なくとも今は……

《今は?》

 そう思った瞬間なぜかアウラの足が止まった。

 確かに今はそうだ。だがこの幸せがずっと続くという保証はあるのだろうか?

 ここに来るまではそんなことを考えたこともなかった。かつて一人でいたときには逆に今日も、明日も、明後日も、ずっと同じように続いていくのだと信じていた。実際あのときだって色々な人と出会えたのだ。でも結局何も変わらなかった。レジェと共に過ごしたときだけ……

「嫌よ!」

 アウラはそう言って首をを振る。終わったのだ。あれはもう終わったのだ。

 そんな彼女の生活に劇的な変化が起こったのは、あのトレンテの先で間抜けにも川にはまってしまい、同じく間抜けな三流魔導師に助けられた時なのではないか?

 そしてそのとき以来、何故か明日は今日とは違った日になるかもしれないという期待と、この楽しき日々が失われてしまうのではないかという不安の両方を感じるようになったのだ。

 アウラは大きく深呼吸するとまた走り出した。急がなければ。エルミーラ王女や三人娘達がお腹を減らしているに違いない。

 そんな調子でアウラが湖への小道まで戻ってきたときだった。向こうから見覚えのある姿がやってくるのが見える。コルネだ。

 アウラは手を振った。だがいつもならこういう場合絶対両手を振って答えてくれるはずなのに、彼女は無反応だ。何か様子がおかしい。

「コルネ?」

 アウラが大きな声で叫ぶと、彼女はやっとアウラの姿に気づいたようだ。途端にコルネは蹴躓いて倒れた。

「コルネ!」

 アウラは慌てて駆け寄った。そういうことならまあこの娘はよくやるのだが―――それはともかく、どうして彼女がこんなところをうろうろしているのだ? もしかして足りなかったのは食器だけではなかったのだろうか? だとしたら納得がいく。多分それで王女に怒られたのだ。でもそれでは仕方ないが……

 アウラは苦笑しながらコルネを助け起こした。そして彼女に言った。

「コルネ、どうしたの? また何か……」

 だがその瞬間言葉は凍り付いた。コルネの顔は涙でぐしゃぐしゃだ。だがそこにはもっと恐ろしいものがあった。

 コルネのスカートには真っ赤な血がべったりと染みこんでいたのだ。

「どうしたの? コルネ、大丈夫?」

「アウラ様!」

「どこをやられたの? 見せて!」

「違います。私じゃないです」

「ええ?」

 よく見るとコルネ本人は今転んですりむいたところ以外に傷はない。ではこの血は?

「リモンが……」

「リモンがどうしたの?」

「王女様が、それで……」

 アウラの血の気が引いた。

「コルネ! 一体何が起こったの?」

 コルネは泣き出しそうになったが、全力で我慢した。そしてやっと言った。

「王女様が、さらわれてしまったんです。リモンがそれで大怪我をして……」

 がくんとアウラの膝の力が抜ける。

「え、嘘でしょ?」

「血が、血がいっぱい出てるんです。リモンが、ぐったりしてて、それで、グルナが抑えてて、私が助けを……」

 アウラの頭の中は真っ白になった。何なのだ? これは一体?

「アウラ様……」

 コルネがアウラの腕を掴んだ。それでアウラは我に返った。そうだ。こんなことをしている場合ではない! ともかく何とかしなければ……

 アウラはぴしゃぴしゃと自分の頬を両手で叩くと、コルネの両肩を掴んだ。

「コルネ! いい? 街道はすぐだから、ともかく人を呼んできて。それからお城に行ってこのことを伝えるのよ。いい?」

「は、はいっ!」

「じゃあ行って! 転ばないようにね!」

「はいっ!」

 そう答えるとコルネは街道に向かって駆けだす。それを見届けてからアウラは見晴らし台に向かって駆け出した。

《ミーラ!》

 それからどこをどう走ったのかはほとんど覚えていない。ともかく気づいたらアウラは見晴らし台の下に来ていた。見上げるとあの場所に誰かが倒れている。アウラはほとんど一息に丘を駆け上がった。そのためピクニックの場所に戻ったときにはほとんど心臓が破裂しそうだった。

「ミーラは?」

 見ると地面にリモンが倒れている。そしてその上に覆い被さるようにしてグルナが座っている。

 数メートル先にはアウラの薙刀が落ちているが、切っ先には血が付いている。そのもう少し先には細身の剣が一本落ちていた。

 だがそれだけで―――王女の姿はない!

「グルナ!」

 アウラの声を聞いてグルナが振り返った。彼女の顔は真っ青だ。

「アウラ! 王女様が、リモンが……」

 そう言ってグルナもへたへたと崩れそうになる。アウラは慌ててグルナを抱き留めた。それからリモンを見ると……

「ひどい!」

 彼女の背中には大きな傷がある。剣で斬られた傷だ。そこから血が流れて服を真っ赤に染めている。グルナは手にしたハンカチでその傷を押さえていたが、それももう血でぐっしょりだ。

「それじゃ小さすぎるわ。これ使って!」

 アウラはそう言って付近に散乱しているバスケットからナプキンを集めるとグルナに渡した。それからアウラはリモンを調べた。ぐったりとはしているが呼吸はしっかりしている。傷は軽い剣で斬られたらしく骨で止まっており、肺を傷つけているようなことはなさそうだ。これなら出血さえ止めれば何とかなる。

「グルナ、リモンは大丈夫よ。ともかく傷を押さえてて。もうすぐ誰か来るから」

 グルナはがくがくとうなずいた。

「それで王女様は?」

「あっちに……」

 グルナは丘の上の方を指さす。見ると地面が踏み荒らされたような跡が続いている。アウラは落ちていた薙刀を拾い上げると、グルナが指さした方に走り出した。

 そうやってしばらくアウラは足跡をたどっていった。足跡の様子から王女を拉致した者達は少なくとも数名はいそうだったが、そのため彼らが通っていった跡は比較的見分けやすかった。しかも一人は怪我をしているらしく、所々に血が垂れている。

《ってことはリモンがやったのかしら?》

 リモンは確かに筋が良かったしよく練習もするので、今ではアウラでもあまり気が抜けないぐらいになっている。

 だがそうは言っても女の子だし、何といっても実戦経験がない。そんな彼女にやられるということは、どうせ大した奴らではないということだ。見つけることさえできればアウラ一人でも何とかなるだろう。

 そのうち足跡は森の中に入っていった。更に彼女がそれをたどっていくと、急に開けた土地に出た。

「ああ!」

 そこでアウラは絶望の叫びをあげた。なぜなら―――そこには馬の蹄の跡がたくさん残されていたからだ。土は乾いていない。ついさっきここから馬が数頭駆け去っていったのだ。奴らは最初からここに馬を留めていたに違いない。それで逃げられたらもう追いつきようがない。

 アウラはがっくりと膝を落とした。

 だがそんなことをしている場合ではなかった。アウラは慌てて立ち上がると元来た道を引き返した。

 再び彼女がピクニックの場所に戻ってくると、そこにはグルナの他に見知らぬ男が二人いた。しかも一人は剣を持っている。まさか敵が戻ってきたのか?

「ちょっと! 何してるのよ」

 アウラは叫んだ。それを聞いて男達が振り返る。途端に彼らは声にならない声を上げて、腰を抜かしそうになった。なぜなら血の付いた薙刀を持ったアウラがすごい形相をして立っていたのだから。

「いや、俺たちは……」

「アウラ、違うの。助けに来てくれた人なの!」

 戻ってきたアウラに気づいてグルナが叫ぶ。

「え? ああ……」

 アウラが薙刀を下ろすと男達は安堵した。

「何だよ! 脅かすなよ」

「ごめん。でもその剣が……」

「ああ? これか? そこに落ちてたんだ」

 それを聞いてアウラも剣が落ちていたことを思い出した。

 その様子を見て男の一人がグルナに言った。

「あんたの友達か?」

 グルナはうなずく。それを見て男はアウラに言った。

「じゃあその子を連れてきてくれ。それからこの剣も持ってった方がいいかもな」

 男はグルナを指さしてからアウラに剣を渡す。そして自分たちはリモンを乗せた即席の担架を持ち上げた。

「おい、そっとしろ。傷が開くぞ」

「わかってるよ!」

 アウラは慌ててグルナの側に寄って肩を貸した。グルナはそれに掴まってやっと立ち上がることができた。

「大丈夫?」

 アウラはグルナにささやく。グルナはうなずいた。ふらふらしているがとりあえず歩けるようだ。二人は男達の後を追って街道の方に戻り始めた。

 親切な男達は旅商人だった。彼らが街道を走っていると泣きながら走っていたコルネに出くわして、それでやってきてくれたのだという。

 それから男達は彼女たちにどうしてこんなことになったか尋ねようとしたのだが、二人とも答えられる状態ではなかった。男達も諦めてともかくリモンを早く町に届けようと足を速めた。

 一行がちょうど街道に出たところで、城からやってきた王宮警備隊長ロパスの一団と出くわした。

「アウラ殿! グルナ!」

 ロパスが叫ぶ。

「ロパス様!」

 グルナが安堵して叫んだ。ロパス達はどやどやと一行を取り囲んだ。

「コルネの言ったことはまことなのか?」

 ロパスはグルナとアウラに尋ねた。二人が黙ってうなずく。兵士達が低く声を挙げた。

「彼らは?」

 次いでロパスは担架を持っていた商人達を見て言った。商人達はいきなり武装したフォレスの正規兵に取り囲まれて縮み上がっている。

「その方達はリモンを助けてくれたんです」

 アウラの言葉に、ロパス達は二人に敬礼した。

「そうか、かたじけない」

 それから運んできた救急馬車にリモンを乗せ替える。旅商人達はぽかんとしてそれを見つめていた。何しろグルナもリモンも今は町娘風の出で立ちだ。彼女たちが王女一行だなどとそれからは想像もできないだろう。

「あの、いったい何なんですかい?」

「すまんがそれには答えられない」

 男達は顔を見合わせた。どうもまずいトラブルに巻き込まれたことを悟ったのだろう。そこで彼らは早々に退散しようとした。

「じゃあ、そろそろ行っていいですかい? あっしらの荷馬車があっちにあるんで」

 しかし不幸にもそういうわけにはいかなかった。

「いや、あなた方には尋ねたいことがあるから、城まで来て欲しい。荷馬車は運ばせよう」

 それを聞いて男達は目を白黒させたが、ともかく兵士に連れられて城に向かって行った。

 それが片づくとロパスがグルナとアウラを呼んで状況を尋ねたが、グルナはまだほとんど話せる状態ではなかったので、アウラがコルネに聞いた話と、王女をさらった一団は丘の向こうの森から馬で逃走したらしいことを話した。そしてあの場所に落ちていた剣をロパスに渡した。

 その剣を見るなりロパスは目を見開いた。

「こ、これは?! 本当にこれがそこに?」

 アウラがうなずくとロパスは厳しい顔をして考え込んだ。それから部下に追っ手をかける指示をする。

「あたしも行きます」

 アウラはロパスに言った。だがロパスは断った。

「だめだ。あなたは城に戻って待機するように」

「でも……」

「だめだ!」

 アウラは諦めざるを得なかった。実際行ったところで何をどうしていいか分からないのも事実だ。アウラは黙ってうつむくしかなかった。

 それを見てロパスが言った。

「それにしてもあなたが付いていながらどうしてこんなことになったのだ?」

 ―――それはアウラにとって全存在を否定されたも同然だった。